ふたつの嘘

noriko

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ふたりの関係

ふたりの関係 4

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その日、部屋に戻る足取りは少し重かった。
今の状況は、杏奈ちゃんのとおり、修羅場……元はといえば大助の嫉妬心をあおるために僕が招いた修羅場。
それに悩まされるとは、自業自得としか言い様がない。
あげく、杏奈ちゃんのお兄さんまで巻き添えにしているのだから。
「このアルバイトは償いだ……」
来週に向けてはより一層まじめに取り組まねば。

そして、大助と東さんは一体、今日は何をしていたのか。
どうしたらあの険悪な雰囲気を解消できるのか。
そんなことを考えているうちに、エレベーターは僕たちの部屋がある階に着いてしまった。
追い出すように開くドアが、なんとも無情に思える。
「僕に原因があるんだから、僕がなんとかしないといけないとは思うけど……」
何をどう話すべきか、正解がつかめず困っているのが正直なところ。
いつもよりゆっくりと歩いてはいるものの、あっというまに部屋の前にたどり着いてしまい、ため息をついてからドアノブを握った。
ぎい、と開くと、部屋の中の快適な冷たい風がながれてくる。
「ただいま」
その音を聞いてか、大助がとことこと部屋から出てきた。
「おかえり。お疲れ様」
「ありがと。ごはん、作りおいてるから温めるね」
靴を脱ぎながらリビングへ急ぐ僕に、大助はああ、と声をかける。
「そろそろかと思って。冷蔵庫に準備してくれてたみたいだから、もう温めてあるよ」
考え事をしていて気づかなかったけれど、たしかにリビングから、かすかにコンソメの良い匂いが漂っていた。
大助はにこやかに、僕をリビングに招き入れる。
「え? あ、たしかに。良い匂い」
万が一大助が機嫌悪かったらどうしよう、などと思っていたが、杞憂だったようだ。
大助のいうとおり、ちょうど温め終わったおかずがテーブルに並べられていた。
「ありがとう」
「これくらい、民人君に甘えてばかりもいられないからね」
向かい合って、いつものように両手を合わせ、夕飯を始める。
盛られた白米と、昼間に作っておいたロールキャベツ、それから、サーモンのサラダ。
大助は今日の話を一切せず、黙々と食べる。
「うん、おいしい。温め具合もちょうど良くてよかった」
「よかった。……今日は、昼、何食べたの? かぶってなかったら良いけど」
どう話を切り出すべきか。
ひねり出したのは、無難に昼食の話題だった。
大助は少し考えて、返事する。
「大丈夫。今日はグラタンだったから。ほら、この前言ってた駅前のカフェ」
それは、先日チラシが入っていて、今度行ってみたいと話していた場所だった。
たしか、東さんもオープン初日に行って、それからときどき通っていると言っていた。
「ああ、あそこかあ。おいしかった?」
「うん。民人君も好きだと思うよ。今度行こうか」
そこで、一度話は終わってしまう。
聞きづらいなあ。
でも、聞いておかないと、僕の今後の身の振り方にも関わる気がして。
次にかける言葉を探しているうちに、大助は僕より早く夕飯を食べ終えた。
水を一口飲んでから両手を合わせそれから、口を開く。
「聞かないんだ。誰と行ったか」
僕は思わず箸を止める。
その声色は、少し僕を試しているように聞こえた。
「聞いたら、教えてくれるの?」
「……言いたくないから、言わないけど」
ほら、やっぱり言いたくないんじゃん。
「誰と行ったかは聞かないよ。東さんから聞いてたから」
初っ端から僕を突き放すみたいな言い方にすこしカチンときて、大助が一番苛立つであろう返事を選んでしまう。
それに、ふ、と笑い、大助は僕から目をそらして小さく返す。
「やっぱ知ってたんだ」
「昨日聞いた。どこ行くかとか、何するかまでは教えてくれなかったけど」
ふーん、と言いながら、大助は肘をつく。
「民人くん、機嫌悪い?」
「良くはない。大助こそ。……なんの話してたの? 東さんのこと嫌いなくせに二人で食事なんて」
「別に嫌いでは……。詳しくは言わない約束だけど、民人くんの話」
「僕に言えない僕の話って、なんだよそれ」
僕も少し遅れて、夕飯をすべて平らげた。
後半はひたすら機械的に、食べていたけれど。
「安心してよ。民人くんが心配してるようなことはなかったから。あの人はこれからも民人くんのオトモダチだし、民人くんは俺の恋人。俺とあの人は他人」
そう言って、どこまでも東さんとの間に壁を隔てたままの大助は、僕の手にはまった指輪を、愛おしそうになぞってくる。
「……恋人より、他人とした約束を守るんだ?」
そう言うと、大助はいたずらっぽく笑う。
