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終章 旅の終わりと新たな決意
51 学校のチャイムだ!
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ケイカの町のシンボル、時計塔の前で俺達を乗せた馬車は止まった。
立派な煉瓦造りの塔に気をとられつつ、足元に注意しながら馬車を降りる。
御者のおじさんにお礼を述べて、去っていく馬車を見送った。町の中心部らしく、人通りが多い。
俺は辺りを見回した。やはり木造りの家が大半だが、チラホラとレンガ造りの建物があり、チグハグに見えるかと思えばそうでもなく、色合いがマッチしてして統一感があった。
中でもこの時計塔は一つ頭抜けた高さがあり、より一層立派に見える。
なんていうか、文明開化の時代ってこんな風だったのかなっていう見た目の街並みだ。
道行く人は袂を合わせるような服を着ている人が多かったけど、時々俺達みたいにマントやフードを着た、西洋的な服の人もいた。
よかった、俺達の服装もそんなに目立たないね。
「これからどうしよっか、まず宿を探したらいいかな?」
「ええ、それがいいわね」
俺達が歩き出そうとした時、頭上から大きな音が降り注いだ。
リーンゴーン……見上げると、時計塔の天辺に備え付けてある四つの青銅の鐘が、規則正しいリズムで鳴り響いていた。
それはとても耳馴染みのある音楽で……そう、学校のチャイムと同じ音だ。
「え……?」
「へえ、すごいわね。聞いたことない曲だけど、悪くないわ」
「イエルトの技術は随分と進んでいるのですね、人がいないのにどのように鳴らしているのでしょう。風魔法の応用でしょうか」
メレが知らないということは、この世界で一般的な曲じゃないってことかな。
ヘルの反応も知りたくてじっと顔を見上げると、ちょっと照れたようにそっぽを向かれた。
「……なんだよ」
「えっ、いや、ヘルはこの曲知ってる?」
「知らねえ」
どうやらツンデレを発動させてしまったみたい。でも、知らないんだ。
イエルトの人はどうなのかな? 宿を取った後で聞いてみよっと。
宿のおじさんは、時計塔の曲は昔からこの地域にあったメロディーではなく、時計塔が発祥だと言っていた。ううん、ますますこの近辺に井口さんがいる可能性が高まってきたぞ。
二人部屋の宿を二室確保して、早速出かけようと思ったけど、その前に落ち着いたらやりたいことがあったのを思い出した。
「ヘル、ちょっといい?」
出かけようとするヘルを呼び止めると、彼は長身を翻してこちらにやってきた。
「なんだ? スバル」
「あのさ、一度ヘルの目を見てみてもいい? 俺、瞳の中の魔力の流れが見えるから、ヘルが色々壊したくなる原因とか何かわかるかもしれないと思って」
ヘルは黙り込んで腕を組み、しばらくの間考えている様子だったが、一つ息を吐いて俺の方に歩み寄ってきた。
ヘルが近づき俺の目の前の椅子に腰かけると、その隣にクロノスが音もなく歩み寄ってきた。
「……なんだよ」
「いえ、念のためです。貴方には前科がありますので」
「チッ、好きにしろ」
ヘルはムスッとした様子でクロノスから顔を背けたけれど、追い払うつもりはないようだ。
そんな俺達の様子を見て、メレは小首を傾げて呟いた。
「なんだか時間がかかりそうだし、アタシは一足お先に周辺を探索してくるわ。また後で落ち合いましょ」
夕食時に宿で会う約束をして、メレは出かけていった。
ヘルは部屋の扉が閉まったのを確認すると、ゆっくりと眼帯を外した。見開かれた目は血のように真っ赤な深紅。
前と同じように、嵐のように魔力が吹き荒れていた。心なしか前回見た時より流れが穏やかな気がする。
「ヘル、今はどんな感じ? 調子悪い?」
「別に普段と変わらねーな。よくも悪くもねぇ」
ふんふん、普段はこんな感じなんだね。試しにヘルの手を直に握って、水魔法を使ってみる。
水の球をふわふわといくつか浮かべてみても、ヘルの魔力はかなり強大で、ちっとも使った感じがしない。赤い目の中の変化もなかった。
そうだ、ヘルの魔力を受けとるだけじゃなくて、俺が意識的にヘルの魔力を循環させてみることってできるんだろうか?
