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第二章 王都パラヴェレとガドラン沼地の小さな故郷
28 ナンパされました
しおりを挟むまだ夜遅くないし、せっかくなので、またゼトのところで御飯を食べることにした。
「よう、いらっしゃい! また来てくれたんだな」
お客さんがいっぱいいて忙しそうにしていたが、ゼトは朗らかに笑って席に案内してくれた。
「悪いな、今日は混んでてさ。話できそうもない」
「構いませんよ、仕事を優先してください」
「ああ、また今度な! 注文はどうする?」
今日のおすすめを注文して、料理を待った。待つ間に頭に浮かぶのはヘルのことだ。
「ヘル、どうしたんだろうね。最近調子が悪そうに見える」
「言われてみれば、確かにそうかもしれません。彼は元気な時は基本的に喧嘩腰ですからね、今回のようにフテ寝という手段をとるのは珍しいことかと」
元気、イコール喧嘩腰なんだ……今までの行動を思い返すと否定できないかも。基本ヘルはクロノスによくつっかかっていくよね。
「そういえば、アタシもここ四日くらいは殴られてないわね? アイツがアタシに殴りかかる気力もないなんて、天変地異の前触れかしら」
メレの基準もそこなんだね……
メレは頬杖をつきながら桃色の髪の毛先を弄り、眼鏡の奥のチョコレートブラウンの瞳を細めた。
「まあ、あいつも色々あるんでしょ。踏み込まれたくないんだろうし、放っておくしかないんじゃない?」
クロノスは銀縁の眼鏡をかけなおしながら、メレに視線をやる。
「……メイヴィルはヘルムートと仲がいいようですが、何か聞いていないのですか?」
「仲よくなんてないわよ! ただの腐れ縁というか、そうね……まあ、昔色々あったのよ。色々とね」
その色々、の内容は教えてくれる気がなさそうだった。うーん、気になる……
結局その日は、当たり障りのない話をしただけだった。
次の日には沼に行くにあたって必要なものを買い込んだ。今日はヘルも一緒だ。
王都の市場は何度か来てるけど、いつ来ても見飽きることがない。
「スバル、ついてきていますね?」
「大丈夫だよクロノス! 後ろにいるから」
手を繋ぐとどうも意識しちゃって気まずいので、今日は後ろをついていっている。
メレやヘルに頼むことも考えたけど、ヘルも意識しちゃいそうだし、メレにはお姫ちゃん扱いされそうで嫌だし……結果、一人で歩くことに。
なんとかなるよ、いくら俺が背が低いっていったって、それだけで迷子になるはずがないしね!
露店に目移りしそうになりながらも、見失わないようにしっかりクロノスの後ろについていく。
店で食材を選んでいる間、俺は隣の店に興味を持った。
露店だから食品売り場みたいに分かれてなくって、隣の店は魔道具屋さんだ。
面白そうだなと興味の惹かれるままにふらふら近づくと、店主に声をかけられた。
「おや、こんにちはべっぴんさん。好きにとって見てくれていいよ」
べっぴんさんて誰……あ、俺だった。
「あ、ありがとうございます」
うう、全然慣れない。自分が美人だなんて思える日は、いつの日か来るのだろうか。
お言葉に甘えて目の前にあった丸い電球のようなものを手にとる。スイッチを押すと灯りがついた、これは魔力がいらないタイプのようだ。
「それを選ぶとはお目が高い。イエルトの名工が作った魔道具だよ、ほれ、そこに不思議な文字が彫ってあるだろう。イグチの作品にはそんな風に銘がついているのさ」
イグチってやたら日本人っぽい名前だな、と思いながら指差された辺りを確認すると、そこには漢字で『井口隆臣』と彫られていた。
「へっ?」
日本人っぽいっていうより、本当に日本の人なんじゃない?
