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第二章

19話

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 現れたフォルテオに胡乱げな目を向けると、彼はニコニコしながら果物がたんまり入ったカゴを胸の前に掲げてみせた。

「はい、君の好きな果物ばかり集めた特製盛りだ」
「そりゃどーも。もらうもんもらったから、もう帰っていいぞ」

 冷たい俺の視線もなんのその。フォルテオは果物をメイドに預け、笑顔でこちらに近づいてくる。

「そんなに冷たくしないでくれ、つれないなあ。せっかく来たんだしちょっと話でもしよう。この椅子借りるよ」

 勝手にベッド脇の椅子を拝借して居座る気満々なフォルテオに、俺はケッと悪態をついた。

「ここで叫んで、マシェリーや護衛にフォルテオに襲われたって証言してやろうか」

 お茶を淹れにきたメイドがギョッとした表情で俺を二度見した。いや、言ってみただけだってば。
 フォルテオは感心したように腕を組む。

「なかなか恐ろしいことを言うね君は。いや、ある意味喜ばしいことかもしれない。やっと自分の価値やひ弱さを自覚してきたってことなのかな」
「ひ弱いって言うなよ!」
「ああ、失礼。では華奢で儚げな、とでも言い換えておこう」

 涼しい顔でメイドが淹れた茶をすするフォルテオ。俺はぐぬぬと唇を噛んだ。フォルテオがそんな俺をチラリと見て嗜める。

「唇に傷がついてしまう、そんなことをしてはガレル様が悲しむよ」
「ほっとけ。話ってなんだよ」

 はよ本題に入れと急かすと、フォルテオは優雅な所作でカップをソーサーの上に戻し、やっと用件を話しだした。

「今回私は君とフレンを引き離した悪役みたいなものだろう? きっと君は私に言いたいことが色々あるだろうから、聞いておこうと思ってね」

 おーおー殊勝な心がけだな? なら言わせてもらおうじゃねえか。

「俺はフレンとは本当にただの友達だったんだ」
「うんうん、君はそのつもりだった」

 ちょ、いちいちそういう引っかかる相槌うたれると、話しづらいからやめろよな。

「いいから黙って聞けって……フレンが俺にその、恋? してるのも本当にわかんなかったしさ。それにフレンの方だって言う気はなかったみたいなこと言ってた。わざわざお前がけしかけなきゃ、俺はまだフレンと仲良く友達でいられたはずなんだよ」

 フレンの方だって俺に自分の気持ちを告げる気はない、みたいに言ってたしな。
それはそれでいいのかよくないのかわからんけど、今のところ友達として上手くやれてたはずなんだよ俺達は。

 フォルテオは頷きながら俺の言い分を聞いていた。

「なるほどね。ではそんな君に教えてあげよう。君が彼とトモダチでいることにより、ある面白い噂が城内を駆け巡っていたんだよ」
「は? なんだって?」
「宝石の君は市井の野良猫に夢中で、獅子は爪を砥いでいるようだ」

 なんだそりゃ。全然わからん……もしかして獅子はガレル? とすると野良猫はフレンで宝石の君は俺か!?

 よくわかっていなさそうな俺の様子を見て、フォルテオはもったいぶりながら注釈をいれてくれた。

「だから、君の行動は浮気じゃないかって貴族の方々から誤解を受けていたんだ」
「なんでだ、浮気なんてしてないぞ俺は!」
「君はそのつもりだったんだろうね。けれど毎日個人の私室に通って長時間出てこないとなると、そういう誤解を生んでしまうものなんだ」

 そうなのか? ……男同士で浮気もクソもあるかよと一瞬匡サイドの常識が頭によぎったが、そういやここは男同士の結婚が普通な世界観だもんな……
 男が二人で仲良くしてたらそういう誤解を生むこともある、のか。

 いや、全くそんな認識してなかったわ。フツーに大学生の時のノリで、一人暮らしの男友達の家に上がりこむ感覚でフレンに会いにいってたよ俺は。

「もちろん私は、君が浮気していなかったと知っている。ただ、君は王族なんだ。常にその行動は貴族の注目の的になっている。特に最近は人前に姿を現すことも増えただろう?」

