3 / 65
ふたつの嘘をつきました
ふたつの嘘をつきました 3
しおりを挟むひと通り洗いものを終え、先ほどまで東さんと談笑していたテーブルの掃除を始めた頃、ドアが開く音がした。
なんと健全なことか。
遊びに行った大助が、ほぼ東さんと入れ違いで帰ってきた。
そんなんなら大助の分も昼食を準備すればよかったと、呑気に思う一方で、少しだけ焦りを覚える。
「大助おかえり、今日はすごく早くない?」
そんな偶然が、――いや、もしかしたら、仕組まれていたのかもしれない――始まりで、終わりだった。
大助は僕の返事に、音もなく、温もりで返す。
「大、助」
突然の行動に、机を拭く手が止まる。
彼はこの、夏の暑い日に、僕を後ろから抱きすくめている。
先ほどまで太陽に当たっていたその服はとても暖かく、クーラーにあたって少し冷えた身体を火照らせる。
……もちろん、その物理的な熱だけでは、なかったけど。
「大助、暑くないの?」
「煙草」
大助は、僕の、誤魔化すような言葉には答えてくれなかった。
それってつまり、この行為は冗談じゃ、ないってこと。
そして、何が彼をそうさせたのか、というのも、彼の言葉から読み取れる。
「あのおまわりさん?」
「そ、そう。パトロールで、時々来てくれて」
「家の中まで?」
囁くような言葉が、聴覚を刺激する。
「……どうしたの、大助」
「あの人、俺に喧嘩売りにきてるよね」
彼の大きな右手が、僕の少し伸びた髪を掬う。
その、ひとつひとつの仕草が、ガラス細工でも扱ってるみたいで。
「暇つぶし、でしょ」
「民人くん、鈍感すぎない?」
指摘されれば、言葉に詰まる。
たしかに、鈍感かもしれない。
だって、僕は。
「まさか、俺の気持ちもわかってなかったなんて、言わないよね?」
今の今まで、確証は持てなかったから。
「……なんだよ、それ」
東さんの煙草の匂いが少しでもすると、大助は機嫌が悪くなる。
煙草が嫌いなわけでは、ないみたい。
東さんという他人が、大助のいない間にこの部屋に入っているのが気に入らないんだ。
「ここは、俺と民人くんだけの家だよ」
「ごめんね、大助。東さん、お仕事頑張ってるから、ついつい休ませてあげたいと思っちゃって」
だって、お前のもとめる僕は、きっとこれくらい純粋なんだから。
「民人くんのそんなところ、好きだけど」
――ほら、ね。
好きって、耳元で囁くように言われたら、もう、僕も我慢できなくて、本当のこと言っちゃいそう。
「困ったな、大助が僕を独り占めしてるみたいで」
でも、彼の前では純粋でいたいんだ。
愛とか、そんな劣情を知らないくらいに、純粋でいたいんだ。
「――独り占め、させてよ」
でも、もう、我慢できない。
これくらいは、許してほしい。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、不安だよ」
彼の腕の力が緩まったのを感じて、彼と向き合うように振り向く。
そこには、本当に余裕のない顔をした大助がいた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる