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第三章 魔獣遭遇とゼシア聖国での恋騒動
40 いざ決闘
しおりを挟むメレは数年ぶりに会った姉をひたと見つめる。こうして隣に並ぶと、血の繋がりのある家族だと一目でわかった。
メレはしばし間をおいて、強がるように笑みを一つ、口元に乗せた。
「……決闘ねぇ? スバルちゃんを賭けて?」
「そうだ。わかっているな、お前が受けないのであれば、このままスバルは私が貰い受ける」
メレははあ、と重々しいため息を吐いた。ヘルが聞き捨てならない言葉に苛立ち、眼光鋭く眼帯越しにネリを睨みつける。
「おいテメェ……」
「アンタはちょっと黙ってて、話がややこしくなるから。これはアタシの売られた喧嘩よ」
ヘルを手で制しクロノスの方へ押しやると、メレは改めてネリに向き直った。
「……嫌な予感はしてたのよ。港で高位貴族に連れ去られた旅人がいたって聞いて、まさかと思って姉さんのところに来てみたら、本当にスバルちゃんがいるんだもの。当たってほしくなかったわ。思い込んだら一直線なところ、変わってないのね」
「お前は随分と軟弱になったようだな。口調からも服装からも、およそ強さとは対極にあると見てとれる」
「もう強さに拘るのはやめたのよ。姉さんもそんな古臭い生き方にしがみついてないで、自由になったら? 気楽で楽しいわよ」
ネリは吐き捨てるようにハッと嘲笑した。
「馬鹿なことを。お前は魔力だけでなく、誇りまで失ってしまったようだな。嘆かわしい」
「姉さんの言うような誇りってヤツを後生大事に抱えていたって、お腹も膨れないし好きな服も買えないわ。お金の方がよっぽどアタシを助けてくれたわよ」
「低俗な……まだ商売に手を染めているのか」
「犯罪に手を染めてるみたいな言い方しないでくれる? アタシの知識と築いた人脈は生きる糧なの。アタシが誇りに思うとすれば、強さよりもこの手で磨いた商いのための技術だわ」
話せば話すほど相容れない姉弟だ、見た目は似ているのに、その思想は徹底的に違った。同じ環境で育ったはずなのに、どうしてこんなに考え方が違うのだろう。
「……お前と話をしても、どうやら分かり合えることはなさそうだ」
「そりゃそうよ、強さに恵まれた姉さんと、強くあるためには魔力に縋るしか道がなかったのに、その魔力さえ使えなくなった弟よ? アタシが姉さんと同じ思想のままでいたら、今頃精神を病んで壊れちゃってるわ」
ネリは諦めたように首を緩く左右に振った。
「これ以上の話し合いが無駄だとお互い納得したところで、決闘を始めようか。お前とこれ以上話をしていると、頭が痛くなりそうだ」
「同感だわ。お手柔らかにね?」
「せめてもの手向けだ、全力で相手をさせてもらおう。ヘレナ、剣を。愚弟の分もだ」
「はっ、ただ今」
ヘレナが屋敷へと去っていくのを横目で見送る。俺の心は不安でいっぱいだ、メレはおそらくネリに勝てない。勝てないとわかっていて戦う気でいる。
もしもメレが取り返しのつかないような大怪我を負ってしまったらどうしよう。
「スバル、ここに居ては戦闘に巻き込まれる恐れがあります。少し離れましょう」
「おう、あの木の影なんかいいんじゃねえか。行こうぜスバル」
ヘルが俺の腕を軽く掴んで木の影に連れて行こうとする。ヘルは歩いている途中、ネリの視線を自分の体で遮りながら、俺の手のひらの中に紙をポトリと落とした。
「これ……」
「読め」
クロノスにも素早くメモを忍ばせて、ヘルは何食わぬ顔で木の幹に背中を預けた。
どくりと脈打つ心臓の鼓動を抑えるために、一つ深呼吸をする。