試しにやってみようと思って、作った水の球は窓の外の庭にそっと着地させてから、ヘルに向き直る。
ヘルの赤い目を見つめながら自分の身体とヘルの身体を通して、ぐるぐると魔力を循環させてみた。
あ、めちゃくちゃな方向に流れていた魔力が、ほぼ一方向に流れるようになってきた! 集中を切らさないように気をつけながら、ヘルに声をかける。
「ヘル、何か変わった?」
「なんか、頭が重い感じがマシになったっつーか、いつもよか気分もスッキリしてるような……なんだこれ」
ヘルはいつになく好調子なことに戸惑って、手をもぞりと動かした。その途端に魔力の流れがもとの破茶滅茶な動きに逆戻りしてしまう。
流れ込む魔力の抵抗が大きくなって、手を離してしまった。
「わっ」
「う……戻ったな」
ヘルはふらつく頭を抑えて、眼帯をつけ直した。
「今日はこのくらいにしとけ。スバルも無理すんなよ、やっと風邪が治ったところだろ」
「うん……そうだね」
ヘルの負担を減らすコツは魔力の循環にあるってことがわかっただけでも、今日はよしとしておこう。
ずっと俺が手を握って集中してるわけにもいかないから、また何か方法を考えなくちゃだね。
ちょっと疲れた俺はそのまま部屋で休むことにした。ヘルもベッドに寝転んで、クロノスは静かに読書をして過ごしていた。
そんな居心地のいい静けさは、メレの帰還によって唐突に破られた。
「ちょっとちょっと! みんな見て見て聞いて!!」
一番扉の近くにいたクロノスは、落ち着いた様子でパタリと本を閉じ、いつもより五割り増し派手な服を着ているメレを訝しげな様子で見つめた。
「なんですか、その格好は」
「よくぞ聞いてくれたわね!! イエルトで流行中の最新ファッションで、キナガシって言うんですって!」
メレは深い臙脂色の椿のような花模様が規則的に織り込まれ、淡いクリーム色と組みあったデザインの着物を着ていた。小紋っていうんだけっけ、こういうの。
帯は鼠色で金箔が散らしてあって、すごく似合ってるんだけど……頭に白い簪? まで刺していて、まるでお花みたいだ。
「えっと、それ、女性用の着物なの?」
「れっきとしたオトコノコ用よ! 本当はアタシよりスバルちゃんみたいな可愛いコが着るのがもーっと素敵だと思うんだけど……あまりに可愛いからアタシの分まで買っちゃったわ」
俺の分はいらないよ! メレのセンスで買われると、ものすごい可愛くて派手なヤツになりそうだからね!!
