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ひとつの想い
ひとつの想い 1
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「簡単に案内しますね。詳しいことは秘書にお願いしています。1階は応接間。5階に社長室と秘書室、会議室を設けています。2階から4階が事務室です。あなたは当面、秘書室で仕事をしてください」
エレベーターの中で、少し早口で説明をする恵さん。
「は……はい」
その物腰は柔らかいけれど、ちょっとだけ威圧感をおぼえた。
最上階である5階まではあっという間で、すぐにチャイムがなり、扉が開く。
ちょうど会議終わりなのか、ロビーには何人か人がいた。
すれ違う従業員たちは、みな恵さんに会釈をする。
「皆優しい人達ですから、あまり緊張しなくてもいいですよ。あなたほど若い人はあまりいないので、かわいがってもらえると思います」
その言葉には偽りはないのだろう。
後ろに続く僕にも目をやって、皆ニコリと微笑んでくれた。
「あと、あなたの素性は……私の親戚ということにしています。後は偽る必要はありません。まあ、皆よほどプライベートには突っ込まない人なので安心してください」
ひとしきり僕に伝えたいことは伝え終わったのか、それ以降は静かに廊下を進んでいく。
突き当りにある扉を開いたところで、男性と女性がひとりずつ佇んでいた。
彼らは丁寧にお辞儀をする。
「お疲れさま。今日はなんだか丁寧ですね」
それを見て、恵さんはクスリと笑う。
女性がクスリと笑い、顔の前で手を横に振った。
「やだ。社長じゃなくて、彼にお辞儀してるんですよ」
そして、微笑みながら、僕の方を見た。
恵さんはかるく咳払いをしてから、僕に向き直る。
「それは失礼。……ああ、民人くん。彼らが私の秘書です。私は日中、そこまであなたのお相手はできないと思うので、彼らの言うことを聞いてくださいね」
「こ、こんにちは。……朝倉民人、といいます。よろしくお願いいたします」
「はじめまして朝倉さん。乗鞍といいます。この会社の人事と、社長秘書をやっています。こちらの無口な人は余村。総務と、社長秘書を兼務しています。朝倉さん、ああ……えっと、朝倉さんが2人いるから、下の名前で呼んでもいいかしら」
「ええ、僕も下の名前のほうが、慣れていますので。……乗鞍さん、余村さん、よろしくおねがいします」
乗鞍さんのとなり地佇む男性ーー余村さんは、にこやかだが本当に物静かな人だった。
こくりとうなずきながら
「余村です。どうも」
とだけ返事をした。
僕らのやり取りを見て一息ついた恵さんが、ぽんと手をたたく。
「では、早速ですみませんが……私と余村さんは11時から会議なので。乗鞍さん、とりあえず今日の案内だけしてあげてください。彼の荷物は社長室へ」
恵さんと余村さんは軽く会釈をして、手前の会議室に吸い込まれていった。
「じゃあ民人さん、社長室にご案内しますね」
明るい声の乗鞍さんに微笑まれて、少しだけ緊張の糸が解けた。
「はい、よろしくおねがいします」
きびきびと動く乗鞍さんの後ろをついて歩く。
社長室は、そのフロアのつきあたりに位置していた。
「聞いてるかしら。朝倉さん……ああ、社長のほうね。彼が社長になったのって一年くらい前で。ようやく落ち着いてきたんだけど、整理整頓が二の次だったのよ」
「そういえば、そんなこと聞いたような」
「とはいえ、朝倉さんはもうしばらく前から実質トップではあったみたいだけど。まあ私も余村さんも、彼が社長になってから転職してきたから、詳しいことはわからないんだけどね。さて……なぜこのタイミングでこんな話をしているかというと」
つきあたりの社長室の、重たいドアの前で立ち止まる。
重たい扉を両手で開くと、眼の前には立派な机……の上に。
「わあ……すごい書類」
机の上にも、足元にも、書類が乱雑に積まれていた。
社長室ってもっと、なにもないというか、広い部屋にぽつんと机だけが置かれているイメージがあったんだけど。
それは僕のイメージする社長室とは遠くかけ離れていて、ただ絶句するしかなかった。
「あなたの気持ちはとてもわかるわ。……ねえ民人さん、お片付けは得意かしら?」
***
話を聞いていると、1時間くらいはあっという間に経過してしまった。
乗鞍さんもじきに会議があるということで、さすがに一人では何も出来ない僕は、少し早めのランチタイムをとることになった。
「落ち着いてきたって言ってたけど、忙しそうだなあ……会社員ってこんなものなのか」
身の回りの社会人というと、東さんくらいしかいらない。
とはいえ、いつもフラっと現れては油を売っているところしか見たことないし。
一方で忙しい彼らはランチミーティングなんてしながら、ケータリングをとって食べているらしく。
気を利かせた乗鞍さんが、僕のぶんも注文してくれたのだというサンドイッチを頬張るその部屋は、恐れ多くも社長室。
午前中に聞いた話を反芻しながら、ぼんやりと考え事をしていた。
