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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
17 形見はどこに
しおりを挟む魔力についての見解がまとまったところで、やっと本命のクロノスさんのお父さんの形見の話に入った。
「あの焼け落ちた部屋の中で、無事に残っていたものなの。クロちゃん、確認してくれるかしら?」
メレはテーブルの上に一枚の絵を差し出す。
黒く煤で汚れたそれを手で払いながら、クロノスさんはB5用紙程度の大きさのそれを手に取った。
「これは……」
クロノスさんは肖像画の人物に視線を釘付けにしながら、一人言を漏らすようにポツリと呟いた。
「クレイラ父さん……」
「クロノスさんの、お父さん?」
煤を払ってもなお古びて、少し黄ばんだキャンパスには、お世辞にも綺麗とは言えないタラコ唇の赤髪の男性が描かれていた。ゲジ眉とか一重の目とか、領主の顔立ちとよく似ている。
メレがヒョイと上から覗き込んで、感嘆の声を上げた。
「へぇ、すごい美人ね。ひょっとして、領主サマの兄弟だったりするの?」
あ、そうか。ゲジ眉タラコ唇は美人の特徴なんだった。いまだに慣れないや。
「ええ。クレイラ父さんは、領主の元弟です。当時執事だったアルス父さんと恋に落ち、駆け落ちをして私がこの世に生を受けることとなりました」
……んん? 今、とてもおかしなことを聞いたような。クレイラさんがお父さんで、アルスさんもお父さんなの? 耳がおかしくなったのかな?
俺は領主とクロノスさんが、叔父と甥の関係であることもそっちのけで、衝撃的な話に固まっていた。
「あらぁ、そうなの!? 駆け落ち! 愛の逃避行!! ラブロマンスじゃないの、素敵ね~!!」
メレが興奮して盛り上がり、クロノスさんは郷愁を噛み締めている中、俺は大混乱中だった。
いや、だってさ、産むための器官がないのにどうやって産まれる訳? 魔力でどうにかなっちゃうの??
メレの反応を見るに、男同士でできた子どもに違和感を感じていないみたいだし……謎だ。謎すぎる。聞いてみようか。
「あのさ、男同士でどうやって子どもができるの?」
クロノスさんはピクリと肩を揺らし、言いづらそうに言葉を濁した。
「それは……スバル、ご存知ではないのですか?」
「うん。おかしいかな?」
自信なさげに身体を小さくしていると、メレがつい、と俺の顎を指先で掬いとった。
「いーえ、別におかしくはないわよ? 知りたいなら教えてあげましょうか? ただし、実地でね」
「メイヴィル。冗談は顔だけにしてください」
「ちょ、クロちゃん!? ひどっ! アタシの繊細なハートが傷ついちゃったわよ!?」
「恐れ入ります、つい歯に衣着せぬ言い方をしてしまいました。ああ、スバルの顎に触れるのもやめて頂けませんか? 少々不愉快ですので」
「少々ってつけても、衣を着せられてらないわよ!? アンタ、スバルちゃんのこととなると人が変わるわよね……」
気が削がれた様子で、メレはドサリと背もたれに身を預ける。
クロノスさんは、肖像画を胸元に手繰り寄せると、遠慮がちにメレに問いかけた。
「メイヴィル、こちらを頂いてもよろしいでしょうか?」
「いいわよー、クロちゃんのために持ってきたんだしねっ!」
「ありがとうございます。貴方には貸しができてしまいましたね」
「そう思うなら、もっと優しい対応をしてくれたっていいのよ?」
「貴方に優しくすると態度が増長しそうですので、遠慮させていただきます」
「まったくもう、つれないわねぇ」
メレは大げさにため息をついてみせるが、クロノスさんの顔色は変わらない。
口の端に少し笑みを浮かべているけれど、どことなく落ち込んでいるようにも見えた。
