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ふたりの憂鬱
ふたりの憂鬱 5
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「やっぱり私立の学食っておいしいよねえ、メニューも凝ってるし、きれいだし」
食堂に来るなり、見た目に反して大盛りの定食を注文した翠は、うっとりとした表情でパスタに舌鼓を打つ。
マリアにとっては食べ慣れた味だが、大層お気に召したようだ。
「そういえば、翠さんも生物学系の専攻なんですか?」
「ぜんぜん違うよ。パパはそうだけど、翠は機械工学。だからほとんど女の子いなくて……見かけるとつい話しかけちゃうんだ、ごめんね」
「いえ、すごく助かりました。一人で食べるの、ちょっと気が引けてたので」
談笑しながらも黙々と食べ続ける彼女はとても華奢で、いったいどこに吸い込まれているのかと感心する。
「それにしても、高校のうちから大学の授業受けてるなんて、すごいねえ。翠はギリギリまで進路迷ってたのに」
「いえ、そんな。逆に興味あるものにしか興味ないので、こういうプログラムがなかったら路頭に迷ってたと思います」
「win-winだねえ」
「ふふ」
ミシェルと同じ物言いに、彼女たちの仲の良さを感じ、思わず吹き出す。
「え、何か変だった?」
「いえ、ミシェルさんと同じ事言うから……」
「え、そうなの? 恥ずかしいなあ」
二人でケタケタと笑い、目を見合わせる。
「お二人、仲良しですね」
その言葉は、本当にただ、二人のことだけを考えていた。
「うん、結構付き合い長くてね。ミシェルちゃんはパパの教え子で、たまたまお兄ちゃんの知り合いだったみたいで」
……口を滑らせた、と思ったときにはもう、彼女から兄の話が出ていた。
彼女とミシェルの馴れそめの話には、少なからず綺羅が絡むことを、忘れていた。
「そ、そうなんですね」
焦りを取り繕うように、相づちを打つ。
「うん、でもお兄ちゃんは……」
そのとき、彼女の表情が少し曇ったのを、見逃さなかった。
これ以上、話を進めるのは危険だと思い、スープを飲み干す。
「あ、翠さん、ごめんなさい。……も、門限があるので、これで失礼します! ありがとうございました!」
その言葉で、翠の表情は明るさを取り戻す。
「あ、ごめんね、こんな遅くまで。駅まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。翠さんこれから先生のところ行かれますよね? 駅までは大丈夫なので、ここで失礼します」
「うん、わかった、気をつけてね。また会おうね」
先ほどの暗い表情が嘘のように、明るい笑顔でマリアを見送る。
彼女の姿が消えるまで、心臓がうるさかった。
間一髪。
彼女の曇った表情には、何か怒りのようなものが滲んでいた。
何があるのか知らないが、触れない方が良いと直感で理解した。
……綺羅の話になったら、自分も下手に口を滑らせてしまう可能性はある。
なるべくそうならないように、彼女は避けた方が賢明だ。
「変なこと巻き込まれちゃったわ……」
逃げるように飛び乗った電車の中で、ため息をひとつ漏らす。
マリアの唯一のオアシスである大学にも、少し陰りが見えてきてしまった。
食堂に来るなり、見た目に反して大盛りの定食を注文した翠は、うっとりとした表情でパスタに舌鼓を打つ。
マリアにとっては食べ慣れた味だが、大層お気に召したようだ。
「そういえば、翠さんも生物学系の専攻なんですか?」
「ぜんぜん違うよ。パパはそうだけど、翠は機械工学。だからほとんど女の子いなくて……見かけるとつい話しかけちゃうんだ、ごめんね」
「いえ、すごく助かりました。一人で食べるの、ちょっと気が引けてたので」
談笑しながらも黙々と食べ続ける彼女はとても華奢で、いったいどこに吸い込まれているのかと感心する。
「それにしても、高校のうちから大学の授業受けてるなんて、すごいねえ。翠はギリギリまで進路迷ってたのに」
「いえ、そんな。逆に興味あるものにしか興味ないので、こういうプログラムがなかったら路頭に迷ってたと思います」
「win-winだねえ」
「ふふ」
ミシェルと同じ物言いに、彼女たちの仲の良さを感じ、思わず吹き出す。
「え、何か変だった?」
「いえ、ミシェルさんと同じ事言うから……」
「え、そうなの? 恥ずかしいなあ」
二人でケタケタと笑い、目を見合わせる。
「お二人、仲良しですね」
その言葉は、本当にただ、二人のことだけを考えていた。
「うん、結構付き合い長くてね。ミシェルちゃんはパパの教え子で、たまたまお兄ちゃんの知り合いだったみたいで」
……口を滑らせた、と思ったときにはもう、彼女から兄の話が出ていた。
彼女とミシェルの馴れそめの話には、少なからず綺羅が絡むことを、忘れていた。
「そ、そうなんですね」
焦りを取り繕うように、相づちを打つ。
「うん、でもお兄ちゃんは……」
そのとき、彼女の表情が少し曇ったのを、見逃さなかった。
これ以上、話を進めるのは危険だと思い、スープを飲み干す。
「あ、翠さん、ごめんなさい。……も、門限があるので、これで失礼します! ありがとうございました!」
その言葉で、翠の表情は明るさを取り戻す。
「あ、ごめんね、こんな遅くまで。駅まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。翠さんこれから先生のところ行かれますよね? 駅までは大丈夫なので、ここで失礼します」
「うん、わかった、気をつけてね。また会おうね」
先ほどの暗い表情が嘘のように、明るい笑顔でマリアを見送る。
彼女の姿が消えるまで、心臓がうるさかった。
間一髪。
彼女の曇った表情には、何か怒りのようなものが滲んでいた。
何があるのか知らないが、触れない方が良いと直感で理解した。
……綺羅の話になったら、自分も下手に口を滑らせてしまう可能性はある。
なるべくそうならないように、彼女は避けた方が賢明だ。
「変なこと巻き込まれちゃったわ……」
逃げるように飛び乗った電車の中で、ため息をひとつ漏らす。
マリアの唯一のオアシスである大学にも、少し陰りが見えてきてしまった。
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