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7話
しおりを挟む時は空を赤く染める夕方。
ガレルは通常通り執務を終えて、城内の廊下に出て歩きだす。
脳裏に描くのは、白金の髪とアメジストの美しい瞳の持ち主だ。
その存在はガレルにとって宝玉のようでもあり、柔く脆い庇護するべき者でもあり、そして唯一無二の愛を捧げたい存在でもあった。
見た目の美しさもさることながら、特に美しいのは心根だ。
策謀や姦計が飛び交う王宮の荒波に揉まれるガレルにとっては、ユールの純真無垢な心に触れることは癒しの甘露のようであった。
彼が養子として王家に召された頃は純粋に弟として可愛がっていたのだが。
成長しても変わらない純粋さや、自分を一心に慕ってくれる様子を見ていると、本気で欲しくなってしまった。
その愛しのユールは最近遅い反抗期に突入し、行動的になった。
今日のユールは図書館か、自室か、それとも訓練所か。
この時間なら自室だなと考えたところで、向かいから細身で背の高い、深緑色の髪の男がやってきた。
「おや、ガレル様ではありませんか。お久しぶりでございます」
「フォルテオか。高級官僚の試験を首位で通過したと聞いたぞ、めでたいな。史上最年少の天才だと官僚の間で噂になっていた」
「もったいないお言葉でございます。まだまだ父には及ばない若輩者ではありますが、精一杯努めさせていただきます」
「ああ、期待している」
このフォルテオという男は、宰相の息子という地位に驕ることなく努力を重ねてきた。
やはりユールの学友を決める時に彼を推薦したのは正解だったと、ガレルは改めて自分の判断に自信を持った。
「ところでガレル様、ユールから最近面白い話を持ちかけられたのですが」
「聞こう」
「忘却の薬草や忌避草を盛りたい相手がいるようです。なにかお心あたりはございますか?」
ガレルの頭の中で政敵の顔と現在の関係性が駆けめぐり、草に報告させているユールの最近の行動と照らしあわせた。
「……いや、少なくとも悪意のある相手とはユールを関わらせてはいないな」
「ですよねえ」
ええ、そうでしょうとも、と相槌を打つフォルテオ。なかなか本音を見せない相手だが、ガレル相手に嘘をついて操ろうとしたことはない。
踏んではいけない轍は確実に避けて通る男だ、この程度のやりとりでガレルを怒らせることはないとわかってやっているのだろう。
わざと話の聞き取りづらい中庭を選んでユールと会うような男ではあるが、報告が必要だと思ったことはガレルに直接伝えに来るのだ。そして恩を売る。
そのやり方に思うところがないわけではないが、基本的に自分にもガレルにも得があるよう動く男であるので、現在のところは乗せられてやっている。
「最近のユールは本当に活動的だな。ツェリンも俺に相談に来たぞ、ユール様がなんだか変なんです、とな」
「さようでしたか、ツェリンはなんと?」
「夜会服を貸してほしいと頼まれたらしい。たまには気分を変えたいと言っていたと」
「それはおかしな話ですね」
ユールには主人のものだと主張の激しい夜会服しか渡していない。
急に装いを変えれば有象無象の輩になにを思われるか、わからないはずがないと思っていたが。
「少々甘やかしすぎたか」
「ええまあ、目に入れても痛くないと言わんばかりの可愛がりっぷりかと。それで最近は息苦しさを覚えているそうですよ」
「ふむ、そうか……つまり、ユールは俺に忘却の薬草や、忌避草を使いたかったということか?」
「相変わらず察しがお早い」
乾いた笑みで頷くフォルテオ。
ユールを通して自分に一服盛ろうとする誰かの存在は警戒していたが、流石にユール本人がそのようなことを考えているとは思ってもみなかった。
「……あの子のことだ、どんな薬かも知らずに興味本位でお前に尋ねたのではないか?」
「ガレル様のおっしゃる通りでしたので、劇薬であり禁薬指定されているとハッキリ伝えておきましたよ」
「礼を言おう」
……俺が守ればいいと思っていたが、本人にも安全に守られてもらうための再教育が必要かもしれんな。
