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第三章 魔獣遭遇とゼシア聖国での恋騒動
35 ゼシア聖国に着いたよ
しおりを挟む暖かい気候、照りつける太陽。無事に国境を越えた俺達は、ゼシア聖国の城下町、マルセにきていた。
大きな活火山の裾野に寄り添うようにして存在するこの町の山側へ行けば、噴気孔から常時煙を噴き出しているのが見える。
聖ゼシア山はこの国の人達から聖山として崇められていて、神が喜ぶとされている祭事をなによりも大切にしているらしい。
なんでも戦いの神だそうで、決闘制度もあるんだって。武術大会とかありそうだ。
道にはトロピカルな雰囲気の花が多く、道行く人の髪は赤茶、オレンジなんかが中心で目に明るい。時々ピンクの髪の人もいた。
物珍しさから視線があっちこっちぶれる俺を、クロノスがさりげなく誘導してくれたおかげで、なんとか宿にたどり着くことができた。
「暑い、だるい、俺は寝る」
ヘルは苛立たしげに単語をぶつ切りにして述べると、さっさと部屋に引っこんでしまった。
「まったく、しょーがないヤツねぇ。スバルちゃん、クロちゃん。アンタ達はどうする?」
「俺はちょっと町並みを見て回りたいな。面白いものがいっぱいありそうだし」
わくわくしながら俺が告げると、メレは手を叩いて喜んだ。
「そうしましょ! アタシが案内してあげるわ」
「では、私も同行しますね」
すかさず名乗りを上げたクロノスに、メレは心配半分、からかい半分といった調子で顔を覗き込んだ。
「あらぁ、クロちゃんも疲れてなーい? アタシは慣れてるし、スバルちゃんも元気いっぱいってカンジだけど、北の国から来た人にはこの気候は辛いってよく聞くわよー?」
「心配には及びません。行くなら早く行ってしまいましょう」
クロノスは涼しい顔でそう答えたので、メレはそれ以上つっこむことなく肩を竦めた。
クロノスは今日も上から下までバッチリ黒い燕尾服できめている。本当に暑くないのかな、俺なんてマントの下は半袖だよ?
「クロノスすごいね、暑くないんだ」
「多少不快ですが、それほどでもありません」
「いつまでそんなことを言ってられるかしらね? まあいいわ、出かけましょうか」
ゼシア聖国は海にも近いらしく、高温多湿な気候だ。日本の夏と一緒だね。
けど市場で売ってるものを見ると、それより南国っぽいものが多かった。
マンゴーのような見た目で皮が茶色い果実とか、ゴツゴツした黄色の皮のヤシの実サイズのフルーツを興味深く観察する。
あっ、忘れもしないあのピンク色、この前メレが作ってくれたスープの材料だ! 名前なんだったっけ、メレの実じゃなくて、えーとえーと、め、メグの実だ!!
「あれ! メグの実じゃない?」
「そうよ、よく覚えてたわね。あのスープ好評だったし、ちょっと仕入れておこうかしら」
メレは手慣れた様子で現地の人と会話する。ん、あれ? もしかして話してる言葉がいつもと違う……?
言葉はほとんど一緒なんだけど、ちょっと訛ってるというか、アクセントが違うというか。俺の耳には関西弁のように聞こえた。
「おおきに! あんさんようけ買うてくれたから、一つサービスしたるわ!」
「ほんまにぃ、うち嬉しいわぁ」
お、おう……メレが関西弁話してるよ。メレの人懐っこい雰囲気にバッチリ似合ってる。
「ねえクロノス、ここの人達は少し言葉が違うんだね」
「ええ、そうですね。基本的にどの国へ行ってもマーツェロの言葉は通じますが、細かなニュアンスや訛りは異なります。上流階級の人間であれば、ゼシア聖国内でも訛りなく話すようですが。今のメイヴィルは下町言葉を話しているようです」
頭の中に地図を思い浮かべてみる。大きなマーツェロ王国、その南東に太めのトカゲの尻尾のようにくっついたゼシア王国、北の端にあるククルード帝国。
マーツェロが地理的にも大きさ的にも言葉の面でも、中心的な国なんだね。
「文字もほぼ一緒ですが、イエルトのものは大きな違いがありますね。カクカクしています」
「カクカク?」
「直線的で画数が多いのです」
ローマ字と漢字みたいな感じかな。前にクロノスの日記を見たことを思い出した。二種類の文字があったけど、確か厳重に隠されていた方はカクカクした文字だったように思う。
「お待たせ、買ってきたわよ! そろそろカフェで休憩しましょうか」
気遣い上手のメレは丁度いいタイミングで休憩を申し出てくれた。メレは勝手知ったるといった様子で、表通りから少し離れた静かなカフェに案内してくれた。
「ここのコーヒーが絶品なのよ。きっとスバルちゃんもクロちゃんも気にいると思うわ、苦いのは平気よね?」
「ええ、むしろ好みです」
「俺はミルクと砂糖があると丁度いいかな」
「それじゃ、その方向で頼んじゃうわね。ちなみに何回も通うとちょっとずつ隠しメニューを教えてくれたりするのよ。何回来ても飽きない、いい店だわぁ」
メレ、絶対この町の出身だよね? 旅慣れてるだけじゃ今のセリフ出てこないよね?