メモの存在に気づかれないよう、すぐに読まずにネリとヘレナの様子を窺った。
丸く円の形をした、剥き出しの地面をさらす決闘場に、ヘレナが二振りの剣を両手に抱えて戻ってくる。そのうちの一振りをネリが取り上げた。
「お前も受け取れ。使えるだろう?」
「お心遣い痛み入るわぁ。ありがたくって涙が出ちゃう」
「ふざけている暇があったら早く得物を鞘から抜け。それとも怖気づいたか?」
「そんなに急がなくても、勝負は逃げないわよ。でも久しぶりだし、ちょっと素振りをする時間をちょうだい?」
「いいだろう」
言葉だけを聞いていると男女逆なんじゃないかと思ってしまうやりとりをしながら、メレはヘレナから長剣を受け取る。
ぎこちなく長剣を鞘から抜き取ったメレは、白刃を煌めかせながら素振りをした。
俺の目から見てもどこか不自然な切り方に、ネリはメレを苦々しく見つめた。
「何をやっている。まさか忘れたのか? あんなに教えてやったのに」
「あっれ、おかしいわねえー? こんなに使えないハズじゃなかったんだけど……最近短剣ばっかり使ってたせいかしらねー?」
「お前は昔から身体を使う技能は苦手だったな……手本を見せてやる。こうだ」
ネリは呆れながらもメレの前で素振りを始めた。ヘレナもその様子をどこか生温い視線で見つめている。
二人の視線が離れている今がチャンスだ。俺は手のひらをそっと開き、目線だけを紙片に向けて文字を読んだ。
『愛しのスバルちゃんへ
一つお願いしたいことがあるの。アタシが剣を投げつけた瞬間に、ヘルの水魔法を思いっきり姉さんにブチかましてね! 決闘は正々堂々一対一、なんてこの際気にしてられないわ。絶対姉さんを撒いてイエルトに行くわよ! 約束ねっ 』
……思いっきり丸くて可愛らしい字体で書かれたメモに、緊張感が萎んでいく。なんかメレ、思った以上に余裕ありそうだね?
何か策があるってことなんだ。わかった、俺はメレを信じて言う通りにするよ。
「スバル、不安なら俺が、て……手を握っててやらないこともないぞ」
手紙を読んだのを見届けたヘルは、下手な言い訳みたいな台詞をどもりながら口にする。そして赤面しながら右手を差し出してくれた。
うん、いつメレが剣を投げるかわからないから、先に繋いでおかなくっちゃね。
触れた手から流れ込もうとする魔力を、体の外に漏れ出さないように制御する。
相変わらず勢いが強いなあ、けど俺も大分魔力の扱い方がわかってきたようで、無事に身体の中に留めておくことができた。
その後も持ち手が持ちにくいから布を巻きたいだの、色々メレがケチをつけたりしながら時間が過ぎていく。
姉弟の心温まる剣術指南の後、ようやく決闘の時間がやってきた。どうにも締まらない感じがするけれど、二人とも真面目に勝負をする気はあるみたいだ。
「では、始めるぞ」
「いつでもいいわよ」
立ち姿にも芯の通った凛々しいネリと、自然体で身軽、それでいてたおやかなメレ。
両者それぞれ剣を構えて、円の端と端に立つ。ヘレナが片手を振り上げ宣誓した。
「これより決闘を行います。見届け人は私、ヘレナと」
ヘレナがさっと振り向いてクロノスに視線を送る。クロノスは空気を読んで答えた。
「……クロノスです」
「ヘレナとクロノスが勝負の行方を見届けます。勝敗は、どちらかが戦闘続行不可能となった時、降参を宣言した時、場外へ出た時に決まるものとします。では両者、位置について……」
クラウチングスタートのようなかけ声の後、ヘレナが勢いよく手を振り下ろす。
「……はじめ!」
合図と同時に、ネリが風のように駆ける。メレもネリへ向かって走り寄るが、明らかにネリの方が速度が速い。
距離を詰めたネリが横薙ぎに刃を一閃させると、キンッと金属の弾かれる音がした。
