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第二章
8話
しおりを挟むミカエルは俺の話を口を挟まずに聞いた後、おもむろに口を開いた。
「へえ、孤児の少年か……その少年には特筆すべき能力がないことがネックなのか。魔力はもう調べたのかな? 平民でも裕福な者しか魔力の有無を調べられていないのが普通だから、万が一高魔力の持ち主であれば王宮で雇うことも夢じゃないかもよ」
おお! そんな裏技があったのか。あいつ一六才にしてはそこまで背も高くなかったし、ヒョロガリで筋肉つきそうにない体質っぽいし、ワンチャン高魔力持ちってこともあり得なくはないよな。
ミカエルは意味ありげに薄く俺に微笑みかける。
「なんなら本当に高魔力持ちの少年だったら、俺が後見人になってあげたっていい。今はユール以外の結界術師を育成している最中だし、フレンとやらをその仕事に推薦してあげるよ」
「本当に!? ありがとうミカエル兄様!」
「いやいや、かわいいユールのためならこの程度わけないさ。このミカエル兄様にドーンと任せてくれ」
大事な要件しか動かないグータラみたいに散々言われてたけど、俺の相談にもちゃんと乗ってくれるしいいやつじゃん! 見直したぜミカエル兄様!
俺はミカエルの良案を土産に、ホクホク顔でフレンの元に向かう算段を整えた。今回も護衛はザスとレオにお願いした。
三日後には魔力を測る手筈を整えてフレンの元を訪れる計画を立てることができた。
ガレルにミカエルのアイディアと一連の外出計画を話すと、ちょっと不機嫌になった。
「ミカをあまり頼るな。奴は大事なことに対しては的確に処理するが、面白そうだと感じたことは事態を引っ掻き回してややこしくすることも多々ある。あまり盲信すると痛い目にあうぞ」
「実の兄をそんな風に言うなよ、ミカエルはいい奴だったぞ。ちゃんと話を聞いてくれて解決策を教えてくれたし」
「お前はあいつのことをよく知らんからそう言えるのだ……」
ガレルは頭が痛いとでも言いたげに額を押さえる。なんだよ、そんなに駄目なやつなのか? ちょっと不安になってきたじゃないか。
「高魔力持ちの平民などそもそも稀であるのに、孤児がそうである可能性などないに等しいではないか。ミカも酷なことをする……いや、一度希望を持たせて落ちこんだユールを慰める魂胆か……」
なにやらガレルがブツブツ呟いているが、不安を追い払うのに注力を注いでいた俺は細かいところまで聞かずに、ガレルの言葉を意識の外に追いやってしまっていた。
「きっと大丈夫だって、とにかく俺はミカエルを信じて、フレンの魔力を調べてみる」
「……なにか問題が起きた場合はすぐに俺に相談してくれ」
「わかったって、ガレルは心配性だなあ」
俺はチュッとガレルの頬にキスを贈ると、早めに寝床に入った。
「なんだ、もう寝るのか?」
「計画通り三日後には魔力測定したいしな。どんな手順でやるのかとか考えておきたいし、明日は早起きするんだ! 邪魔すんなよ」
「はあ……つれないなユールよ」
ごめんなガレル、この埋め合わせは明後日のデートでするからさ!
*
魔力測定には二つほど方法があって、一つは大きな町に設置されている魔水晶に触れることで、おおよその魔力を測ることができるらしい。
でもこれは一日に測れる人数が限られていて予約がなかなかとれないらしい。俺が調べた時も一ヶ月は予約で埋まってた。さすがにそんなに待ってらんないよな。
王侯貴族なら順番待ちなしで予定をねじ込めるそうだけど、やめておいた。その分待ってる誰かの枠を奪っちゃうことになるしな。
他に魔力を測る方法として、魔力がある人が相手に魔力を流すことで、魔力の有無がわかるらしい。魔力を持っている相手に魔力を流すと、なんか抵抗を感じるらしい。
この情報もミカエルに教えてもらった。兄様マジ有能。恩にきるぜ!
