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第四章 アンガス海の運び屋と元海賊の古傷
45 雨の中の襲撃
しおりを挟む海の上で過ごしはじめて、旅程を半分くらい消化した頃。
いつもよりうるさい水音で目が覚めた。朝のはずなのに薄暗い気がする。
船室には窓がないので、部屋の外に出て甲板の方へ行ってみた。
「あ……雨だ」
むき出しの甲板はしとどに濡れていた。波も心なしか荒く、船の揺れが大きい。これは甲板に出るのは諦めた方がよさそうだ。
「おはようございます、スバル」
「おはようクロノス。今日は雨みたいだよ」
部屋のある区画まで戻るとクロノスと出くわした。今日も彼はかちっとしたジャケットを身につけていて、洗練された装いだ。
「そのようですね、本日は甲板には出ない方がいいでしょう」
「うん、そうする」
クロノスとたわいもない話をしながら食堂へ向かう。暖かいモーニングティーをいただいて、寛いでいると少ししてメレがやってくる。
「スバルちゃん、おはよ。今日も可愛いわね」
「そ、そんなことないよ……」
「そんなことあるわよ、頬の丸みと笑顔がキュートだわ」
告白されてからというものの、やたらと態度が甘くなったメレ。少し口説かれるだけで赤面する俺を、メレは目を細めて見つめる。
……っていうか、俺にとっては頬が丸いって褒め言葉じゃないからね!?
甘やかな声と瞳にうっかり赤くなっちゃったから、説得力ないけどさ。
「おはようございますメイヴィル」
「アタシにもくれるの? ありがとクロちゃん」
クロノスがメレの分もお茶を淹れて現れる。そしてメレを牽制するように俺の隣に座った。
ここまでが、最近のいつもの朝の風景だ。この後は無口な料理人が朝食を持ってきて、セッティングをして帰っていく。
セッティングが終わった頃に、眠そうなヘルが時々寝癖をつけたまま現れるのだが、今日は俺たちが料理を食べ終わる頃になってやっと出てきた。
機嫌が悪いのか、ヘルはジロリとクロノス達を一瞥し、俺には手をヒラリと上げておざなりな挨拶をすると、無言で料理をつつきはじめた。
「ヘル、どうしたの?」
「いや、別に」
ヘルは料理を半分以上残して席を立った。心配そうに見つめる俺に気づいたのか、ポンポンと俺の頭を二回撫でて、けれど何も言わずに去っていく。
「いつもに増して愛想がありませんね」
「うん、どうしたんだろう」
メレは優雅にお茶を啜りながら、軽い調子で言った。
「アイツ、雨の日は割とこんな感じよ。古傷が痛むとか、なんか気が滅入る理由があるんじゃない? ほっといた方がいいわ、関わっても蹴りが飛んでくるだけだから」
そうなんだ、今まで雨が降る日が少なかったし気がつかなかったや。海賊だった時にヤンチャしてたなら、そりゃ古傷の一つや二つはありそうだよね。
「それにしても、雨ってなんだか辛気臭い気分になるわぁ。嵐でも来たら嫌よね、何も起こらないといいけど」
ふ、不吉なこと言わないでよメレ。フラグになったら嫌だよ!?
幸いなことに、と言うべきなのか、嵐にはならなかった。けれど雨はもっと厄介なものを引き連れてきていた。
部屋に引っ込んでベッドの上でゴロゴロしていると、突如警笛が鳴り響いた。ピィーッ……と空気を切り裂く音は雨の中でもよく聞こえた。
騒がしく誰かが階上を走っていく。足音が振動となって俺の耳にも届いて、俺はハッと飛び起きた。
な、何? 何が起こったの、ひょっとして海賊に襲われちゃった!?
恐る恐る部屋の外を覗くと、クロノスが廊下にいてこちらに駆け寄ってくる。
「スバル、部屋にいらしたのですね。中に戻って扉を閉めましょう、私もスバルの安全確保のため、部屋に入れていただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ! どうぞ」
クロノスは、開いた扉の間に滑り込むようにして俺の部屋に入った。
「ねえ、何が起こったか知ってる?」
「いえ、まずはスバルの身の安全をと思い一番に部屋に駆けつけましたので、何も」
ザバァッ、ドン! と一際大きな水音がして、衝撃と共に船が横に傾く。床に転がりそうになった俺の腕をクロノスが掴んで、なんとか転ばずにすんだ。
「なっ、な、今の何!?」
「魔法の着弾音ではなさそうですね、何か大きな物とぶつかったような音でしたが……」
二人で考えている間にも、船に衝撃が走る。階上の甲板からは人の叫び声も聞こえた。一体何が起こっているんだろう?
その時足音が廊下から近づいてきているのに気づき、クロノスが扉の前で仕込みナイフを取りだした。
「スバルちゃんー! 部屋にいる!?」
「メレ!」
聞き覚えのある声にクロノスは構えを解いて扉を開く。転がりこむようにしてメレが部屋の扉に手をかけた。
「今甲板を見てきたんだけど、ヤバいわよ! ものすごぉく凶暴な魔獣が現れたの!! ランス達もがんばってるけど、正直劣勢ね」
「どのような魔獣なのですか?」
「シャチよ。それも一頭だけじゃなくて、多分五頭はいるわ。おかしいくらい集まって来てるの、シャチは魔獣化しても、滅多に大きめの船には近づいて来ないはずなのに」
シャチって人間よりも大きいし、水中に隠れてるし、船員さん達はどうやって戦ってるんだろう。やっぱ魔法かな?
