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ひとつの想い
ひとつの想い 2
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『ははは……それはお疲れ様。でも平和そうでよかったよ』
「そうだね、びっくりしたけど……とりあえず頑張ろうと思う」
夕方の18時。
社屋から少し離れた場所に、恵さんの自宅があるらしい。
そこに、これから僕がお世話になる部屋を用意してくれているとのことだった。
忙しそうな恵さんに鍵だけ渡されて、あとは余村さんに案内してもらった。
二階建ての一軒家は外装も新しく、社屋とは違って見覚えはなかった。
彼の自宅はどれだけ散らかっているのか……とドギマギしながら玄関を開けると、予想外にもすっきりとしていた。
というか、物が無い。
建ったときのままといっても過言では無いほどきれいな部屋は、忙しそうにしている恵さんにとっては帰って寝るだけの場所なのかもしれない。
彼が帰ってくるまで、ひとまずリビングで待っていることにした。
……そんなこんなで、今日の1日の出来事を、到着の連絡もかねて大助に伝えるための電話。
ひたすらに散らかった部屋の片付けをする話は、大助にとっては大変新鮮だったようで。
……大助の部屋、整頓されてるもんな。
『どう? 恵さんとは仲良くやれてる?』
その質問には、ちょっとだけ言葉を詰まらせた。
「ああ? うん、まあ、……やっぱり社長さんだから、忙しそうで」
朝会話をしてから、恵さんとは顔を少し合わせたくらいで、ほとんど話せていない。
仕事中の恵さんは眉間にシワが寄っているし、忙しそうだし、すこし近寄りがたい。
思えば、彼のような落ち着いた大人とはあまり会話をしたことがないので、どう接したら良いかわからないのが正直なところではあった。
『そっか、そうだよなあ。落ち着いたとはいえ。……まあ、民人くんが元気そうだから、安心したよ』
「それより、大助のほうこそ。ちゃんとご飯食べないとだめだよ。育ち盛りなんだから」
『育ち盛りって……俺もう20歳だよ。身長とっくに止まってるから。まあ一応、晩ご飯は作ってみたけど……』
「え、何作ったの?」
『無難に、シチューだけど……。さっきできたところ。でも一人分って難しいね、作りすぎた』
「あはは、あるあるだね。にしても、できたて食べたかっただろうに……変なタイミングで電話してごめんね」
『とんでもない。民人くんと話す方が大事だし。民人くんのありがたみを噛みしめてたところ』
「えへへ、なんか照れる。……大助は器用だし、すぐ料理上手になりそう。食べてみたいなあ、大助の料理」
『民人くんみたいにできるといいけど。まあ今週はずっとこのシチューかな』
「サラダとかも、ちゃんと食べるんだよ」
『はいはい』
とりとめも無い話を続けていると、玄関がガチャリと開く音がした。
「あ……恵さんが帰ってきたみたい。じゃあ、またね」
『うん。ありがとう……また明日も電話していい?』
「もちろん。またメッセージ送るね。じゃあおやすみ」
名残惜しそうな大助のため息が、耳に残る。
少し頬が赤くなるのを感じながら、玄関へと向かうと、恵さんが靴を脱いで、玄関に上がろうとしているところだった。
「あ……お帰りなさい、恵さん。先に、お邪魔してます」
「ええ、お疲れ様でした。遅くなりましたね。いや、いつもより随分早いのですが」
手に持った、何やら重たそうな物が入ったビニール袋をこちらに差し出す。
「夕飯にどうですか?」
手に取って覗き込むと、ほかほかと温かいお弁当がふたつ。
「いいんですか?」
「歓迎会にもなりませんが」
小さなダイニングテーブルを囲み、黙々と鮭弁当を食べる。
「来客も考えて二人掛けにしてみたのですけど、はじめて役に立ちました」
恵さんがぽつり、と漏らす。
「……このお宅は、新しそうに見えますけど、恵さんが建てたんですか?」
