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第三章 魔獣遭遇とゼシア聖国での恋騒動
36 コーヒーと、甘くとろけるチョコレート
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メレはうきうきとした様子で俺の手を握って先導する。そんなに楽しそうにされると、離してほしいとも言い辛い。
「今から行くお店は昔馴染みなのよ。あそこなら質のいい豆を扱ってるでしょうし……ちょっとお高いけど、スバルちゃんにも楽しんでもらえると思うわ」
メレの言うコーヒー豆のお店は、大きな商会だったらしい。
何やら高級店が連なる一角に連れてこられて入った店内には、豆以外にも綺麗な糸やゴージャスな布といった交易品が、センスよく展示されていた。
メレは店に入るとやっと手を離してくれて、店の奥に知った顔を見つけて呼び止めた。
「ユミル、久しぶりね」
「貴方は……メレイフィノス様!?」
ん? また違う呼び名が出てきたよ。
メイヴィル、メレ、メヴィにメイ、そしてメレイフィノス……メレってばいくつ名前があるの? 半分以上は愛称っぽいけど。
ユミルと呼ばれたのは明るい栗色の髪の、まあまあの美人さんだった。あ、俺の感性でいうところの美人だよ。
ツンとのびた鼻の周りに薄くそばかすが散っていて、そのギャップが可愛らしい女の人だ。
「元気にしてた? アタシがいなくてもちゃんとやってるみたいで何よりだわ」
「ええ、つつがなく勤めております。貴方は、その……随分と雰囲気が変わられましたね、服装も、眼鏡もそうですが、言葉使い、それに表情まで。まるで別人のようです」
ユミルは目を白黒させている。そんなに変わったんだ、メレイフィノス様だった時のメレはどんな風だったんだろう。
「まあね、色々あってこうなったわ。これからはアタシらしく生きて行こうと思って、無理はしないことにしたの」
「さようでございましたか。それで、ご用件は?」
「ここのコーヒー豆を仕入れようかと思って。あ、その前にツレがいるから紹介するわ、スバルちゃんっていう、とびきり可愛いコよ」
「は、はじめまして」
心構えをしないうちに紹介されて少しどもってしまった。慌ててフードを取り去る。
ユミルは俺を見てマジマジと目を見開くと、口元に手をやり頬を染めた。
「これは、なんとお可愛らしい……わたくしはユミルと申します。あの、その、初対面で不躾ではございますが、スバル様に決闘を申しこんでもよろしいでしょうか?」
「へっ?」
なんか初対面の女の子から発せられたとは思い難い単語が聞こえたんだけど? 決闘って何??
「駄目よ! スバルちゃんはアタシのなんだから!!」
「ではメレイフィノス様に決闘を申しこ……いえ、やめておきます。後が怖いですから」
「あら、アタシはもう魔力が使えない上に、実家には何の影響力もないわよ?」
「それでも、騒動の種を自分から背負い込む訳にはいきませんから。ああ、でもお可愛らしい……この方がメレイフィノス様のものだなんて……あの、せめて握手させていただいても?」
「駄目! 触ったらアンタ欲しくなっちゃうでしょ!!」
一体なんの話? なに、決闘で勝ったら俺が商品みたいに受け渡しされちゃうシステムなの? なにそれ怖い。
さりげなくアタシのもの扱いされたことも忘れて、俺はメレの裾にピタリと貼りつく。メレはフッと大人っぽく微笑むと、俺の耳元に顔を寄せて囁いた。
「大丈夫よスバルちゃん、アタシのものってことにしておけば、とりあえず安心だから」
「メレ、決闘ってどういうこと?」
「この国では強い女性が正義なのよ。決闘で勝ったら可愛い男のコを婿にできちゃうの。例えお相手がいてもその恋敵に勝てば、相手に子どもがいない限りは、自分の恋人にできるのよ。旅人に決闘を仕掛ける人はそんなにいないけど、全くいないわけじゃないし……だから無闇に女のコに近づいちゃ駄目よ?」
