ふたつの嘘

noriko

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ひとりじゃない

ひとりじゃない 3

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とはいうものの。

西部に向かう列車に揺られる大助の気分は、決して晴れやかなものではなかった。



……それこそ、勢いで向かわなければ、ずるずると先延ばしにしてしまいたくなるような億劫さ。

大助は恵と親交が深い訳では無い。

まともに話をしたのは、彼ーー綺羅が記憶を失って倒れたあのときが初めてだった。

それに。

なにより、綺羅と親交の深い、自分より年上の恵のことは、以前から羨ましくーー妬ましく思っていた。

綺羅は恵を慕っていた。

それが「どのような」慕い方なのかは大助には分からない……あえて聞かないようにしていたというのが正しいが、少なくとも綺羅は恵のことを信頼のできる大人として、少なくとも兄や親代わりのような、特別な存在として扱っていたのは間違いがなかった。

「俺って、ガキだよな」

今でこそ東とはある程度の信頼関係を築くことができているが、彼を妬ましく思っているのだって、結局は民人と親しい年上の、大人の男というポジションがどこか羨ましいからだ、ということを自覚する。



大助は民人の恋人ではあるが、絶対に年齢がひっくり返ることはない。

本当はもっと頼ってもらいたいが、民人が遠慮しているのには、少なからず、大助が若いことが起因しているのは察していた。

だから、少しでも頼ってもらうために、背伸びをしているのは事実だった。

でも、背伸びをしたって、それは背伸びでしかない。

ーー恵と対面することで、それをまざまざと突きつけられるのが、億劫だった。



そんな事を考えていると、目的地の最寄り駅にまもなく到着するアナウンスが響く。

それでも、恵と話をするのが、今、民人のために大助ができる数少ないことだった。

近づくホームを車窓から眺めながら、大助は気を引き締めた。



***



翌日。

心ここにあらず、の状態ではあったが。

西部に到着してからつかの間の西部観光を堪能した。

帰ったら、この西部の風景を恋人に見せてあげよう。

もしかしたら、思い出すかもしれない。

思い出さなくても、彼が生まれた地を、まずは写真でも良いから見てほしい。

そう思いながら、丁寧に街の様子を写真におさめ続けた。



ランチを済ませてしばらく、とうとう約束の時間が訪れた。

恵から指定された場所は、彼の所有するオフィスだという。

以前会ったときには彼は会社員であったはずだが、今や経営者だというから驚きだ。

少しこぶりだが、比較的新しいビルに足を踏み入れる。

エレベータの前にある内線で、伝えられていた内線番号に電話をかける。

……その番号は、内線の隣に掲示された番号の一覧表には載っていなかった。

てっきり、社長室の番号かと思っていたが。

「はい、朝倉です」

電話口の落ち着いたその声は、おそらく恵のものだろう。

直通の電話とは驚いた。

「河関大助といいます。16時から朝倉恵さんとお会いする約束をしています」

「ああ、ようこそ大助くん。私です。今向かいますから、少しお待ちください」

そう伝えられて、内線が切られる。

しばらくすると、エレベータのチャイムが鳴り、明るい茶色の髪をきれいに分けて固めた男性がこちらを見て微笑む。

「長旅お疲れ様です。応接室ですみませんが、ご案内しますね」

「こんにちは、今日はいきなりすみません。……にしても、社長直々にご案内いただけるとは」

「小さな会社ですから、これくらいは。……あなたからしたらびっくりでしょうね」

暗に、大助が大企業の御曹司だから、社長が直々に連絡を取るなんて珍しいのだろうと指摘されたと察し、少しだけ居心地の悪い気がした。

「いえ、そういうわけではないですが」

「すみません。……今日はお互いそういう気遣いはやめましょう。私も社長と言われることには慣れていませんし」

少し歩いたところで、応接室に行き着く。

2人には広いその部屋だが、落ち着いて話のできる雰囲気の一室に、座り心地のよい椅子が置かれていた。

「ご安心ください、今日はもうこのフロアは無人ですから。……社長室のほうがかえって人が多かったもので。後でコーヒーだけ持ってきてもらいます。あ、コーヒーは大丈夫ですよね?」

「はい、ありがとうございます。……にしても、いつごろ社長に?」

「本当につい最近、1年ほどです。元々ここの専務をやっていたこともあって。前の社長が急病で経営を退くことになったので……私が預かることになりました。ようやく落ち着いてきましたよ」



しばらく談笑を続けていると、ドアがノックされ。

コーヒーが2つ、机のうえに置かれた。

「……もう夕方ですし、早速本題に入りましょうか。……東がお世話になってるみたいで」

「いえ、こちらのほうが。俺も民人くんも、かなり良くしてもらっています。どこまでご存知か知りませんが、俺がというよりは、民人くんの貴重な友達なので。……恵さんと親戚だったのは、今でも正直信じられないのですが」

