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第二章
21話
しおりを挟むミカエルは満足いくまで俺の髪を指先ですいた後、クリストバルを揶揄するような口調で告げた。
「兄さん、水臭いなあ。ユールを呼ぶなら俺も一緒に呼んでくれればいいのに」
「なぜお前を呼ぶ必要がある」
ギロリと眼光鋭く弟を睨むクリストバルだったが、当の本人はヘラヘラ笑って怯む様子もない。
「前にも言ったけど、兄弟仲良くしたいじゃん」
「前にも言ったと思うが、執務に影響がなければ仲がよかろうが悪かろうが関係ない」
クリストバルは両腕を組んでミカエルに言い返す。
「またまた、素直じゃないなあ。この前のガレル達の婚約祝いの席だって、ぜーんぶ兄さんがセッティングしてくれたじゃん? 内心ユールと仲良くしたくてたまらないんだろ、このこのっ」
「やめろ」
クリストバルの背後に回り、肩の上から肘をもたれさせようとしたミカエルだったが、その前にクリストバルに体を逸らされ肘は空を切った。
「あっ、避けるなよ」
「ユール、ミカエルは調子に乗るとろくなことをしない。今度からは困難なことがあれば私に相談しなさい」
「は、はい」
代わりにソファーに肘をついたミカエルが、クリストバル相手にぶー垂れている。
「あー、兄さんばっかりいいとこ取りしようとしてる」
「お前が頼りにならないからだ。わざわざ心労の種を王宮に招きいれるなど」
「だってかわいいユールのお願いだよ? 聞いてやるのが兄心ってもんでしょ」
「その気持ち自体咎めはしないが、やり方が問題だと言っている」
クリストバルの説教がはじまった。ミカエルはまあまあと笑ってクリストバルをいなすと、話を逸らそうとしてか俺に矛先を向けてきた。
「そーんな怒んなくてもいいじゃん。ていうかさ、ユールこの前下町の少年みたいな話し方してなかった? 君のお綺麗な顔であの口調だとクセになるっていうか、もっかい聞きたいからなんか言ってよ」
「えっ」
「下町の少年? なんの話だ」
やっば、そういやミカエルにはフォルテオとのやりとりを聞かれてたんだった! 王族らしく振る舞うぞって気合いれたばっかなのに、こんなところで挫折してたまるかよ!
俺は普段より数段気合の入った、きらめき王子スマイルを顔にはりつける。
「えーと、なんの話でしょう? 僕そんな王族らしくない話し方しませんよ、ミカエル兄様の聞き間違いではないですか?」
「そうだっけ? ……いや、絶対言ってたって!」
うぐっ、ごまかすのは無理そうか……?
俺が焦って返事を言いあぐねていると、ガレルまで執務室にやってきた。期せずして四兄弟揃ったな。
「なんの騒ぎだ……ユール!」
「ガレル兄様!」
俺はこれ幸いとばかりにガレルの元まで飛んでいく。ガレルは俺を腕の中に抱きとめると、ミカエルを睨んだ。
「ミカ、またユールにちょっかいをかけているのか」
「ここで偶然会って話をしてただけだって。なあユール?」
「……はい」
ここでさっきの話を蒸し返すとまたつっこまれそうだからな、肯定しとこ。
しかしガレルは警戒が解けないのか、俺を抱きこんだまま追求の手を緩めない。
「いや、ユールは困っていたぞ。クリス兄上、ミカはユールに何を言っていた?」
「ユールに下町の少年のような話し方をしてほしいとねだっていた」
あーっ! せっかくごまかせると思ったのに! 言うなよクリストバル!!
ガレルは興味深そうに、冷や汗を垂らす俺と、期待に満ちた目をしているミカエルを見比べた。
「ほう? それはまた……」
「悪趣味な。ユールにそのような話し方は似合わない」
クリストバルは俺に幻想でも抱いているのかそんなことを言いはじめた。ガレルもなぜか追従する。
「そうだな。ユールにそのようなギャップがあるのも面白いかもしれないが、そのような気やすい話し方をすればよからぬ誤解をする輩が増えるかもしれん」
「いや、別にここで話してみせるだけなら関係ないじゃん?」
なおも食い下がるミカエルに見せつけるようにして、ガレルは俺の顎をくいっと上げて至近距離で俺の顔を見つめた。金の瞳にとらえられる。
ひぇ……な、なんだよ!?