「おじさん! これいくら?」
聞いた値段はかなり高かった。今回の稼ぎが半分くらい吹っ飛ぶ。
耐久時間が画期的で強度もかなりあり、出力も安定しているからなどが理由だそうだが、俺としてはこの名前の部分が気になってしょうがない。
そこについて聞きたいけれど、おじさんのセールストークに口を挟む隙がなかった。口下手な自分が悔やまれる。
「まけてやりたいのは山々なんだがな、イグチっていやあ開発者としても有名で、こいつが作ったものなら箔がつくってんで高値でも買う人が多いんだよ」
そうそうそこ! そこのところをもっと詳しく!!
相槌を打ちながら聞いていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「それが欲しいのかい? 俺が買ってやってもいいぜ?」
振り向くと、まず大きく迫り出したビール腹が見えた。低い鼻とゲジゲジ眉毛が目に入る。
その人は芝居がかった感じで髪をかきあげると、俺の肩に手を置いた。
「なあ店員、そいつを売っておくれよ。いくらだ? ……ああ、この程度ならはした金だ」
なんだろうこの人、妙にスカした感じがするというか、ちょっと感じ悪い。話を遮られちゃったし。
「あの、見ず知らずの人に買ってもらう理由もないし、今回はやめておきます」
「遠慮するなよ、そんな水臭いこと言わずに俺に任せておきな」
肩に手を置くだけじゃなくて肩を組もうとしてきたため、慌ててその手から逃れる。
「つれないねえ。それがいらないっていうなら、お茶はどうだい? いい店を知ってるんだ」
「いえ、いいです」
「まあまあ、そんなこと言わずにさ」
この人しつこいなあ。俺は急いでクロノス達のいる露天に駆け寄った。
「スバル、どうしました?」
俺はそのままクロノスの長身に身を隠すが、男は追いかけてきた。そしてクロノスを見てゲジ眉をしかめる。
「うわ、なんて醜い顔なんだ。美しい君にはそんな男は似合わないよ、俺と一緒に行こう?」
な、なんて失礼な人なんだ! 人のことを真正面からブサイク扱いするなんて。
クロノスは無表情のまま男を見つめている。
「おい、何の騒ぎだ」
「お待たせー、必要な分は揃ったわ……って、何?」
そこにメレとヘルもやってくる。男はうげ、と呻き声を出す。
「なんという……こんなに醜男ばかり揃って、視界の暴力だ! おいで子猫ちゃん、こんなやつらと一緒にいたら目が腐ってしまうよ」
「そんなことないよ! 俺にとってはみんなすごくかっこいいんだからね!」
「既に手遅れだったか……! 嘆かわしい!!」
大袈裟に嘆く男。うん、この人とは分かりあえそうにないや。
「俺は好きでクロノス達と一緒にいるんだから、放っておいてよ。行こうみんな」
憤りのままクロノスの手を引いて店を後にする。人混みを抜けて、あの男が見えなくなった辺りでクロノスからお礼を言われた。
「スバル、ありがとうございます。あのような差別的発言には慣れていますが、やはり聞いていて気持ちのいいものではありませんから」
「慣れてるなんて、そんな悲しいこと言わないでよ……今度から何か言われたら俺が言い返すから、もう我慢しなくて大丈夫だよ! 俺はクロノスの主なんだから、クロノスのことちゃんと守るんだ」
「スバル……」
クロノスがギュッと手を握り返してくる。そういえば勢いで手を繋いじゃったや。
今更気づいて慌てるけれど、力強く握られて離してくれそうにない。
クロノスはキラキラとした瞳で灰銀を瞬かせた。
「スバル、貴方を敬愛しております」
「アタシもよ、スバルちゃんのこと、だぁい好き」
クロノスに続いてメレも嬉しそうに告げる。
「スバルが、スバルが俺のこと好きって言ったか? 聞き間違いじゃないよな?」
「いーえ、スバルちゃんはアタシ達みんなが好きだから一緒にいるんだって言ったわよ。アンタだけじゃないわ」
ん? あれ、そういう言い方したっけな。でもまあ、そんなに間違ってるわけじゃないからいいかな?
メレの言葉を受け、すかさず蹴りを入れるヘル。
「痛い! 暴力反対!!」
そんな騒動もあったけど、なんとか次の日には王都を出発することができた。
外見至上主義ってどんなものかと思ってたけど、結構強烈なんだね。これから先も気をつけようっと。
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