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ふたつの夢がありました
ふたつの夢がありました 1
しおりを挟む「そんな訳でさぁ、俺は健気にかませ犬を演じたわけ」
この季節は、夜が更けても暑い。
じっとりとした汗が二人を包む。
離れたい、でもそれすら面倒くさい湿気が、この地域の嫌いなところだった。
眼鏡をかけていないせいで折角の顔を拝めないせいか、忌々しげな顔をしたその男は、ぐしゃりと恋人の黒髪を掴む。
「東、久々に会ったと思ったら浮気の報告か」
「千ちゃんが俺に構ってくれないのが悪いんだ。それに俺、かませ犬だし」
千菜(せんな)と東が特別な関係となったのは随分と前のことだ。
お互い飽きることもなく付き合ってきたが、今年の春に千菜が研修医となってからは、なかなか会う機会を得られなかった。
「煙草も辞めてないし」
「これはやめらんねーよ。セックスと一緒」
そんな東の言葉を聞いて、千菜は顔を真っ赤にする。
「ふ、ふざけるのも大概にしてくれ!」
千菜の、全く事の手の話題に慣れない所に、東はのめり込んだ。
「相変わらず真面目すぎるんだよ」
「冗談抜きで、お前、煙草臭いから」
呆れた顔をする千菜に、東はにやりと返す。
「だから、お前の家じゃ、吸ってないだろ」
ここは、マンションの一室。
最上階のそこからの眺めは、最高だった。
ここ以外に背の高い建物はなく、穏やかな夜景が一望できる。
そんな千菜の部屋を、東は気に入っていた。
「当たり前だ、杏奈の教育に悪い」
どこかで聞いた言葉に、東は思わず吹き出す。
「ここの住人は、教育ママばっかりかよ」
「いちいちうるさい!」
しかめ面で東に牙を剥く千菜も、恋人に髪を撫でられて、ついつい大人しくなる。
「とか言いつつ、お前からも煙草の匂い、するんだけど」
その言葉に、千菜の頬はさらに真っ赤に染まる。
「い、一日一本だけだ」
その頬に手を添え、互いの額を近づける。
「俺と同じやつ」
「……お前が構ってくれないから」
目を逸らしながらも紡がれる本心に、東の心は踊る。
それで、自分と同じ匂いのする唇を貪った。
「身体に悪いのに? センセーがこんなんでいいの?」
「うるさい、お前の代わりだ。要するにお前は煙草だ、お前イコール煙草だ。」
「うわ、なんだよそれ」
結局素直じゃないんだから、と思いつつも、今日のところは気分も良くて、許してやろう、と目一杯笑う。
「まあいいや。……こんなんより、もっといいもんたっぷり咥えさせてやるから」
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