【全57話完結】美醜反転世界では俺は超絶美人だそうです

兎騎かなで

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第四章 アンガス海の運び屋と元海賊の古傷

43 月が綺麗ですね……!

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こうして俺達は、半月弱を船の上で過ごすこととなった。
誰も船酔いする人がいなくてよかったよね、いたら大変なところだった。

早速二日目から時間を持て余していたら、ヘルがゲームしようぜって誘ってくれて、それで暇をつぶしたりした。

サイコロを投げてね、出た目が何かを当てて点数を数えるんだよ。本当は賭け事らしいんだけど、クロノスの静かな圧力によって実際にはお金をかけずに遊んだ。

それで十分面白かったよ。ヘルと、それになぜかメレも、物足りないって顔してたけどね。

あと釣りをやって、釣った魚をおやつに食べたりもした。ヘルは本当に魚料理が上手だったよ!

焼き魚を作ってくれたんだけど、外はカリッと、中はしっとりしていて夢中でペロリと完食してしまった。
クロノスもメレも感心していて、ヘルは鼻高々だった。

そうそう、運び屋の人達へのタブーも聞いたよ。過去を無闇に詮索しないこと、だって。こんなお仕事をしてるのには色々訳があるってことだね、気軽に聞いたりしません。

その他には、警報が鳴ったら必ず部屋に戻ることだって。海賊に襲われることも時々あるらしいので。……そんな事態が起こりませんように。

緊急事態じゃない限りは船の中は安全で、俺が一人で歩くこともできた。クロノスはよく俺の傍に控えてるけどね。

俺達に貸しだしている区画には、船員も掃除と配膳の時しか来ないから、本当に貸し切りみたいに気楽に使えた。





 そんな風に過ごしていたある日の夜、慣れない揺れと音で目が覚めてしまった俺は、一人甲板に来ていた。

 海の真っ只中から見る夜空はため息が出るほど綺麗だ。余計な光も、空を遮る建物も無い。水平線の果て、海と空が交わるところまで星の海が続いている。

 今日は満月だから、夜の甲板でも危なげなく歩くことができた。

 甲板の中央まで歩いて、固定された樽をベンチに見立てて座りこむ。
 端まで行っちゃうと、急に船が傾いたりしたら怖いからね。落ちたらどうしようなんて、考えたくもない。

 二つ浮かんだ月を眺めてぼんやりしていると、すぐ傍に人の気配を感じた。

「隣、よろしいでしょうか」
「クロノス。うん、どうぞ」

 静かに現れたのはクロノスだった。無駄のない、音を立てない座り方でスマートに座るクロノス。夜中だというのにまだジャケットを着ている。

「こんな夜中まで起きてたの?」
「眠れなくて、少し書き物をしておりました。スバルはどうされたので?」
「なんか目が冴えちゃって。それで気分転換に、景色でも見ようかと思って」

 クロノスと二人、同じタイミングで空を見上げる。星の光を搔き消すほどに眩い双月が、俺達を煌々と照らしていた。

「前にもこんな風に、クロノスと二人で月を見たことがあったね」
「ええ。あの時も双月共に満月でした」

 眼鏡と長めの赤髪の奥に隠されたクロノスの瞳には、銀の光がキラキラと乱反射していた。角度を変える宝石のように、いつまで見ていても飽きない。

 クロノスが俺の視線に気づいて、ゆっくりと振り向く。

「どうしました?」

 その動きがなんだか妙に艶やかで、俺は慌てて視線を外し月を見ていたフリをする。

「な、なんでもないよ。そういえばクロノス、俺の生まれた国では月に関するお話がいくつかあってね」

 俺はクロノス達にここに来た経緯を話してからは、時々日本の話をするようになっていた。その度にみんな、興味深そうに話を聞いてくれる。

「月には兎が住んでいるんだって。俺のところは月は一つだけなんだけど、その月の模様が兎みたいに見えるんだ。他にもね、好きな人に好きって伝えるのを、月が綺麗ですねって言うことがあったりして」

 気恥ずかしさを誤魔化すために早口でウンチクを垂れる俺に、クロノスは丁寧に相槌を打ってくれる。

「それは、どうしてそのように意味することになったのでしょうか」
「確か、昔の小説を翻訳する時に、日本人は恥ずかしがり屋だから愛してるって言ったりしないってことで、月が綺麗ですねって言葉になったって聞いたよ」
「そうなんですか、だからスバルもニホン人らしく、恥ずかしがり屋なんですね」

 そ、それは否定できないかなあ……俺って結構恥ずかしがり屋だよね、自覚はある。

「ではきっと、私もマーツェロ人よりもニホン人寄りの性格をしているのでしょうね。はっきりと好意を言葉にするのは得意ではありませんから。ああ、ヘルムートもそうでしょうか」
「ヘルの場合はまた違うと思うけど」

 あれはツンデレだから、ただのシャイとはちょっと違うよね。恥ずかしがり屋ってとこは一緒かもしれないけど。

「そうですか、でしたらスバルと感性が一番似ているのは、私かもしれませんね」
「そうかもね、クロノスも空気読むの得意だし」
「スバルと似ているところが多いのは、嬉しく思います」

 はにかむように笑うクロノスに心がキュンとする。
 なんていうか、クロノスって綺麗なのに時々すごく可愛いなって思うんだけど、態度がいじらしいからなのかな?

「スバル」
「なに?」
「……月が、綺麗ですね」

 俺はクロノスを見上げた。目線がかち合う。クロノスは俺を静かな熱を瞳に宿しながら、ただひたすら視線を逸らすことなく俺を見つめていた。

 銀の瞳に吸い込まれそうになりながらも、言葉の意味がやっと脳に届いた。月が綺麗ですね、って……!?

「さて、そろそろ戻りましょうか。身体を冷やしてしまいますから」
「ク、クロノス、今のってどういう……」
「意味、ですか? さあ……言葉通りの意味ですよ?」

 フフ、と忍びやかに微笑むクロノスは、妖しくも美しい夜の魔性のようだった。
 いつまでも立ち上がらない俺に、クロノスの顔が曇る。

「スバル、どうされました? 長い間座っていて足が痺れたのでしたら、僭越ながら私が抱き上げてもよろしいでしょうか」
「ううん、たっ、立てるから! 今立つから!!」

 危うくまたお姫様抱っこされちゃうところだった。クロノスは少ししょんぼりしながら引き下がる。
 なんでそんなに俺をお姫様抱っこしたがるんだろう、重いのに。不思議。




 ……なんてことがあった次の日にも、俺は月見をしていた。なんかここの月って本当に綺麗で、いつまで見ていても飽きないんだよね。

 ギシ、と木の板が軋む音がした。もしかしてまたクロノス? それともメレかヘル?

 後ろをひょいと確認すると、背の高い痩せたシルエット。だんだん近づいてくるその人物は、硬質な雰囲気を持つ美形だった。

 運び屋のランスが、月明かりに照らされながら甲板に姿を現した。
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