ふたつの嘘

noriko

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僕らのための嘘

僕らのための嘘 7

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「……なんかお前ら、最近辛気くせえな。倦怠期か?」
東さんは変わらず、昼間は僕のところに顔を出す。
ここのところ毎日、東さんから覇気のなさを指摘されていたが。
今日は僕だけでなく、大助も含めて、雰囲気が悪いことに言及された。
「お前らって……。大助と会ってるんですか? あ、いえ、嫉妬とかではなくてですね」
ごまかそうと口に出したのは、また、斜め上の問いかけだった。
それを聞いて、東さんは大きなため息をつく。
「そこは嫉妬してやれよ……まあいいや。大助クンのお悩み相談もおまわりさんの仕事だからな、たまにだよ」
皿に残ったミートソースをさらってから、彼は続ける。
「そしたらなんだ、あいつまで元気ねえじゃん。喧嘩したわけじゃねえみたいだし。やることはしっかりやってんだろお前ら」
唐突にプライベートに突っ込まれて、顔に熱が集まる。
「ちょっと……大助が言ってたんですか?」
「それもあるけど、お前の首のそこ」
「あっ……」
指さされた首元を、思わず手で隠す。
「この前言ってた戸籍がどうとかって話?」
何食わぬ顔で急に真面目な話を進める彼は……まあ、そう言う人なので仕方ないか。
ようやく、僕も彼の話のペースに慣れてきたところだった。
「はい……大助には内緒ですよ」
「はあ……お前もそれかよ」
小さくつぶやいた彼の言葉に、大助もまた、僕には言えない悩みを、彼に託したのだと察する。
聞きたいけれど……案外口の硬い彼は、絶対に僕に漏らすことは無いだろう。
そんな彼だからこそ、僕も安心して、彼に悩みを委ねてしまうのだ。
「僕……正直、大助と距離を置いた方が良いと思うんです」
彼は少し目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「……そりゃまた思い切ったな」
事情を細かく話すのは……彼にそこまで、背負わせるのは流石に気が引けて、できないけれど。
それでも、僕はずっと、迷っていた。

大助と僕の関係がもし、彼女に知れたら。
僕はいいけれど、大助に危害が加わるようなことがあったらと思うと……大助を、彼女から遠ざけたい。
そうであれば、せめて身軽な僕が、大助から離れるしかないのだと思っている。
かりに大助と接触したって、大助と僕が、無縁であればいいだけだ。

……杞憂で終わればいい。
大げさかもしれない。
けれど、彼女のあの冷たい瞳を思い出すたび、杞憂では済まないと僕の勘が警鐘を鳴らすのだ。
「勘違いしないでくださいね、大助と別れたいわけじゃないです。できれば、ずっと一緒にいたい」
東さんは黙って、僕の話が続くのを待つ。
「ただ、大助が僕と一緒に居ることで、大助に不都合が生じるんじゃないか、と思うことがあって」

彼女の態度と……大助が僕の過去を話したがらないことが、どうしても、線で結ばれてしてしまう。
ひょっとして、僕――というより、綺羅と大助は、一緒にいてはいけない事情があったのではないか、と。
だとすれば……僕たちは、一緒にいていいのだろうか。
そんな不安がふつふつと湧き出てきては、心の底に溜まり続ける。
「不安、なんです。僕が大助の隣にいていい存在なのか」
この不安は、大助のとなりで、大助に守られていたら、きっと、ずっと不安のままで。
「……僕が僕の過去に、きちんと向き合あわないと、この不安はぬぐえないと思うんです」

聞き届けて、東さんは小さく、ため息をつく。
そして、思いもよらないことを口にした。
「……だとよ、大助。聞いてたか?」
「え……?」
リビングのドアに向けて東さんが叫ぶと、足音についでドアが開き……大助が現れた。
彼は、少しだけ、辛そうな表情をして、僕を見ようとしない。
「……大助? どう、して?」
だって、大助は大学にいるはず。
「ごめん、民人くん。今日は、嘘ついた。ほんとは休講だった」
「悪いな民人、俺の発案だ」
東さんは頭を下げるが、いまいちのみこめない。

「民人くんが、最近元気ない理由、気になってて……それで、俺が民人くんに言えていないことも。話さなきゃいけない、けど、俺から切り出せなくて……」
その言葉に、思わず両手を握る。
なるべく大助に訝しまれないようにと思っていたけれど、気づいてたんだ。
「……ごめん、そんなに、悩ませてたなんて」
消え入るような声でつぶやく大助の表情は、見ていられないくらい辛そうだった。
「……大助、ありがとう」

沈黙の中、東さんが口を開く。
「本当なら、お前ら二人で話すのが一番いいんだよ。盗み聞きなんて悪趣味なマネしなくても」
耳が痛い。
でも、東さんの言葉は尤もだ。
……お互い、それを避けてきたのだから。
「じゃあ、あとは俺がいるのも邪魔だろうから。大助、結果だけ連絡しろよ」
去り際に大助の肩をたたき、部屋を後にする。
「はい、……ありがとうございました」
「もうこれっきりだからな、お前ら」
ドアを閉める前に、少し笑いながらそう言い放った。

