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第四章 アンガス海の運び屋と元海賊の古傷
42 洗いざらい話しました
しおりを挟む小さな船室に四人もの人間が密集している。
俺はベッドに座り、その隣にヘルが腰掛け、椅子にはメレが座り、クロノスは閉めた扉の前に立っていた。
うん、完全に逃げ場が塞がれているね。もっとももう、逃げ出すつもりはなかった。
「どこから話そうかな……あ、その前に、異世界人ってこの世界にいるの?」
代表してクロノスが答えてくれる。
「異世界人ですか……どこからか忽然と現れる人間の話なら、昔話で聞いたことがありますね。確かイエルトの初代の王の友人がそうであったとか。百年以上も前の話ですから、真実かどうかはわかりませんが」
レアだけど、いないわけじゃないんだね。残っている逸話が少ないのはもしかしたら、帰った人がいるからかもしれない。
「俺、家から大学……学校に行って居眠りをして、起きたらマーツェロ王国のあの町の、路地裏にいたんだ」
初めから順を追って、この世界とは違う場所にいたこと、帰れるのなら帰りたいこと、帰るための手がかりがイエルトにあるかもしれないことを話した。
「イエルトにいる発明家の井口って人が、多分俺と同郷なんだよね。その人なら、俺の知らない異世界に来た謎とか知ってるかもしれない。もしかしたら帰る方法も知ってるかも」
「帰るのか?」
ヘルは話を遮り、睨むような勢いで俺の目を覗き込んだ。鋭い眼光にゴクリと唾を飲み込んでいると、ベッドに置いた手がパッと取られる。
「帰るなよ、スバル。俺の隣にいてくれ」
熱いくらいの手の温度と熱のこもった言葉にドキドキしながらも何も言えないでいると、さりげなくクロノスが俺の手を取り返した。
「ヘルムート、スバルがなぜ逃げ出したのか忘れてしまいましたか? 気持ちを押しつけてばかりいると、また逃げられてしまいますよ」
「……ッ! い、言われなくてもわかってるっての。俺に説教するんじゃねーよ」
ヘルはきまり悪げにプイとそっぽを向いた。
「そう、そういうことだったの……スバルちゃん、知らなかったとはいえ、追い詰めちゃったみたいでごめんなさいね。アタシもスバルちゃんの心が決まるまで返事を迫ったりしないから、もう焦って逃げださなくてもいいわよ」
そう言ってメレが優しく微笑む。
「ううん、俺こそ事情を話さないで逃げちゃってごめんなさい」
「ホントよー、この乱暴者と二人で取り残されて、アタシがどれだけ焦ったと思う? ま、こうしてまた会えたからいいんだけどね」
メレは軽い調子で文句を言うけど、多分ものすごく焦らせちゃっただろうな。
本っ当にごめん、もう絶対勝手にいなくなったりしないようにするよ!
「イエルトに着いてもすぐにイグチって人に会えるとは限らないし、もしかしたら新生活が思いの他気に入っちゃって帰りたくなくなるかもしれないわ。まだ先のことはわからないんだから、思い詰めないで気楽にいきましょ?」
「うん、そうだね」
相槌を打つ俺の耳元に、メレが楽しそうに囁く。耳に吐息が当たって、ゾクリと身を竦ませた。甘い声が鼓膜をくすぐる。
「気にいるのは新生活だけじゃなくて、アタシって可能性もあるものね? うふふ、イエルトに着くのが楽しみねぇ、スバルちゃん」
「メイヴィル、あまり思わせぶりな態度をとるとスバルの負担になりますよ」
すかさず牽制するクロノス相手に、メレはわざとらしくニッコリ笑った。
「あら、あくまでも可能性の話をしただけよ? それよりアタシ、クロちゃんにもお話を聞きたいわぁー。無害そうな澄まし顔してるけど、アンタが一番タチ悪いじゃないの」
「何のことでしょうか、根拠のない言いがかりはよして下さい」
「根拠ねえ、状況から考えられる推論になるけど、おそらく当たってると思うわよ? アンタの胸の内。聞いてみる?」
「ええ、どうぞ言って下さって結構ですよ。時間がかかりそうですし、隣に場所を移しましょうか」
クロノスの内心って、メレ的には何か隠してるように見えるのかな?
クロノス紳士だし真面目だし、隠し事とか企みとか、よっぽどじゃないとしなさそう。
例えば悪の領主を成敗するためとかね?
……もしかして、日本に着いてくる方法を考えてるとか?
あり得そう、だってクロノスは天涯孤独だし、今は俺が主なんだし……うう、いいや! 本当に帰れることになったらその時にまた考えよう!
