ふたつの嘘

noriko

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ふたつの夢がありました

ふたつの夢がありました 3

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お巡りさんの事情聴取は鋭かった。 
大助と僕は横並びで、前に東さんが座る。 
「いつから?」 
「半月くらい、前から」 
「お、意外と最近なんだな」 
そりゃお盛んだろうな、と言い、お茶を一口飲む。 
「いつも一言余計なんですよ、東さんは!」 
「まあ、端から何もないとは思ってねえけどよ」 
「お察しでしたか」 

大助がため息混じりに話すのに、東さんが茶化して答える。 
「警官の勘ってやつ? っていうか、大助クン怖すぎだから。あんなんされたら誰でもわかるだろ」 
彼は煙草を手に取るも、大助の視線を感じてバツの悪そうな顔をしながらポケットにしまう。 
「わかってたなら、民人君にちょっかい掛けないでくださいよ」 
「それはいちいち面白い民人がわりーだろ。お前もお前で、うじうじしてないでさっさと手出せば良かったんだろーよ」 

「東さん、なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが」 

そんな僕の言葉も無視して、大助は身を乗り出し、東さんに吠える。 

「そんな……民人君に軽々しく触れられるわけ無いだろ!」 

「よく言うよ」 

僕と東さんの意見は一致した。 
大助は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込む。 

「…………それで、東さん。今日はなんでこんな朝から油売りに来たんですか? 俺達の邪魔ですか?」 

「誰が野郎のセックスなんか見に来るかよ」 
「してません!」 
僕の否定も虚しく、大助が続ける。 
「でも邪魔されましたし」 
「されて……」 

ここでは僕の言葉は届かない。 

僕は目もくれず、東さんは続ける。 
「ま、それは冗談として、今日はちゃんと用事があるんだよ」 
頬杖をついた彼が、こちらを見る。 

「もちろん、大助クンにも聞いてもらわないと困る」 

そして、横目で一瞬だけ、大助を見やった。 

「民人お前さあ、バイトしてみない?」 

「え?」
 「それは無理です」 

僕が答えを出す前に、大助がぴしゃりと答える。 

――いつもこうだ。
 ひとを箱入り娘みたいに扱って。 

もう話は終わりだ、みたいな顔をした大助に、それでも続ける。 

「まあ聞けよ。働かせたくないっていう理由も散々聞いてるから、俺もわかってるよ。ただ、民人はもちろん、大助クンにも、悪くはない話だと思うんだ」 

「じゃあ、聞きますよ。なんのバイトですか?」
 却下する気満々、というふうで、大助は目を閉じる。 

東さんはグラスに注がれたコーヒーを飲み干し、肘掛けに体重を委ねる。 

そして、一息ついてから再び口を開いた。 
「家庭教師だよ。とりあえず週に1回から」 
「きょうし」 

反復するようにつぶやいた僕の声に、大助がは、と振り向く。 

そして、東さんは姿勢を変えず、にんまりと笑った。 

「やりてえか?」 

やりたい、と口に出す前に、大助の顔を見る。 

すると、いつもはこの手の話の時に断固として拒否をしていて、渋い顔をしていたはずの大助が、僕の方を少しだけ不安そうな目で、見つめていた。 

きっと、僕が教師になりたいと言っていたのを、覚えてくれていたんだ。 

大助は、僕に甘い。 

だから、今の大助に「やりたい」と言えば、多分、やらせてくれる。 

でも、甘えていて、いいのかな。 

「あの、僕体調の関係で仕事は難しいんです。それに、家事もやらないと行けないし。それで……家庭教師、場所はどこなんですか? あまり遠くだったり、週に何回もだとよくないかなって」 
普段は、大助のセリフ。 
僕が、しっかりしないと。 
「その点は俺もわかってる。相手はこのマンションの子だ。ほら、中央第一の、附属高校の女の子だよ。どうしてもっていうなら、先方が此処に来て授業でも構わんとさ」 
「女の子かぁ……。さすがに、野郎の部屋に女の子は招けないかな……でも、同じマンションなら、かなり近場ですね」 
「だろ? それに、俺の……ダチ……の妹だ。大助クンのご心配も、大丈夫だと俺が保証する。こんないい話、二度とこねえぞ?」 
大助の心配、というのはよくわからない。
 でも、その言葉で大助が確実に表情を変えたのだから、そのとおりなのだと思う。
 この二人、仲が悪いようで、そうでもないのかもしれない。 
東さんが揺らすコップの中の氷がぶつかり、チリン、と音が鳴る。 

大助が、隣で黙り込んでいた。 
大助、迷っている。 
「あの、そもそも、僕に務まりますか? 確かに僕、先生になりたい気持ちはあるけど、まだ勉強中だし、学校も行ってるわけじゃないし、ちょっと不安です」 
「問題ねえ。俺も会ったことあるけど賢そうな子だし、ダチの話だと推薦は堅いらしいから、保険みたいなもんだろうな。こう言っちゃなんだけど、初心者向けの生徒だと思うぜ」
どうしよう、断る理由がだんだんなくなってきた。
「……」
返事をためらっていると、胸ポケットからたばこを取り出してから、少し考え込んで再びたばこをしまった東さんが、僕を見た。
そして、時計を見て席を立つ。
「すぐに返事しろとは言わないから、ゆっくり考えてほしい」
「……はい」

大助の方を見るけど、大助ももう、口出ししないと決めたみたいだ。
……僕が、決めないと。

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