玄関の閉まる音が響く。
……しばらく、僕たちは、ソファに腰かけてただ無言で向き合っていた。
「大助のこと、責められないよ。……僕こそごめん。大助には、隠し事ばっかりで」
沈黙に耐えかねて口火を切ったのは、僕のほうだった。
言ってしまえば盗み聞き、だけれど。
正直、今回ばかりは心が楽になった。
こうなれば、すべて言ってしまおうと思えたから。
「最近悩んでたのは……大学祭の時、ちょうど大助と離れたときにね、ある女の子に会ったんだ。翠ちゃんっていうんだって。……僕の妹、みたいだった」
大助は、特に動揺することなく、こくり、とうなずく。
「誰と一緒にいるのか聞かれた。まさか大助? って。……そのときの表情が、怖くて。大助に会わせたら絶対に駄目だって思って、必死に逃げた」
思い出しただけで、胸がざわつく。
それで、思わず大助に縋りついた。
「ねえ大助。……僕たちって、一緒にいちゃいけないの」
大助の表情は、怖くて見られなかった。
ただ、温かい身体が、僕を包み込む。
そして、大助が、深く息を吸う音が聞こえた。
「綺羅くんと、翠ちゃんを知る人から……詳しくは言わないで、と言われているけれど……その話を聞いたよ」
彼の表情を見る限り、その言葉に、ごまかしはなさそうだった。
「翠ちゃんは綺羅くんの妹で、綺羅くんのことが大好きだったから……探すのは、わかるけれど。正直、俺の話をする理由は、俺にもわからない。ごめん」
大助も、少しだけ動揺しているようで。
そんな大助の表情は、はじめて見るものだったから、僕も少し狼狽えた。
「俺は……民人くんと、ずっと一緒にいたい。だから、こうして、一緒に暮らしてる」
僕の手に、大助の手が重なる。
「……僕も、大助と一緒にいない生活なんて、考えられないよ。ほんとは片時も離れたくない。でも」
彼の手を、強く握り返す。
「でも……大助とこれからも、ずっと、安心して……僕も大助も、二人で安心して一緒にいられるようにするために、僕は、離れたほうがいいって思ってる」
「民人くん……」
「本当は大助に、会わせたくない。大助と翠ちゃんを、遠ざけたい。……でも、大助は将来のために、勉強しないといけないから。だったら、せめて僕と大助が、……今は、関係がないんだって、そういうフリをできるように、距離をおいたほうがいいと思ってる」
大助は、少しだけ悲しそうな表情で、でも、まっすぐに僕を見つめている。
「でも、一生距離を置くなんて耐えられない。フリでも、大助と距離を置くなんて、つらいよ。……だから、僕にはやらないといけないことがあるんだ。……過去に向き合う。あの日、何があったのか。それで、僕と大助は一緒にいていいんだって、証明したい」
「……抱きしめていい?」
その問いに返事をすることはなく、温かい体温に包まれる。
震えた声で、大助は続けた。
「俺のわがままで……民人くんと一緒にいたくて、辛いこと、思い出してほしくないって思って、中央に連れ出して……」
「僕は、嬉しかったよ。大助と一緒にいられるって。それに、僕も大助のためになれるんだって」
「中央なら大丈夫だって、思ってたのに、翠ちゃんがいるって……綺羅くんに近い人がいるって聞いて、怖かった。俺だけじゃ……何もできないんだって」
「大助……本当に、感謝してるんだよ。僕のために、そこまで考えてくれて、そんなに悩んでくれて。……僕、大助に甘えすぎてた。大助に抱え込ませてたと思う。大助のその気持ちに甘えて、過去のこと、見てみないふりして。……大助の人生、ずいぶん狂わせちゃったよね。ごめんなさい」
大助の背中をさすると、彼は僕の肩に、顔を埋めた。
立てた髪の毛がふれて、少しだけくすぐったい。
「俺は、あんたが隣にいてくれるなら、そのためなら、なんだってよかった」
「これからは、二人で考えよう。……これから僕たちが、ずっと隣にいられる方法を」
大助が、声もなく、こくり、とうなずいた。
そしてひたすらに、顔を伏せて、懺悔するように絞り出す。
「民人くん……わがまま言っていい?」
「うん」
「西部に、頼れる人がいる」
「西部……」
それは、綺羅が生まれた街。
「うん。……翠ちゃんより、誰より……俺より、綺羅くんを知っている人。だから、過去と向き合うなら……西部で、お願い。あの人のところで。なるべく、はやく」
心拍数が高くなる。
西部の頼れる人って、おそらく、大助が以前会ったという、「綺羅と親しい人」のことだろう。
……着実に、僕の過去に、近づける。
「わかった。大助……しばらく、お別れだね」
大助の腕の力が、強くなった。
「ありがとう」
口にしてから、大助とこうして、触れ合うのも、一緒に食事をするのも、しばらくお預けなんだと寂しくなる。
「……明日、何が食べたい?」
彼は少し考え込んで、それから話す。
「なんでも。民人くんの料理なら」
「……わかった」
大助の大好きな、シチューを作ってやろう。
そう続けようとしたとき、大助が甘い声でささやく。
「毎日、電話する」
「毎日なんて……大丈夫だよ、何かあったら僕から――」
大助の温度を、全身に感じる。
「声、聞きたいから」
大助の声が、耳元で震える。
耳が、沸騰しそうにあつい。
「……うん」
「民人くんが出発するまで、一緒にいたい」
「もちろん」
「民人くん、好きだよ。……キス、したい。いい?」
「うん、すきなだけして……大助、ほしい」
「うん。我慢、俺もできない……」
啄むような口づけを何度も繰り返すたび、だんだんと深く、長くなる。
こんな満たされる時間も、残りわずか。
……そしてまた、この甘い甘い時間を取り戻すために、僕は。

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