ふたつの嘘

noriko

文字の大きさ
上 下
14 / 65
ふたりの約束

ふたりの約束 2

しおりを挟む
「えっと……1104号室は……」
朝からそわそわしていたが、あっという間に約束の17時まであと5分。
同じマンションだから1分かからないだろうけど、エレベーターが混んでるとか、いろいろ考えて少し前に家を出た。
結局順調にたどり着き、「池澤」と書かれた1104号室の前に佇む。
「ど、どうしよう、もうインターホン鳴らしていいのかな」
早すぎるのも迷惑か、準備中だったら迷惑だよなあと部屋の前をぐるぐると回る。
しかし、同じフロアの通りかかった住人たちからはどうも、僕を見ては怪訝そうな顔をするので、うろうろするのも諦めた。
たしかにこれでは、空き巣とか不審者に間違えられても仕方ない。
思い切ってインターホンを押そうと手を伸ばしたとき。
「あの、朝倉さん、でしょうか?」
「……はい」
カチャリ、とドアが開き、中から少女が顔を出した。


「すみません、こういうの慣れてなくて」
東さんの話だと、彼女は年の少し離れた兄と二人暮らしだということだ。
そのお兄さんが東さんの友人ということだ。
今日はお兄さんは不在とのことで、少しがっかりした。
――あの東さんと仲良くできる人、とても気になるので、少し会ってみたかったんだけど。

さて、さっぱり片付いた居間に通されると、手慣れた様子で僕のぶんの茶菓子まで準備してくれた。
「私こそ、家庭教師をお願いするのも、友達以外を家にお招きするのもはじめてなので……」
これからは時間に来ていただければ、インターホンで大丈夫ですからね、と気遣いの言葉をかけてくれる。
なんというか、しっかりした子だ。
「改めまして、朝倉民人です。このマンションの8階に住んでて……と、それはいいか。週に1回、2時間よろしくおねがいします」
「池澤杏奈です。引き受けていただいてありがとうございます。このあたりの、中央第一高校の3年生です」
向かいに座る女の子は、礼儀正しくお辞儀をする。
僕のほうが学ぶことが多いのではないかという、完璧な所作だった。
「早速だけど……教科は、数学だよね。大学は内部進学の予定って聞いてるから、メインは定期テスト対策かな?」
「はい。あ、でももし一般で受験することになるといけないので、一応受験対策も進めたくて」
その話しぶりから、彼女がいかに慎重に物事をすすめるのかよくわかった。
そりゃ、成績優秀なのに家庭教師をつけるくらいだもんね。
「うん、わかった。テスト期間近づいたらテスト対策って感じにしようか」
「はい。次のテストは9月なので、まずはこの参考書を……」

杏奈ちゃんは聞いた話通り成績優秀で、しっかりした子だった。
参考書もそこそこやり込んでいて、メインは彼女が解いていてわからなかった部分を僕が解説する程度。
この調子だとすぐ参考書終わっちゃいそうだから、僕が類似問題とかを準備したほうがいいかも。

なんだかんだで2時間はあっという間だった。
途中に休憩を挟んで雑談もしたけど、どうやら僕が訳ありなことは聞いているみたいで、あまり僕の経歴などは質問されなかった。
そのあたりもよく気遣いのできる子というか、立派だなあ。
僕の同居人である大助が大学生という話をしたときは、大助の大学は彼女の志望校とは異なるところだったけれど、それでも目を輝かせて普段の生活についてもっと聞きたいと言っていたから、やっぱり大学生活に興味深々のようだ。
落ち着いた子だと思ったけれど、年相応の好奇心もあって、微笑ましい。

「……そろそろ時間だね。どうだった? 僕の説明でわからないところとか」
「ありがとうございました。有意義な時間でした。やっぱりマンツーマンで解説していただけるっていうのは良いですね」
「期待に応えられたみたいで安心です。僕も杏奈ちゃんに負けないようにがんばらなくちゃだね」
「先生、充分ですよ。学校の数学の先生よりわかりやすかったかも」
「えへへ、そうかなあ」
しかし、「先生」と呼ばれるのはむず痒い。
けれど、説明がわかってもらえて嬉しいなあ。
「はい。今日はありがとうございました」
深々とお辞儀をして、玄関まで見送ってくれる。
初日は無事、朗らかに終了した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

処理中です...