まとめると、僕はまず散らかったこの社長室を片付ければいいらしい。
捨ててもいいものなんてわからないけれど……と戸惑っていたが、保管期限があるものが多いらしく、そういうのは目印があるから、ある程度機械的に資料をまとめたり、廃棄したりしてしまっていいということだった。
ほぼ手つかずのまま1年以上ってことはまあ、使ってない資料ばかりなのかも。
ここまで勢いで来てしまったので、正直恵さんの会社がどんな会社なのか、はっきりわかっていない。
そんなことを乗鞍さんに話したら、せっかくなので読んでおいて欲しいと会社案内を渡された。
その、パンフレットの表紙をぼんやりとながめる。
読んで、僕にわかるだろうか。
……大助の家の会社も、いろんな機械の製造会社? だけど、系列には病院もあるし、保険の会社もあるし、旅行会社とかもあるみたいで、結局なにがなんだかよくわかってない。
大助や圭介くんに説明してもらったこともあるけど、いまいち理解できなかった。
東さんにその話をしたら、『あそこは特殊だろ』と言われたけど。
そんな苦い記憶を思い浮かべながら、会社案内の表紙を眺めていた。
でも。
この建物に何か覚えがあったのだから、もしかしたらこの案内をよんだら、何か思い出すかもしれない。
ケータリングを平らげて片付けをしたあと、パンフレットを開いた。
はじめの見開きのページには、ややぎこちない微笑みを浮かべる恵さんの写真があった。
どうやらこの会社は、インテリアの材料を輸入して、いろいろな会社に販売している商社ということだった。
会社自体は、18年前に先代の会社が立ち上げて、恵さんも設立に立ち会っていたらしい。
恵さんは35歳といっていたらか、随分若いときからこの会社に関わっているんだ。
先代の社長の情報は、特に記載がなかった。
どんな人なんだろう。
それで、どうして恵さんが社長を引き継ぐことになったのだろう。
疑問に思うことは多いけれど、ちょっとだけこの会社の事がわかった気がする。
「……あ、大助の家の会社もある」
記載されている取引先を見ると、僕でもしっているような名だたる企業がずらりと並んでいた。
その中には、河関グループの会社もいくつか記載されている。
まあ……だから直接恵さんと大助に面識があったのかは、知らないけれど。
ただ、なんとなく知っている名前があると安心するものだ。
パンフレットを読み終わって少し経ったとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「民人さん、休憩はもう取れた? 私も早めに打ち合わせが終わったから、よかったら今から片付けの段取りしません?」
「はい、ぜひ教えてください!」
エレベーターの中で、少し早口で説明をする恵さん。
「は……はい」
その物腰は柔らかいけれど、ちょっとだけ威圧感をおぼえた。
最上階である5階まではあっという間で、すぐにチャイムがなり、扉が開く。
ちょうど会議終わりなのか、ロビーには何人か人がいた。
すれ違う従業員たちは、みな恵さんに会釈をする。
「皆優しい人達ですから、あまり緊張しなくてもいいですよ。あなたほど若い人はあまりいないので、かわいがってもらえると思います」
その言葉には偽りはないのだろう。
後ろに続く僕にも目をやって、皆ニコリと微笑んでくれた。
「あと、あなたの素性は……私の親戚ということにしています。後は偽る必要はありません。まあ、皆よほどプライベートには突っ込まない人なので安心してください」
ひとしきり僕に伝えたいことは伝え終わったのか、それ以降は静かに廊下を進んでいく。
突き当りにある扉を開いたところで、男性と女性がひとりずつ佇んでいた。
彼らは丁寧にお辞儀をする。
「お疲れさま。今日はなんだか丁寧ですね」
それを見て、恵さんはクスリと笑う。
女性がクスリと笑い、顔の前で手を横に振った。
「やだ。社長じゃなくて、彼にお辞儀してるんですよ」
そして、微笑みながら、僕の方を見た。
恵さんはかるく咳払いをしてから、僕に向き直る。
「それは失礼。……ああ、民人くん。彼らが私の秘書です。私は日中、そこまであなたのお相手はできないと思うので、彼らの言うことを聞いてくださいね」
「こ、こんにちは。……朝倉民人、といいます。よろしくお願いいたします」
「はじめまして朝倉さん。乗鞍といいます。この会社の人事と、社長秘書をやっています。こちらの無口な人は余村。総務と、社長秘書を兼務しています。朝倉さん、ああ……えっと、朝倉さんが2人いるから、下の名前で呼んでもいいかしら」
「ええ、僕も下の名前のほうが、慣れていますので。……乗鞍さん、余村さん、よろしくおねがいします」
乗鞍さんのとなり地佇む男性ーー余村さんは、にこやかだが本当に物静かな人だった。
こくりとうなずきながら
「余村です。どうも」
とだけ返事をした。
僕らのやり取りを見て一息ついた恵さんが、ぽんと手をたたく。
「では、早速ですみませんが……私と余村さんは11時から会議なので。乗鞍さん、とりあえず今日の案内だけしてあげてください。彼の荷物は社長室へ」