「いいえ、好意で譲り受けたんです。いわゆるリノベーション。築年数はあなたより少し上ですよ」
「ええ……全く見えない」
「一人には広すぎるので、会社が落ち着いたら引き払って借家にでもと思っていましたが。あなたが来ることになったのでちょうどよかった。民人くんには、2階の空き部屋を用意しています。ベッドもありますからね。キッチンとかの設備は好きに使ってください」
「ありがとうございます。ふだんは、晩ごはんはどうされてるんですか?」
「今日みたいに弁当か、食べて帰ってきます。長らくひとりですけど炊事は慣れませんね。民人くんは、料理をするんでしたっけ?」
「ええ。大助と住んでるので、2人分を。ほぼ趣味みたいになってます」
「そうですか。あなたは器用だから、上達も早かったでしょうね」
恵さんのこと、そっけない人だと思っていたけれど、夜はよく話をしてくれた。
普通に忙しくて、僕にかまっていられなかったのだと思う。
「民人くん、今日の仕事はどうでしたか?」
「皆さんに教えてもらいながら、なんとか。……あ、会社概要も読みました。僕にはわからない世界だけど……ちょっとだけわかった気がします」
「よかったです。少しずつで良いので、覚えておけば仕事も楽になると思います」
「はい。……そうだ。会社の内容はわかったんですけど。恵さんの前の社長さんって、どういう人だったんですか?」
その問いに、少しだけ恵さんの動作が止まる。
そして、じっと僕を見つめた。
何かを、迷っているように。
「……あの、聞いちゃいけないことだったら、すみません」
その言葉で、また穏やかな瞳に戻る。
「いえ。すみません……どこから話すべきかと思いまして。ええ、先代はやり手でしたよ。多少強引なところもあって……面白い人でした。また、あなたにもご紹介しますね」
「……はい。楽しみにしています」
案内された寝室はーー間取りが僕の部屋に似ているからか、妙に落ち着く空間だった。
知らない場所、眠れるかなと思っていたけれど。
その日は疲れもあって……そういえば昨日、あんまり……寝ていなかったし。
思った以上に深い眠りについた。
「そうだね、びっくりしたけど……とりあえず頑張ろうと思う」
夕方の18時。
社屋から少し離れた場所に、恵さんの自宅があるらしい。
そこに、これから僕がお世話になる部屋を用意してくれているとのことだった。
忙しそうな恵さんに鍵だけ渡されて、あとは余村さんに案内してもらった。
二階建ての一軒家は外装も新しく、社屋とは違って見覚えはなかった。
彼の自宅はどれだけ散らかっているのか……とドギマギしながら玄関を開けると、予想外にもすっきりとしていた。
というか、物が無い。
建ったときのままといっても過言では無いほどきれいな部屋は、忙しそうにしている恵さんにとっては帰って寝るだけの場所なのかもしれない。
彼が帰ってくるまで、ひとまずリビングで待っていることにした。
……そんなこんなで、今日の1日の出来事を、到着の連絡もかねて大助に伝えるための電話。
ひたすらに散らかった部屋の片付けをする話は、大助にとっては大変新鮮だったようで。
……大助の部屋、整頓されてるもんな。
『どう? 恵さんとは仲良くやれてる?』
その質問には、ちょっとだけ言葉を詰まらせた。
「ああ? うん、まあ、……やっぱり社長さんだから、忙しそうで」
朝会話をしてから、恵さんとは顔を少し合わせたくらいで、ほとんど話せていない。
仕事中の恵さんは眉間にシワが寄っているし、忙しそうだし、すこし近寄りがたい。
思えば、彼のような落ち着いた大人とはあまり会話をしたことがないので、どう接したら良いかわからないのが正直なところではあった。
『そっか、そうだよなあ。落ち着いたとはいえ。……まあ、民人くんが元気そうだから、安心したよ』
「それより、大助のほうこそ。ちゃんとご飯食べないとだめだよ。育ち盛りなんだから」