なにそれ、俺の意思を挟む余地は皆無なの?? ゼシア聖国って恐ろしいところなんだね、絶対一人じゃ出歩きません。
「アタシはささっとユミルとお話ししてくるけど、その間スバルちゃんがヒマになっちゃうといけないから、案内をつけるわね。欲しいものがあったら後で教えてちょうだい、怖い思いをさせたお詫びにプレゼントするから」
メレはユミルに言付けて案内代わりに従業員の少年を俺につけると、奥の部屋へ商談をしに行ってしまった。
「よろしくお願いします! 案内係のカイレスティヌです、カイとお呼び下さい! スバル様のご覧になりたいものはコーヒーだと伺っております、どうぞこちらへ」
俺よりも背の低いオレンジ色の髪の、素朴な顔だちの少年は、ハキハキと元気よく案内を引き受けてくれた。
カイはすごく気の利く少年で、俺がコーヒー豆がいい匂いだと褒めれば、すかさず豆から挽いたものを試飲させてくれた。
「こっちの豆もいい匂いだね」
「ではこちらもすぐに用意させます!」
頼まなくてもいくらでもサービスしてくれそうな様子に申し訳なくなり、慌てて断りを述べる。
「い、いいよもうお腹いっぱいだから! 次は布を見てみようかなー?」
「どうぞどうぞ、イエルト産の珍しい布を使用した服もございますよ」
布よりは服の方が見てて楽しいかも、と服を見せてもらうことにした。
「あ、これ……」
「美しい仕立てですよね。我が国にはない技法で、なんと金を薄くのばして貼りつけているそうですよ」
金箔が散らされた洋服は、和と洋がマッチしていて素敵だった。少し袖が長い感じとか、帯のように腰を結ぶとことかが優美な雰囲気で、これすごくメレに似合いそうだなあ。
「前の合わせで幅の調整ができますので、スバル様のサイズに合わせられますよ! 試しにご試着されては?」
「えっ、いいよ俺には似合わないと思うから」
「そうでしょうか? 絹のように艶のある黒髪には、とても映えると思いますが」
絹だなんてとんでもない、癖っ毛で猫っ毛なのに。ちょっと気を抜くとてんでバラバラな方向に跳ねちゃうんだよ?
せめてブスでも髪の毛くらいちゃんとしないとって梳かして丁寧に撫でつけても、それでも跳ねてくる憎っくき癖毛。
メレのオシャレウェーブとは似ても似つかない。あれ、なんだか悲しくなってきたよ?
「待たせたわね。スバルちゃん、気にいったものはあった?」
魔獣猪に切られてしまった前髪を綺麗に切り揃えて、横に流しているメレがこちらにやってきた。うん、やっぱりメレの手にかかると癖毛もオシャレ毛になるみたい。
「いい匂いのコーヒー豆があったよ」
「じゃ、その豆を買いましょうか。服はいいのあった? それとか似合いそうじゃない?」
「いや、俺はいいよ。メレに似合いそうだなって、見てただけだから」
「アタシに?」
メレは目をまん丸くしてパチパチと瞬きをした。カイも同じ様に目を瞬かせている。
うん、わかってるよ。俺のセンスはここじゃおかしいんだよね、やっぱり言わなきゃよかった。
「……スバルちゃんがそう言うなら、買ってみようかしら」
カイ少年がグリンっと首を勢いよく曲げて、メレに信じがたいモノを見るかのような視線を向けた。メレは気にすることなく俺に問いかける。
「ねえスバルちゃん、これアタシに着てみてほしい?」
「えっと、うん。着たとこ見てみたい!」
「じゃあスバルちゃんも着てくれる? アタシも、スバルちゃんが着たトコ、すっごく見てみたいわあー。ね、駄目?」
そ、その交換条件はずるいよ……ふるふると首を横にふると、途端に悲しそうな顔を見せるメレ。
「そう、せっかくだからスバルちゃんとお揃いの服、着てみたかったんだけど……ほら、だってイエルトに着いたらアタシも商売を軌道に乗せるために忙しくなるじゃない? 今みたいに毎日会えなくなると思うし……スバルちゃんと過ごした日々を思い出せるような、記念になるモノがあればよかったんだけど」
うぐっ、そういうことを言われちゃうと……言われちゃっても……着ないよ! 危ない、流されるとこだった……!!
