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終章 旅の終わりと新たな決意
52 大人しい人ほど酔うと怖い
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「ええっ、なにこれ、すごいわ……」
「夜なのに、街全体が明るいですね」
街灯が灯った街並みに、メレとクロノスは驚嘆の声を上げた。ヘルも辺りを興味深げに見つめている。
俺にとっては普通の光景だ。電信柱についてる電灯よりはオシャレで、西洋風の街灯で雰囲気がいいなーと思うけどそれだけだ。
「そういえば、他の国とかイエルトの他の町中では、松明が時々あるくらいだったね」
「そうですね。室内や、暗い洞窟内で一時的に使うものならともかく、道を照らすために使うなんて……この動力は一体どこから来ているのでしょうか」
俺も灯りを観察してみた。うん、なんかどう見ても電気屋とかで見かける白熱灯電球に見えるんだけど……これも井口さんが開発したのかな?
「多分だけど、井口さんに会えばわかるんじゃないかと思う」
「ってことは、この技術はスバルの故郷にあるものなのかしら」
「まあ、そうだね」
「……なら、さっさと行こうぜ」
メレの案内に連れられて俺達は明るい夜の街並みを歩いた。
夜でも明るいからなのか、道行く人は他の国と比べて多く、女の人や子ども連れも時折見かけられた。治安がよさそうだ。
十分程歩くと人通りが少なくなってきた。等間隔に立ち並ぶ電灯を通り過ぎて、メレは一軒の店の前で足を止めた。
中からはガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえる。
「ココであってると思うわ。入ってみましょ」
扉を押すと、ガランゴロンとベルが音を立てる。
店員に人数を告げると、カウンターならすぐに案内できるとのことだった。それでいいとメレが告げると、席に案内される。
一番扉から遠い席にクロノス、次に俺、メレ、ヘルの順に横一列に座ると、早速メレは酒瓶を眺め目を爛々と光らせた。
「さあて、何飲もうかしら」
「なんでもいい、強い酒をショットでくれ」
飲む気満々のメレとヘルにつられて、俺も興味深々で棚に並べられているお酒を見上げる。
ラベルはイエルトの文字で書かれているらしく、カクカクした画数の多い字だった。
前に盗み見てしまったクロノスの日記の字は、イエルトの文字っだったんだなーと思いつつも端から順に読んでいくと、見知った名前のお酒を見つけた。
「あっ、甘酒だ!」
「アマザケ?」
甘酒って、あの甘酒だよね? 隣で訝しげな声を上げるクロノスに反応する暇もなく、身を乗り出してボトルを見つめていると、バーのマスターが俺に提案してきた。
「坊ちゃん、飲むかい? これなら坊ちゃんでも飲めると思うよ」
「はい、下さい!」
勢い勇んで返事をする俺を、クロノスが焦って止める。
「待ってくださいスバル、それは酒ではないのですか?」
「えっと、お酒だったっけ? でも子どもでも飲めるよ、俺も何回も飲んだことあるもん」
甘酒ってアルコール入ってるのとないのとがあるって聞いたことあるけど、入ってたとしても微々たるものだと思うんだよね。
今までに飲んで調子悪くしたことないし、大丈夫大丈夫!