「メレの分だけで充分だよ、すごく似合ってるし」
「そお? ありがとね、そんなこと言ってくれるのスバルちゃんだけだわ~」
メレはまんざらでもない様子で、着慣れない長い袖を振り回しながら喜んだ。
「あっ、それで聞いてよスバルちゃん、アタシ、やっぱり衣装屋を開店するならイエルトしかないと思ったの。だってこんなに素敵なファッションが出回ってるのよ? 道行く人もオシャレな人が多いし、街並みも素敵だし、眼鏡をかけて歩いてても舌打ちされたり顔をしかめたりされないの、素晴らしいところだわ」
「おいテメェ、目的忘れてんじゃねーか」
メレの熱い演説に、ヘルのツッコミが炸裂した。メレは心外だと言わんばかりに腰に手を当てる。
「忘れてないわよ! ちゃーんと情報収集もしてきたんだから、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「はっ誰が褒めるか」
「何よ!?」
「二人とも、その辺りにしておきませんか。まずは階下で食事をしながら情報を共有して、今後の方針を決めましょう。メレはいつもの服に着替えて下さいね」
パンパンと手を打ちつつ提案したクロノス。メレは最後の一言に口を尖らせて、腕を横に突き出し袖を広げてみせる。
「えー? なんでよ、この服でもいいでしょ?」
「そのような服装は店を持った後にでもいくらでも着て下さい。馴染みのない場所で無闇に目立つことは避けるべきでしょう。普段の服がギリギリの妥協点です」
クロノスは主に、メレの頭に刺さった簪を見つめながらそう口にした。確かに、華やかすぎて目立ちそう。
メレは諦めたように首を振る。その拍子に簪がシャラリと音を立てた。
「もう、しょうがないわね。おろしたての服を汚すのも嫌だし、今日のところはクロちゃんの意見を聞いてあげましょうか」
「恐縮です」
宿の食堂では、薄紅色のお米と芋の煮物が出てきた。
今度こそフワッフワのご飯! と思って喜んで口に運ぶと、小豆みたいな豆と麦と、他にも雑穀がいろいろ入っていて白ご飯とは少し風味が違った。
うーん、この前のお粥といいコレといい美味しいんだけど、せっかくここまで似てる食材があるなら、ちゃんとしたご飯を食べたいなあ。
そんな風に思いながらも食欲旺盛に平らげていると、とっくに食べ終わっているメレがニコニコと俺を見つめているのに気づいた。
「メルェ、ふぁに?」
「んー? 美味しそうに食べてるスバルちゃんが可愛いなあって思って見てたのよ。やっぱり好きだわぁ、アタシと付き合わない?」
「ゴホッ!?」
さらりと好意を告げられて、不意打ちにむせる。すかさずクロノスが水を差し入れてくれて飲んでいるうちに、メレのいた方向からドゴッと打撃音が聞こえ、メレはなぜか机に突っ伏していた。
「……っぷはぁ。あれ、メレ?」
「こいつの戯言はほっとけ」
メレの隣にいたヘルが頬杖をつきながらメレを見下ろしている。ああ……何が起きたか想像ついちゃったよ。
「ヘルムート、メイヴィルを起こして下さい。このまま寝ていられたら情報が聞けませんので」
「ああ、それもそうか」
ヘルがメレに手を伸ばすと、触れる前にメレが体を起こしてヘルから距離をとった。
「何すんのよ! 顔が凹むじゃない!!」
「テメェの無駄に高い鼻を低くしてやろうと思っただけだ」
「あらやだありがとう……じゃないわ! 鼻が全部なくなる勢いだったわよ!! まったく……」
赤くなった鼻をさすりながらメレは再び席についた。
「メレ、大丈夫?」
「大丈夫……いいえやっぱり大丈夫じゃないわ、スバルちゃんが鼻をさすってくれたら治るかも」
「オイ……」
「冗談よ。それで、情報だったわね」
ヘルが凄むと、メレはパッと表情を切り替えて真面目モードに突入した。
ちなみに一連の流れの間、クロノスはずっと冷静なままで、表情一つ変えなかったよ。
すごいなあ、執事って表情筋も鍛えてるのかな。
「中心部から少し外れた郊外に、いい感じに地元の人が集まるバーがあってね、そこに行けば都市の情報は大抵集まるって話よ」
「へえ、いいね! みんなでそこに行ってみようよ!」
俺の返答に、クロノスは躊躇いがちに難色を示した。
「スバルは酒類をたしなまなかったように記憶していますが…」
「うん、お酒を飲むつもりはないけど、雰囲気を味わってみたくてさ。駄目?」
「しかし、安全を考えるならスバルには宿に残って頂く方がよいのでは」
「スバルが行きたいって言ってんだ、行こうぜ。絡まれても俺がなんとかしてやっからよ」
ヘルの一言で俺もバーに行けることとなった。夜の街ってワクワクするよね、楽しみだなあ!