「ユールはそのような話し方をしない。そうだな?」
「は、はいぃ」
金の瞳にまっすぐに射抜かれて、その恐ろしいくらいに美しい瞳に呑まれているうちに返答がこぼれでていた。
ガレルは俺の返事に満足そうに頷く。
「そういうことだ。そうだクリス兄上、婚約祝いの品への礼がまだだったな。あれはとてもいい物だな、ユールも気に入っていたぞ。礼を言う」
「ああ」
クリストバルは眉間に皺を寄せたまま、ニコリともせずに首肯した。代わりにクリストバルの背後にいるリリアの笑みが深まる。
……だんだんリリアがぶっきらぼうな弟を見守る姉のように見えてきたんだが、気のせいか?
「実はまだグラスを使用していないんだ、ユールの為に取り寄せていた酒がやっと届いたところでな。今晩使わせてもらう」
「飲酒は程々にな」
「心得ている」
長男と三男が固い口調で和やかな会話を繰り広げていると、次男が手を上げて口を割って入ってきた。
「なあなあ、俺の渡した結婚祝いの品は? 流石にもう使ってくれたよな?」
「ミカ。それに関しては俺から個人的に話したいことがある。また二人で会った時に話そう」
「ああ、そうする? いいよーそれでも」
ミカエルはニヤニヤと俺を見つめた。ガレルはすかさず彼の様子に気づき、ミカエルの視線を遮るようにして俺の顔を胸元に押しつけた。
固い胸板を頬に押しつけられて、普段なら文句を言うところだが今回ばかりはありがたい。
「では俺はこれで失礼させてもらう。クリス兄上、ユールへの話は終わったのか?」
「ああ」
「ではユールと共に退出しよう。失礼する」
「じゃあな、またねー」
クリストバルは相変わらずの仏頂面で、ミカエルはにこにこと笑いながら俺達を見送った。
ガレルは俺の腰を抱きエスコートするようにして部屋から出る。
ガレルはこの後自分の執務室へ戻るんだよな? 俺は結界編みに行くから反対方向だ。
「ガレルは執務室だよな、ならここで別れるか」
「まあ待て……ユール、俺はお前の話し方が好きだぞ。お前の素直な言葉は耳に心地よい」
ガレルは俺の耳に吹きこむようにして囁いてくる。低い声が直接耳元で流しこまれてドキッとする。
「だが、それを他のやつにわざわざ聞かせてやる必要もあるまい。ユールの可愛さは俺が知っていればいい話だ」
「ごめん、俺フォルテオとフレンにもこの口調だわ」
「なに?」
ガレルは少し悩んだ後、仕方なさそうに口にした。
「……フレンとは今後会うことがないから不問としよう。フォルテオは……」
「俺が匡の口調でも王子口調でも、なんも気にしないと思うぞアイツは」
「……そうだな。やつは俺のライバルにはなり得ない。フォルテオは婚約者を溺愛しているからな。腹の底まで黒い彼が、婚約者の前ではまるで純真な青年のように振る舞っているともっぱらの噂だ」
マジで!? 俺、貴族のする噂話にはロクなもんがないと思ってたけど、そういう噂ならもっと聞いてみたい!
「なんだそれ、想像できないんだけど。フォルテオが婚約者と一緒にデートしてるトコめっちゃ見てみたいんだが」
「一度城の庭で茶会をしていたが、フォルテオは見ているこちらが恥ずかしくなるほどのだらしない笑顔だったぞ」
「へー、今度からかってやろっと」
「やめておけ。馬に蹴られるばかりか何十倍にもなって口撃が返ってくるぞ」
……フォルテオならやりそうだな。
前に俺に冗談でつきあってみるか聞いてきたことをネタにして、からかってやろうかと思ったけど、十倍返しはされたくないしそっとしておくか。
「まあ、フォルテオ相手ならば致し方あるまい。ではまた今晩会おう」
「ああ、俺この体では初めて酒飲むんじゃね? 楽しみだな!」
「俺も楽しみだ。ではな」
ガレルは俺にさっとキスをして去っていった。やった、今夜は飲み会だ!
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