「あら、スバルちゃん面白そうなの選んだのね? アタシにも味見させてくれる?」
「うん、いいよ。メレは何を頼んだの?」
「マスターオススメのカクテルよ。アルコールが回ってきたら、ちょっとそこら辺のオトコに声かけてみようかしらね。スバルちゃんはクロちゃんと一緒に、マスターに色々聞いてみてくれない?」
「わかった」
よかった、飲むだけじゃなくてちゃんと情報収集って目的も忘れてないみたいだね。
ほどなくして各々の手にグラスが揃う。クロノスは水を頼んだ。
「ねえ、せっかくだから願い事を口にしながら乾杯してみない?」
「ええ、いいですね」
「好きにしろ」
「それでは、僭越ながら私から言わせて頂きます」
クロノスがグラスを捧げ持ち、穏やかな口調で宣言した。
「旅の無事に」
続けてメレがグラスを持つ腕を上げる。
「夢の成就に」
ヘルも同じようにショットグラスを持ち上げる。
「愛……いや、なんでもない」
「なによ、最後まで言えばいいじゃない……った! だから蹴らないでってば!」
じゃれ合いにしては勢いのある蹴りを繰り出すヘルを尻目に、クロノスが俺にも言うように目で合図をした。
「井口さんに会えますように! 乾杯!!」
みんなで一斉にグラスに口をつけた。ああ、甘酒美味しいよ甘酒。甘くってちょっとクセがあって、濃厚で。
俺が夢中になって飲んでいると、メレが俺の肩をトントンと叩いた。
「スバルちゃん、それそんなに美味しいの?」
「美味しいよ! 一口どうぞ」
メレに差し出すと、そのままヘルがとりあげて口元に持っていく。
「あっ! ちょっと!!」
「うえ、なんだこれ、甘すぎる」
「なんでアタシより先に飲むわけ? ったく……」
ヘルの口の当たったところを拭いてから、メレも甘酒を口に含む。
「……たしかに甘いわね。ものすごく甘いわ、ジュースみたい」
二人の口にはあわなかったみたいで、早々に返されてしまった。こんなに美味しいのに。
「スバル、体調に変化はありませんか?」
「なんともないよ。メレも言ってたみたいにジュースみたいなものだから。美味しいよ! クロノスも飲んでみる?」
クロノスは少し考えた後、グラスに手を伸ばした。
「……ジュースですか。それなら、せっかくのスバルのオススメですし、一口頂きたいですね」
「はい、どうぞ」
クロノスは長い指でグラスを傾けて、甘くトロリとした液体を喉に運ぶ。ゴクリと男らしい喉仏が動いて、甘酒を嚥下した。
飲み終えると同時に、クロノスは唇を手で押さえる。
「……想像以上に甘い、ですね。それにこれは……」
クロノスは水の入ったグラスを掴むと、ゴクゴクと一気に飲み干した。ああ、クロノスの口にもあわなかったみたいだ、残念。
「あの、ごめんね? クロノス。口にあわないものを勧めちゃって」
空になったグラスをテーブルに置いて、珍しく袖で適当に口を拭ったクロノスは、にこりと微笑んで俺を見つめた。
「いいえ、気にしないで下さい。スバルが私を想って勧めてくださるものなら、例えどんな困難が待っていようとも試してみたいのです」
「そ、そう? 嫌な時はちゃんと断ってね?」
「わかりました、我が君。相変わらずお優しい」
クロノスはなぜかやたらとキラキラとした笑顔を俺に向けていた。よくわからないけど、気分悪くなったりしてないみたいでよかった。
ちょっとキラキラしすぎて心臓によくないので、さりげなく目を逸らす。
メレは早くも二杯目に突入していた。水でも飲むかのように、カラフルなカクテルをゴクゴクと次々に喉に流しこんでいく。
その隣では、ヘルが酒精に頬を赤く染めながら、隣の人と興奮しながら話し込んでいた。ヘルは酔うといつもより社交的になるんだね。
「おい、テメェそれ本当か? 屋根の上を走るって」
「ああ、嘘なんかつきゃしねえよ! 忍者が現れたんだってもっぱらの噂だ」
「忍者!? 聞いたことあるぞ、魔法も使わねえで風を起こしたり水の上を走ったりできるんだよな? 詳しく聞かせろ!」
「まあまあ旦那、そう焦るなって」
忍者は異世界でも人気なんだね。っていうか、いるんだ忍者……
「さぁて、アタシもそろそろ行きますか。じゃ、クロちゃん、スバルちゃんをお願いね」
「もちろん、メイヴィルに言われるまでもありません。スバルを守るのは私の役目ですから」