あの子の純真さが穢れたこの身には眩しくて、いつまでも籠の中でその美しさを愛でていたかったが……本人がそれを望んでいない以上、方向転換を図る時がきたと言えよう。
ユールも成人を迎えるにあたって、いつまでも無垢でいることはできないしな。さて、今後どうしていくべきか。
俺が思考の海に沈もうとしていると、フォルテオはまだ話があるようで言葉を重ねてきた。
「ガレル様のことですから、今後もユールの安全は完璧に保証されることでしょう。それをわかった上で、これは彼の友達としてのお願いなのですが。もう少し彼を自由にさせてやってはくれませんか?」
窓から差しこむ赤い光で染まった、彼の琥珀色の瞳を見つめる。フォルテオにしては珍しいことだが、本当にユールのことを慮っているらしい。
もっとも、他の狙いもあるかもしれないが……少なくとも友を思う気持ちに偽りは感じられなかった。
ユールを取り巻く現状は厳しいと言っていい。養子という立場、本人の能力の希少性、婚約前であること。
どう考えても、今の時期に警備の隙を見せることは得策ではない。
「自由か……しかし立場上、彼を自由にはさせてやれん」
「それはわかっていますとも。ただ、このまま強硬してはユールの気持ちは離れていってしまうかもしれません」
「……なにが言いたい?」
「もうガレル様がユールと結ばれることは必然。であれば、安全を確保した上で彼のやりたいようにやらせてみればよいのでは? その方がきっと、多く笑顔をみせてくれるでしょうし、貴方様の度量に惚れなおすかもしれません」
ユールの笑顔か。脳裏に蘇るのは、屈託なくなんの含みもなく、輝かしい笑顔を見せるユールの姿だった。
最近は警戒されてばかりだからな……と柄にもなく少し落ちこんだが、ガレルは表情に出すことはなかった。
フォルテオの提案も自身の考えとそう違いがないことを確かめ、鷹揚に頷く。
「まあ、一理あるな……フォルテオ」
「はい、なんでしょう」
ガレルは懐から、小さな包みを取り出した。
「ここに、悠然草の種があるんだが」
「……な、本物ですか?」
「確かめたいか? なら、俺の問いに答えてもらおう。正直にな」
「もちろんですとも」
私はいつだって正直ですよ? と宣うフォルテオだったが、嘘は言わずとも自分の持っていきたい方向に自然と話を誘導するような男だ。
ユールに対しては冷静さを保てない自覚があるガレルには、念には念を入れてフォルテオに釘を刺しておく必要があった。
ガレルは腕を組んで話しだす。
「最近のユールの様子をどう思う?」
フォルテオは顎に手をやり、少し間をおいてから発言した。
「急に人が変わったかのようですね」
「そうだな、お前もそう思うか。ツェリンもそう言っていた、俺の感覚からしてもどこかおかしい」
思いかえせば、最後に遠乗りに行った時からおかしかったように思う。
いつもは兄様大好きと雄弁に伝えてくる瞳が、慕わしさを纏わせながらも戸惑いに揺れていた。
「どこがおかしいと感じましたか?」
「そうだな、一例を挙げれば、ユールは最近恋の話や呪術について調べていた」
「……冒険物に夢中だったユールが?」
「最近の態度から鑑みて、なにか俺との関係に悩んでいるのだろうなと思った。念の為ザカリアスにも聞いてみたが」
「彼はなんと?」
「ユールが体を動かす悦びに目覚めた! と単純に喜んでいた」
二人の間にしばし沈黙が訪れる。
「……まあ、脳筋のことは置いておきましょう。けれど記憶はあるし、根がお人好しなところは変わっておりませんよ」
「そうだな……あれはユールではない、とは言いきれない」
ガレルはこれまでの話を検討し、このまま様子見を続けるべきではなく、今夜にでも行動を起こすべきだと判断した。
「確かめてみようか」
「どうやってです?」
すかさず言葉を返したフォルテオには返答をよこさず、ガレルは口の端を吊り上げてそっと笑った。
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