ふたつの嘘

noriko

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ふたつの夢がありました

ふたつの夢がありました 4

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東さんが去った後の部屋には、しばらく沈黙が流れた。
ただただ無言で、並んで座る僕と大助。
大助の手元を見ると、拳を強く握りしめていて、きっと僕にたくさんいいたいことがあるのに耐えているのがわかった。
――話し合うべき時が来たのかもしれない、と思った。

今日みたいなことは初めてではない。
過去にも僕がバイトをしたいと申し出たこともあるが、返答は決まって「まだ体調が万全ではないからやめたほうがいい」という主旨のものだった。
大助は何かと、僕を外の世界に触れさせるのを嫌がる。
理由は聞いても教えてくれないが、僕に本名を使うなと忠告するのと同じ理由だと思う。
一方で、僕も大人しく従っていた。
理由はどうあれ、彼も僕のことを思って言ってくれているのだと思っているから。
でも、その反面、僕も不甲斐なさを感じていないと言ったら嘘になる。
社会との関わりを絶っている僕はつまり、赤の他人である彼と、彼の家族の善意で生かされている。

最たるものが金銭的援助だ。
彼らは一切気にかけていないようだが、僕は正直いつまでも頼ってばかりはいられないと思っている。
だから、少しずつ話し合って、僕も出来ることを増やしていきたい。
――今更聞けなくなってきた、大助の知っている僕のこと、僕と大助の、過去の関係についても。

「――大助」
「――民人君」

そんなことを考えながら口を開いたとき、大助も同じように、僕を呼ぶ。
「……大助、僕から、いいかな」
「うん、いいよ」
大助はまっすぐに僕をみつめ、静かにうなずく。
「僕が思っていること、正直に言うね。僕は、ゆくゆくは自分の過去について知りたいと思ってる。それと、少しずつ、外の世界を見たいと思ってる」
「……うん」
「大助が僕の過去を知ってるのは、なんとなくわかってる。言わないでいるってことは、それなりに理由があってのことだっていうのも、わかってるつもりだよ」
「……」

大助は無言で、しかし、目を見開く。
「大助が僕のことを大切に思ってるから、知らないふりしてくれていることなんだと思う。だから、知るのは怖い。でも、そんな過去だからこそ、知って、向き合っていくことも僕の人生の命題なんじゃないかと、最近思うんだ」

だから、少しずつ。
大助は少し、寂しそうに笑う。
「民人君、ありがとう。……でも、ちょっと俺のこと買いかぶりすぎかも。俺が民人君のこと大切に思ってるのは事実だよ。でも、話せてないのは、民人君のことを心配してるのもあるけど、正直、俺のためかもしれないと思ってる」
「……大助の?」
「民人君に過去の記憶がないってわかったとき、俺のこと忘れたんだって思って寂しかったの半分。もう半分はほっとしたんだ。俺は、民人君の過去は知ってる。はじめは話すつもりだった。でも、なんで民人君が記憶を失ったか、切っ掛けは正直なところ、わからないんだ。それで、探れば探るほど、酷い、……うん……言い方は選んだ方がいいな。……真相に迫るのが、俺も怖いと思うような話が出てきた」

大助は、絞り出すように独白を続ける。
「民人君を必要以上に縛り付けてるんだって、特にあの人……東さんと話してると、つくづく思う。でも、俺は怖かった。また民人君を失うことになるのが。だから、民人君には、過去のことは忘れて、また新しい人生をスタートしてほしいと思ったから、昔のことは話さないでおこうと思った」
そうして、深々と頭を下げる。
「ごめん。民人君。俺に民人君を守り切れる自信が、ないんだ。だからって、民人君にひどいことしてた……せめて、俺一人で守れるようになるまで……って」
大助の拳を握ると、冷たくて、すこし、震えていた。

「……大助、大助にばっかり抱え込ませてごめん。怖いけど……大助がいてくれたら、大丈夫だって、僕、思うから。僕のことでこんなこと言うのもおかしな話だけど……僕にも、責任取らせてほしい」
過去に何があったかは知らない。
大助と僕の、過去の関係も知らない。
でも、僕のために、彼の人生が変わってしまったんだと、強く自覚した。
――すくなくとも、そこの責任は。
「だから、少しずつ、一人でできることを増やしたいんだ。……事情を知ってる東さんの紹介なら、大助の心配も、ちょっとは和らぐんじゃないかって思ってる。……家庭教師、やってみてもいいかな」
「……うん。でも、あんまり無茶、しないでね」
大助のその言葉は、しぶしぶ、というよりは快諾で、ほっとした。

話してよかった。
大助と、少しわかりあえた気がする。
大助の拳がほどかれて、自然と、僕の指と絡み合う。
「ねえ、大助、全部話さなくていい。……でも、今日、ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」
「うん、何?」

「僕たち、今は……大助と、民人として、恋人同士だけど。大助は、以前の僕とは、恋人だったの?」
それは、一つだけ、ずっと僕の中で引っかかっていたこと。
僕――民人は、大助しかしらない。
でも、僕の身体は、大助とこうして恋愛関係になる前から男性を知っているようだ。
その男性が、大助なのかどうか。
大助であってほしいという希望、その可能性だけは、確認しておきたかった。
ところが、大助は僕の問いに目を丸くして、それから、少し、寂しそうに笑う。
「恋人って言いたかったけど……残念だけど、俺の片思いだったと思うよ。俺たちは親友だった」
――こんなこと、聞かなければよかった。
やっぱり、僕の身体のはじめては、大助じゃなかったし。
大助は、僕の知らない僕を、愛していたし。
「……そっか、ごめん」

「謝ることないよ。昔は昔、今は今だから」
彼は僕の顔をのぞき込んでから、少し考え込んで、僕を抱き寄せる。
「言い方が悪かった……って思うのはうぬぼれかな。俺は今、過去はどうでもよくて、今の民人君が好きだから、こうしてるんだよ」
「……もっと僕にわからせて」

自分でも思ってもないような言葉が出てきて、正直驚く。
大助が、半分、僕の気持ちに気づいてくれたのが、うれしかったんだと思う。
まさか、過去の自分に嫉妬してるなんて、自分からはとても言いたくはなかったから。
「はは。困ったな……これでも民人君がいやになるくらい、伝えてきたつもりだけど」

「……続き、朝の続き、して」
顔を上げれば、紅潮した大助が、なんだかうれしそうに笑っていた。

そのまま、僕の頬に手を添える。

「うん。しよう。今日は好きなだけ、俺を求めてよ」



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