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第三章 魔獣遭遇とゼシア聖国での恋騒動
39 逃げきれなかった……!
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今日も鬱陶しいほどの晴天の空を見上げた。朝日が眩しい。
「食事の用意ができたようだ、食堂へ行こうか」
朝日が似合う爽やかなネリとは対照的に、俺とクロノスの表情はどんよりと沈んでいる。
とうとうネリの屋敷まで来てしまったのだ。しかも朝食までご馳走になることになった。
俺とクロノスは隙を見て逃げ出そうとアイコンタクトで合図を交わし合い、その機会を窺っていたのだけれど。
ネリが海泳用の服から着替える間も、ヘレナが俺達にぴったりと張りついていて隙がない。
トイレに抜け出そうにも男の使用人がついてくるし、さりげなくクロノスが監視されているし。
そんな風に手をこまねいている間に、
「ふむ、小腹が空いてきたな。君達も朝食を一緒にどうだ?」
とのネリの一言によって、今に至る。に、逃げ出したいよう……
幸いにも、こんなご近所迷惑極まりない時間から決闘し始める非常識さはないみたいだ。
けれど逆にいつ、さあ決闘の時間だと言い出されるのかと思うと、おちおち気を抜いてもいられない。
動きやすそうなパンツ姿のネリは、薄桃色の髪を一つにくくって背中に流していて、まるで男装の麗人のようだった。
「どうだスバル、口にあうか?」
「はい、美味しいです」
「そんな他人行儀な言い方をするな。もっとくつろいで、砕けた口調で話してくれていいんだぞ」
絢爛豪華な南国の花が飾られた室内で、丸テーブルの上にところ狭しと並べられたご馳走を次々に勧められる。
そんな風に言ってもらっても、この後に決闘が控えてるのかと思うと寛げませんってば。
俺とネリしか座っていないというのも緊張するポイントだ。普段なら一緒に食事をしてくれるクロノスも、ここでは使用人扱いだから、同席することはできなかった。
クロノスは今、別室で食事をとっている。
俺の給仕をするから食事はいらないと抵抗したのだが、今は私の客人だ、まさか私の用意させた食事を食べられないとでも? と言い包められてしまった。
あまり抵抗してクロノスまで追い出されたら打つ手がないしね。今はグッと我慢だ。
心細いけど、俺がんばるよ。
「しかしよかった、スバルの口にあうのなら、新しく料理人を雇わなくて済みそうだ。部屋の内装はどうだ? 君の好みでないのなら言っておくれ、壁紙を張り替えよう」
ちょっと待ってよネリ、気が早いにもほどがあるってば!
俺はイエルトに行くんだから、ここで女侯爵様の入婿になってる暇なんてないよ!!
「壁紙を変えるために俺の意見なんか聞かないで、侯爵様のお好きになさって下さい……」
「スバル、なぜそんなに他人行儀なんだ。なぜ私の名前を呼んでくれない? まさか、誰か心に想う人でもいるのだろうか」
他人行儀なのは出会ってから三時間にも満たない他人同士なので、しょうがないと諦めてほしいところです、侯爵様。
心に想う人か……俺の頭にクロノス、メレ、ヘルの顔が同時に浮かんだ。
同時に三人も思い浮かべちゃうなんて。いや、だって告白されたんだよ? 意識しないわけにはいかないよね?
記憶に新しいメレの告白を思い返して赤面していると、ネリは誤解したらしい。両手を俺の手に重ねてギュウッ握った。
「やはり、いるのだな!? どんなヤツだ、言ってみろ」
「いっ!? 痛いです、手が」
「ああ、すまない」
ネリはパッと俺の手を解放し、俺はじんじん痛む手を摩った。
ネリってば絶対俺より握力強いよね?
ヤバい、本格的にこの人に勝てる要素が見当たらなくなってきた。最初からなかった気もするけども。
「やはりスバルを攻撃するのは心が痛むな。相手がいるのなら、その代理と決闘しよう」
そっか。俺が戦うより、クロノス達の誰かに戦ってもらう方がきっと勝ち目があるよね。
ネリは炎の使い手っぽいし、クロノスの風だと炎を増強させてしまいそうなイメージだけど、ヘルの水の方が戦うには相性いいのかな。……と、今はヘルには頼れないんだった。
食事が終わり、やっとクロノスと再会する。
「クロノス!」
「スバル、ご無事でしたか? 何か不埒なことをされてはいませんか?」
「失敬な。私は決闘が終わるまでは手を出さない」
その口ぶりだと決闘で勝った途端手を出すってことなんですかね? 俺の貞操の危機!?
