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ふたりの嘘
ふたりの嘘 5
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職場に案内される道すがら、気になっていたことを恵さんに尋ねた。
「あの、ひとつだけお伺いしてもいいですか」
「はい、なんでしょう」
「恵さんは、僕の……綺羅の母と、お知り合いなんですよね」
「ええ」
「今、母はどうしているんですか?」
その言葉で、少しだけ恵さんの瞳が曇ったように感じた。
「ご存命です。ただ……今、あなたにお会いできる状況では、ありませんね。私もしばらく、顔を合わせていません」
存命、という言い方に、少しだけ緊張感が走る。
元気とか、何をしているとか、どこにいるとか、そういう言い方ではない。
何があったのかはわからないけれど……病気とかかな。
そういう状況じゃないから、会えないのだろう。
彼は表情を切り替えて、僕を振り返る。
「とはいえ、落ち着いたら会いに行きましょう。過去に向き合うつもりなら、会わないわけにはいかないと思います」
「……はい、お願いします」
「それから、あなたのお父様のことは、私もよく知りません。あなたが幼い頃に離別していますから」
「では……妹は」
「翠さんは、お父様方に。ですから、私は彼女のこともあまり存じ上げません」
「そうですか」
恵さんは僕の表情を覗き込んでから、少しだけ微笑む。
「気になるんですね、翠さんのこと」
「はい……正直、少し怖くて」
「ええまあ……少なくともあなたが記憶をある程度取り戻してからでないと、まともにお話はできないでしょうね。彼女はあなたのことになると、冷静ではいられないようですから」
淡々と、綺羅の家族構成について話を進めていると、小さな事務所に目を引かれた。
恵さんはその看板の前で立ち止まる。
「……つきました。ここが私の会社です……とはいえ、私のものになったのはつい先日ですが」
見覚えのない看板。
でも、建物は少しだけ、自分の中で何かが引っかかる感じがした。
見たことがある。
どこで、どういう経緯で足を踏み入れたのかは思い出せないけれど。
そこは確実に、綺羅の記憶に刻まれた場所だと、肌で感じることができた。
「あの、ひとつだけお伺いしてもいいですか」
「はい、なんでしょう」
「恵さんは、僕の……綺羅の母と、お知り合いなんですよね」
「ええ」
「今、母はどうしているんですか?」
その言葉で、少しだけ恵さんの瞳が曇ったように感じた。
「ご存命です。ただ……今、あなたにお会いできる状況では、ありませんね。私もしばらく、顔を合わせていません」
存命、という言い方に、少しだけ緊張感が走る。
元気とか、何をしているとか、どこにいるとか、そういう言い方ではない。
何があったのかはわからないけれど……病気とかかな。
そういう状況じゃないから、会えないのだろう。
彼は表情を切り替えて、僕を振り返る。
「とはいえ、落ち着いたら会いに行きましょう。過去に向き合うつもりなら、会わないわけにはいかないと思います」
「……はい、お願いします」
「それから、あなたのお父様のことは、私もよく知りません。あなたが幼い頃に離別していますから」
「では……妹は」
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「そうですか」
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「気になるんですね、翠さんのこと」
「はい……正直、少し怖くて」
「ええまあ……少なくともあなたが記憶をある程度取り戻してからでないと、まともにお話はできないでしょうね。彼女はあなたのことになると、冷静ではいられないようですから」
淡々と、綺羅の家族構成について話を進めていると、小さな事務所に目を引かれた。
恵さんはその看板の前で立ち止まる。
「……つきました。ここが私の会社です……とはいえ、私のものになったのはつい先日ですが」
見覚えのない看板。
でも、建物は少しだけ、自分の中で何かが引っかかる感じがした。
見たことがある。
どこで、どういう経緯で足を踏み入れたのかは思い出せないけれど。
そこは確実に、綺羅の記憶に刻まれた場所だと、肌で感じることができた。
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