恵さんと余村さんは軽く会釈をして、手前の会議室に吸い込まれていった。
「じゃあ民人さん、社長室にご案内しますね」
明るい声の乗鞍さんに微笑まれて、少しだけ緊張の糸が解けた。
「はい、よろしくおねがいします」
きびきびと動く乗鞍さんの後ろをついて歩く。
社長室は、そのフロアのつきあたりに位置していた。
「聞いてるかしら。朝倉さん……ああ、社長のほうね。彼が社長になったのって一年くらい前で。ようやく落ち着いてきたんだけど、整理整頓が二の次だったのよ」
「そういえば、そんなこと聞いたような」
「とはいえ、朝倉さんはもうしばらく前から実質トップではあったみたいだけど。まあ私も余村さんも、彼が社長になってから転職してきたから、詳しいことはわからないんだけどね。さて……なぜこのタイミングでこんな話をしているかというと」
つきあたりの社長室の、重たいドアの前で立ち止まる。
重たい扉を両手で開くと、眼の前には立派な机……の上に。
「わあ……すごい書類」
机の上にも、足元にも、書類が乱雑に積まれていた。
社長室ってもっと、なにもないというか、広い部屋にぽつんと机だけが置かれているイメージがあったんだけど。
それは僕のイメージする社長室とは遠くかけ離れていて、ただ絶句するしかなかった。
「あなたの気持ちはとてもわかるわ。……ねえ民人さん、お片付けは得意かしら?」
***
話を聞いていると、1時間くらいはあっという間に経過してしまった。
乗鞍さんもじきに会議があるということで、さすがに一人では何も出来ない僕は、少し早めのランチタイムをとることになった。
「落ち着いてきたって言ってたけど、忙しそうだなあ……会社員ってこんなものなのか」
身の回りの社会人というと、東さんくらいしかいらない。
とはいえ、いつもフラっと現れては油を売っているところしか見たことないし。
一方で忙しい彼らはランチミーティングなんてしながら、ケータリングをとって食べているらしく。
気を利かせた乗鞍さんが、僕のぶんも注文してくれたのだというサンドイッチを頬張るその部屋は、恐れ多くも社長室。
午前中に聞いた話を反芻しながら、ぼんやりと考え事をしていた。
まとめると、僕はまず散らかったこの社長室を片付ければいいらしい。
捨ててもいいものなんてわからないけれど……と戸惑っていたが、保管期限があるものが多いらしく、そういうのは目印があるから、ある程度機械的に資料をまとめたり、廃棄したりしてしまっていいということだった。
ほぼ手つかずのまま1年以上ってことはまあ、使ってない資料ばかりなのかも。
ここまで勢いで来てしまったので、正直恵さんの会社がどんな会社なのか、はっきりわかっていない。
そんなことを乗鞍さんに話したら、せっかくなので読んでおいて欲しいと会社案内を渡された。
その、パンフレットの表紙をぼんやりとながめる。
読んで、僕にわかるだろうか。
……大助の家の会社も、いろんな機械の製造会社? だけど、系列には病院もあるし、保険の会社もあるし、旅行会社とかもあるみたいで、結局なにがなんだかよくわかってない。
大助や圭介くんに説明してもらったこともあるけど、いまいち理解できなかった。
東さんにその話をしたら、『あそこは特殊だろ』と言われたけど。
そんな苦い記憶を思い浮かべながら、会社案内の表紙を眺めていた。
でも。
この建物に何か覚えがあったのだから、もしかしたらこの案内をよんだら、何か思い出すかもしれない。
ケータリングを平らげて片付けをしたあと、パンフレットを開いた。
はじめの見開きのページには、ややぎこちない微笑みを浮かべる恵さんの写真があった。
どうやらこの会社は、インテリアの材料を輸入して、いろいろな会社に販売している商社ということだった。
会社自体は、18年前に先代の会社が立ち上げて、恵さんも設立に立ち会っていたらしい。
恵さんは35歳といっていたらか、随分若いときからこの会社に関わっているんだ。
先代の社長の情報は、特に記載がなかった。
どんな人なんだろう。
それで、どうして恵さんが社長を引き継ぐことになったのだろう。
疑問に思うことは多いけれど、ちょっとだけこの会社の事がわかった気がする。
「……あ、大助の家の会社もある」
記載されている取引先を見ると、僕でもしっているような名だたる企業がずらりと並んでいた。
その中には、河関グループの会社もいくつか記載されている。
まあ……だから直接恵さんと大助に面識があったのかは、知らないけれど。
ただ、なんとなく知っている名前があると安心するものだ。
パンフレットを読み終わって少し経ったとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「民人さん、休憩はもう取れた? 私も早めに打ち合わせが終わったから、よかったら今から片付けの段取りしません?」
「はい、ぜひ教えてください!」
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