でも確かに、イエルトについたらメレとは今みたいに、簡単に会えなくなっちゃうかもしれないんだね。だったら、旅の記念になるものくらいは買ってもいいかなあ。
「服は着ないからもったいないよ。記念としてだったら、色違いのハンカチを買うとかどうかな?」
「あら、それもアリね。カイだったかしら? コレと同じ布でできたハンカチはあるのかしら」
「はい、少々お待ちください!」
カイは服と同じ柄の、紺と赤紫のハンカチを用意してくれた。
「こちらの二色でしたら、すぐにご用意できます」
細かく散った金箔が暗い色によく映える。特にこの赤紫とか、メレにすごくピッタリだ。
「へえ、いいじゃない。じゃ、アタシは紺ね」
「あれ? メレが赤紫じゃないんだ?」
意外に思って声を上げると、メレは意味深に口元を吊り上げた。
「だって紺色の方がスバルちゃんの夜空のような瞳と似ているんですもの。スバルちゃんを思い出すにはピッタリだわ」
な、なるほど? 親から爬虫類みたいだと言われた俺の目に、夜空という形容詞がしっくりくるかは別として、俺は残った赤紫を手に取った。
メレは俺が口を挟む間もなく会計を終わらせて、コーヒー豆もちゃっかり購入して店を出た。またさりげなく手を繋がれる。
「スバルちゃん、楽しめたかしら? 一人にしちゃってごめんなさいね」
「ううん、色々見れて面白かったよ」
「それならよかったわ。こっちはユミルが暴走して大変だったわよ、スバルちゃんってば罪なオトコねえ」
あれ、商談してたんだよね?
それにしても、ユミルとメレはどんな関係なんだろう? メレの方が上司っぽい反応だったけど、昔あの店で働いていたのかな?
問いかけようと視線を上げると、メレが真っ直ぐに俺を見つめているのに気づいた。
「……アタシ、やっぱりスバルちゃんのこと好きだわ。誰にも渡したくないの」
「……え」
ざわついた通りを一本逸れると、そこには人っ子一人いない。メレの言葉は俺の耳に静かに染み込んだ。
「ねえ、いっそのこと本当にアタシのものにならない?」
いつもの茶化すような口調はなりを潜めて、薄く微笑んだ口元から愛の言葉が溢れ出す。
「本気だと思ってなかったんでしょ? 最初はアタシもそうだったわ。スバルちゃんの可愛い反応が見たくて、からかってた面もあるの。でもね……アタシ、どうやら本気になっちゃったみたい」
俺の手に、恋人繋ぎのように長細い指が絡められる。空いた左手は壁に手をついて、俺を閉じ込めた。
「ハンカチ渡してハイさようならなんて、切なすぎるわ。アタシは代わりのモノじゃなくて、本物のスバルちゃんの瞳を見つめていたいわ。その瞳の煌めきで、アタシをいつまででも酔わせてほしいの。スバルちゃんと見つめ合うだけで、天上の心地になるのよ」
いやいやいや、キラキラしてるのはメレの瞳の方だよ! 今もほら、チョコレート色の瞳の中に、情熱的な炎が舞っているのが見える。
「スバルちゃん。アタシのこと嫌いじゃないわよね?」
今までに何度も聞いてきたその言葉を、確かめるように口にするメレの瞳には、隠しきれない色気が滲み出ていた。
ううっ、何これ何これ、顔に勝手に熱が昇る。メレの顔が見られないよ!
「嫌いじゃない、もちろん嫌いじゃない、けど……」
肯定しきってしまうと、何か恐ろしいことが起こる気がする。言葉を濁す俺を追い詰めるように、メレが俺に美しい顔を近づけてきた。
女言葉だから普段は気づきにくい、男性的な魅力に溢れた顔つきを直視して、真っ赤になりながら硬直する。
「だったら、この手の中に堕ちてきなさい。ねえ、アタシのお姫ちゃん。とろっとろに甘やかして、溺れるくらいに愛してあげる」
メレは俺の髪を一房手に取り、見せつけるように口づけた。耳に吐息がかかり、ビクリと肩が跳ねる。
「だから、なあ……俺のものになれよ」
いつもよりワントーン低い色気のある声で甘く囁かれて、俺の羞恥心は限界を超えた。
「……っ!う……」
「ん?」
「うわあああぁ!!!」
「ちょ、スバルちゃん!?」
甘くとろけていたチョコレート色の瞳が見開かれる。俺の意外なほど俊敏な動きに咄嗟についてこれなかったメレは、一人路地に取り残された。
なんだこれ恥ずかしい! すごく恥ずかしい!!
ヘルの時も、クロノスの時もここまで逃げ出したい気持ちにはならなかったのに!
メレの甘い口説き文句、死ぬほど恥ずかしいよおおぉ!!!