 フォルテオはもう一口お茶を飲むと、肩を竦めた。

「このまま君の言う友達関係が続いていれば、獅子は宝石の君を放任している、もしかしたら俺にもチャンスがあるかもしれない……と思った貴族達からアプローチを受けていただろうね」
「マジでか」
「そうなる前に、ガレル様は君の行動を強制的に制限したようだけど」

 そんな駆け引きが水面下で行われていたなんて。マジで全然気づかなかったんだが。

「ユールがフレンから離れなければ、実際に君に迫る輩が確実に増えただろう。移り気な君と体だけでいいから仲良くなりたいってね」
「おま……おっそろしいこと言うなよ」
「事実そうなりかけていた話だ。現実から目を逸らしてもロクなことにはならない」

 フォルテオはカップを手に持ったまま薄く笑った。相変わらずなにか企んでいるように見える笑みだ。

「ガレル様の婚約者と目されていても君を手に入れたいと願う者は多い。だから君は噂が立ったフレンと物理的に離れる必要があった」
「なんでだよ」
「一度噂が立ったらそれを打ち消すためには多大な労力を使うんだよ。物理的に離れてしまうのが一番手っ取り早い。けれどユールにそれを言って聞かせたところできっと納得しなかっただろう?」
「まあ……うーん」

 フレンと仲良くしてると他の人からも性的にちょっかいかけられるって言われても、自分が狙われてるって自覚の薄い俺からしたら、はあお前なに言ってんの? とその意見を一蹴しただろうな……

「だから君には自分が狙われていて、なんなら君が友達だと思っているような相手にも想いを抱かれているんだってことを知ってもらう必要があった」

 黙りこみ思考に耽る俺に、フォルテオは少し苦笑したもののなおも言いつのる。

「まあ、多少強引で後味の悪い手段だったことは認めるよ。君に納得してもらい、なおかつこれ以上事態を悪化させないためにはこれが最善だと思ったんだ」

 お前、そういうとこだぞ……どおりでいろんなヤツからビビられてるわけだ、と俺は思ったものの口には出さなかった。

 多分フォルテオはフォルテオなりに、これがガレルと俺にとって一番いいと思ったからやったことなんだろうなって一応納得できたし。

 フレンの気持ちはこれ以上ないほど犠牲にしてるとは思うけどさ。フォルテオからしたらフレンはよく知らんやつだし、コイツ他人相手には容赦しねえのな。

「お前の言いたいことは理解したよ。気にしないとまでは言えないけどな……それにしてもお前そういう情報どっから仕入れてくるわけ?」
「ははっ、私には色々と伝手があるから。とにかくそういうわけだから、君はもう少し自身が与える影響について考えた方がいい。君は自分が思っているよりもずっと注目されているし、魅力的に思われているんだから」
「ご忠告どうも。お前に魅力的とか言われるとゾッとするな」
「ひどいなあ、褒めてるのに」

 フォルテオはニコニコと笑いながらおどけてみせた。本当によく回る口だな。

「いいかい? 今度から友達と会う時は、個室ではなく茶会を開いて大人数で会うとか、毎日のように遊びにいかないとか、節度をもって親しむといい。そうすれば私も口を挟んだりしないし、ガレル様だってなにも言わない」
「へーへー、わかりましたよー」

 わかっちゃいるけどフォルテオに言われるとなんかムカつく。俺が口を尖らせていると、フォルテオに鼻先をむぎゅっとつままれる。

「んぎゃ! なにひゅんら!」
「返事に誠意が足りてないよユール、やり直し」
「わ、わかったってば! フォルテオの言ったとおりに気をつけるから!」
「よろしい」

 俺は解放された鼻を手で覆った。いきなりなにするんだ。

「フォルテオにいじめられたってガレルに言いつけてやる」

 フォルテオは茶器をサイドテーブルに置き、手を顎に添えた。そしてニヤリと不敵に笑う。

「ご自由にどうぞ? 事情を聞けばガレル様は私の肩を持つだろうから、君は説教を二倍受けることになるけど」
「くっそ。ドS野郎め」
「よくわからない言葉だけど褒められている気がする、どうもありがとう」

 ああもうそれでいいよ! ちくしょう!!
 今回はしてやられたけど、次は俺がフォルテオの間違いを指摘して颯爽とフォローしてやって、ぎゃふんと言わせてやるんだからな!!
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