男にも貞操って使うのかな。どっちかっていうと童貞喪失の危機!? かな。
いやでも本当にありえそう、だって妊娠して子どもが産まれない限り、せっかく勝ち取った相手がとられちゃう可能性があるんだよね?
つまり負けたが最後、誰かにとられないようにすぐに襲われちゃうってことも、あり得るわけだ。
そんな不本意な未来の可能性を垣間見た俺は、今まで以上に真剣に決闘について考えはじめた。
「これから庭を歩いて腹ごなししようか。決闘場も案内しておこう、勝負は公平に行いたいしな」
隣を歩かされながら、何か勝つための糸口はないかと、ネリをよく観察してみる。
あ、クロノスとヘレナが後ろからついてきてるから、今度は二人きりじゃないよ。
ハッキリとした二重瞼が、鼻筋が、見れば見る程メレに似ていた。
じいーっと、遠慮のない視線を送っていると、ネリが恥じるように瞳を伏せた。
「スバルは、もしや強さよりも美しさを好むのだろうか。だとしたら私の顔はきっと見るに耐えないのだろう。しかし今更諦められるはずもない、決闘は行うぞ。たとえスバルを傷つけることになってもな」
「あ、いえ、侯爵様がブサイクだなって思って見てたわけじゃないんです! すごく似ている人を知っているので、それで」
女の人をブサイク扱いするのは忍びなくて、慌てて弁解する。ネリは視線を宙に彷徨わせ、記憶の引き出しを探っているようだ。
「私に似ている? 親戚中でここまで容姿が崩れているのは私だけだが。いや、もう一人いたか……」
「そのもう一人って、桃色の髪に濃い茶色の眼をしていませんか?」
「その通りだ。まさか、名前はメレイフィノスというのではなかろうな?」
そのまさかです。俺が肯定するように頷くと、ネリは大きく目を見開いた。
「あの愚弟が、国に戻ってきているのか。いや、旅先で会っただけなのか?」
「ここまで一緒に旅をしてきた仲間です」
「……そうか。メレイフィノスは、私と似ているだろう」
再び頷くと、ネリもうんうんと頷いた。
「顔つきも気位の高いところも、真面目で融通がきかないところも私とそっくりだった。その気位の高さ故に、理想とはかけ離れた自分に耐えられず国を飛び出してしまったが……無事に生き延びていたようでなによりだ」
真面目で、融通がきかなくてプライドが高い……? 今のメレはそんな風に見えないけど、昔はそうだったのかな。
しばらく目をつぶって思い出に浸っていたネリは、片目を開けていたずらっぽく俺に笑いかけた。
「もしかしたら、恋をした相手も一緒だったりしてな?」
す、鋭い。鋭いよネリ、女のカンってやつですか。
ギクリと肩を竦めた俺の反応を、ネリは目敏く拾った。
「やはりそうか。では、私はスバルを得るために、メレイフィノスと戦おう」
「あ、あの! 俺はメレが好きだなんて一言も……」
「その愛称は、愚弟の方から呼ぶことを許したのだろう? だとしたら間違いなく、君はメレイフィノスと深い関係にある。愛称を呼ぶことを許すのは、恋人のみに捧げる特権だからな」
ええっ!? 嘘だぁ、ヘルも普通にメレ呼びしてるよ??
「しかし、愚弟が相手か……魔力を持っていた時にだって、私に勝ったことは一度としてなかったが……いや、例え魔力を失っていても全力で相手をしよう、それが礼儀だからな。うむ、そうと決まればメレイフィノスに遣いをやって、決闘を申し込もう」
ちょ、お姉さん強すぎだよ! このままじゃメレがボッコボコにされちゃう!!
「あ、あの! 相手が自分より弱いことがわかっていて、その人の大切な人を奪うために戦うなんて……弱い者いじめみたいでよくないと思います!」
言っちゃった! 俺のことをメレが大切に思ってるって前提で、侯爵様に文句つけちゃったよ! 気恥ずかしいけれどここはグッと気を引き締めて、険しい表情を保つ。
俺の精一杯の反論にヘレナが息を飲み、クロノスが焦った顔を見せる。
へっ、何か言っちゃいけないことを言っちゃった??