茶化し口調じゃなくお姫ちゃんって言われた時の破壊力ヤバすぎるし、いきなりの男口調なんて本当になんなのずるいよ!!もう穴に埋まりたいいっそ埋めてええぇ!!!
俺は一人にならないと誓ったことも忘れて、衝動に任せて宿までの道を一目散に駆け抜けた。
「今から行くお店は昔馴染みなのよ。あそこなら質のいい豆を扱ってるでしょうし……ちょっとお高いけど、スバルちゃんにも楽しんでもらえると思うわ」
メレの言うコーヒー豆のお店は、大きな商会だったらしい。
何やら高級店が連なる一角に連れてこられて入った店内には、豆以外にも綺麗な糸やゴージャスな布といった交易品が、センスよく展示されていた。
メレは店に入るとやっと手を離してくれて、店の奥に知った顔を見つけて呼び止めた。
「ユミル、久しぶりね」
「貴方は……メレイフィノス様!?」
ん? また違う呼び名が出てきたよ。
メイヴィル、メレ、メヴィにメイ、そしてメレイフィノス……メレってばいくつ名前があるの? 半分以上は愛称っぽいけど。
ユミルと呼ばれたのは明るい栗色の髪の、まあまあの美人さんだった。あ、俺の感性でいうところの美人だよ。
ツンとのびた鼻の周りに薄くそばかすが散っていて、そのギャップが可愛らしい女の人だ。
「元気にしてた? アタシがいなくてもちゃんとやってるみたいで何よりだわ」
「ええ、つつがなく勤めております。貴方は、その……随分と雰囲気が変わられましたね、服装も、眼鏡もそうですが、言葉使い、それに表情まで。まるで別人のようです」
ユミルは目を白黒させている。そんなに変わったんだ、メレイフィノス様だった時のメレはどんな風だったんだろう。
「まあね、色々あってこうなったわ。これからはアタシらしく生きて行こうと思って、無理はしないことにしたの」
「さようでございましたか。それで、ご用件は?」
「ここのコーヒー豆を仕入れようかと思って。あ、その前にツレがいるから紹介するわ、スバルちゃんっていう、とびきり可愛いコよ」
「は、はじめまして」
心構えをしないうちに紹介されて少しどもってしまった。慌ててフードを取り去る。
ユミルは俺を見てマジマジと目を見開くと、口元に手をやり頬を染めた。
「これは、なんとお可愛らしい……わたくしはユミルと申します。あの、その、初対面で不躾ではございますが、スバル様に決闘を申しこんでもよろしいでしょうか?」
「へっ?」
なんか初対面の女の子から発せられたとは思い難い単語が聞こえたんだけど? 決闘って何??
「駄目よ! スバルちゃんはアタシのなんだから!!」
「ではメレイフィノス様に決闘を申しこ……いえ、やめておきます。後が怖いですから」
「あら、アタシはもう魔力が使えない上に、実家には何の影響力もないわよ?」
「それでも、騒動の種を自分から背負い込む訳にはいきませんから。ああ、でもお可愛らしい……この方がメレイフィノス様のものだなんて……あの、せめて握手させていただいても?」
「駄目! 触ったらアンタ欲しくなっちゃうでしょ!!」
一体なんの話? なに、決闘で勝ったら俺が商品みたいに受け渡しされちゃうシステムなの? なにそれ怖い。
さりげなくアタシのもの扱いされたことも忘れて、俺はメレの裾にピタリと貼りつく。メレはフッと大人っぽく微笑むと、俺の耳元に顔を寄せて囁いた。
「大丈夫よスバルちゃん、アタシのものってことにしておけば、とりあえず安心だから」
「メレ、決闘ってどういうこと?」
「この国では強い女性が正義なのよ。決闘で勝ったら可愛い男のコを婿にできちゃうの。例えお相手がいてもその恋敵に勝てば、相手に子どもがいない限りは、自分の恋人にできるのよ。旅人に決闘を仕掛ける人はそんなにいないけど、全くいないわけじゃないし……だから無闇に女のコに近づいちゃ駄目よ?」
なにそれ、俺の意思を挟む余地は皆無なの?? ゼシア聖国って恐ろしいところなんだね、絶対一人じゃ出歩きません。