「他人の約束を反故にするような奴、嫌いでしょ」
「そう言われたら、何も言い返せないけど」
大助はにこりと微笑み、僕の手を握る。
「民人くんにも聞きたいんだけど。昨日もあの人が来たってこと?」
「うんまあ、週に3回くらいは来るから……」
今日の話し合いを経ても、大助の、東さんに対する態度は変わっていないようだった。
「ずっと気になってたんだけど、普段何を話してるの?」
「そんなの……」
……先生も素直に、同居人さんとお話ししてみては?
どう話をはぐらかそうかと考えていたところに、杏奈ちゃんの言葉が思い出される。
「俺には言えない話?」
「……普通に、近所で何があったとか、どこに店ができたとか。そういう世間話だよ。後ろめたい事なんて一切ないから」
「ふーん」
ここで面倒に思ってごまかし続けたら、多分一生このままだろう。
だから、正直に話すしかない。
「東さんはむしろ、僕と大助のこと応援してくれてると思う。大助とこうなるずっと前から。……だから、大助が思ってるようなことはないよ。最近も、で、デートで行って良かったところとか、教えてくれたし」
あまりにも赤裸々な話をしてくるので、千菜さんと二人で行ったところとか想像して、ドキドキしちゃうんだけど。
大助は、少し安心しながらも、うんざりという感じでつぶやく。
「それはそうかも」
……大助の反応からして、大助に対しても同じような態度だったらしい。
「……大助、わかってくれた?」
大助をちらりと見ると、いつものように優しい表情で、ふふ、と喉を鳴らして笑う。
「ごめん。俺もちょっと意地になってたところがあったかも。……民人くんが話してくれてよかった」
彼の笑顔を見て、脱力する。
気づいたら手がすごく湿っていて、かなり緊張していることを思い知らされる。
「よかった、わかってもらえて」
「でも、聞いた? 西部で泊まったホテル。……すごく良さそうだけど、あそこはいろいろ思い出すからやめよう」
西部に帰省した際に二人で泊まったホテルが良かったという話は僕も聞いた。
高いところからの景色が良いスイートルームだったという話を聞いて、そこまでは僕も憧れたが、それ以降は、その……恋人同士の戯れが一晩中続いた話などを昼間からしてくるので、どうしてもその話が思い出されてしまう。
「大助にも話してたんだ。……でも、いいなあ。旅行とか行きたいな」
「俺たちも負けじと朝までする?」
僕の左手に指を絡めて、大助はにっこり笑う。
「それはちょっと遠慮するかな……」
「冗談。民人くんに無理させるわけにはいかないから、俺は小出しにしてるんだし」
「そういう気遣いはいいから……」
というか、どこが小出しなのかさっぱりわからないんだけど。
「……でもちょっと、今日は小出しにできないかも」
大助は僕と正面に向き合う。
「民人くん。俺、明日から西部に行ってくる」
それは、いきなりの報告だった。
「急だね。友達と旅行?」
「ううん、西部に用事が出来たんだ。会わないといけない人がいる。民人くんにもいずれ、話をしたいけど。……正直俺も、まだ今の段階でわかってないことが多くて、これ以上話せることがない。ごめん」
西部に用事。
それも、東さんと話をしたその日に。
「東さんと、今日話したことに関係があるの?」
「……まあ、そうなる。だから数日、民人君とは……」
「それ、僕もついていったら駄目? 大助の用事のときは、別行動で」
僕の提案は思いつきだったけど、大助は目を丸くしたあと、少し嬉しそうな、困ったような表情を浮かべた。
「僕もちょっとずつ、いろんな世界を見たいんだ」
「うーん、そうだな……俺もたまには民人君と、どこか行きたいし。魅力的な提案だけど、場所がな……」
「西部に、なにか?」
大助はすこし唸ったあと、僕の目を真っ直ぐにみつめて、息を大きく吸ってから言い放つ。
「西部は、綺羅くんの出身地」
「僕の……」
背中を、汗が伝う。
その西部に、大助が用事があるというのはきっと、僕に関することだ。
「だから何だと言われたら、正直何もないかもしれない。でも、もしかしたら民人くんにとって悪いことがあるんじゃないかって、正直、ちょっと怖い」
僕に重なる大助の手が、少しだけ冷たくなった気がした。
こうして大助が僕に不安を露わにしてくれるのが、少しだけ嬉しかった。
「わかった。……でも、ちょっと興味あるな。僕が生まれたところ」
そう言うと、大助は眉尻を下げて笑う。
「ごめんね」
「ううん。大助の不安がなくなったら、一緒に行こう」
そういった僕に、大助はめずらしく、年相応の笑顔を見せる。
「そうだね。二人でいろんなところ、行こう。……数日会えなくて寂しいけど、行ってくる」
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