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第二章 王都パラヴェレとガドラン沼地の小さな故郷
25 意外な再会
しおりを挟む広場での感動から一転。俺の心には暗雲が立ちこめていた。
「スバルちゃん、これは?」
「色が奇抜すぎると思うな」
「じゃ、これは?」
「襟が派手すぎて、ちょっと……」
「もー! ならどれだったら着てくれるのよ!?」
正直に言おう。どれも嫌だ。
ヘルが行ってしまった後、メレが希望した服屋に俺もついていったのがそもそもの間違いだった。
ファッションチェックよ! とか言ってウキウキしてるから、王都の流行をチェックしたり、精々自分が試着するために行くんだと思ってたんだけど。メレいわく、
「せっかく隣に美人がいるんだから色々着せてみたいじゃない!」
だそうだ。いやいや、俺はオシャレに興味がないんだってば!!
「メイヴィル、本人が嫌がっているのですから、あまり無理強いするものではありませんよ」
クロノスのもっともな意見に、メレは納得いかないと反論を並べ立てる。
「だってクロちゃん、考えてもみなさいよ、この服!」
メレがピラリと胸の前に掲げたのは、生地が薄く、てろてろしていて、金色の光沢があるワンピースのようなローブだ。
「いつも地味目なスバルちゃんがこれを着ているところを想像してみて! ギャップにクラクラすること間違いなしよ!!」
そんな身体の線がモロに出そうな服なんて着せられたら、別の意味でクラクラして倒れちゃうよ。主に羞恥心と心労で。
クロノスはじっと俺と服を見比べ考えこんでいたが、深く頷いて饒舌に語りだした。
「確かに身体のラインを見せつけるような挑発的な服装は、普段は隠されているスバルの蠱惑的な魅力を醸しだすでしょうね。光沢のある生地は滑らかな肌をより一層美しく彩り、人々の目を引きつけて離さないはずです。スバルの完成された美貌の中に、僅かに残るあどけなさが、かえってこの衣装を身につけることで浮き彫りになり、一瞬一瞬の表情を余さず捉えたくなる……大変魅力的です」
あまりにも大仰な褒め言葉の羅列についていけず、後半はほとんど聞き流してしまった。
メレはクロノスの長い口上に口を挟まずに、むしろ嬉々として耳を傾けていた。うんうんと頷いて、目をキラキラさせている。
「そうよねそうよね! クロちゃんわかってるわあ、スバルちゃんに似合うこと間違いなしなのよ!! だからスバルちゃん、これ着てみない?」
「お断りします」
「なんでよ、試着だけでいいから!」
「やだ」
「ちょっとだけ!」
「無理」
「さきっぽだけでいいから!!」
なんかそれ、意味違くない?
「メイヴィル、残念ですが本人が着たくないと言っているのです、諦めましょう。残念なのはわかりますが」
残念って二回も言ったよ。クロノスも着てほしかったのかな、でもいくら頼まれても、俺は着ないからね?
頑なに拒む俺に、メレはついに折れて服を棚に戻した。
「はあー、もったいないわあ、極上の素材がそこにあるのに、飾れないなんて……」
珍しく肩を落として本気で落ち込んでいるメレの肩を、クロノスが軽く叩いて慰める。
「今回はスバルの好みに合わなかったようですが、私達はまだスバルと出会ったばかりです。今後彼の好みを覚えていくと同時に、まずは抵抗の少ない小物からコーディネートしましょう」
「そしてゆくゆくは全身をコーディネートしていく……ってわけね? いいこと言うわねクロちゃん、そうね、アタシ焦りすぎてたわ。イエルトに着くまで、まだまだ時間はあるもの」
ふふふふ、と企むように悪い笑みを浮かべるメレと、一見爽やかな笑顔のクロノス。俺は悪寒を感じてぶるりと背を震わせた。早く店から出なきゃ。
「ねえ、そろそろ夕飯の時間だし、俺お腹空いちゃった」
「そうですね、どこか食事を取れる場所へ向かいましょうか」
クロノス達と一緒に服屋を出て、食事処が集まっている区画へと移動する。
夕食には少し早い時間帯だったが人通りは多く、早く店を決めないと人気の料理店の席は埋まってしまうかもしれない。
「あ」
視界に入った人達に、つい声をあげてしまった。仲睦まじく男性同士が手を繋いで歩いていたからだ。
メレも注目して、口元に手をやってあらまあと含み笑いをする。
「初々しいわね、つきあいたてかしら?」
「平民同士ですか、珍しいですね」
「どっちかが魔力持ちなんじゃないかしら? そしたら家庭も築けるし。それに、恋に落ちるのに性別なんて関係ないわよ」
性別、関係ないんだ……本当に同性でも魔力さえあれば子どもができるんだね。
どうやるんだろう、エッチなことしながら魔力を流すとか?
エッチなこと……例えば、キスとか……
うっかり今手を繋いでいるクロノスを相手役で想像してしまいそうになり、慌てて打ち消す。
「どうかしましたか?」
「えっ!? な、なんでもないよ?」
声が裏返ったけれど変に思われなかったかな?
というか、こうやって手を繋ぐの、迷子防止くらいの感覚でいたけど、はたから見たら俺たちも恋人同士に見えてたり……!?