「ねえ、クロノスさんの探していた形見って、肖像画ではなかったのかな?」
クロノスさんは躊躇いがちに、しかしハッキリと首を縦に振った。
「はい、ですが……これも私にとっては大切な品に間違いありません。スバル、そう気を使っていただかずとも、私は大丈夫ですよ」
クロノスさんの眼鏡の奥の瞳は理知的で、上手く内心を覆い隠していた。
けれど、俺としてはクロノスさんは完全に納得できたわけじゃないと思った。
だってお父さんの形見だよ? 代わりの物があったって、それで完璧に満足はできないと思うな。
「……クロちゃんの探し物って、どういう物だったのかしら?」
メレも俺と同じように思ったみたいで、歯切れ悪く言葉を切り出した。
クロノスさんは苦笑しながらメレに言葉を返す。
「もういいのです、私にはこの肖像画が手元にありますから」
「そうじゃなくて、そこまでして求めていた物はなんだったのかしらと思って。気になるじゃないの、ここまでしたんだから、教えるだけ教えてくれてもバチは当たらないんじゃないかしら?」
茶化すようにメレが問いを重ねると、クロノスさんは少し間を置いて、静かな声で答えた。
「魔石ですよ。もうほとんど魔力の残っていない残り滓でしょうけれど、私の両親が遺した大切な物なんです」
「魔石……そうね、それは、何物にも代え難いわね……」
しみじみとメレが呟くけれど、俺には事の重大さがイマイチ伝わらなかった。魔石ってなに?
「……それってどんな見た目なんだろう?」
クロノスさんは不思議そうに目を瞬かせながらも、丁寧に教えてくれた。
「そうですね、形状は真円、直径は金貨程度。元は銀色だったのでしょうが、私が最後に見た時には大分透明に近づいていました」
丸くて、金貨くらいの大きさで、透明な石……あれ? 俺それどっかで見た事あるぞ?
思いあたり、高価なものかもしれないからと肌身離さず持っていたツナギのポケットから、それを取り出す。
ビー玉大の、透明で、瞳に宿る魔力と同じ輝きを帯びて光る石。
「ひょっとして、これがそう? 領主からもらったんだけど」
「! これは……手にとってよく見ても?」
クロノスさんに透明な小石を手渡す。至近距離で見つめながら、彼は息を詰めた。
「そうです……間違いありません。これが私の探していた形見の品です」
「やったじゃない! スバルちゃん、お手柄よ!!」
メレが自分のことのように喜んでいる。
ずっと俺が持っていたなんて! 想像すらしなかったや、ちゃんと確かめてよかった。
俺の頬もじわじわと喜びの形に自然となっていく。
クロノスさんは大切そうに魔石を懐にしまうと、感極まった様子で俺の手を宝物のように捧げ持ち、床に膝をつき跪いた。
「スバル、感謝してもしきれません。これを私の手に取り戻すことが、長年の悲願でした。なんと言葉にすればいいのかわからないほどです、ああ……」
クロノスさんは俺の手に額をつけて感動を顕にしている。そこまで感謝されると、俺もどういう態度を取ればいいのかわからない。
「わ、わかった、わかったから! クロノスさん、顔を上げて」
「はい」
顔を上げたクロノスさんの瞳は潤みを帯びていた。銀のプリズムがキラキラと瞳の中を舞い踊り、歓喜の心を伝えている。ものすごく美麗だ。
クロノスさんは常の冷静な顔を喜びに染めて、歌うように俺の名前を紡ぐ。
「スバル、スバル」
「なに? クロノスさん」
「差し出がましい願いを、口にしてもよろしいでしょうか」
「願い? なんだろう?」
それまで微笑ましげに俺たちの様子を見守っていたメレが、突然慌てだす。
「あ、ちょっと待って、クロちゃんストップ!」
「どうか私の新しい主となって頂きたい」
二人の声が、同時に俺の鼓膜を揺らした。
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