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僕らのための嘘
僕らのための嘘 1
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気づけばカレンダーは、残り1枚。
――あの日、僕のことを「お兄ちゃん」と言った、翠ちゃんという女の子のことを誰にも言えずに引きずったまま、2週間が経過した。
だって、大助の名前を口にしたときの、あの表情。
……とても、大助に相談なんてできない。
大助の大学で遭遇したということは、このあたりの子なのだろうか。
実は、あれから一度、駅前の書店で彼女を見かけたのだ。
とっさに姿を隠したから、むこうは僕のことは見かけていないだろうけれど。
……もしかして、大助の大学の学生、だったりして。
あの大学祭で遭遇したのだから、可能性は充分にあるのだろう。
……だったら、大助と遭遇してしまうのも時間の問題かもしれない。
焦る気持ちがある一方で、僕には何も出来ないまま約半月。
出来ること、と言ったら、せめて……と思うことはあるけれど、踏ん切りも付かないで。
「民人、なんか元気ねえな」
「え?」
僕の顔をまじまじと見ながら、怪訝そうに尋ねてくる。
向かい合わせに座り、オムライスを頬張る。
東さんは変わらず、昼間は僕のところに顔を出す。
「最近ぼーっとしてるけど、疲れてんの?」
「いや、別に疲れてるわけでは」
「そうか」
それだけ言ってまた、オムライスをすくう。
「……東さん、他人の戸籍って、取れますか?」
「は? なんだいきなり」
「すこし、確かめたいことがあって……取れますかね?」
「誰のか知らねえけど、本人の許可がないと取れねえよ」
「そっか……」
確かめたいこと。
僕の、本当の戸籍を確認すれば、本当にあの「翠ちゃん」が僕の妹かどうか、わかるんじゃないかと思った。
でも、さすがに難しいか。
オムライスを平らげた東さんは温かいお茶を飲んでから、話を続ける。
「……深くは聞かねえけど、それ大助クンに聞いたら済むことなんじゃねえの?」
「そうなんでしょうけど……事情が事情で、大助には話しづらくて。あの、実は」
「それ以上はいいから」
手のひらを僕に向かって差し出し、僕を制止する。
「悪いけれど、大助クンが聞けない話を俺は背負えんから。……まあ恋人に隠し事の1つや2つや3つあるだろうけど、荷が重いわ」
「僕、大助の他には、東さんと杏奈ちゃんくらいしか話し相手いないんですけど」
そう言うと、東さんは少し困ったように笑う。
「なんだよそれ。他にもっと友達作れって」
「あはは、そうですね」
……言い出そうとしたけれど、正直僕も、話さない方が良いなと思った。
「まあ、話を聞くのは難しいにしても……お前が悩んだ結果、俺に何か頼みがあるなら、協力してやらんでもないから」
「東さん……ありがとうございます」
そうは言ってくれても、実は本当の戸籍も名前もわかってて戸籍を見たいです、なんて相談は、東さんに迷惑掛けてしまいそうで。
友達といっても、彼は警察官だし。
何か他に、協力してもらえるようなことが無いか……僕も考えてみよう。
「まあその前に、大助クンと話したほうがいいと思うけどな。……そうだ。杏奈ちゃんといえば、聞いた?」
彼はティッシュで口の周りを拭いながら、話を切り替える。
杏奈ちゃんの進路の話だ。
東さんもきっと、千菜さん伝手で聞いていたのだろう。
「はい、無事合格したって聞きました! 大丈夫だろうとは思ってましたけど……ひと安心です」
東さんは笑いながら、煙草の代わりに始めたらしいアメを咥える。
「いや、俺もお前を薦めた責任はあるから安心したわ」
「その節は本当に、ありがとうございます。その、僕はめでたく無職に戻ってしまいましたが」
「ああ、たしかになあ。どうすんのこれから?」
そう、卒業はもう堅い杏奈ちゃんが大学にも合格したということで、千菜さんから菓子折りまでいただいてしまって、はじめての家庭教師はあっという間に終わりを迎えた。
「今度は自分で、バイト探してみようと思うんです。家庭教師のアルバイトに登録してみようかなと。杏奈ちゃんの家庭教師の経験のおかげで、大助もかなり背中を押してくれるようになって」
「そりゃ良かった。あんまりあいつに心配かけてやるなよ」
アメを転がしながら柔らかく笑う彼の仕草に、違和感を覚える。
「東さん、最近けっこう大助の肩持ちますよね」
「あ? そりゃお前の彼氏じゃいろいろ苦労も多そうだからな」
彼が禁煙を始めてから痕跡が残りにくくなったのもあるけれど、最近は大助も、彼に対して嫌な顔をしない。
二人で食事をしたときの話を聞くに、とくに和解があったわけでもないようだが。
結果として二人の中で、何かが丸く収まったのかも知れない。
時折、彼らの態度を見ていると、僕だけ置いて行かれているような気がして、少し寂しくなる。
「どういう意味ですか」
「あー」
平らげた皿をカウンターに戻し、髪をかきあげて、帽子をかぶる。
時計は、彼がいつも退室する時刻を指していた。
「やべ、時間だからそろそろでるわ。……あ、あと俺、春からこのマンション引っ越してくるから。じゃあな」
「え、ちょっと?」
最後にニヤニヤしながらそういった彼は、こちらを振り返ることなく部屋を出て行った。
「幸せそうなニヤケ面だったな……」
このマンションに……千菜さんが住んでいるマンションに引っ越してくるということは、そういうことなんだろう。
「……好きな人とずっと一緒って、当たり前じゃないんだ」