俺、一人で悩むとロクなこと考えないみたいだしね!
「隣に移動するですって? ここで話してもいいじゃない、それとも何かスバルちゃんに聞かれたくないことでもあるのかしら?」
「フフ、まさか」
フフ、うふふと笑顔の冷戦が始まったところで、俺は大事なことを思いだした。
「そうだ、ヘル! この船のことを詳しく教えて! あと、海のこととか、この辺の島のこととか」
元海賊だったんなら、きっと詳しいよね?
俺は前回のゼシアの件で懲りたんだ。いつか帰るんだしってスタンスで、みんなにばかり任せて旅行してたら、大変な事件に巻き込まれちゃうこともあるんだってね。
気をつけるべきことを知らないのと知ってるのでは、警戒できる度合いも違ってくると思うんだ。
無事イエルトにたどり着くためにも、しっかり自衛しないとね! 特にタブーとか地雷とかあれば教えて下さい!
ヘルの現実味がないくらい麗しい顔を改めて眺めながら、俺は真面目に話を聞こうと表情を引き締めた。
眼帯してて曲刀使いで海賊なんて、ヘル似合いすぎだよ! とツッコミを入れたがる胸の内の叫びは、今は胸の中に留めておく。
「あ、ああ。スバルがそんなに知りたいなら教えてやってもいいぞ。そろそろ飯の時間だから、食いながら話そうぜ」
ヘルに促されて食堂に赴くと、ほかほかと湯気の立つ料理が置いてあった。他に人はいない、勝手に食べていいよってことかな?
「ほら、食おうぜ」
新鮮なシーフードを豪快にごった煮にした具沢山のスープを、みんなでつついて食べる。魚介の出汁が効いてて美味しかった。
「なかなかイケるわね、お魚が新鮮だからか美味しいわぁ」
「このくらいなら俺にも作れる」
こともなげに言うヘルに、クロノスが微妙な視線を投げかけた。
「ヘルムートの普段の料理の腕前を鑑みると、なかなか肯定し辛い台詞ですね」
「なっ、馬鹿にすんな! 陸の料理の勝手がわからねえだけで、海鮮物だったら絶対俺の方がお前より美味い飯を作れるんだからな!!」
「ヘル、魚料理が得意なんだ? 俺、今度食べてみたいな」
「おう、任せとけ! めちゃめちゃ美味いのを食わせてやるよ」
和気藹々と料理にコメントした後は、ヘルによるアンガス諸島と海に関する講座が始まった。
「ここいらは小さな列島が点々としている以外は全部海だ。列島は海賊の根城がほとんどだから、基本上陸しねえ。ゼシアからイエルトへは、普通は一月かかるが、この船は運び屋だからな。もうちょい早く着く」
「運び屋って?」
「金さえ払えば何でも運ぶ連中だ。それが所持が禁止されている違法奴隷でも、非合法な薬物でも秘密厳守で運ぶ。今回は俺達をできる限り早く安全に送り届けるのが、ランス達の仕事だ」
思いの外真面目に先生役をしてくれるヘルにいたずら心が疼いたのか、メレが手を上げる。
「ねぇ先生、ランスって人はともかく、他の船員は信用できるのかしら? アンタって色々と恨みを買ってそうじゃなーい? 部屋で寝てたら寝首をかかれる展開なんて嫌よ」
「誰が先生だ。まあ、アイツが言うように大人しくしてれば問題ねーよ。この仕事は信用第一だからな。俺はここのやつらには恨まれてねえはずし……多分」
自信なさそうにポツリと一言付け加えたヘルの言葉尻を、クロノスは耳聡く捉える。
「はっきりしませんね、やはり用心しておいた方がよさそうです。ヘルムートのことですから、海賊時代はさぞ暴れ回ったのでしょう」
うぐぐぐ……とヘルが唇を噛んでいる。図星みたいだ。
「海賊時代のヘルってどんな感じだったの? メレみたいにまるで別人って言われちゃう感じ? それとも今と同じ感じなのかな」
「あー、うん、そうだな。その話はまた今度聞かせてやるよ」
「何よ、勿体ぶってないで言えばいいじゃない。例えば縄張り争いで相手の船に……」
「おっと手が滑った」
「ちょっ!? な、なにすんのよ! 汁が服に飛び散るとこだったじゃない!!」
残念ながら、第一回ヘル先生の海賊講座はこれで終了のようだ。ヘルって結構秘密主義だから、この機会に色々知れたらよかったんだけどな。
また今度、機嫌がよさそうな時に聞いてみようっと。
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