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第二章 王都パラヴェレとガドラン沼地の小さな故郷
31 お布団をめぐっての仁義なき戦い
しおりを挟む空が茜色に染まり始めた頃に、やっと村に着いた。
村はとても小規模だった。家は十軒もないくらいで、周りに耕せる程度の大きさの畑がある。
村の奥側に少し行くと山があり、木が鬱蒼と覆い茂っていた。
「ここが……クロノスの生まれた村?」
「そうです。何もない、名前すらないような小さな村です。……私の家は残っているようですね、行きましょう」
そう言って、沼地側に近い寂れた家に近づいていく。
クロノスは木でできた簡素な造りの扉を眺め、外観を確認した。訝しげに眉根を寄せている。
「どうしたの?」
「誰かが使っている形跡がありますね。住民が移り住んでいたとすれば不法進入になってしまいます、まずは村長に話を通しにいきましょうか」
村長の家とやらは村の中心にあった。木を組み上げた簡単な造りなのは変わらないけど、他の家より心なしか立派だ。
クロノスが扉をノックするが、中から誰かが出てくる様子はない。もう一度ノックするべきか思案しているところで、隣の家から人が出てきた。
「村長一家は狩に出かけてる。もう日が暮れるし、そろそろ戻るだろう」
「貴方は……トッドですか?」
現れたのは濃い茶色の髪、はしばみ色の目の男だった。所々白いものが混じりはじめた髪と刻まれた皺、眼光は鋭く鷹を連想させる。
「よお、クロ坊。お前はいつか帰ってくると信じてたぜ」
彼は年齢を感じさせない不敵な笑みを浮かべ、ニカッと笑ってみせた。
「ガドラン沼地を越えてきたんだろう? まずは休憩が必要だな」
トッドは自分の家に案内してくれた。山で採れた葉を使ってお茶を淹れてくれて、みんなで一息つく。
俺達が自己紹介し、クロノスが例のごとく俺を主だと宣言すると、トッドは面白そうな顔をした。
「都会の風習はよくわからんが、つまりクロノスのコレか?」
コレ、と言って指を二本立ててみせるトッドに、クロノスは慌ててヘルは怒りをあらわにした。
「そうではありません、恐れ多いことです」
「スバルを手に入れるのはこの俺だ!!」
「あら、アタシも忘れてもらっちゃ困るわよ?」
最後にメレがついでとばかりに口を挟んだのを見て、トッドは俺を見てニヤニヤしだした。な、なに?
「そうか、美人は大変だな?」
「ええと……」
一連の流れがイマイチ読み取れなかったんだけど、あの指二本は恋人とか夫婦とか、そういう意味を表してそうだよね?
「今はそういうこと、考えられないので……」
俺が曖昧に逃げを打つと、クロノスは俺を安心させるように笑みを浮かべた。
「スバル、心配はいりません。貴方に言い寄る不埒な輩は私が成敗致します」
クロノスはにこにこ笑ったままでメレとヘルに意味深な視線を送る。ヘルは睨み返し、メレは大袈裟に肩を震わせた。
「きゃー怖いわあ。一人だけ無害そうに振る舞って、邪魔者を追い払おうって魂胆なのね?」
「何をおっしゃっているのか見当がつきませんが、スバルを害することがあればたとえ貴方だろうと容赦はしませんよ?」
フフ、うふふと両者見やって笑っているが、その笑みが妙に黒い気がする。
「そういうのは俺のいないところでやれ。クロ坊、アルスの墓にはまだ行ってないんだよな? あと、クレイラは?」
クロノスが首を振ると、トッドはため息をついた。
「そうか……まあ、今日は村に泊まっていけ。寝床を用意してやるよ、つっても元お前の家だがな。ちょっとばかし物置がわりに使わせてもらってるが、その分掃除してあるから許せ」
「構いませんよ、どうぞ今後もそのようにお使いください」
お茶を飲みきってクロノスの家に戻る。中はトッドの言ったとおりそれなりに片づいていて、一晩寝るくらいなら問題がなさそうだ。
二つある部屋は完全に倉庫として使われていて、弓や斧や槍なんかで埋まっていた。
キッチンダイニング的な場所の机を退けると、なんとか四人分寝る場所が確保できそうだ。
さすがにキッチンは使ってなかったみたいで埃が積もっていたので、軽く掃除してから調理した。
今日はクロノスが当番だけど、水と火はヘルとメレに協力して出してもらった。魔法便利だね。
ヘルが手を繋ぐ度に顔を赤くするのでそれにつられて照れながらも、なんとか料理は完成した。
「不思議ですね、この家にもう一度戻れる日が来るなんて、思いもしませんでした」
クロノスが作ったのは何の変哲もない具材のスープとバケット、軽く炙った肉という普通の料理だ。
その料理を、クロノスは噛み締めるように食べている。小さい頃も、同じようなメニューの食事をとったりしてたのかな。
妙にしんみりとした気分になりながら、俺達はリビングの机を退けて布とシーツをひく。そこで、しんみりとした気分を跡形もなく吹き飛ばすような騒ぎが発生した。
「スバルの隣で寝るのは俺だ!」
「駄目よ、アンタをスバルちゃんの隣にするなんて危険だわ!! アタシが隣よ!」
「二人とも落ち着いて下さい、私がスバルの左隣をとるのは決まっているので、ここは残った右隣を巡ってお二人でコイントスなどされては?」
「テメェ涼しい顔して隣陣取ってんじゃねえよ!」
「私はスバルに仕える者として、彼の身辺にあらゆる危険や不利益が及ばないよう努める義務がありますからね。隣を確保するのは必須事項です」
「アタシ達がスバルちゃんを危険な目にあわせるわけないじゃないのー、コイントスするなら三人でやるわよ!」
「運に頼ってんじゃねえ、男なら拳で勝負だろ!!」
いつもはなだめる役のクロノスまで参戦した形となり、言い争いは収束する気配がまったくなかった。
部屋の端でこっそり着替え終えた俺は長引きそうな論争を避けて適当に端っこの位置に丸まろうとするが。
「スバル、端はいけません、身体を冷やします。こちらは私が使いますので、隣にどうぞ」
「あっ、ズルいじゃないのよクロちゃん! じゃあアタシが右側の隣ね、ヘル、アンタはそっちの壁と仲良くしてなさい」
「ふざけんなよメレ、テメェの隣なんて冗談じゃねえ!!」
「あのさ二人とも、こんなに大きな声出したら村の人に迷惑になっちゃうし、やめようよ」
見るに見かねて話に割って入ったが、二人は喧嘩に夢中で聞こえていないようだった。
これはあれかな、「俺のために争わないで!」とか言って止めた方がいい流れなんだろうか。
「スバル、こちらへどうぞ。夜は冷えるので温かくしてくださいね」
「あ、ありがと」
シーツを肩までかけてくれて寝っ転がっていると、疲れた身体が癒されていくようだ。とても気持ちがいい。
うつらうつらするが、メレとヘルが気になりどうにも眠れない。
クロノスがそっと俺の耳を手で覆ってくれる。
「おやすみなさいスバル」
「……おやすみ、クロノス」
体温の高い手のひらに安心していると、すうっと意識が吸い取られるみたいに眠りの縁に落ちていく。
意識が落ちていく途中、コインの落ちる音とメレの歓喜の声、ヘルの怒りの咆哮が聞こえた気がした。
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