ふたつの嘘

noriko

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ひとりじゃない

ひとりじゃない 4

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夕食を軽く済ませてから、ひっそりとしたホテルの一室に戻って大助は思う。

恵と民人の話をして。

思えば民人以外の人間に、彼への思いを打ち明けたのは、はじめてかもしれない。

それで余計に、気分が高揚してしまった。

無性に、民人に、会いたい。

明日まで耐えられないくらい、心臓が潰れそうに苦しい。

携帯端末を覗くと、民人からショートメッセージが届いていた。

「今日は遅い? 連絡待ってる」と。



メッセージが送られたのは、1時間前。

今は、夜の22時。

まだ、彼は起きているだろうか。

……せめて声が聞きたくて、性急に通話ボタンを押す。



大助の不安をよそに、2コール程度で応答があった。

……民人も待っていてくれたのかと、少し胸が踊る。

『もしもし、大助?』

遠慮がちな声は、耳に心地よい、聞き慣れたもので。

「民人くん。遅くなってごめん。もう寝てた?」

『ううん、お疲れ様。今日の用事はうまくいった?』

「うん。……急だったけど、西部に来てよかったよ。西部の観光地もいくつか回れたし。写真、明日帰ったら一緒に見ようね」

嬉しくて、いつもより饒舌になる。

『よかった。……明日、無事に帰ってきてね』

「うん。……本当は今すぐ帰りたいくらいだけど」

民人はけらけらと笑う。

『それは無茶だね。……でも、はやく帰ってきて』

途端、寂しそうな声に、胸が押しつぶされそうになる。

『なんてね、気をつけて帰ってきてくれればいいから』

「民人くん……早く帰るよ」

『うん……早く、会いたい』

「民人くん、好きだよ」

思わずこぼした言葉に、民人が少しだけ沈黙する。

『もう、どうしたのいきなり』

「今日……すごい、思ったから。どうしても言いたくて」

『そっか。……ありがとう、僕も好きだよ』

彼がストレートに、好意を示してくれるようになったのは、つい最近だ。

以前は恥ずかしかったのか、直接口にすることは少なかったけれど。

安心して、伝えてくれるようになったのかと思うと、余計に彼が愛おしいと思える。

「帰ったら直接言ってね」

『気が向いたら、ね』



3日間、彼と会えないのが、触れられないのが、地獄のように長い。

「……じゃあ、民人くん、おやすみ。夜更かししないようにね」

『大助こそ。……おやすみ、また明日』

これ以上、声を聞いていたらーー。

彼も、同じ気持ちなのだろう。

名残惜しい気持ちはあるが、これ以上は我慢できなくて、どちらからともなく通話を切り上げる。

「はあ、民人くん、会いたい」

携帯端末をベッドに放り投げ、ため息をつきながら、上着を脱ぐ。

早く、顔が見たい。

彼に触れたい。

彼に恋い焦がれながらも、彼を抱きしめたくても、抱きしめられなかった日が遠い昔のようで。

もっと言えば、大助が高校生の頃なんて、民人と会える日のほうが少なかったのに。



ため息をついてから、シャワールームに飛び込む。

熱いシャワーを身体で受けながら、それでもぼんやりと、彼のことを考える。

「どうやって生きてきたんだろう、俺」

そう思うくらい、もう民人なしでは、生きていけない。



彼と結ばれてから、ほとんど毎日、1日の長い時間を彼とともにするようになった。

彼の温度も。

抱きしめたときに顔に触れる長い髪の毛が、少しくすぐったいのも。

鮮明に思い出されるから、余計に恋しくなる。



ーーいずれ、一時的にでも、彼と離ればなれになるときが来るかもしれない。

自分が学生でなくなったら、自由な時間は少なくなるかもしれない。

今みたいに、彼にべったりで良いんだろうか。

それとも、今だからこそ、彼とできるだけ、時間をともにしておくべきだろうか。



ぐるぐると考えながら、湯冷めしないうちに浴室を出る。

「民人くん、もう寝たかな。何してるかな」

目に入った携帯端末を手に取ろうと思って、止めた。

今、もう一度彼と連絡しようものなら。

「早く会いたい」

そうでなくても、明日が待ち遠しくて仕方がない。



ただでさえ、いつもなら、彼と愛し合っている時間だ。

控えめに身体に触れてくる、民人の手の感触を思い出して、腰のちからが抜ける。

「民人くん……なんか、ごめん」

昨日も、彼と電話したあと耐えられずに自らを慰めていたが。

シャワーを浴びて抑えようとしていたのに。

彼との営みを想起しているうちに、中心は熱を帯びていた。

「……っ」

ためらいながらも、とにかく欲望をおさめるために、中途半端に膨張したソレに手を添える。

ひとりでなんて、ほとんどシたことがなかった。



彼にただ焦がれるだけだったあの頃は、とにかく欲望を抑えていた。

想像の中だけでも彼に触れる事をためらい、……今思えば、ほんとうによく耐えていた。

「はぁっ……」

刺激を与えるうち、すっかり固くなったそれの先端からは、透明なしずくが溢れる。

ぐちゅぐちゅと卑猥な音が伴い、情事を思い出しては余計に彼が恋しくなる。

自分の欲望を、民人もよく受け入れてくれていると思う。

彼から自分を求めてくれることもあって、この上ない幸せを感じている。

「ん、ふぅ……」



ただ一つ、気になっているのが。

なにか、彼と交わっているときに暗い表情を見せるときがある。

理由はわからないけれど、彼と初めて結ばれたーーあの昼から、なんとなく感じていた。



それが、大助を受け入れることを拒んでいるからでは、ないと思う。

ただ、自分に言えない何かを抱えているようで。

それがーーきっと、大助と愛し合うことで、思い起こされているような印象を受けた。



どうしたの、と聞いても、笑顔ではぐらかされる。

すごく、申し訳無さそうな顔をする。

ーーできればそんな表情を、民人にさせたくないのに。

そんなこと忘れるくらい、彼を幸せで満たしたいのに。

「……っ!!」



上り詰めてきた欲望を、どぷり、と吐き出す。

白濁で汚れた手を拭いながらため息をつく。

欲情をおさめることはできた。

頭も冷えた。

でも。

「足りねえ……」

心が満たされるのに、彼の体温が足りない。



そして、彼の心を満たすために、自分にも、なにかが、足りていないのかもしれない。

自分だけで彼を満たそうなんて、傲慢だったのかもしれない。

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