ああ聞いてみたい、聞いてみたいけどそうしたら俺の事情にも興味を持たれて薮蛇になるし……
「マスター、今日のオススメはなんなん?」
「お前さんえらい久々やなぁ、グアテラの豆がいい具合やで」
「ほんならうちら、それにするわぁ」
なんて悩んでる間に、メレはさっさと注文してしまった。
メレの女言葉もここでなら目立たないんだね。
やがて運ばれてきたコーヒーは、華やかで香ばしい香りを放っていた。クロノスが一口飲んで、ほう……と恍惚のため息を吐く。
「これは……美味しいですね。心身の奥底まで染み渡るようです」
「いいでしょ? スバルちゃんもどうぞ、召し上がれ」
「あ、ありがとう」
メレが手ずから砂糖とミルクを足してくれたそれを受け取り、口に含む。芳醇な苦味が柔らかなミルクと仄かな甘味に合わさって、すごく美味しい。いくらでも飲めそうだ。
「美味しいよ! 流石メレのオススメだね」
「そうでしょー? うふふ、コーヒー豆も仕入れておかなくちゃね。イエルト人にもウケがいいといいけど。ま、売れなかったらアタシ達で飲みましょうか」
こんなところでも商売のことを考えてるなんて、メレは本当にいい店主になれそうだね。
ファッションとオシャレ眼鏡の店を立ち上げるための初期資金も、順調に溜まってるみたいだし、俺もイエルトでの新生活に備えて貯金をはじめたほうがいいかな?
「ねえクロノス、どう思う? まだお金あるし、働くのはイエルトに着いてからでいいかなあ」
「……」
クロノスはカップを片手に持って目を閉じたまま、微動だにしない。
「クロノス?」
「っ、申し訳ありませんスバル、私を呼びましたか?」
ハッと目を開けて取り乱すクロノス。珍しいね、疲れてるのかな? よく見たら顔色も悪いし。
メレも同じことを思ったらしく、こう申し出た。
「アンタ、疲れてるんじゃない? 休んでなさいよ。アタシはちょっと、コーヒー豆の店を見てくるわ」
「コーヒー豆の店?」
なにそれ、いい匂いが漂っていそう。本格的なコーヒー豆のお店って、今までに行ったことないから気になる。
「スバルちゃんも来る? 試飲させてって頼めばさせてくれるわよ」
「うん、そうしたいけど……クロノスが心配だし、どうしようかな」
疲れてボーッとしてるクロノスを一人にするのは……と俺が悩んでいると、クロノスは淡く微笑んだ。
「私のことはお気になさらず。スバルをメイヴィルに任せるのは不本意ですが……」
「あら、アタシがスバルちゃんを危険な目にあわせるわけがないって、わかってるでしょ?」
「危険といっても、色々種類があるのですが……特にこの国特有の危険が」
クロノスは気になることを呟きつつ、しばらく考え込んでいる。
この国特有の危険……? いったいなんなんだろう。
「もちろん、アタシがちゃーんとついてるわよ。スバルちゃんを一人にするわけないわ」
一人になったら危ないのかな? それなら俺、気をつけるよ!
メレの自身ありげな様子に、渋々クロノスは承諾した。
「仕方ありません、途中で体調を崩せばスバルの迷惑になりかねませんし……先に宿に戻ることにします」
「だったら途中まで一緒に行こうか?」
「お気遣いなく。どうぞスバルは楽しんでいらして下さい。くれぐれもメイヴィルから離れないで下さいね、約束ですよ」
クロノスは真っ白い顔で儚げな笑みを浮かべながら、南国色の町を一人宿へと戻って行った。
「だ、大丈夫かな?」
「ちゃんと歩けてるし、問題ないわよ。さ、スバルちゃん? お手をどうぞ」
「え?」
メレは艶やかに、からかうように笑った。
「万が一はぐれたら大変だもの。アタシとも手を繋いでくれるわよね、お姫ちゃん?」
「だから俺は姫じゃないってば!」
「知ってるわ、でも、アタシにとってはお姫様みたいに大切にしたいコなの。わかってくれるかしら?」
二人きりになった途端にさっそく口説き文句がきて、俺は頬を染めて口をパクパクさせるので精一杯だ。
「わかってくれるなら、ほら、この手を握ってちょうだい?」
俺の手を、まるで見て貴婦人の白魚の手を扱うかのように取り上げて、一瞬ギュッと力強く握るメレ。
「さ、行きましょ?」
……帰り着くまで心臓が持つかな。
不安になりながらも、戻らない頬の赤みを隠すためにうつむきつつ、メレと仲良くお手手繋いで町に繰り出した。
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