ドン! とまた船に巨体がぶつかった音がした。気のせいかな、横板がミシミシいってる気がする……これは早いとこ撃退しないと、船に穴が空いてしまいそうだ。
「メレ、俺が魔法を使えばみんなの助けになるかな?」
「そうね……やってみる価値はあると思うわ。スバルちゃん、甲板まで来てくれる?」
「うん!」
「私も行きます、この天候ならメレの火魔法よりは私の風魔法の方が、まだ役に立てるでしょうから」
三人で甲板へと走っていく。俺はフードを被ってクロノスと手を繋いで、準備万端にしてから甲板の上を窺った。
甲板では魔法が使える船員が海めがけて炎や風の矢を発射しているのが見えた。
地上であれば攻撃力のある土魔法や、泳ぎを誘導できる水魔法が使える人はいないみたいで、船員達の表情は険しかった。
ここからじゃシャチがどこにいるのかわからない、ランス達に怒られるのを覚悟で甲板に出ていくしかなさそうだ。
「スバルちゃん、アタシがランスに交渉してくるわ。スバルちゃんも風魔法が使えるから助太刀するって言って、説得してくるわね!」
メレはサッとランスの傍に行くと、何事か声をかけた。ランスは俺達を視界に捉えてギロリと睨みつけた後、手をヒラヒラ振って戦闘に戻っていった。
メレが手招きする。どうやら交渉は成功のようだ。クロノスと二人で甲板に出た。
「スバル!? お前危ねえだろ、なんで部屋にいねえんだ!」
曲刀を手にしたヘルが、銀の髪をしとどに濡らしたままこちらに歩み寄ってきた。
「ヘルこそ、部屋にいないと思ったらこんなところにいたんだ!」
みんなして言うことをきかない俺達客人に、ランスは嘆息した。
「お前ら揃いも揃って……怪我しても俺達は面倒みないからな」
「うっせえよ、誰がそんなヘマするかよ」
「役立たずが偉そうな口を叩くな。魔法が使えないならいても邪魔なだけだ」
「テメェ……」
「ヘルムート、落ち着きなさい。今は仲間割れをしている場合ではありません、敵はどんな様子ですか?」
ヘルは不満気な顔をしながらも、クロノスの問いに答えを返した。
「チッ……海の中に隠れていやがったが、さっきから水面にも顔を出してやがる」
ヘルが顎で示す方向へ、クロノスと手を繋いだままそろそろと甲板の端へ寄っていく。
「スバル、危ねえから俺の傍から離れんなよ」
二人に囲まれるようにしながら、海面が見えるところまでにじり寄る。
さっきから魔獣の体当たりはなりを潜めていて、どこか不気味だ。
覗き込んだ海面には雨が打ちつけられていて、一見何も見えなかった。けれど目を凝らすと、大きな黒い影がいくつもあるのが見えた。
ふと、魔獣の赤い目と目があった、ように思えた。その瞬間。
ザバァッ!! 黒い影が海上に姿を現し、俺の方に飛びかかってきた!
「うわぁっ!」
咄嗟に風の膜を目の前に張る。シャチは膜を越えられず、後ろから船員が放った火の矢を恐れたのか、また海の中に潜っていく。
他の船員も魔法で追撃を試みるが、一度海の中に戻ってしまうと、縦横無尽に動き回る個体に攻撃を当てることができないようだった。
魔獣達は高いような低いような、耳馴染みのない鳴き声を上げて、再び海上に飛び上がってくる。今度は二頭だ。
「えいっ!」
一頭目は風の膜でかわし、二頭めが跳んできた軌道を風魔法で操作して甲板の上に誘導した。隠れちゃうのが問題なら、海の上に上げちゃえばいいんだ!
「お前ら、かかれ!」
暴れるシャチに向かって船員が一斉に矢や魔法を放つ。
しばらくのたうちまわっていたのが弱ったタイミングで、ランスが剣を振り下ろし首を刎ねた。
うっ、血が……でもこの方法で倒せることがわかったから、次も跳びかかってきたら甲板に打ち上げてみよう!
生き絶えるシャチばかりに気を取られていた俺は、ヘルに急に突き飛ばされた。
「っえ!?」
「ヘルムート!」
突き飛ばされたのはクロノスの方向で、クロノスは俺をなんなく受け止めた。
何事かと振り向くと、ヘルが頭から血を流している。
飛びかかってきていたらしきシャチも、横腹を切り裂かれながら海に落ちていった。どうやらヘルはシャチと痛み分けの状態になったみたいだ。
「ヘル! 血がすごい出てるよ、大丈夫!?」
「こんくらいなんともねえ……」
どくどくと流れる血が銀の髪と黒い眼帯をどんどん赤く汚していく。けっこう血が出てるよ、それ大丈夫って言わないから!!
「ちょっとアンタこっち来なさい! そんなんで甲板にいたら足手まといになるわ!!」
「メレ、テメ、引っ張るんじゃねえ! 離せ!!」
メレがヘルを船内へと連行していく。ヘルのことはメレに任せて、俺達は魔獣に集中しよう。
「スバル、また来ます!」
二頭、三頭と追い討ちをかけてくるシャチ相手に空気の膜で軌道を誘導し、甲板に二頭うち上げることができた。またランス達がトドメをさす。
残ったうちの怪我を負った一頭が逃げていき、残りは一頭になった。最後の一頭は海の中をぐるぐる回るだけで、なかなか襲ってこない。
「……アイツは放っておいていいだろう。全速前進だ」
ランスの指令にあわせて、風魔法の使い手が帆に風を送り込む。船は進み、しばらくは追いかけてきていた魔獣も、やがて諦めたように身を翻した。
「お、終わった……?」
「そのようです。さあスバル、早く船内へ戻りましょう、体が冷えてしまいます」
俺達はランスにペコリと頭を下げてから、船の中に戻っていった。雨によるものと緊張と、そしてヘルの怪我のことを思うと、身体は冷えていくばかりだった。
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