席を立ったメレがテーブルの面々と馴染んでいくのを見つめていると、横から腕が伸びてきて肩を引き寄せられた。
「わっ、クロノス?」
「いつまでメイヴィルを見つめているんですか? もっと私のことも見てください」
クロノスの灰銀の瞳は星のように煌めいて、まっすぐに俺の目を射抜いた。
肩から首筋をなぞり頬へと触れた形のいい手のひらが、熱を帯びている。
「クロノス? あの、ちょっと近いよ……?」
「いいえ……こんなものでは全然足りません。私だってもっと、貴方に愛の言葉を伝えたい。メイヴィルのように気軽に、ヘルムートのように情熱的に、いいえ、もっと私自身の言葉で、貴方に好きだと告げたいのです」
クロノスが俺を身体ごとクロノスの方へと向かせて、更に引き寄せられる。硬い胸板に俺の柔らかい頬がくっついた。
「ああ……もっと貴方を独り占めしたい。今のままでは全然足りないのです、私だけを見つめて、何もかも私に全て任せて、もっと私を頼ってほしい。そうすればきっと、貴方は私だけを見つめてくれるでしょう?」
クロノスの心臓の鼓動が早鐘を打っている、それにつられて俺の心臓もどんどん速度を上げて、顔が真っ赤になっていく。
慌ててもがいて腕の中から抜け出し顔を見上げると、クロノスの頬もまるで酔ったかのように赤く染まっていた。
微かに甘酒の酒精が香る熱い息が、耳元にかかる。低い声で囁かれて背筋がゾクリとあわだった。
「……スバル、二人で抜け出しましょう? ゼシア聖国では失敗してしまいましたが同じ轍は踏みません。私と二人で、二人きりで愛を育みませんか」
そのまま、うっとりと微笑む唇がゆっくりと俺の唇に降りてくる。
あわや触れるかと思われたその瞬間、マスターがゴホンと咳払いをした。その音が、どこか遠い出来事かのように聞こえる。
後ろから力強い腕が俺を攫った。
「……クロノス、テメェちょっと目を離した隙にスバルに何してやがる」
「邪魔をしないでください。貴方はスバルに馴れ馴れしすぎる、不愉快です」
「ああ? 喧嘩売ってんのかよ」
「そうだと言ったら?」
ヘルはサッと俺を席に座らせると、おもむろに立ちあがりゴリゴリと拳を鳴らした。クロノスはグイッとネクタイを緩める。
「はぁ!!」
「ふっ!!」
ヘルの繰りだした鋭い拳を、クロノスはガッチリと手のひらで受け止め、そのままヘルの体を引っ張りバランスを崩そうとした。
ヘルは踏んばって拳を引いて、クロノスの手を払う。
「オラァ!」
「ハッ!!」
「お、お客さん、喧嘩なら外でやってくれ!」
「ちょっとちょっと、アンタ達!? 何やってんの!!」
狼狽えるマスターの声に、ようやくメレが事態に気づいて仲裁に入ろうとする。が、二人とも耳を貸すどころか、お互いに掴みかかろうとするのをやめない。
「っるせえ! 前からいけ好かねえヤツだと思ってたんだ、今日こそ絞める!!」
「私もそっくり同じ言葉を返しますよ、沼の時も前回の船での件も、貴方のスバルに対する言動は見ていてイラつくんです!!」
「な、なんなのクロちゃん!? どうしちゃったわけ? もしかして酔ったの?」
「誰が酔ってなどいますか、ヘルムートを倒したら次はメイヴィル、貴方の番です! いつもいつもスバルに気軽に触れて、羨ましいんですよ!!」
「やだ、今日のクロちゃん話が通じないじゃない! 誰よ酒飲ませたの!!」
ごめんなさい、俺です……喧嘩してる二人は怖いけど、元はと言えば俺のせいだしなんとかして止めなくちゃ!
俺はもう一度距離を置いて、お互いに殴りかかろうとする二人の間に、身体を張って割って入った。
「二人とも、ストーップ!!」
ピタリ、と二人の動きが停止する。その間にメレと、忍者の話をしていた男は、二人がかりでヘルを取り押さえる。
「なんだよ! 離せ!! もう一発殴らせろ!!」
「ハイハイハイおしまい! おしまいよ帰るわよーほら立って!! お騒がせしてごめんなさいね、お邪魔しました~」
メレは愛想笑いをしながらヘルを店の外に連れ出し、迷惑料がわりに金貨を投げた。途端にテーブルが歓喜に沸く。
クロノスはというと、俺を後ろから抱きしめるようにして覆い被さってきた。体重をかけられていて結構重たい。俺の贅肉とは違って、いい筋肉してるね…!
