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狼さんがきた

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 目の前に虎、扉には狼。絶対絶命のピンチだ、普通ならば。

 二足歩行の狼は、タオと机を挟んで向かい側に座る静樹に目を向けると、大きく口を開いた。

「人間じゃないか! どうしたんだこいつは」
「森で拾ったんだ!」
「さらって来たんじゃないだろうな?」
「人聞きの悪いことを言わないでよ、本当に拾ったんだから」
「どうだか。お前の人間狂いは、引くほどの度合いだからな」
「酷いなあ、無理矢理さらってきたんじゃなくて、同意の上で住んでもらってるんだから。ねえシズキ?」

 無遠慮に頭の上に手を置かれて、びくりと肩を跳ねさせた。ギュッと目を閉じて耐えていると、ユウロンが怪訝そうな声を出す。

「なあ、そいつ怯えてないか」
「え? そんなまさか……あれ?」

 タオは初めて気づいたように腕を下ろし、薄目を開けた静樹の顔をのぞきこんだ。

「シズキ、もしかして……俺が触るのが怖いの?」
「……」

 ますます肩を縮こませていると、タオは焦ったような声を上げた。

「ええっ、気づかなかった……! 好き勝手に触っちゃってたよ」
「いえ、僕が怖がりなのがいけないんです……」
「ううん、そんなことないよ! 俺はシズキより身体が大きいし、いきなり触られたらびっくりするよね」

 タオは素早く静樹の頭から手を退けて、自身の膝の上に戻した。

「勝手に触らないように気をつけるよ! 見てるだけにする……本当はすっごく触りたいんだけど……」

 タオがものすごく残念そうにしているのが伝わってきて、罪悪感が胸に込み上げる。静樹は申し訳なくなってきて、恐ろしく感じる理由の一端を伝えた。

「……爪が、刺さったりしそうで、それが怖いんです」
「そうだったんだ! 大丈夫、爪は意思で出し入れできるから、うっかり飛び出したりすることはないんだよ。間違ってもシズキを傷つけたりはしないから」

(やっぱり爪もあるんだ……)

 衝撃を受けて声を出せずにいる間に、ユウロンは勝手知ったる我が家のといった様子で、お茶を沸かしはじめた。

「お前に人間の面倒をみられるのか? 信用されてねえじゃねえか」
「それは……まだ出会ってひと月も経ってないし、これから信頼関係を築いていくつもりだよ」
「ふうん……なあ、そこの人間」
「! 僕、ですか?」
「お前以外に誰がいるよ。タオからは人間の保護制度について説明してもらったのか?」

 なにそれ聞いてないと首を傾げると、クワっと牙を剥いたユウロンがタオに向かって吠えた。

「テメェやっぱ適当じゃねえか!」
「ヒッ!」
「怒鳴らないでよ、シズキが怯えてるじゃないか」
「っと、わりぃな。お前に怒ったわけじゃねえから気にすんな」

 タオの一言で、ユウロンは声の調子を落としてくれた。虎と狼が喧嘩なんてしたら、巻き込まれて余波で死にそうだ。お願いだから喧嘩をしないでほしいと願った。
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