ふたつの嘘

noriko

文字の大きさ
上 下
7 / 65
ふたつの夢がありました

ふたつの夢がありました 3

しおりを挟む

お巡りさんの事情聴取は鋭かった。 
大助と僕は横並びで、前に東さんが座る。 
「いつから?」 
「半月くらい、前から」 
「お、意外と最近なんだな」 
そりゃお盛んだろうな、と言い、お茶を一口飲む。 
「いつも一言余計なんですよ、東さんは!」 
「まあ、端から何もないとは思ってねえけどよ」 
「お察しでしたか」 

大助がため息混じりに話すのに、東さんが茶化して答える。 
「警官の勘ってやつ? っていうか、大助クン怖すぎだから。あんなんされたら誰でもわかるだろ」 
彼は煙草を手に取るも、大助の視線を感じてバツの悪そうな顔をしながらポケットにしまう。 
「わかってたなら、民人君にちょっかい掛けないでくださいよ」 
「それはいちいち面白い民人がわりーだろ。お前もお前で、うじうじしてないでさっさと手出せば良かったんだろーよ」 

「東さん、なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが」 

そんな僕の言葉も無視して、大助は身を乗り出し、東さんに吠える。 

「そんな……民人君に軽々しく触れられるわけ無いだろ!」 

「よく言うよ」 

僕と東さんの意見は一致した。 
大助は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込む。 

「…………それで、東さん。今日はなんでこんな朝から油売りに来たんですか? 俺達の邪魔ですか?」 

「誰が野郎のセックスなんか見に来るかよ」 
「してません!」 
僕の否定も虚しく、大助が続ける。 
「でも邪魔されましたし」 
「されて……」 

ここでは僕の言葉は届かない。 

僕は目もくれず、東さんは続ける。 
「ま、それは冗談として、今日はちゃんと用事があるんだよ」 
頬杖をついた彼が、こちらを見る。 

「もちろん、大助クンにも聞いてもらわないと困る」 

そして、横目で一瞬だけ、大助を見やった。 

「民人お前さあ、バイトしてみない?」 

「え?」
 「それは無理です」 

僕が答えを出す前に、大助がぴしゃりと答える。 

――いつもこうだ。
 ひとを箱入り娘みたいに扱って。 

もう話は終わりだ、みたいな顔をした大助に、それでも続ける。 

「まあ聞けよ。働かせたくないっていう理由も散々聞いてるから、俺もわかってるよ。ただ、民人はもちろん、大助クンにも、悪くはない話だと思うんだ」 

「じゃあ、聞きますよ。なんのバイトですか?」
 却下する気満々、というふうで、大助は目を閉じる。 

東さんはグラスに注がれたコーヒーを飲み干し、肘掛けに体重を委ねる。 

そして、一息ついてから再び口を開いた。 
「家庭教師だよ。とりあえず週に1回から」 
「きょうし」 

反復するようにつぶやいた僕の声に、大助がは、と振り向く。 

そして、東さんは姿勢を変えず、にんまりと笑った。 

「やりてえか?」 

やりたい、と口に出す前に、大助の顔を見る。 

すると、いつもはこの手の話の時に断固として拒否をしていて、渋い顔をしていたはずの大助が、僕の方を少しだけ不安そうな目で、見つめていた。 

きっと、僕が教師になりたいと言っていたのを、覚えてくれていたんだ。 

大助は、僕に甘い。 

だから、今の大助に「やりたい」と言えば、多分、やらせてくれる。 

でも、甘えていて、いいのかな。 

「あの、僕体調の関係で仕事は難しいんです。それに、家事もやらないと行けないし。それで……家庭教師、場所はどこなんですか? あまり遠くだったり、週に何回もだとよくないかなって」 
普段は、大助のセリフ。 
僕が、しっかりしないと。 
「その点は俺もわかってる。相手はこのマンションの子だ。ほら、中央第一の、附属高校の女の子だよ。どうしてもっていうなら、先方が此処に来て授業でも構わんとさ」 
「女の子かぁ……。さすがに、野郎の部屋に女の子は招けないかな……でも、同じマンションなら、かなり近場ですね」 
「だろ? それに、俺の……ダチ……の妹だ。大助クンのご心配も、大丈夫だと俺が保証する。こんないい話、二度とこねえぞ?」 
大助の心配、というのはよくわからない。
 でも、その言葉で大助が確実に表情を変えたのだから、そのとおりなのだと思う。
 この二人、仲が悪いようで、そうでもないのかもしれない。 
東さんが揺らすコップの中の氷がぶつかり、チリン、と音が鳴る。 

大助が、隣で黙り込んでいた。 
大助、迷っている。 
「あの、そもそも、僕に務まりますか? 確かに僕、先生になりたい気持ちはあるけど、まだ勉強中だし、学校も行ってるわけじゃないし、ちょっと不安です」 
「問題ねえ。俺も会ったことあるけど賢そうな子だし、ダチの話だと推薦は堅いらしいから、保険みたいなもんだろうな。こう言っちゃなんだけど、初心者向けの生徒だと思うぜ」
どうしよう、断る理由がだんだんなくなってきた。
「……」
返事をためらっていると、胸ポケットからたばこを取り出してから、少し考え込んで再びたばこをしまった東さんが、僕を見た。
そして、時計を見て席を立つ。
「すぐに返事しろとは言わないから、ゆっくり考えてほしい」
「……はい」

大助の方を見るけど、大助ももう、口出ししないと決めたみたいだ。
……僕が、決めないと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

処理中です...