ふたつの嘘

noriko

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ふたりの憂鬱

ふたりの憂鬱 4

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夕方。
10月のはじめ。
夏も終わり、最終講義が終わる頃にはすっかり日が沈むようになった。

制服が目立つからと最後尾で聴講していた講義も終わり、講義室を後にする。
別棟の研究室へと続く廊下からは、講義室やゼミ室の煌々と輝く明かりが溢れる。
その静かな光に、少女……マリアは心を落ち着かせる。

最近、大学に入り浸ることが余計に増えてきた。
理由は自覚している。
受験が近づき、緊張で張り詰めた雰囲気に耐えられなくなってきた。
昼間は杏奈と二人で食事を取るが、それ以外の時間はなんとか授業を聞いてやり過ごし、放課後は一目散に大学へと向かう。
そして、一刻も早く高校を抜け出して研究に没頭したいと思いながら、大学での活動に傾倒するのだった。

「……あれ」
いつものようになじみの研究室に向かうが、普段は当たり前のように点いている明かりが漏れていない。
今日は金曜日。
そういえば今週末、遠方で学会発表があるから、週末は不在だとミシェルさんが言っていたのを思い出す。
そんなことも忘れていたのかと、思わずため息をつく。
「今日は何もできないか……」
調べたいことはあったが、来週に持ち越しかと肩を落とす。
財布を確認すれば、幸い手持ちはある。
食堂で夕飯を済ませたら、仕方ないから今日は帰ろう。
そう思い踵を返したとき、廊下の突き当たりから人影が近づいてくるのに気づいた。
「……あれ、高校生?」
高い声の持ち主は、見たところ自分より背が低い、少女。
そして、長く伸ばして二つに束ねた髪は、きれいな青色をしていた。
「……あなたは」
思わず、二歩三歩、退く。
(……ミシェルさんが言っていた、瀬戸先生の、娘)
「あ、ごめんなさい。珍しくてつい」
かわいらしく笑う女性に、一瞬感じた緊張を少し緩ませる。
しかし、薄暗い廊下で、至近距離で確認した彼女のやや幼い顔つきを見て、マリアは確信する。
……友人の家庭教師と、彼女は、ほぼ確実に血縁関係にあると。
(やっぱり、あの人……綺羅さんなんだ)
それくらい、彼の面影を認めざるをえなかった。

「で、ですよね。隣の高校から、時々聴講に来るんです」
動揺をごまかしながら、彼女の会話に反応する。
丸い目でまじまじとマリアを見つめる彼女は、その言葉を聞いて、ああ! とうなずく。
「ミシェルちゃんがいつも言ってる子だね、マリアちゃんだっけ?」
「え、ええ」
「やっぱり! あ、私は翠っていって、ここの瀬戸教授の娘なんだけど。……ここの大学の学生じゃないんだけど、時々遊びに来てて。あはは、いきなりびっくりさせてごめんね」
「いえ、全然……ミシェルさんから、伺ったことがあります」
彼女はにこにこと笑いながら、
「ええ、ミシェルちゃん、翠の話してるんだ。ちょっと恥ずかしいかも。……あ、そうだ。マリアちゃん、ちょっと困ってた? どうかしたの?」
「ああ、えっと……今日ミシェルさんがいないの忘れてて来ちゃったので、ご飯食べて帰ろうかと思いまして」
そう言うと、翠と名乗った彼女も、少し残念そうな声を漏らす。
「ええ、ミシェルちゃんいないんだ……翠も今、ミシェルちゃんに会いに来たのに」
「あら、そうだったんですか。お互いついてないですね。……彼女、明日から学会みたいで」
「そっかあ……そうだ!」
しょんぼりとした顔から一転、翠は何か良いことを思いついたようで、満面の笑みでマリアの手を握る。
「ここであったのも何かの縁だし、一緒にご飯食べようよ! ごちそうするから!」
人付き合いはあまり得意ではないから、初対面の人間と食事は少し気が引ける。
いつもなら断るところだが、その提案は、マリアにとっても悪くはなかった。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
正直、大学の食堂というのは、高校生が一人で食事していると浮くのだ。
以前は男子学生に声をかけられたりもして、酷く不快な思いをしたため、正直一人での食事は避けたかった。
……それに。
マリアは、おそらく綺羅の血縁者であろう、彼女という人間に興味があった。

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