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89.西洋屋敷のアルファ様

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オメガなんて一族にいらないと父から言われ、追い出されるようにして他家の者と結婚させられた。

向かった先でも冷遇される。

結婚相手のアルファに好きな人がいるようだ。

オメガ父のゴリ押しに逆らえなかったと、恨みがましく言われた。

ごめんなさいが口癖になり、下を向いて顔を隠すようにして歩く。

そんな日常が続いたある日、散歩をしていると大きな西洋屋敷でお茶を飲んでいる人と目があった。

「あ……」

今まで見たどのアルファよりも、美しく凛々しい人だった。

彼はオメガと目があうと微笑んで、向かいの席を指し示す。

「ちょうど誰かと話したいと思っていたんだ。お茶をご馳走するから座ってくれないか?」

フラフラと導かれるようにして、向かいの席に腰掛けた。

凛々しいアルファは、両親が旅行に出かけてしまい広い屋敷で一人なこと、仕事は株取引をしていること、ティータイムが好きなことを教えてくれた。

「君は?」
「あ、僕は……家に居場所がなくて。仕事もしてなくて、肩身が狭くて……」
「そう……何か好きなことはある?」
「散歩は好きかもしれません、気晴らしになるので」
「こうしてお茶を飲むのは?」
「アフタヌーンティーなんて初めてですが、楽しいです」
「そう、よかった」

凛々しいアルファは家族や夫のように、オメガに冷たく当たらず親しげに接してくれた。

「僕も楽しかったよ。迷惑でなかったら、またこうしてお茶を飲んでくれると嬉しい」
「……! はい」

夫以外のアルファに自分から関わるなんて、やってはいけないことだと、頭の隅でささやく声を無視した。

凛々しいアルファの対応は心地よくて、どうにも離れがたかった。

その日から秘密の逢瀬は続く。

駄目だと思えば思うほど強く彼に惹かれていく。

夫と違い穏やかで、笑う仕草ひとつにも気品があり、親しげな瞳でオメガのつたない話を聞いてくれる。

そんな彼にいつしか本気で恋をしていた。

(友達として会うだけだから。絶対に好きだなんて伝えない)

季節は巡り、発情期に入った。

流石にこの時期は彼に会えないと気落ちしながら、抑制剤を飲み部屋にこもっていたら、イライラした様子で夫がやってきた。

「甘ったるい臭いを家中に撒き散らして、欲求不満アピールか? そんなに俺に抱いてほしいなら相手をしてやる」
「ひ……嫌だ!」

オメガは全力を振り絞って家から逃げ出した。

夢中で走っているうちに、無意識に足が凛々しいアルファの屋敷へ向いた。

庭でお茶を飲んでいた彼は、驚いた様子で外に出てくる。

「どうしたんだ?」

息が乱れて言葉にならない。背後から夫が追いかけてきた。

「おい、俺に逆らうとはいい度胸だな! ……誰だテメェは」
「君は彼の結婚相手か?」
「だったらなんだ、部外者はすっこんでろ」
「〇〇社の〇〇部所属の〇〇くんだね?」
「なんで知ってる」
「社長の娘が既婚者に誑かされたと、業界では有名だからね」
「ち、違う! でたらめだ!」

真っ青になった夫は凛々しいアルファに怒鳴りつけるが、彼は鋭い目で見返す。

「会社にいい顔をしたいが、実家の借金を肩代わりしてくれたオメガと離婚する訳にもいかないと、板挟みになっているのか。彼にも、浮気相手にも不誠実だ」

浮気をされていたのか。
特にショックは受けなかった。

元々好きな人がいると知っていたし、そもそも最初から彼に気持ちはない。

けれど彼は超えてはいけない一線を超えてしまっているようだ。

オメガは顔を上げて言った。

「離婚しましょう」
「な……っ! 嘘だろ? こいつの言ってることはただの噂だ!」

「では、然るべき機関に調査してもらいます」

その日からオメガはホテル住まいをして、調査書を作り夫の浮気証拠を実家に送りつけた。

父は激怒し、すぐに夫の家に資金援助をやめて、別れるように夫に言い渡した。

オメガに対しても、浮気されるなんてみっともない、お前は俺の家の子ではないと勘当される結果となった。

けれど心は清々しかった。これで夫からも家からも解放された。

元夫は金を失い、社長の娘にもフラれて住んでいた家を売り払い、行方知らずとなった。追いかける気はさらさらない。

これからは自分の力で生きていこうと、小さなアパートの一室を借りてアルバイトをはじめる。

休みの日の早朝に西洋屋敷を覗き見て、勇気をもらっていた。

(巻き込んで申し訳なかったな、遠くで見守るだけにするから許してほしい)

そんなある日、彼が偶然庭に出ていた。すぐに引き返そうとしたけれど止められる。

「待ってくれ!」

駆け寄ってきた彼はオメガの腕を掴む。

「あれから大丈夫だったのか?」
「心配をおかけして挨拶もせずにすみません、ご迷惑をおかけしたとあわせる顔もなく……」
「いいんだ」

最近の話を聞いた彼は、焦ったように言う。

「またお茶を飲みにきてくれないか」
「そんな……また元夫が来て迷惑をかけてしまうかもしれません」
「迷惑ではない! 君を守りたいんだ」
抱きしめられ、切迫した声が耳を打つ。
「好きだ。側にいてくれ」
「えっ」

夢かと思った。そんな都合のいい話があるのか。

見つめた彼の目は確かに、熱情に満ちていて。

瞳を潤ませながらオメガも言った。

「僕も、好きです」

それからというものの西洋屋敷には、アフタヌーンティーを楽しむ二人の笑い声が響いているらしい。
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