ふたつの嘘

noriko

文字の大きさ
上 下
45 / 65
僕らのための嘘

僕らのための嘘 1

しおりを挟む
気づけばカレンダーは、残り1枚。

――あの日、僕のことを「お兄ちゃん」と言った、翠ちゃんという女の子のことを誰にも言えずに引きずったまま、2週間が経過した。
だって、大助の名前を口にしたときの、あの表情。
……とても、大助に相談なんてできない。

大助の大学で遭遇したということは、このあたりの子なのだろうか。
実は、あれから一度、駅前の書店で彼女を見かけたのだ。
とっさに姿を隠したから、むこうは僕のことは見かけていないだろうけれど。
……もしかして、大助の大学の学生、だったりして。
あの大学祭で遭遇したのだから、可能性は充分にあるのだろう。
……だったら、大助と遭遇してしまうのも時間の問題かもしれない。
焦る気持ちがある一方で、僕には何も出来ないまま約半月。
出来ること、と言ったら、せめて……と思うことはあるけれど、踏ん切りも付かないで。

「民人、なんか元気ねえな」
「え?」
僕の顔をまじまじと見ながら、怪訝そうに尋ねてくる。
向かい合わせに座り、オムライスを頬張る。
東さんは変わらず、昼間は僕のところに顔を出す。
「最近ぼーっとしてるけど、疲れてんの?」
「いや、別に疲れてるわけでは」
「そうか」
それだけ言ってまた、オムライスをすくう。
「……東さん、他人の戸籍って、取れますか?」
「は? なんだいきなり」
「すこし、確かめたいことがあって……取れますかね?」
「誰のか知らねえけど、本人の許可がないと取れねえよ」
「そっか……」
確かめたいこと。
僕の、本当の戸籍を確認すれば、本当にあの「翠ちゃん」が僕の妹かどうか、わかるんじゃないかと思った。
でも、さすがに難しいか。
オムライスを平らげた東さんは温かいお茶を飲んでから、話を続ける。
「……深くは聞かねえけど、それ大助クンに聞いたら済むことなんじゃねえの?」
「そうなんでしょうけど……事情が事情で、大助には話しづらくて。あの、実は」
「それ以上はいいから」
手のひらを僕に向かって差し出し、僕を制止する。
「悪いけれど、大助クンが聞けない話を俺は背負えんから。……まあ恋人に隠し事の1つや2つや3つあるだろうけど、荷が重いわ」
「僕、大助の他には、東さんと杏奈ちゃんくらいしか話し相手いないんですけど」
そう言うと、東さんは少し困ったように笑う。
「なんだよそれ。他にもっと友達作れって」
「あはは、そうですね」
……言い出そうとしたけれど、正直僕も、話さない方が良いなと思った。
「まあ、話を聞くのは難しいにしても……お前が悩んだ結果、俺に何か頼みがあるなら、協力してやらんでもないから」
「東さん……ありがとうございます」
そうは言ってくれても、実は本当の戸籍も名前もわかってて戸籍を見たいです、なんて相談は、東さんに迷惑掛けてしまいそうで。
友達といっても、彼は警察官だし。
何か他に、協力してもらえるようなことが無いか……僕も考えてみよう。
「まあその前に、大助クンと話したほうがいいと思うけどな。……そうだ。杏奈ちゃんといえば、聞いた?」
彼はティッシュで口の周りを拭いながら、話を切り替える。
杏奈ちゃんの進路の話だ。
東さんもきっと、千菜さん伝手で聞いていたのだろう。
「はい、無事合格したって聞きました! 大丈夫だろうとは思ってましたけど……ひと安心です」
東さんは笑いながら、煙草の代わりに始めたらしいアメを咥える。
「いや、俺もお前を薦めた責任はあるから安心したわ」
「その節は本当に、ありがとうございます。その、僕はめでたく無職に戻ってしまいましたが」
「ああ、たしかになあ。どうすんのこれから?」
そう、卒業はもう堅い杏奈ちゃんが大学にも合格したということで、千菜さんから菓子折りまでいただいてしまって、はじめての家庭教師はあっという間に終わりを迎えた。
「今度は自分で、バイト探してみようと思うんです。家庭教師のアルバイトに登録してみようかなと。杏奈ちゃんの家庭教師の経験のおかげで、大助もかなり背中を押してくれるようになって」
「そりゃ良かった。あんまりあいつに心配かけてやるなよ」
アメを転がしながら柔らかく笑う彼の仕草に、違和感を覚える。
「東さん、最近けっこう大助の肩持ちますよね」
「あ? そりゃお前の彼氏じゃいろいろ苦労も多そうだからな」
彼が禁煙を始めてから痕跡が残りにくくなったのもあるけれど、最近は大助も、彼に対して嫌な顔をしない。
二人で食事をしたときの話を聞くに、とくに和解があったわけでもないようだが。
結果として二人の中で、何かが丸く収まったのかも知れない。
時折、彼らの態度を見ていると、僕だけ置いて行かれているような気がして、少し寂しくなる。
「どういう意味ですか」
「あー」
平らげた皿をカウンターに戻し、髪をかきあげて、帽子をかぶる。
時計は、彼がいつも退室する時刻を指していた。
「やべ、時間だからそろそろでるわ。……あ、あと俺、春からこのマンション引っ越してくるから。じゃあな」
「え、ちょっと?」
最後にニヤニヤしながらそういった彼は、こちらを振り返ることなく部屋を出て行った。
「幸せそうなニヤケ面だったな……」
このマンションに……千菜さんが住んでいるマンションに引っ越してくるということは、そういうことなんだろう。
「……好きな人とずっと一緒って、当たり前じゃないんだ」
僕は大助と一緒に暮らすのが当たり前になっていたけれど、彼らはもう何年もずっと、お互いに一緒になる時間を作ってきたんだから、僕ももう少し現状に感謝しないと、かも。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

処理中です...