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ふたつのしあわせ
ふたつのしあわせ 3
しおりを挟む翌朝は、部屋の奥まで届く日光の眩しさで目を覚ました。
掛け布団が昨日よりずっしりと思く感じたのは、1枚増えていたからだった。
おかげで、暖かい。
「……ん」
「起きた? えっと……」
名前を呼ぼうとして、少年が口を噤んだ。
「大助……? おはよう」
名前を呼んでから、声の主が茶髪の少年であることを確認した。
「うん、おはよう。調子はどう?」
「おかげさまで。いつからここに?」
少しうなって、天井を仰いでから答える。
「んん……まあ、ついさっき」
「ごめんね、起こしてくれれば良かったのに」
彼は目を丸くしてから、照れくさそうに笑った。
「気にすんなよ、好きでやってるんだから」
「大助は、さ。どうして僕を助けてくれたの?」
「どうしてって……そりゃあ。目の前でボロボロのヒトが倒れてたら、放ってはおけないだろ」
彼はさも当たり前といった風に話す。
「それだけで、お前はここまでしてくれるの? 面識のない僕に?」
彼は、前とは逆にうつむく。
「いいんだよ、俺がしたかったんだから」
そう言われれば、僕にはそれ以上何も言えなかった。
「でも、僕には何も、お礼できそうにないし」
「別に見返りがほしかった訳じゃないさ。だから俺を恩人みたいに扱わないでほしいし、それに……」
大助は言葉を詰まらせた。
「大助?」
「……なんでもない。とにかく、気にしなくていいよ」
そう言って、わざとらしく笑ってみせた。
その笑顔は、なんだか見覚えがあって。
やっぱりこいつは僕に嘘をついてるんだなって思った。
「僕はやっばりこのまま、何も思い出せないのかな」
思いがけずあふれた言葉に、大助は微笑む。
「やっぱり、思い出したい?」
「思い出したいかって言われたら、そういう訳じゃない。でもなんだか、寂しいんだ」
「寂しいって、なんで」
「だって、僕には何もないんだよ」
僕が言うと、腕を組んで考え込んだ。
「自分の事じゃないから言えるのかもしれないけど、さ。いいんじゃないか? 過去なんて」
「そうかな」
「うん、そうだよ」
大助はうなずき、さあさあ、と隣に置かれたトレーに手を伸ばす。
「はい、朝ごはん。残念だけど恵さんは帰っちゃったから」
「え? ……そっか、そうだよね。仕事もあるしずっといられないかぁ」
本当はもっと、恵さんのこと知りたかったし、お礼もしたかったけど。
「まあ、大変だろうな。まあ、またどこかで会えるといいな」
「うん、そうだね」
恵さんよりも少し不器用ではあるが、大助に助けてもらいながら、朝食を食べ終えた。
最後に彼が見せたあの、寂しそうな表情が、頭から離れない。
「ところで、どうしような、名前。このままだと不便だろ」
「え? ああ、名前か。やっぱり別の名前の方がいい?」
「うーん、綺羅って、あんまり無い名前だから、強い思い入れがないならやめた方がいい、かも」
かも、というが、おそらく彼は、僕の過去を察して言っているのだろう。
「うーん、じゃあ、どうしようかな」
そう言って窓をみやると、昨日も見た、あの葉っぱ。
「ミント」
「え?」
驚く大助に、僕は指で伝える。
ちょこんと頼りなく芽吹いているそれが目に留まり、気になっていた。
「こんな寒い中、けなげだなあと」
「ああ、確かにちょっと早いかも。でも、ちょうどいいよ。今日の誕生花、ミントだった気がする」
「詳しいね」
「弟がね。……うん、今日が、みんとくんの始まりの日。いいね。漢字は当て字になるけど例えば……」
と、大助がポケットからペンとメモを取り出し、さらさらと書く。
民、そして、人。
当て字だけど、「人々のための人」とも解釈できるそれが、何か僕にしっくりくるものがあった。
「……うん、民人、いい感じ」
その言葉を聞くなり、大助は破顔し、僕のやや感覚の鈍い手を握った。
「よろしく、民人君」
ほんのりと、暖かさが伝わってくる。
「うん、よろしく、大助」
それから、名字は、恵さんから借りることにした。
恵さんにはもう会えないから、無断で借りることになっちゃったけど、一般的な名前だし、恵さんなら許してくれるだろうと、大助は笑った。
なんだか、そうした方が、また恵さんに会えるんじゃないかと思ったから。
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