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66.余命三ヶ月の男の決意

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余命三ヶ月と宣告された。

俺はまだ死にたくない。好きなヤツがいるんだ。
一度でいいからデートがしたい。

通勤電車で見かける憧れの彼に、あわよくば抱いてほしい。

今までずっと見ているだけだったけれど、思いきって声をかけてみた。

「あのっ! ハンカチ落としませんでした?」
「いえ、僕のじゃないです」
「そうなんですね、青い綺麗なハンカチだから、お兄さんのイメージとピッタリあいません?」

無理矢理話題を振りまくると、彼は愛想よく応えてくれた。

「よく同じ電車に乗っていますよね。これから仕事ですか?」

ただの通行人Aである俺のことを、覚えてくれていたのかと感激した。

「いえ、訳あって仕事はやめたんです」
「そうでしたか」

話の最中、裾が折れてますよと盗聴器とGPSをスーツの内側に貼りつけた。

心臓が弾けそうなほど緊張しながら彼と別れて、家に戻ってデータを収集する。

もう時間がないんだ。なりふり構っちゃいられない。

仕事に費やしていた時間を全て使って、彼の人となり、趣味、恋愛観、生活パターンを割り出す。

残された時間の中で、限りなく「彼にとっての理想」を追求、模倣し再現してから、偶然を装って彼の近所のスーパーで会った。

「あ、またお会いしましたね」

イメチェンした俺を見て、彼は一瞬誰だかわからなかったらしい。 

髪を明るめに染めてふんわりした雰囲気にして、人好きのする笑みを浮かべてみせる。

「雰囲気変わりましたね、素敵です」

掴みはOKだ。夕飯の話をしながら、一人で食べるのが寂しい、一緒に食べませんかと儚げに誘うと彼の家に招かれた。

必死で練習した彼の好物であるエビチリを出すと、とても喜んでくれる。

「美味しいです!」
「よかった。中華が好きなんです」

本当は辛いのが苦手で、ハンバーグとか子供っぽい料理が好きだけど、そんなことはおくびにも出さない。

トントン拍子にデートの約束をとりつけられて、俺の気分は有頂天だった。

体調を誤魔化しながら横浜中華街を巡るデートをし、ふらつくと彼が支えてくれる。

これが最後のチャンスかもしれないとホテルに誘うとついてきてくれた。

夢のようなひと時を過ごし、翌日はゆっくりしたいからとそのままホテルで別れた。

もう体は限界だった、明日には入院して二度と外には戻れないだろう。

けれど俺はとても幸せだった。

これから成功率が一割もない手術が待っているとしても、胸の中はとても温かく満ち足りていた。

さよなら世界、さよなら大好きな人。

……死んだものと思って手術に挑んだのに、どうやら生き残れたようだ。

どうやって病院を突き止めたのか、俺の手を握って泣く彼がいる。

「そんなに体調が悪かったのなら、なぜ教えてくれなかったんだ! 君のことが本気で好きなのに」
「ごめん……死ぬやつに好かれたって、迷惑だろう?」
「そんなわけあるか!」
「それに、俺はお前を騙していたんだ。本当は儚げでもないしふんわりした性格でもない、お前が好きでストーカーするような陰湿な性格なんだよ」

「なんとなくわかってたよ、この子は僕の為に無理してくれてるんだなって」
「バレてたのか。じゃあわかっただろ、俺はお前の思うようなヤツじゃない」
「いいや、理想通りだよ。健気で頑張り屋で、涼しい顔して裏で努力を重ねてる。僕はそんな君だからこそ恋に堕ちたんだ」

目から鱗すぎて、とっさに言葉が出てこない。

彼は目尻にたまった涙を拭いて、魅力たっぷりに笑う。

「さては僕のことをほとんど知らないな? 出会ってまだ少ししか経っていないからしょうがない、これからずっと一緒にいればわかってくれるよね」

彼は宣言通り、俺が儚げじゃなくても、子どもみたいに思いきりはしゃいだり怒ったりしても、側にいてくれた。

しわしわのおじいちゃんになるまで、一生、側にいてくれた。
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