「クロノス?」
「スバル……はあ、幸せです、ずっとこうしていたい……」
俺の肩に頭を乗せて、そのままクロノスは動かなくなった。
とにもかくにも大人しくなったクロノスを、半ば背負うようにして引きずっていく。止めてくれたマスターにはお礼がわりにと、メレの真似をして金貨を置いた。
マスターはそれを苦笑と共に受け取り、手のひらの上で弄んだ。
「美人は苦労するね、坊ちゃんの本命は誰なんだい?」
好奇心と共に投げかけられた問いには愛想笑いを曖昧に返して、俺は店を後にした。
誰が本命かって? そんなの……まだ、言いたくたって言えないよ。
三人には悪いけど、今はまだ応えられないんだ。せめて、帰れるか帰れないのかハッキリするまでは……
未練が残ったままじゃ、彼に想いを返したところで後悔する日が来そうで、だから……
停滞した思考を、首をフルリと振って払い、俺は仲間と合流すべく歩を進めた。
「夜なのに、街全体が明るいですね」
街灯が灯った街並みに、メレとクロノスは驚嘆の声を上げた。ヘルも辺りを興味深げに見つめている。
俺にとっては普通の光景だ。電信柱についてる電灯よりはオシャレで、西洋風の街灯で雰囲気がいいなーと思うけどそれだけだ。
「そういえば、他の国とかイエルトの他の町中では、松明が時々あるくらいだったね」
「そうですね。室内や、暗い洞窟内で一時的に使うものならともかく、道を照らすために使うなんて……この動力は一体どこから来ているのでしょうか」
俺も灯りを観察してみた。うん、なんかどう見ても電気屋とかで見かける白熱灯電球に見えるんだけど……これも井口さんが開発したのかな?
「多分だけど、井口さんに会えばわかるんじゃないかと思う」
「ってことは、この技術はスバルの故郷にあるものなのかしら」
「まあ、そうだね」
「……なら、さっさと行こうぜ」
メレの案内に連れられて俺達は明るい夜の街並みを歩いた。
夜でも明るいからなのか、道行く人は他の国と比べて多く、女の人や子ども連れも時折見かけられた。治安がよさそうだ。
十分程歩くと人通りが少なくなってきた。等間隔に立ち並ぶ電灯を通り過ぎて、メレは一軒の店の前で足を止めた。
中からはガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえる。
「ココであってると思うわ。入ってみましょ」
扉を押すと、ガランゴロンとベルが音を立てる。
店員に人数を告げると、カウンターならすぐに案内できるとのことだった。それでいいとメレが告げると、席に案内される。
一番扉から遠い席にクロノス、次に俺、メレ、ヘルの順に横一列に座ると、早速メレは酒瓶を眺め目を爛々と光らせた。
「さあて、何飲もうかしら」
「なんでもいい、強い酒をショットでくれ」
飲む気満々のメレとヘルにつられて、俺も興味深々で棚に並べられているお酒を見上げる。
ラベルはイエルトの文字で書かれているらしく、カクカクした画数の多い字だった。
前に盗み見てしまったクロノスの日記の字は、イエルトの文字っだったんだなーと思いつつも端から順に読んでいくと、見知った名前のお酒を見つけた。
「あっ、甘酒だ!」
「アマザケ?」
甘酒って、あの甘酒だよね? 隣で訝しげな声を上げるクロノスに反応する暇もなく、身を乗り出してボトルを見つめていると、バーのマスターが俺に提案してきた。
「坊ちゃん、飲むかい? これなら坊ちゃんでも飲めると思うよ」
「はい、下さい!」
勢い勇んで返事をする俺を、クロノスが焦って止める。
「待ってくださいスバル、それは酒ではないのですか?」
「えっと、お酒だったっけ? でも子どもでも飲めるよ、俺も何回も飲んだことあるもん」
甘酒ってアルコール入ってるのとないのとがあるって聞いたことあるけど、入ってたとしても微々たるものだと思うんだよね。
今までに飲んで調子悪くしたことないし、大丈夫大丈夫!