立派な煉瓦造りの塔に気をとられつつ、足元に注意しながら馬車を降りる。
御者のおじさんにお礼を述べて、去っていく馬車を見送った。町の中心部らしく、人通りが多い。
俺は辺りを見回した。やはり木造りの家が大半だが、チラホラとレンガ造りの建物があり、チグハグに見えるかと思えばそうでもなく、色合いがマッチしてして統一感があった。
中でもこの時計塔は一つ頭抜けた高さがあり、より一層立派に見える。
なんていうか、文明開化の時代ってこんな風だったのかなっていう見た目の街並みだ。
道行く人は袂を合わせるような服を着ている人が多かったけど、時々俺達みたいにマントやフードを着た、西洋的な服の人もいた。
よかった、俺達の服装もそんなに目立たないね。
「これからどうしよっか、まず宿を探したらいいかな?」
「ええ、それがいいわね」
俺達が歩き出そうとした時、頭上から大きな音が降り注いだ。
リーンゴーン……見上げると、時計塔の天辺に備え付けてある四つの青銅の鐘が、規則正しいリズムで鳴り響いていた。
それはとても耳馴染みのある音楽で……そう、学校のチャイムと同じ音だ。
「え……?」
「へえ、すごいわね。聞いたことない曲だけど、悪くないわ」
「イエルトの技術は随分と進んでいるのですね、人がいないのにどのように鳴らしているのでしょう。風魔法の応用でしょうか」
メレが知らないということは、この世界で一般的な曲じゃないってことかな。
ヘルの反応も知りたくてじっと顔を見上げると、ちょっと照れたようにそっぽを向かれた。
「……なんだよ」
「えっ、いや、ヘルはこの曲知ってる?」
「知らねえ」
どうやらツンデレを発動させてしまったみたい。でも、知らないんだ。
イエルトの人はどうなのかな? 宿を取った後で聞いてみよっと。
宿のおじさんは、時計塔の曲は昔からこの地域にあったメロディーではなく、時計塔が発祥だと言っていた。ううん、ますますこの近辺に井口さんがいる可能性が高まってきたぞ。
二人部屋の宿を二室確保して、早速出かけようと思ったけど、その前に落ち着いたらやりたいことがあったのを思い出した。
「ヘル、ちょっといい?」
出かけようとするヘルを呼び止めると、彼は長身を翻してこちらにやってきた。
「なんだ? スバル」
「あのさ、一度ヘルの目を見てみてもいい? 俺、瞳の中の魔力の流れが見えるから、ヘルが色々壊したくなる原因とか何かわかるかもしれないと思って」
ヘルは黙り込んで腕を組み、しばらくの間考えている様子だったが、一つ息を吐いて俺の方に歩み寄ってきた。
ヘルが近づき俺の目の前の椅子に腰かけると、その隣にクロノスが音もなく歩み寄ってきた。
「……なんだよ」
「いえ、念のためです。貴方には前科がありますので」
「チッ、好きにしろ」
ヘルはムスッとした様子でクロノスから顔を背けたけれど、追い払うつもりはないようだ。
そんな俺達の様子を見て、メレは小首を傾げて呟いた。
「なんだか時間がかかりそうだし、アタシは一足お先に周辺を探索してくるわ。また後で落ち合いましょ」
夕食時に宿で会う約束をして、メレは出かけていった。
ヘルは部屋の扉が閉まったのを確認すると、ゆっくりと眼帯を外した。見開かれた目は血のように真っ赤な深紅。
前と同じように、嵐のように魔力が吹き荒れていた。心なしか前回見た時より流れが穏やかな気がする。
「ヘル、今はどんな感じ? 調子悪い?」
「別に普段と変わらねーな。よくも悪くもねぇ」
ふんふん、普段はこんな感じなんだね。試しにヘルの手を直に握って、水魔法を使ってみる。
水の球をふわふわといくつか浮かべてみても、ヘルの魔力はかなり強大で、ちっとも使った感じがしない。赤い目の中の変化もなかった。
そうだ、ヘルの魔力を受けとるだけじゃなくて、俺が意識的にヘルの魔力を循環させてみることってできるんだろうか?