ネリが今までの甘やかな瞳ではなく、感情を押し殺しながら俺を見下ろしているのに気づいた。
「……何を言う。この国では強さが全てだ。強い者が高い地位を築き、素晴らしい伴侶を得られる。ゼシア聖山の女神から分け与えられた特別な魔力を纏う強き女性が、女神の使徒としてこの国を統べるのだ。お前はこのゼシア聖国の在り方を、否定するというのか?」
努めて冷静な声で懇々と説くネリだけど、その心の奥底に怒りを隠しているのがよく見てとれた。
自分の信じる女神様、しいては自分自身を否定されたように感じたのだろう。プライドの高いネリが俺の失言に怒らないわけがなかった。
「ご、ごめ、俺、そんなつもりじゃ……」
「ああ、スバル。わかっている、お前には馴染みのない思想なのだろう。余所の国では美しき者が蝶よ花よと尊ばれているようだからな。しかしこの先、私と共に生きるのであれば、少しずつでいいからゼシアのことを受け入れてほしい」
ごめんなさい本当に、本っ当に無理です、馴染めないです。
強さが一番、だなんて現代日本で育った俺にはとっては野蛮極まりない思想だと感じてしまう。
今更ながらとてもまずい状況下にあることを再認識して、こめかみが引きつってしまった。
もう、逃げよう。泳いででもゼシア聖国から逃げ出そう!!
クロノスにアイコンタクトを送ろうとして視線を向けると、丁度その背後に見慣れた桃色と銀の髪を見つけた。
「メ…メレ!? ヘル!!」
追い詰められた俺の幻覚じゃないかと一瞬疑ったが、その姿は消えることなくこちらへ駆け寄ってきた。
「スバル、無事か!?」
「スバルちゃん、クロちゃん! ……っ!? それに……姉さん」
メレは同じくらい身長がある姉の目の前で足を止めた。二人はしばらく、声もなく見つめ合う。
「久しいな、メレイフィノス。再会を喜ぶ暇もなく悪いが、言わせてもらうぞ。お前に決闘を申し込みたい」
「食事の用意ができたようだ、食堂へ行こうか」
朝日が似合う爽やかなネリとは対照的に、俺とクロノスの表情はどんよりと沈んでいる。
とうとうネリの屋敷まで来てしまったのだ。しかも朝食までご馳走になることになった。
俺とクロノスは隙を見て逃げ出そうとアイコンタクトで合図を交わし合い、その機会を窺っていたのだけれど。
ネリが海泳用の服から着替える間も、ヘレナが俺達にぴったりと張りついていて隙がない。
トイレに抜け出そうにも男の使用人がついてくるし、さりげなくクロノスが監視されているし。
そんな風に手をこまねいている間に、
「ふむ、小腹が空いてきたな。君達も朝食を一緒にどうだ?」
とのネリの一言によって、今に至る。に、逃げ出したいよう……
幸いにも、こんなご近所迷惑極まりない時間から決闘し始める非常識さはないみたいだ。
けれど逆にいつ、さあ決闘の時間だと言い出されるのかと思うと、おちおち気を抜いてもいられない。
動きやすそうなパンツ姿のネリは、薄桃色の髪を一つにくくって背中に流していて、まるで男装の麗人のようだった。
「どうだスバル、口にあうか?」
「はい、美味しいです」
「そんな他人行儀な言い方をするな。もっとくつろいで、砕けた口調で話してくれていいんだぞ」
絢爛豪華な南国の花が飾られた室内で、丸テーブルの上にところ狭しと並べられたご馳走を次々に勧められる。
そんな風に言ってもらっても、この後に決闘が控えてるのかと思うと寛げませんってば。
俺とネリしか座っていないというのも緊張するポイントだ。普段なら一緒に食事をしてくれるクロノスも、ここでは使用人扱いだから、同席することはできなかった。
クロノスは今、別室で食事をとっている。
俺の給仕をするから食事はいらないと抵抗したのだが、今は私の客人だ、まさか私の用意させた食事を食べられないとでも? と言い包められてしまった。
あまり抵抗してクロノスまで追い出されたら打つ手がないしね。今はグッと我慢だ。
心細いけど、俺がんばるよ。
「しかしよかった、スバルの口にあうのなら、新しく料理人を雇わなくて済みそうだ。部屋の内装はどうだ? 君の好みでないのなら言っておくれ、壁紙を張り替えよう」
ちょっと待ってよネリ、気が早いにもほどがあるってば!