「あら、スバルちゃん面白そうなの選んだのね? アタシにも味見させてくれる?」
「うん、いいよ。メレは何を頼んだの?」
「マスターオススメのカクテルよ。アルコールが回ってきたら、ちょっとそこら辺のオトコに声かけてみようかしらね。スバルちゃんはクロちゃんと一緒に、マスターに色々聞いてみてくれない?」
「わかった」
よかった、飲むだけじゃなくてちゃんと情報収集って目的も忘れてないみたいだね。
ほどなくして各々の手にグラスが揃う。クロノスは水を頼んだ。
「ねえ、せっかくだから願い事を口にしながら乾杯してみない?」
「ええ、いいですね」
「好きにしろ」
「それでは、僭越ながら私から言わせて頂きます」
クロノスがグラスを捧げ持ち、穏やかな口調で宣言した。
「旅の無事に」
続けてメレがグラスを持つ腕を上げる。
「夢の成就に」
ヘルも同じようにショットグラスを持ち上げる。
「愛……いや、なんでもない」
「なによ、最後まで言えばいいじゃない……った! だから蹴らないでってば!」
じゃれ合いにしては勢いのある蹴りを繰り出すヘルを尻目に、クロノスが俺にも言うように目で合図をした。
「井口さんに会えますように! 乾杯!!」
みんなで一斉にグラスに口をつけた。ああ、甘酒美味しいよ甘酒。甘くってちょっとクセがあって、濃厚で。
俺が夢中になって飲んでいると、メレが俺の肩をトントンと叩いた。
「スバルちゃん、それそんなに美味しいの?」
「美味しいよ! 一口どうぞ」
メレに差し出すと、そのままヘルがとりあげて口元に持っていく。
「あっ! ちょっと!!」
「うえ、なんだこれ、甘すぎる」
「なんでアタシより先に飲むわけ? ったく……」
ヘルの口の当たったところを拭いてから、メレも甘酒を口に含む。
「……たしかに甘いわね。ものすごく甘いわ、ジュースみたい」
二人の口にはあわなかったみたいで、早々に返されてしまった。こんなに美味しいのに。
「スバル、体調に変化はありませんか?」
「なんともないよ。メレも言ってたみたいにジュースみたいなものだから。美味しいよ! クロノスも飲んでみる?」
クロノスは少し考えた後、グラスに手を伸ばした。
「……ジュースですか。それなら、せっかくのスバルのオススメですし、一口頂きたいですね」
「はい、どうぞ」
クロノスは長い指でグラスを傾けて、甘くトロリとした液体を喉に運ぶ。ゴクリと男らしい喉仏が動いて、甘酒を嚥下した。
飲み終えると同時に、クロノスは唇を手で押さえる。
「……想像以上に甘い、ですね。それにこれは……」
クロノスは水の入ったグラスを掴むと、ゴクゴクと一気に飲み干した。ああ、クロノスの口にもあわなかったみたいだ、残念。
「あの、ごめんね? クロノス。口にあわないものを勧めちゃって」
空になったグラスをテーブルに置いて、珍しく袖で適当に口を拭ったクロノスは、にこりと微笑んで俺を見つめた。
「いいえ、気にしないで下さい。スバルが私を想って勧めてくださるものなら、例えどんな困難が待っていようとも試してみたいのです」
「そ、そう? 嫌な時はちゃんと断ってね?」
「わかりました、我が君。相変わらずお優しい」
クロノスはなぜかやたらとキラキラとした笑顔を俺に向けていた。よくわからないけど、気分悪くなったりしてないみたいでよかった。
ちょっとキラキラしすぎて心臓によくないので、さりげなく目を逸らす。
メレは早くも二杯目に突入していた。水でも飲むかのように、カラフルなカクテルをゴクゴクと次々に喉に流しこんでいく。
その隣では、ヘルが酒精に頬を赤く染めながら、隣の人と興奮しながら話し込んでいた。ヘルは酔うといつもより社交的になるんだね。
「おい、テメェそれ本当か? 屋根の上を走るって」
「ああ、嘘なんかつきゃしねえよ! 忍者が現れたんだってもっぱらの噂だ」
「忍者!? 聞いたことあるぞ、魔法も使わねえで風を起こしたり水の上を走ったりできるんだよな? 詳しく聞かせろ!」
「まあまあ旦那、そう焦るなって」
忍者は異世界でも人気なんだね。っていうか、いるんだ忍者……
「さぁて、アタシもそろそろ行きますか。じゃ、クロちゃん、スバルちゃんをお願いね」
「もちろん、メイヴィルに言われるまでもありません。スバルを守るのは私の役目ですから」
席を立ったメレがテーブルの面々と馴染んでいくのを見つめていると、横から腕が伸びてきて肩を引き寄せられた。
「わっ、クロノス?」
「いつまでメイヴィルを見つめているんですか? もっと私のことも見てください」
クロノスの灰銀の瞳は星のように煌めいて、まっすぐに俺の目を射抜いた。
肩から首筋をなぞり頬へと触れた形のいい手のひらが、熱を帯びている。
「クロノス? あの、ちょっと近いよ……?」