試しにやってみようと思って、作った水の球は窓の外の庭にそっと着地させてから、ヘルに向き直る。
ヘルの赤い目を見つめながら自分の身体とヘルの身体を通して、ぐるぐると魔力を循環させてみた。
あ、めちゃくちゃな方向に流れていた魔力が、ほぼ一方向に流れるようになってきた! 集中を切らさないように気をつけながら、ヘルに声をかける。
「ヘル、何か変わった?」
「なんか、頭が重い感じがマシになったっつーか、いつもよか気分もスッキリしてるような……なんだこれ」
ヘルはいつになく好調子なことに戸惑って、手をもぞりと動かした。その途端に魔力の流れがもとの破茶滅茶な動きに逆戻りしてしまう。
流れ込む魔力の抵抗が大きくなって、手を離してしまった。
「わっ」
「う……戻ったな」
ヘルはふらつく頭を抑えて、眼帯をつけ直した。
「今日はこのくらいにしとけ。スバルも無理すんなよ、やっと風邪が治ったところだろ」
「うん……そうだね」
ヘルの負担を減らすコツは魔力の循環にあるってことがわかっただけでも、今日はよしとしておこう。
ずっと俺が手を握って集中してるわけにもいかないから、また何か方法を考えなくちゃだね。
ちょっと疲れた俺はそのまま部屋で休むことにした。ヘルもベッドに寝転んで、クロノスは静かに読書をして過ごしていた。
そんな居心地のいい静けさは、メレの帰還によって唐突に破られた。
「ちょっとちょっと! みんな見て見て聞いて!!」
一番扉の近くにいたクロノスは、落ち着いた様子でパタリと本を閉じ、いつもより五割り増し派手な服を着ているメレを訝しげな様子で見つめた。
「なんですか、その格好は」
「よくぞ聞いてくれたわね!! イエルトで流行中の最新ファッションで、キナガシって言うんですって!」
メレは深い臙脂色の椿のような花模様が規則的に織り込まれ、淡いクリーム色と組みあったデザインの着物を着ていた。小紋っていうんだけっけ、こういうの。
帯は鼠色で金箔が散らしてあって、すごく似合ってるんだけど……頭に白い簪? まで刺していて、まるでお花みたいだ。
「えっと、それ、女性用の着物なの?」
「れっきとしたオトコノコ用よ! 本当はアタシよりスバルちゃんみたいな可愛いコが着るのがもーっと素敵だと思うんだけど……あまりに可愛いからアタシの分まで買っちゃったわ」
俺の分はいらないよ! メレのセンスで買われると、ものすごい可愛くて派手なヤツになりそうだからね!!