「東は昔からやんちゃですからね。あれでも少しは落ち着いたくらいでしょう。昔からお人好しではありましたから、あなたたちの支えになっているなら良かったです」

「ええ……正直妬けるところもありましたが、感謝しています。こうして恵さんとお話できる機会ももらえましたし」

恵はふ、と微笑んでから、首をかしげる。

「ええ。……にしても、妬ける?」

大助は思わず、口を片手で塞ぐ。

つい、口を滑らせてしまったが。

ここは宣言をしておこうと、深呼吸してから恵を見つめる。

「その、実は俺、民人くんとお付き合いさせてもらっていまして……」

もっと毅然とした態度で伝えたかったのだが、相手がーー綺羅とはいえーー彼の身内みたいなものだと思ったら、ついへらへらと、かしこまってしまう。

「へえ」

そう言ってからしばらく、恵は目を丸くして、大助をじっと見つめていた。

「あの……」

耐えきれず口を開くと、恵はハタ、と居直り、何かをごまかすように笑う。

「ああ、すみません。そうですねえ……そうですか。私がどうこういう立場にはありませんが、あなたなら、大丈夫でしょう。……ああ、今は民人くん、と名乗っているんですね」

「ええ。彼がああなった事情もわからないので。名前は伏せてもらっています。ちなみに名字は、その、朝倉……を名乗っています。彼の希望で」

「あら。……それは、私もあなたに妬まれてしまいそうですね」

そう言う恵は、どこか嬉しそうで。

「正直、否定はしません。……きっと、民人くんは、機会があればまたあなたに会いたいんだと思います。だから忘れないように」

「そう、ですか」

一転、恵の表情がこわばる。

「彼にはなるべく過去のことを忘れて暮らしてほしいと願って、彼と過ごしてきました。また彼を失うのが怖くて、俺は彼をなるべく、俺のそばから離れないように、ほとんどしばりつけていました。でも、彼はゆくゆくは自分の過去に向き合いたいんだと、俺に打ち明けてくれました」

「過去に向き合いたい、ですか」

ゆっくりとコーヒーを口に含み、ため息をつく。

「はい。俺が……俺たちが、良かれと思って黙っていることは承知の上で、それでも、前に進むために、……俺に、俺たちに綺羅くんのことを背負わせないためにも、少しずつ知っていきたいと」

「そうですか。それで、彼はどのくらい、綺羅のことを?」

大助は、首を横に振る。

「ほとんど全く。今日のこの機会ではじめて、彼に出身が西部であることを伝えたくらいです。俺には、彼に語れることって……案外少ないんだなと思いました」

「なるほど」

「はい。……あなたが一番、綺羅くんのことを知っていると思いますので」

ちらり、と恵の顔を伺うと、少しだけ彼の表情が和らいでいた。

「それで、私のところに。……私達は、彼のことになると冷静になれないのかもしれませんね」

「ええ。民人くんは、俺たちが思うよりずっと、強い人でした」

「……そうですか」

コーヒーカップをソーサーの上に置き、恵は深々と頭を下げる。

「え、あの」

「あなたに、背負わせ過ぎてしまったなと思っています。彼には過去と向き合わないほうがいいとか、都合の良いことをいいながら、結局は私が彼の苦しみから逃げていたのだと思いました。ずっと、それでよかったのかと、自問自答を繰り返していました」

「恵さん……」

両手を組み合わせて、恵は大助をまっすぐと見つめる。

「もう少し、彼のことを考える余地があったと思います。でも……矛盾するかもしれませんが、あなたに彼を任せてよかった。今日話をしていて、そう思いました。私だったら、彼を前向きになんて、させられなかったかもしれない」

その言葉を聞いて、大助は体がほてる感覚がした。

綺羅と、……もしかしたら自分よりも親しかった人間に。

そんな彼に、認められた気がした。

「そう言ってもらえたら、この4年間……報われます」

「ええ。だからこそ、何か、彼のことで……彼のことでなくても。困ったら私を頼ってください。頼って欲しいんです。ずっとあなたに任せぱなしだった分、できるだけ、あなたの力になりたい」

「……ありがとう、ございます。きっと、恵さんなしでは、彼を幸せにできないって思います」

「すこし、買いかぶられているかもしれませんね。……でも、どんな些細なことでも、あなたと民人さんを、一番に優先します。それが私なりの、彼に対する贖罪だと思います」

「贖罪……」

大助はつぶやくが、聞き返すことはしなかった。

恵には、恵なりの葛藤があったのだろう。



それからしばらく、沈黙のなかでコーヒーと茶菓子を堪能した。

コーヒーを飲み終わった頃、恵が口を開いた。

「彼……民人さんは、どんな方なんでしょうか」

「根っこには少し綺羅くんを感じるところもあって。彼は今、家庭教師のアルバイトをしています。ゆくゆくは大学に行って……その、先生になりたいと」

「そうですか、先生に」

「でも、綺羅くんとは、正直似ても似つかないくらい、素直で、表情豊かで……。綺羅くんとは、別の人だって、考えてます。そんな彼が、民人くんが、その……俺は好きなんです」

ちらり、と恵を見やると。

くく、と喉を鳴らす恵の顔は、珍しくほころんでいた。

それで、思わず惚気けてしまった自分の浮かれ具合に気づき、顔に熱が集まる。

「あ、その、恵さん……すみません、口が滑って」

「いいえ。ごちそうさまです。私もいつかお会いしてみたくなりました。……あなたに大切にされている彼に」

「そ、そこまでにしておいてください」

恥ずかしさのなかで、恵の表情をちらりと伺うと。

……なにか大切なものを思うような瞳に、胸がチリリと焦がされる。

「でも……いつかぜひ。彼も喜ぶと思います」

「ええ。楽しみにしています」



恵という人間と、はじめてまともに話をした。

ずっと、……綺羅の慕う存在として、話は何回も聞いていたが。

「……あの、差し支えなければ、恵さんに一つお伺いしたいのですがーー」



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