「いいえ……こんなものでは全然足りません。私だってもっと、貴方に愛の言葉を伝えたい。メイヴィルのように気軽に、ヘルムートのように情熱的に、いいえ、もっと私自身の言葉で、貴方に好きだと告げたいのです」
クロノスが俺を身体ごとクロノスの方へと向かせて、更に引き寄せられる。硬い胸板に俺の柔らかい頬がくっついた。
「ああ……もっと貴方を独り占めしたい。今のままでは全然足りないのです、私だけを見つめて、何もかも私に全て任せて、もっと私を頼ってほしい。そうすればきっと、貴方は私だけを見つめてくれるでしょう?」
クロノスの心臓の鼓動が早鐘を打っている、それにつられて俺の心臓もどんどん速度を上げて、顔が真っ赤になっていく。
慌ててもがいて腕の中から抜け出し顔を見上げると、クロノスの頬もまるで酔ったかのように赤く染まっていた。
微かに甘酒の酒精が香る熱い息が、耳元にかかる。低い声で囁かれて背筋がゾクリとあわだった。
「……スバル、二人で抜け出しましょう? ゼシア聖国では失敗してしまいましたが同じ轍は踏みません。私と二人で、二人きりで愛を育みませんか」
そのまま、うっとりと微笑む唇がゆっくりと俺の唇に降りてくる。
あわや触れるかと思われたその瞬間、マスターがゴホンと咳払いをした。その音が、どこか遠い出来事かのように聞こえる。
後ろから力強い腕が俺を攫った。
「……クロノス、テメェちょっと目を離した隙にスバルに何してやがる」
「邪魔をしないでください。貴方はスバルに馴れ馴れしすぎる、不愉快です」
「ああ? 喧嘩売ってんのかよ」
「そうだと言ったら?」
ヘルはサッと俺を席に座らせると、おもむろに立ちあがりゴリゴリと拳を鳴らした。クロノスはグイッとネクタイを緩める。
「はぁ!!」
「ふっ!!」
ヘルの繰りだした鋭い拳を、クロノスはガッチリと手のひらで受け止め、そのままヘルの体を引っ張りバランスを崩そうとした。
ヘルは踏んばって拳を引いて、クロノスの手を払う。
「オラァ!」
「ハッ!!」
「お、お客さん、喧嘩なら外でやってくれ!」
「ちょっとちょっと、アンタ達!? 何やってんの!!」
狼狽えるマスターの声に、ようやくメレが事態に気づいて仲裁に入ろうとする。が、二人とも耳を貸すどころか、お互いに掴みかかろうとするのをやめない。
「っるせえ! 前からいけ好かねえヤツだと思ってたんだ、今日こそ絞める!!」
「私もそっくり同じ言葉を返しますよ、沼の時も前回の船での件も、貴方のスバルに対する言動は見ていてイラつくんです!!」
「な、なんなのクロちゃん!? どうしちゃったわけ? もしかして酔ったの?」
「誰が酔ってなどいますか、ヘルムートを倒したら次はメイヴィル、貴方の番です! いつもいつもスバルに気軽に触れて、羨ましいんですよ!!」
「やだ、今日のクロちゃん話が通じないじゃない! 誰よ酒飲ませたの!!」
ごめんなさい、俺です……喧嘩してる二人は怖いけど、元はと言えば俺のせいだしなんとかして止めなくちゃ!
俺はもう一度距離を置いて、お互いに殴りかかろうとする二人の間に、身体を張って割って入った。
「二人とも、ストーップ!!」
ピタリ、と二人の動きが停止する。その間にメレと、忍者の話をしていた男は、二人がかりでヘルを取り押さえる。
「なんだよ! 離せ!! もう一発殴らせろ!!」
「ハイハイハイおしまい! おしまいよ帰るわよーほら立って!! お騒がせしてごめんなさいね、お邪魔しました~」
メレは愛想笑いをしながらヘルを店の外に連れ出し、迷惑料がわりに金貨を投げた。途端にテーブルが歓喜に沸く。
クロノスはというと、俺を後ろから抱きしめるようにして覆い被さってきた。体重をかけられていて結構重たい。俺の贅肉とは違って、いい筋肉してるね…!
「クロノス?」
「スバル……はあ、幸せです、ずっとこうしていたい……」
俺の肩に頭を乗せて、そのままクロノスは動かなくなった。
とにもかくにも大人しくなったクロノスを、半ば背負うようにして引きずっていく。止めてくれたマスターにはお礼がわりにと、メレの真似をして金貨を置いた。
マスターはそれを苦笑と共に受け取り、手のひらの上で弄んだ。
「美人は苦労するね、坊ちゃんの本命は誰なんだい?」
好奇心と共に投げかけられた問いには愛想笑いを曖昧に返して、俺は店を後にした。
誰が本命かって? そんなの……まだ、言いたくたって言えないよ。
三人には悪いけど、今はまだ応えられないんだ。せめて、帰れるか帰れないのかハッキリするまでは……
未練が残ったままじゃ、彼に想いを返したところで後悔する日が来そうで、だから……
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