「アタシはささっとユミルとお話ししてくるけど、その間スバルちゃんがヒマになっちゃうといけないから、案内をつけるわね。欲しいものがあったら後で教えてちょうだい、怖い思いをさせたお詫びにプレゼントするから」
メレはユミルに言付けて案内代わりに従業員の少年を俺につけると、奥の部屋へ商談をしに行ってしまった。
「よろしくお願いします! 案内係のカイレスティヌです、カイとお呼び下さい! スバル様のご覧になりたいものはコーヒーだと伺っております、どうぞこちらへ」
俺よりも背の低いオレンジ色の髪の、素朴な顔だちの少年は、ハキハキと元気よく案内を引き受けてくれた。
カイはすごく気の利く少年で、俺がコーヒー豆がいい匂いだと褒めれば、すかさず豆から挽いたものを試飲させてくれた。
「こっちの豆もいい匂いだね」
「ではこちらもすぐに用意させます!」
頼まなくてもいくらでもサービスしてくれそうな様子に申し訳なくなり、慌てて断りを述べる。
「い、いいよもうお腹いっぱいだから! 次は布を見てみようかなー?」
「どうぞどうぞ、イエルト産の珍しい布を使用した服もございますよ」
布よりは服の方が見てて楽しいかも、と服を見せてもらうことにした。
「あ、これ……」
「美しい仕立てですよね。我が国にはない技法で、なんと金を薄くのばして貼りつけているそうですよ」
金箔が散らされた洋服は、和と洋がマッチしていて素敵だった。少し袖が長い感じとか、帯のように腰を結ぶとことかが優美な雰囲気で、これすごくメレに似合いそうだなあ。
「前の合わせで幅の調整ができますので、スバル様のサイズに合わせられますよ! 試しにご試着されては?」
「えっ、いいよ俺には似合わないと思うから」
「そうでしょうか? 絹のように艶のある黒髪には、とても映えると思いますが」
絹だなんてとんでもない、癖っ毛で猫っ毛なのに。ちょっと気を抜くとてんでバラバラな方向に跳ねちゃうんだよ?
せめてブスでも髪の毛くらいちゃんとしないとって梳かして丁寧に撫でつけても、それでも跳ねてくる憎っくき癖毛。
メレのオシャレウェーブとは似ても似つかない。あれ、なんだか悲しくなってきたよ?
「待たせたわね。スバルちゃん、気にいったものはあった?」
魔獣猪に切られてしまった前髪を綺麗に切り揃えて、横に流しているメレがこちらにやってきた。うん、やっぱりメレの手にかかると癖毛もオシャレ毛になるみたい。
「いい匂いのコーヒー豆があったよ」
「じゃ、その豆を買いましょうか。服はいいのあった? それとか似合いそうじゃない?」
「いや、俺はいいよ。メレに似合いそうだなって、見てただけだから」
「アタシに?」
メレは目をまん丸くしてパチパチと瞬きをした。カイも同じ様に目を瞬かせている。
うん、わかってるよ。俺のセンスはここじゃおかしいんだよね、やっぱり言わなきゃよかった。
「……スバルちゃんがそう言うなら、買ってみようかしら」
カイ少年がグリンっと首を勢いよく曲げて、メレに信じがたいモノを見るかのような視線を向けた。メレは気にすることなく俺に問いかける。
「ねえスバルちゃん、これアタシに着てみてほしい?」
「えっと、うん。着たとこ見てみたい!」
「じゃあスバルちゃんも着てくれる? アタシも、スバルちゃんが着たトコ、すっごく見てみたいわあー。ね、駄目?」
そ、その交換条件はずるいよ……ふるふると首を横にふると、途端に悲しそうな顔を見せるメレ。
「そう、せっかくだからスバルちゃんとお揃いの服、着てみたかったんだけど……ほら、だってイエルトに着いたらアタシも商売を軌道に乗せるために忙しくなるじゃない? 今みたいに毎日会えなくなると思うし……スバルちゃんと過ごした日々を思い出せるような、記念になるモノがあればよかったんだけど」
うぐっ、そういうことを言われちゃうと……言われちゃっても……着ないよ! 危ない、流されるとこだった……!!