剣を一度打合せたメレは素早く後退するが、逃すまいとネリが続けて剣を繰り出す。メレは危ういところで切っ先を避け続けた。
ちょこまかと逃げるメレに、ネリは拉致があかないと思ったのか一度立ち止まる。
「どうした、逃げてばかりでは勝機はないぞ」
「心配してくれなくても、今考えてるところよ。姉さんこそお得意のアレ、披露してくれないの? 全力で戦ってくれるって言ったじゃない」
ネリは無表情で黙り込んでいたが、やがて剣を鞘に戻した。
「……魔力が使えないお前に使うまでもないと思っていたが、いいだろう。お前が望むなら、一瞬で勝負を決めてやる」
ゆらり、とネリの姿が一瞬霞む。俺の目には濃密な魔力がネリを包み込むのが見えた。
ゴォッ! 背筋がびくりと震えてしまうような轟音と共に、ネリの周りに美しくも恐ろしい、紫色の炎が舞い踊る。
場外にいる俺達にまで伝わってくる熱気に当てられて、ヘレナが顔を庇いながらジリジリと木の傍まで後退してきた。
これただの炎じゃないよね、普通の炎より熱を発しているし、魔力の密度も高いように思える。
メレは熱さに身を焦がしながらも、両足を踏ん張って対峙していた。
「ゼシアの聖炎……女神に選ばれし力、ね……相変わらずぞっとするほど美しいわ」
「私はお前を殺したいわけではないからな。今降参と言うのであれば、止めてやってもいいのだぞ」
赤い火より青い火の方が温度が高いって聞いたことあるけど、紫の火って体感からしてもっと熱そうだ。
そんなのけしかけられたら、メレが黒焦げになっちゃうよ!
焦る俺と違って、こんなに熱い紫炎の中央にいるのに、涼しい顔で佇むネリ。魔力を暴走させて自爆してくれるなんて展開は、期待できそうにない。
メレは額から汗を滲ませ、その汗がすぐに蒸発していくのを感じながらニヤリと笑った。
「降参したいのはやまやまなんだけどね……どうせならどんな手を使ってでもいいから、一回くらいは姉さんに勝ってみたいのよ!!」
メレは姉に向かって剣を投げた。
今だ! 俺はすぐ様ヘルから流れ込む魔力を存分に使って、水の魔法を放出した。
台風の後の川の濁流のような勢いで、透明な水がうねりながらネリに襲いかかる。
「何!?」
まさか神聖な決闘に横槍を入れられると思ってもみなかったネリは、僅かの間立ち竦む。
そしてメレの剣は紫の火の中に投げ込まれた。一瞬にして表面が溶けた刀身は赤くその身を光らせながら、どろりと溶け始める。そこに大量の水が降り注いだ。
そう、液状化した高温の鉄と常温の水が、触れたのだ。
バシューン!!! ネリの目と鼻の先で、刀身から音と煙が噴き出し、弾ける。
水の体積が瞬時に千倍以上に膨れ上がり爆発した。水蒸気爆発だ。
「くっ!?」
ネリは魔力を大量に注ぎ込み、炎を纏うことで身を守ろうとする。
けれどこの爆発は魔力によるものじゃないから、ネリの炎によって退けることはできなかった。
爆発によってネリの体が場外へと吹き飛ばされる。
「スバルちゃんは渡さないわ! ごめんなさいね姉さん!!」
メレはそう言い捨てると、踵を返して俺達の方へひた走る。
「クロちゃん、ヘル!!」
メレが声をかけると、クロノスは俺を抱き上げ走り出した。ヘルも背後を警戒しながらそれを追いかけ、しんがりのメレも俺達に追いつく。
「ネリ様!!」
「くっ……おのれ、卑怯な!!!」
ヘレナがネリに駆け寄り、上半身を起こしたネリが吠える。
「やだ怖い、クロちゃん急いで! こっちよ!!」
屋敷の庭の裏道を知り尽くしたメレの活躍により、俺達は一目散にその場から逃げおおせた。
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