俺はイエルトに行くんだから、ここで女侯爵様の入婿になってる暇なんてないよ!!
「壁紙を変えるために俺の意見なんか聞かないで、侯爵様のお好きになさって下さい……」
「スバル、なぜそんなに他人行儀なんだ。なぜ私の名前を呼んでくれない? まさか、誰か心に想う人でもいるのだろうか」
他人行儀なのは出会ってから三時間にも満たない他人同士なので、しょうがないと諦めてほしいところです、侯爵様。
心に想う人か……俺の頭にクロノス、メレ、ヘルの顔が同時に浮かんだ。
同時に三人も思い浮かべちゃうなんて。いや、だって告白されたんだよ? 意識しないわけにはいかないよね?
記憶に新しいメレの告白を思い返して赤面していると、ネリは誤解したらしい。両手を俺の手に重ねてギュウッ握った。
「やはり、いるのだな!? どんなヤツだ、言ってみろ」
「いっ!? 痛いです、手が」
「ああ、すまない」
ネリはパッと俺の手を解放し、俺はじんじん痛む手を摩った。
ネリってば絶対俺より握力強いよね?
ヤバい、本格的にこの人に勝てる要素が見当たらなくなってきた。最初からなかった気もするけども。
「やはりスバルを攻撃するのは心が痛むな。相手がいるのなら、その代理と決闘しよう」
そっか。俺が戦うより、クロノス達の誰かに戦ってもらう方がきっと勝ち目があるよね。
ネリは炎の使い手っぽいし、クロノスの風だと炎を増強させてしまいそうなイメージだけど、ヘルの水の方が戦うには相性いいのかな。……と、今はヘルには頼れないんだった。
食事が終わり、やっとクロノスと再会する。
「クロノス!」
「スバル、ご無事でしたか? 何か不埒なことをされてはいませんか?」
「失敬な。私は決闘が終わるまでは手を出さない」
その口ぶりだと決闘で勝った途端手を出すってことなんですかね? 俺の貞操の危機!?
男にも貞操って使うのかな。どっちかっていうと童貞喪失の危機!? かな。
いやでも本当にありえそう、だって妊娠して子どもが産まれない限り、せっかく勝ち取った相手がとられちゃう可能性があるんだよね?
つまり負けたが最後、誰かにとられないようにすぐに襲われちゃうってことも、あり得るわけだ。
そんな不本意な未来の可能性を垣間見た俺は、今まで以上に真剣に決闘について考えはじめた。
「これから庭を歩いて腹ごなししようか。決闘場も案内しておこう、勝負は公平に行いたいしな」
隣を歩かされながら、何か勝つための糸口はないかと、ネリをよく観察してみる。
あ、クロノスとヘレナが後ろからついてきてるから、今度は二人きりじゃないよ。
ハッキリとした二重瞼が、鼻筋が、見れば見る程メレに似ていた。
じいーっと、遠慮のない視線を送っていると、ネリが恥じるように瞳を伏せた。
「スバルは、もしや強さよりも美しさを好むのだろうか。だとしたら私の顔はきっと見るに耐えないのだろう。しかし今更諦められるはずもない、決闘は行うぞ。たとえスバルを傷つけることになってもな」
「あ、いえ、侯爵様がブサイクだなって思って見てたわけじゃないんです! すごく似ている人を知っているので、それで」
女の人をブサイク扱いするのは忍びなくて、慌てて弁解する。ネリは視線を宙に彷徨わせ、記憶の引き出しを探っているようだ。
「私に似ている? 親戚中でここまで容姿が崩れているのは私だけだが。いや、もう一人いたか……」
「そのもう一人って、桃色の髪に濃い茶色の眼をしていませんか?」
「その通りだ。まさか、名前はメレイフィノスというのではなかろうな?」
そのまさかです。俺が肯定するように頷くと、ネリは大きく目を見開いた。
「あの愚弟が、国に戻ってきているのか。いや、旅先で会っただけなのか?」
「ここまで一緒に旅をしてきた仲間です」
「……そうか。メレイフィノスは、私と似ているだろう」
再び頷くと、ネリもうんうんと頷いた。