意識すると手を離したくなるけれど、でも万が一はぐれても困るし、と葛藤していると、メレが一軒の店を指差した。
「あの店なんかよさそうじゃない?」
オレンジ色の魔導灯に照らされた店内は温かみのある木でできていて、居心地がよさそうだ。
入り口をぼんやり見つめていると、中からお客さんが出てきた。茶髪碧眼でタレ目が特徴的なフツメン店員が、愛想よく挨拶している。
「美味しかった、また来るよ」
「まいど! 今度は目当てのやつ仕入れとくんで!」
へえ、美味しいんだ。この店に入ってみたいな、店員の対応もよさそうだし。
そして店に入るタイミングでさりげなく手を離そう。そうしよう。
「ゼト?」
クロノスが店員を見て、驚いた様子で呟いた。店員は首を傾げながらクロノスの方に振り向き、眉根を寄せて彼を凝視する。
「んん? お前……高すぎる鼻、赤い髪に灰銀のギョロリとした目……まさか、クロノスか!?」
「やはりゼトでしたか、正直すぎるところは変わりませんね。お久しぶりです」
ゼトは驚きながらも破顔した。
「おー! 元気だったんだな!! いきなり村から出てった時は何があったんだかって心配してたんだ。大きくなったなあ」
「なんですかその言い方は、大して年も違わないでしょうに」
「いや、そうだけどさ。何年振りだ? 十年、いや1十五年振りか? まあ入れよ」
ゼトは扉を大きく開いて、俺達を店内に招き入れた。ここでクロノスと手を離す。うん、自然にできた!
「ちょっと店長と話してくる。なんか適当に食べてけよ。どれも美味いけど、俺のおすすめはパラヴェレ牛のワイン煮込みだ」
「じゃあそれと、他にも何か適当に見繕ってちょうだい」
「よしきた」
ゼトは注文を受けると、カウンターの裏に素早く引き上げた。
俺は頭を切り替えて、料理を待っている間クロノスに質問する。
「クロノス、ゼトとはどういう知り合いなの?」
ちなみに、さん付けすると高確率で嫌がられることが最近わかってきたので、基本的には初対面でも呼び捨てするようにしている。
敬語も畏まった場面以外では使わない方が自然とのことらしく、なるべく普段通り話した方がいいみたい。
「私の幼馴染ですよ。ゼトとは同じ村で育ちました。とにかく辺鄙なところにあり、自給自足の隠れ里のような村でしたね。同じくらいの年の子どもは私と彼だけで、それで自然と仲がよくなりまして」
「へえー、すごい山の中とかにあるの?」
「そうですね、山の裾野にありますが、そこにたどり着くまでが問題なのです。村までの道はガドラン沼地を超えないといけませんから」
「ガドラン沼地!? あんな毒沼を人が通り抜けられるっていうの!?」
メレが声のトーンを一段上げて驚いている。そんなに驚くくらい大変なところなんだね。
「ええ、装備を万全に整えれば抜けることができますよ。もっとも、二度とやりたくないというくらいに不快ですし、全身泥だらけになってしまいますが……泥が目に入れば失明の危険性もありますしね、幸い私は視力を落とすだけで済みましたが」
「そんな危ない毒の沼が近くにあるのに、なんでその村に住んでたの?」
「私の両親は駆け落ちしていますからね。追っ手を逃れてたどり着いたのがその村だったのでしょう」
「そうだったんだ、それで家族みんなで村で暮らしてたんだね。あれ、でも……」
お父さんの形見の品を探してたくらいだし、なにか事件でもあったのかな?
「ええ、アルス父さんは私が八才の頃に、クレイラ父さんを連れ戻すためにやってきた追っ手から私達を守るため沼に入り、沼の毒にやられて帰らぬ人となりました」
そんな辛い過去があったなんて。俺が思わず隣の椅子に座っているクロノスの背中に手を添えると、銀の瞳を細めて優しく苦笑した。
「もう大丈夫ですよ、私は過去にけじめをつけました。アルス父さんを排除するよう指示した領主の悪事を、告発することができましたから」
クロノスは俺の手をそっと膝の上に下ろさせて、話を続ける。
「アルス父さんが亡くなって、結局残されたクレイラ父さんと私は領主の屋敷に連れ戻されてしまいました。失意の底にいたクレイラ父さんは衰弱し、アルス父さんを追いかけて、そのまま……」
そういう経緯で、クロノスは味方がいない中で一人取り残されて、領主に使用人扱いされてこき使われてたってことなんだね。
酷い、酷すぎるよ! 領主許すまじ。
マーツェロの王さまが正当な罰を下してくれるように、念入りに祈っておいた。
「なんだ、お前そんな大変なことになってたのかよ。それじゃ帰ってこれないはずだな」
ゼトが料理皿を両手にいくつも持って現れて、テーブルに置いた。
ホカホカと湯気をたてるそれらは、食欲をそそる匂いをテーブル中に撒き散らしている。うわー、早く食べたい!
ゼトは自分の前にも皿を置いて、俺とメレに尋ねた。
「店長に許可もらったし、まかないをここで食べたいんだけどいいかな? お連れさん達」
「いいわよ、クロちゃんの幼馴染なんですって? 歓迎するわ」
「俺も。クロノスの小さい頃の話とか、聞かせてくれたら嬉しいな」
ゼトはメレの言葉遣いにピクリと反応して、背丈と肩、あと胸のあたりに胡乱げな目を向けた。男だよな? って確かめてるみたい。
ああ、女言葉だもんね、最近慣れたから気にならないけど、初対面の人は驚くよね。
ついで俺の方を見ると顔をポカンと見つめている。数秒固まった後、若干頬を染めて焦ったように俺に笑いかけた。
「お、おう。よろしくな。なああんた、名前なんていうんだ? 俺はゼトだ」
「スバルだよ」
若干身体が前のめりになっているゼトを制し、クロノスはキッパリとした口調で口を挟む。
「私の主です」
「あ、あるじ??」
ゼトは目を白黒させて俺とクロノスを見比べた。どうやらご飯を食べながら説明する必要がありそうだね。
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