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2話

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 ユールは身支度を終えて用意された朝食を摘んだ後、護衛を連れて馬場へ向かう。

 すでに馬場には人がいて、朱色に金の混じった太陽のような髪の持ち主が、黒毛の愛馬に跨がり駆け回っていた。

 彼はユールを見つけて破顔する。馬を止めて大きく手を振った。

「ユール! 会えて嬉しいぞ!」
「ガレル兄様」

 ガレルは馬を引いて悠然と歩いてくる。ユールは改めて思った、ガレルは背が高いと。

 匡的に言うと190cm近くあるのではないか。ユールからは30cmほど見上げなければ顔が見えない。
 至近距離だと首が痛くなる。これでまだ二十才だというから、まだ伸びるかもしれないのか。

(いや、俺だってこれから伸びるよな。まだ十六才だし……ガレルとは血が繋がってない上に、産みの両親は背が低かったけれど……さすがにまだ伸びるよな!?)

 ユールは魔力量の膨大さから王家に献上された子どもなので、高身長になるのは望み薄かもしれない。
 なにせあまりに魔力が多いと、身長も低めになる傾向があるので。

(いや、そんなことを考えている場合じゃない)

 頭を振って余計な思考を追いだす。いつも通りのユールを演じなければ。

 ユールはニコリと笑ってみせた。

「本日は遠乗りに誘っていただき、ありがとうございます。ナーレの丘を一周するんですよね、楽しみです」
「ああ、昼食も用意させた。お前の好きなコバルトベリーのパイもある」
「やったあ! さすが僕の兄様です!」

 ユールはガレルの胸の中に飛びこんだ。ガレルは優しく抱きかえして、ユールの頭を撫でる。

 うん……これが通常運転なんだ。十六にしては反応が幼すぎるだろユール! って自分にツッコミを入れたいのをグッとこらえて、されるがまま大きな手に撫でられる。

「さて、お前の馬を迎えに行こうか」
「はい、ガレル兄様」

 ユールの記憶の中のガレルは、とても頼りになるけれど心配性な性格の、誰よりも大好きな兄だった。

(いや、心配症というよりヤンデレ寄りの思考をしてるような気がする……ちょっと様子が変わったくらいで軟禁すんだぞ?)

 以前ユールが友達ができないことで思い悩んでいて、恥ずかしくてガレルにも相談できずにいたら、伏せっていると思われて余計に人から遠ざけられてしまった。

 気分が悪いなら部屋で休むといい、と心配そうにガレルに言われて、毎日部屋にこもって日課以外のなにもしなくていいことに罪悪感にかられて、悩みを白状したら元の待遇に戻ったが。

 そして現在も幼馴染以外の友達はいない。
 ガレルは、ユールには俺がいると言って、それからなにくれとなく遊びに誘ってくれているが……

「ほら、鞍をつけてあるから、すぐに出立できるぞ」
「ありがとうございます! 行きましょう」

 どことなく引っかかるものを感じながらも、用意された白馬に乗って、丘に向かって駆けだした。




「わあ……! 景色がいいですね!」

 ナーレの丘の上からは、城下町と城壁、さらにその向こうの山脈まで、遮るものもなくよく見えた。
 二人横に並んで景色を眺める。

 山脈の上空には、白いレースのように編まれた結界が透けていた。

「ああ、絶景だな。この景色をユールが守っているのか」

 ユールは物心ついた頃から今日まで、毎日のように結界に魔力を注いできた。
 その結果結界はより強固に、堅牢なものへと成長し、この十年間一度も魔物を通したことがない。

(なんかな、この空一面を覆うレース編みの成果って、今まで結界だと思って気にしてなかったけど、毎日編み物にせいを出してるってことだよな……我ながら女々しいぜ)

 祈りの場にこもってせっせと光の糸を編みあみする様子を思いだし、自分自身の女子力の高さに呆れて半眼になってしまう。

「どうした? 何か考え事か?」
「いいえ、兄様。どこかに結界のほつれがないか見ていただけです」
「ユールの結界は完璧だ。この国のほぼ全てを守ってくれている。俺は兄としてお前を誇りに思うぞ」

 ガレルはそう言って、ユールの肩を抱き寄せ髪にキスをした。

(……いや、おかしくね? これ、兄弟の距離感としてはおかしいだろ?? まるで恋人同士みたいな……)

 新しく芽生えた匡としての価値観が、猛烈に違和感を訴えてくる。
 ユールとしてはこれまでこの対応が普通だったわけだが……混乱したまま、ユールはガレルを見上げた。

「ん? どうした?」

 優しげな笑みの向こう、金の瞳の奥に秘められた獲物を狙う肉食獣を見つけた気がした。

 なぜか寒気がする。ブルリと肩を震わせた。

「ユール、寒いのか? もう戻るか、春になったとはいえ風があると冷えるからな。かわいいお前が風邪でも引いたら大変だ」

 そっと降ってくる額へのキス。

(ア、アウトー!! 甘っ! どゆこと!? 俺はガレルの彼女か!?)

 マジで尻を狙われているのかもしれない。
 思いあたった可能性が衝撃的で、ユールは思わず抱き寄せるガレルの肩を押して離れようとした。

「兄様、僕はそんなにひ弱じゃありませんよ。それよりちょっと離れて……」
「なんだ、恥ずかしいのか? ははは、かわいいやつだ!」

 ユールの奮闘のかいなく、逆に引き寄せられて片腕に抱えられてしまう。

「わっ! 兄様、降ろして!」
「怖くないぞ、俺がユールを落とすわけないだろう。こうやって出かけるのも久しぶりだからな、もう少しお前を堪能させてくれ」

 抱えられたまま体を固くしたユールは、それからしばらくの間、抵抗虚しく抱えられていた。
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