でも確かに、イエルトについたらメレとは今みたいに、簡単に会えなくなっちゃうかもしれないんだね。だったら、旅の記念になるものくらいは買ってもいいかなあ。
「服は着ないからもったいないよ。記念としてだったら、色違いのハンカチを買うとかどうかな?」
「あら、それもアリね。カイだったかしら? コレと同じ布でできたハンカチはあるのかしら」
「はい、少々お待ちください!」
カイは服と同じ柄の、紺と赤紫のハンカチを用意してくれた。
「こちらの二色でしたら、すぐにご用意できます」
細かく散った金箔が暗い色によく映える。特にこの赤紫とか、メレにすごくピッタリだ。
「へえ、いいじゃない。じゃ、アタシは紺ね」
「あれ? メレが赤紫じゃないんだ?」
意外に思って声を上げると、メレは意味深に口元を吊り上げた。
「だって紺色の方がスバルちゃんの夜空のような瞳と似ているんですもの。スバルちゃんを思い出すにはピッタリだわ」
な、なるほど? 親から爬虫類みたいだと言われた俺の目に、夜空という形容詞がしっくりくるかは別として、俺は残った赤紫を手に取った。
メレは俺が口を挟む間もなく会計を終わらせて、コーヒー豆もちゃっかり購入して店を出た。またさりげなく手を繋がれる。
「スバルちゃん、楽しめたかしら? 一人にしちゃってごめんなさいね」
「ううん、色々見れて面白かったよ」
「それならよかったわ。こっちはユミルが暴走して大変だったわよ、スバルちゃんってば罪なオトコねえ」
あれ、商談してたんだよね?
それにしても、ユミルとメレはどんな関係なんだろう? メレの方が上司っぽい反応だったけど、昔あの店で働いていたのかな?
問いかけようと視線を上げると、メレが真っ直ぐに俺を見つめているのに気づいた。
「……アタシ、やっぱりスバルちゃんのこと好きだわ。誰にも渡したくないの」
「……え」
ざわついた通りを一本逸れると、そこには人っ子一人いない。メレの言葉は俺の耳に静かに染み込んだ。
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「本気だと思ってなかったんでしょ? 最初はアタシもそうだったわ。スバルちゃんの可愛い反応が見たくて、からかってた面もあるの。でもね……アタシ、どうやら本気になっちゃったみたい」
俺の手に、恋人繋ぎのように長細い指が絡められる。空いた左手は壁に手をついて、俺を閉じ込めた。
「ハンカチ渡してハイさようならなんて、切なすぎるわ。アタシは代わりのモノじゃなくて、本物のスバルちゃんの瞳を見つめていたいわ。その瞳の煌めきで、アタシをいつまででも酔わせてほしいの。スバルちゃんと見つめ合うだけで、天上の心地になるのよ」
いやいやいや、キラキラしてるのはメレの瞳の方だよ! 今もほら、チョコレート色の瞳の中に、情熱的な炎が舞っているのが見える。
「スバルちゃん。アタシのこと嫌いじゃないわよね?」
今までに何度も聞いてきたその言葉を、確かめるように口にするメレの瞳には、隠しきれない色気が滲み出ていた。
ううっ、何これ何これ、顔に勝手に熱が昇る。メレの顔が見られないよ!
「嫌いじゃない、もちろん嫌いじゃない、けど……」
肯定しきってしまうと、何か恐ろしいことが起こる気がする。言葉を濁す俺を追い詰めるように、メレが俺に美しい顔を近づけてきた。
女言葉だから普段は気づきにくい、男性的な魅力に溢れた顔つきを直視して、真っ赤になりながら硬直する。
「だったら、この手の中に堕ちてきなさい。ねえ、アタシのお姫ちゃん。とろっとろに甘やかして、溺れるくらいに愛してあげる」
メレは俺の髪を一房手に取り、見せつけるように口づけた。耳に吐息がかかり、ビクリと肩が跳ねる。
「だから、なあ……俺のものになれよ」
いつもよりワントーン低い色気のある声で甘く囁かれて、俺の羞恥心は限界を超えた。
「……っ!う……」
「ん?」
「うわあああぁ!!!」
「ちょ、スバルちゃん!?」
甘くとろけていたチョコレート色の瞳が見開かれる。俺の意外なほど俊敏な動きに咄嗟についてこれなかったメレは、一人路地に取り残された。
なんだこれ恥ずかしい! すごく恥ずかしい!!
ヘルの時も、クロノスの時もここまで逃げ出したい気持ちにはならなかったのに!
メレの甘い口説き文句、死ぬほど恥ずかしいよおおぉ!!!
茶化し口調じゃなくお姫ちゃんって言われた時の破壊力ヤバすぎるし、いきなりの男口調なんて本当になんなのずるいよ!!もう穴に埋まりたいいっそ埋めてええぇ!!!
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猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
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