「メレの分だけで充分だよ、すごく似合ってるし」
「そお? ありがとね、そんなこと言ってくれるのスバルちゃんだけだわ~」
メレはまんざらでもない様子で、着慣れない長い袖を振り回しながら喜んだ。
「あっ、それで聞いてよスバルちゃん、アタシ、やっぱり衣装屋を開店するならイエルトしかないと思ったの。だってこんなに素敵なファッションが出回ってるのよ? 道行く人もオシャレな人が多いし、街並みも素敵だし、眼鏡をかけて歩いてても舌打ちされたり顔をしかめたりされないの、素晴らしいところだわ」
「おいテメェ、目的忘れてんじゃねーか」
メレの熱い演説に、ヘルのツッコミが炸裂した。メレは心外だと言わんばかりに腰に手を当てる。
「忘れてないわよ! ちゃーんと情報収集もしてきたんだから、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「はっ誰が褒めるか」
「何よ!?」
「二人とも、その辺りにしておきませんか。まずは階下で食事をしながら情報を共有して、今後の方針を決めましょう。メレはいつもの服に着替えて下さいね」
パンパンと手を打ちつつ提案したクロノス。メレは最後の一言に口を尖らせて、腕を横に突き出し袖を広げてみせる。
「えー? なんでよ、この服でもいいでしょ?」
「そのような服装は店を持った後にでもいくらでも着て下さい。馴染みのない場所で無闇に目立つことは避けるべきでしょう。普段の服がギリギリの妥協点です」
クロノスは主に、メレの頭に刺さった簪を見つめながらそう口にした。確かに、華やかすぎて目立ちそう。
メレは諦めたように首を振る。その拍子に簪がシャラリと音を立てた。
「もう、しょうがないわね。おろしたての服を汚すのも嫌だし、今日のところはクロちゃんの意見を聞いてあげましょうか」
「恐縮です」
宿の食堂では、薄紅色のお米と芋の煮物が出てきた。
今度こそフワッフワのご飯! と思って喜んで口に運ぶと、小豆みたいな豆と麦と、他にも雑穀がいろいろ入っていて白ご飯とは少し風味が違った。
うーん、この前のお粥といいコレといい美味しいんだけど、せっかくここまで似てる食材があるなら、ちゃんとしたご飯を食べたいなあ。
そんな風に思いながらも食欲旺盛に平らげていると、とっくに食べ終わっているメレがニコニコと俺を見つめているのに気づいた。
「メルェ、ふぁに?」
「んー? 美味しそうに食べてるスバルちゃんが可愛いなあって思って見てたのよ。やっぱり好きだわぁ、アタシと付き合わない?」
「ゴホッ!?」
さらりと好意を告げられて、不意打ちにむせる。すかさずクロノスが水を差し入れてくれて飲んでいるうちに、メレのいた方向からドゴッと打撃音が聞こえ、メレはなぜか机に突っ伏していた。
「……っぷはぁ。あれ、メレ?」
「こいつの戯言はほっとけ」
メレの隣にいたヘルが頬杖をつきながらメレを見下ろしている。ああ……何が起きたか想像ついちゃったよ。
「ヘルムート、メイヴィルを起こして下さい。このまま寝ていられたら情報が聞けませんので」
「ああ、それもそうか」
ヘルがメレに手を伸ばすと、触れる前にメレが体を起こしてヘルから距離をとった。
「何すんのよ! 顔が凹むじゃない!!」
「テメェの無駄に高い鼻を低くしてやろうと思っただけだ」
「あらやだありがとう……じゃないわ! 鼻が全部なくなる勢いだったわよ!! まったく……」
赤くなった鼻をさすりながらメレは再び席についた。
「メレ、大丈夫?」
「大丈夫……いいえやっぱり大丈夫じゃないわ、スバルちゃんが鼻をさすってくれたら治るかも」
「オイ……」
「冗談よ。それで、情報だったわね」
ヘルが凄むと、メレはパッと表情を切り替えて真面目モードに突入した。
ちなみに一連の流れの間、クロノスはずっと冷静なままで、表情一つ変えなかったよ。
すごいなあ、執事って表情筋も鍛えてるのかな。
「中心部から少し外れた郊外に、いい感じに地元の人が集まるバーがあってね、そこに行けば都市の情報は大抵集まるって話よ」
「へえ、いいね! みんなでそこに行ってみようよ!」
俺の返答に、クロノスは躊躇いがちに難色を示した。
「スバルは酒類をたしなまなかったように記憶していますが…」
「うん、お酒を飲むつもりはないけど、雰囲気を味わってみたくてさ。駄目?」
「しかし、安全を考えるならスバルには宿に残って頂く方がよいのでは」
「スバルが行きたいって言ってんだ、行こうぜ。絡まれても俺がなんとかしてやっからよ」
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