『育ち盛りって……俺もう20歳だよ。身長とっくに止まってるから。まあ一応、晩ご飯は作ってみたけど……』
「え、何作ったの?」
『無難に、シチューだけど……。さっきできたところ。でも一人分って難しいね、作りすぎた』
「あはは、あるあるだね。にしても、できたて食べたかっただろうに……変なタイミングで電話してごめんね」
『とんでもない。民人くんと話す方が大事だし。民人くんのありがたみを噛みしめてたところ』
「えへへ、なんか照れる。……大助は器用だし、すぐ料理上手になりそう。食べてみたいなあ、大助の料理」
『民人くんみたいにできるといいけど。まあ今週はずっとこのシチューかな』
「サラダとかも、ちゃんと食べるんだよ」
『はいはい』
とりとめも無い話を続けていると、玄関がガチャリと開く音がした。
「あ……恵さんが帰ってきたみたい。じゃあ、またね」
『うん。ありがとう……また明日も電話していい?』
「もちろん。またメッセージ送るね。じゃあおやすみ」
名残惜しそうな大助のため息が、耳に残る。
少し頬が赤くなるのを感じながら、玄関へと向かうと、恵さんが靴を脱いで、玄関に上がろうとしているところだった。
「あ……お帰りなさい、恵さん。先に、お邪魔してます」
「ええ、お疲れ様でした。遅くなりましたね。いや、いつもより随分早いのですが」
手に持った、何やら重たそうな物が入ったビニール袋をこちらに差し出す。
「夕飯にどうですか?」
手に取って覗き込むと、ほかほかと温かいお弁当がふたつ。
「いいんですか?」
「歓迎会にもなりませんが」
小さなダイニングテーブルを囲み、黙々と鮭弁当を食べる。
「来客も考えて二人掛けにしてみたのですけど、はじめて役に立ちました」
恵さんがぽつり、と漏らす。
「……このお宅は、新しそうに見えますけど、恵さんが建てたんですか?」
「いいえ、好意で譲り受けたんです。いわゆるリノベーション。築年数はあなたより少し上ですよ」
「ええ……全く見えない」
「一人には広すぎるので、会社が落ち着いたら引き払って借家にでもと思っていましたが。あなたが来ることになったのでちょうどよかった。民人くんには、2階の空き部屋を用意しています。ベッドもありますからね。キッチンとかの設備は好きに使ってください」
「ありがとうございます。ふだんは、晩ごはんはどうされてるんですか?」
「今日みたいに弁当か、食べて帰ってきます。長らくひとりですけど炊事は慣れませんね。民人くんは、料理をするんでしたっけ?」
「ええ。大助と住んでるので、2人分を。ほぼ趣味みたいになってます」
「そうですか。あなたは器用だから、上達も早かったでしょうね」
恵さんのこと、そっけない人だと思っていたけれど、夜はよく話をしてくれた。
普通に忙しくて、僕にかまっていられなかったのだと思う。
「民人くん、今日の仕事はどうでしたか?」
「皆さんに教えてもらいながら、なんとか。……あ、会社概要も読みました。僕にはわからない世界だけど……ちょっとだけわかった気がします」
「よかったです。少しずつで良いので、覚えておけば仕事も楽になると思います」
「はい。……そうだ。会社の内容はわかったんですけど。恵さんの前の社長さんって、どういう人だったんですか?」
その問いに、少しだけ恵さんの動作が止まる。
そして、じっと僕を見つめた。
何かを、迷っているように。
「……あの、聞いちゃいけないことだったら、すみません」
その言葉で、また穏やかな瞳に戻る。
「いえ。すみません……どこから話すべきかと思いまして。ええ、先代はやり手でしたよ。多少強引なところもあって……面白い人でした。また、あなたにもご紹介しますね」
「……はい。楽しみにしています」
案内された寝室はーー間取りが僕の部屋に似ているからか、妙に落ち着く空間だった。
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