「顔つきも気位の高いところも、真面目で融通がきかないところも私とそっくりだった。その気位の高さ故に、理想とはかけ離れた自分に耐えられず国を飛び出してしまったが……無事に生き延びていたようでなによりだ」
真面目で、融通がきかなくてプライドが高い……? 今のメレはそんな風に見えないけど、昔はそうだったのかな。
しばらく目をつぶって思い出に浸っていたネリは、片目を開けていたずらっぽく俺に笑いかけた。
「もしかしたら、恋をした相手も一緒だったりしてな?」
す、鋭い。鋭いよネリ、女のカンってやつですか。
ギクリと肩を竦めた俺の反応を、ネリは目敏く拾った。
「やはりそうか。では、私はスバルを得るために、メレイフィノスと戦おう」
「あ、あの! 俺はメレが好きだなんて一言も……」
「その愛称は、愚弟の方から呼ぶことを許したのだろう? だとしたら間違いなく、君はメレイフィノスと深い関係にある。愛称を呼ぶことを許すのは、恋人のみに捧げる特権だからな」
ええっ!? 嘘だぁ、ヘルも普通にメレ呼びしてるよ??
「しかし、愚弟が相手か……魔力を持っていた時にだって、私に勝ったことは一度としてなかったが……いや、例え魔力を失っていても全力で相手をしよう、それが礼儀だからな。うむ、そうと決まればメレイフィノスに遣いをやって、決闘を申し込もう」
ちょ、お姉さん強すぎだよ! このままじゃメレがボッコボコにされちゃう!!
「あ、あの! 相手が自分より弱いことがわかっていて、その人の大切な人を奪うために戦うなんて……弱い者いじめみたいでよくないと思います!」
言っちゃった! 俺のことをメレが大切に思ってるって前提で、侯爵様に文句つけちゃったよ! 気恥ずかしいけれどここはグッと気を引き締めて、険しい表情を保つ。
俺の精一杯の反論にヘレナが息を飲み、クロノスが焦った顔を見せる。
へっ、何か言っちゃいけないことを言っちゃった??
ネリが今までの甘やかな瞳ではなく、感情を押し殺しながら俺を見下ろしているのに気づいた。
「……何を言う。この国では強さが全てだ。強い者が高い地位を築き、素晴らしい伴侶を得られる。ゼシア聖山の女神から分け与えられた特別な魔力を纏う強き女性が、女神の使徒としてこの国を統べるのだ。お前はこのゼシア聖国の在り方を、否定するというのか?」
努めて冷静な声で懇々と説くネリだけど、その心の奥底に怒りを隠しているのがよく見てとれた。
自分の信じる女神様、しいては自分自身を否定されたように感じたのだろう。プライドの高いネリが俺の失言に怒らないわけがなかった。
「ご、ごめ、俺、そんなつもりじゃ……」
「ああ、スバル。わかっている、お前には馴染みのない思想なのだろう。余所の国では美しき者が蝶よ花よと尊ばれているようだからな。しかしこの先、私と共に生きるのであれば、少しずつでいいからゼシアのことを受け入れてほしい」
ごめんなさい本当に、本っ当に無理です、馴染めないです。
強さが一番、だなんて現代日本で育った俺にはとっては野蛮極まりない思想だと感じてしまう。
今更ながらとてもまずい状況下にあることを再認識して、こめかみが引きつってしまった。
もう、逃げよう。泳いででもゼシア聖国から逃げ出そう!!
クロノスにアイコンタクトを送ろうとして視線を向けると、丁度その背後に見慣れた桃色と銀の髪を見つけた。
「メ…メレ!? ヘル!!」
追い詰められた俺の幻覚じゃないかと一瞬疑ったが、その姿は消えることなくこちらへ駆け寄ってきた。
「スバル、無事か!?」
「スバルちゃん、クロちゃん! ……っ!? それに……姉さん」
メレは同じくらい身長がある姉の目の前で足を止めた。二人はしばらく、声もなく見つめ合う。
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