僕は大助と一緒に暮らすのが当たり前になっていたけれど、彼らはもう何年もずっと、お互いに一緒になる時間を作ってきたんだから、僕ももう少し現状に感謝しないと、かも。
――あの日、僕のことを「お兄ちゃん」と言った、翠ちゃんという女の子のことを誰にも言えずに引きずったまま、2週間が経過した。
だって、大助の名前を口にしたときの、あの表情。
……とても、大助に相談なんてできない。
大助の大学で遭遇したということは、このあたりの子なのだろうか。
実は、あれから一度、駅前の書店で彼女を見かけたのだ。
とっさに姿を隠したから、むこうは僕のことは見かけていないだろうけれど。
……もしかして、大助の大学の学生、だったりして。
あの大学祭で遭遇したのだから、可能性は充分にあるのだろう。
……だったら、大助と遭遇してしまうのも時間の問題かもしれない。
焦る気持ちがある一方で、僕には何も出来ないまま約半月。
出来ること、と言ったら、せめて……と思うことはあるけれど、踏ん切りも付かないで。
「民人、なんか元気ねえな」
「え?」
僕の顔をまじまじと見ながら、怪訝そうに尋ねてくる。
向かい合わせに座り、オムライスを頬張る。
東さんは変わらず、昼間は僕のところに顔を出す。
「最近ぼーっとしてるけど、疲れてんの?」
「いや、別に疲れてるわけでは」
「そうか」
それだけ言ってまた、オムライスをすくう。
「……東さん、他人の戸籍って、取れますか?」
「は? なんだいきなり」
「すこし、確かめたいことがあって……取れますかね?」
「誰のか知らねえけど、本人の許可がないと取れねえよ」
「そっか……」
確かめたいこと。
僕の、本当の戸籍を確認すれば、本当にあの「翠ちゃん」が僕の妹かどうか、わかるんじゃないかと思った。
でも、さすがに難しいか。
オムライスを平らげた東さんは温かいお茶を飲んでから、話を続ける。
「……深くは聞かねえけど、それ大助クンに聞いたら済むことなんじゃねえの?」
「そうなんでしょうけど……事情が事情で、大助には話しづらくて。あの、実は」
「それ以上はいいから」
手のひらを僕に向かって差し出し、僕を制止する。
「悪いけれど、大助クンが聞けない話を俺は背負えんから。……まあ恋人に隠し事の1つや2つや3つあるだろうけど、荷が重いわ」
「僕、大助の他には、東さんと杏奈ちゃんくらいしか話し相手いないんですけど」
そう言うと、東さんは少し困ったように笑う。
「なんだよそれ。他にもっと友達作れって」
「あはは、そうですね」
……言い出そうとしたけれど、正直僕も、話さない方が良いなと思った。
「まあ、話を聞くのは難しいにしても……お前が悩んだ結果、俺に何か頼みがあるなら、協力してやらんでもないから」
「東さん……ありがとうございます」
そうは言ってくれても、実は本当の戸籍も名前もわかってて戸籍を見たいです、なんて相談は、東さんに迷惑掛けてしまいそうで。
友達といっても、彼は警察官だし。
何か他に、協力してもらえるようなことが無いか……僕も考えてみよう。
「まあその前に、大助クンと話したほうがいいと思うけどな。……そうだ。杏奈ちゃんといえば、聞いた?」
彼はティッシュで口の周りを拭いながら、話を切り替える。
杏奈ちゃんの進路の話だ。
東さんもきっと、千菜さん伝手で聞いていたのだろう。
「はい、無事合格したって聞きました! 大丈夫だろうとは思ってましたけど……ひと安心です」
東さんは笑いながら、煙草の代わりに始めたらしいアメを咥える。
「いや、俺もお前を薦めた責任はあるから安心したわ」
「その節は本当に、ありがとうございます。その、僕はめでたく無職に戻ってしまいましたが」
「ああ、たしかになあ。どうすんのこれから?」
そう、卒業はもう堅い杏奈ちゃんが大学にも合格したということで、千菜さんから菓子折りまでいただいてしまって、はじめての家庭教師はあっという間に終わりを迎えた。
「今度は自分で、バイト探してみようと思うんです。家庭教師のアルバイトに登録してみようかなと。杏奈ちゃんの家庭教師の経験のおかげで、大助もかなり背中を押してくれるようになって」
「そりゃ良かった。あんまりあいつに心配かけてやるなよ」
アメを転がしながら柔らかく笑う彼の仕草に、違和感を覚える。
「東さん、最近けっこう大助の肩持ちますよね」
「あ? そりゃお前の彼氏じゃいろいろ苦労も多そうだからな」
彼が禁煙を始めてから痕跡が残りにくくなったのもあるけれど、最近は大助も、彼に対して嫌な顔をしない。
二人で食事をしたときの話を聞くに、とくに和解があったわけでもないようだが。
結果として二人の中で、何かが丸く収まったのかも知れない。
時折、彼らの態度を見ていると、僕だけ置いて行かれているような気がして、少し寂しくなる。
「どういう意味ですか」
「あー」
平らげた皿をカウンターに戻し、髪をかきあげて、帽子をかぶる。
時計は、彼がいつも退室する時刻を指していた。
「やべ、時間だからそろそろでるわ。……あ、あと俺、春からこのマンション引っ越してくるから。じゃあな」
「え、ちょっと?」
最後にニヤニヤしながらそういった彼は、こちらを振り返ることなく部屋を出て行った。
「幸せそうなニヤケ面だったな……」
このマンションに……千菜さんが住んでいるマンションに引っ越してくるということは、そういうことなんだろう。
「……好きな人とずっと一緒って、当たり前じゃないんだ」
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