早速次の日、俺は本日のスケジュールを告げにきたマシェリー相手に魔力を流していいか聞いてみた。
「私に魔力を流すのですか? ユール様が?」
「魔力を測るための練習がしたいんだ。マシェリーが迷惑でなければぜひ協力してほしい」
「……わかりました、どうぞ」
許可を得て早速マシェリーの手をとる。えーと、魔力を流すってことは……こうか? いつも結界を編んでいる時の要領でスーッと指先から魔力を放出する。
マシェリーは黙ってそれを受け入れた。特に痛いとか不快感はなさそうだ。
ん? ちょっと突っかかる感じがあるな……
「マシェリー、君には魔力があるのか?」
「はい、あまり大した魔力量ではないですが」
ふむふむ、こういう感じでわかるんだな。これなら俺にも魔力が測れそうだ。
「ご協力ありがとう、もういいよ」
「かしこまりました」
その後も通りがかった騎士だったり役人だったりに、手当たり次第何人かに試させてもらった。みんな戸惑いつつも協力してくれた。
魔力のない人もいたけど、その人は全然突っかかる感じはしなかった。逆に魔力が多い人は抵抗が強めだった。
んー、こうなったら俺の休日に結界術師として努めている人の魔力量も測ってみたいところだ。その人達と同じくらい魔力があれば、フレンにも結界術師が務まるってことになるしな。
結界管理の役人に他の結界術師に会いたい旨を伝えると、三人ほどは今日出勤しているんだそうで会うことができた。
うん、三人も試せば感覚が掴めるだろ。役人がそいつらに声をかけて集めてくれるというので、お言葉に甘えることにした。
集まった三人に会ってみると、全員成人は迎えているそうだが、軒並み小さくて華奢だった。女子が一人いるのでそいつは勘定にいれないとして、男二人の身長もフレンとどっこいって感じだな。
しかしダントツで俺の方が小さい……くっ、いや、俺は成人したばっかだし! まだ伸びるんだからな!!
「ユール様が僕に魔力を流してくださるんですか? 光栄です!」
茶髪のぼんやり顔のヤツはやたらと俺に尊敬の念を向けてきた。なんか尊敬されるようなことしたっけな? 結界術師として俺の魔力の多さに憧れたりしてるんだろうか。
お手を拝借して魔力を流してみる。おおっ? だいぶ突っかかるな……これが魔力量が多いヤツの感覚なのか。ふむふむ、覚えておこう。
「ユール様が、僕の手を触った……! 僕、今日から手を洗いません!!」
やめろ、洗ってくれ。
残りの二人にもなにやら恐縮されながら魔力を流した。
女子に対しては俺の方が遠慮しそうになったが、せっかく集まってもらったので魔力を流させてもらった。
「これがユール様の魔力なのですね……ありがとうございます、この感覚を大事に覚えておきます」
なんでだかありがたがられた。俺は仏様かなにかか、そんな大層なもんじゃねえよ?
この女子に対してもやっぱりかなり突っかかる感じがあって、魔力を流しにくい。
逆に俺に魔力を流すよう最後のヤツに試しに頼んでみたけど、彼は俺に魔力を流すことができなかった。自分より魔力が多いヤツには魔力を流せないのか。へー、勉強になったな。
三人には丁重にお礼を言って帰ってもらった。……なんで拝まれてんの、俺。だから神様とかじゃねえよ? 王子様ではあるけども。
結界部屋の近くまで行ったから、ついでにその日のお仕事を終えて自分の部屋に戻った。
そうそう、帰りに魔力量を測ってほしいってヤツが現れたので、そいつのも測らせてもらった。
なんかやたら測ってもらって嬉しそうだったな、俺の触ったところを大事そうに撫でていた。ちゃんと手は洗えよ?
で、そんなこんなで今日も戻りが遅いらしいガレルを置いて先に夕食を食べ、風呂も終わらせて部屋でくつろいでいたところ。
なぜかお冠のガレルが帰ってきた。俺がくつろいで本を読んでいるベッドまで寄ってきて、いきなり腕を掴まれる。
「おかえり……うわ、なんだよ」
「ユール、今日は一体何人にこの手で触れた?」
「何人だっけ? 十五人くらいか?」
ガレルはうっそりと微笑むと、そのままベッドにギシリと這い上がってくる。あ、なんかこれヤバそうな流れ。
俺が身構えた時には時すでに遅し、ガレルに完全にのしかかられてしまった。
本を取り上げられてベッドサイドに置かれた。ガレルは金色の瞳を爛々と光らせながら、獲物を吟味するかのように俺に視線を走らせる。
「触れたのは手だけか?」
「そうだけど……なんでそんな怒ってんの?」
「わからないか?」
ガレルは手早くブーツを脱ぐと、俺の指先に軽く歯を立てた。
「や、やめろよ」
「この美しい指が誰ともしれない輩に触れたのか。消毒をさせてもらうぞ」
ガレルは迫力ある笑みを顔に浮かべると、俺の指先に舌を這わした。
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