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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
15 寝起きにイケメンは心臓に悪いです
しおりを挟む身体が温かくて気持ちがいい。適度な重みが腰の上に覆い被さっていて、なんだか安心する。
温かい何かに無意識のうちに擦り寄っていた。なんだかスベスベして気持ちいいなと思っていると、腰の重みが背中に移動して抱き寄せられる。
華やかな花の香りがして、夢見心地で目を開ける。目の前には桃色の柔らかな髪。
頭上を仰ぐと、麗しのご尊顔が目に飛び込んで来た。
「っ! え、え!?」
俺が騒いでも身動ぐ気配すらないメレが、安らかな寝息を立てていた。
びっ、びっくりした。なんで隣に空いてるベッドがあるのに俺のところで寝てるんだろう。
豊かな感情を宿す濃茶の瞳を閉じてしまうと、顔の造作の見事さが一層浮き彫りになる。惚れ惚れするほどの男ぶりだった。
桃色の長い睫毛や細めの眉は整っていて女性的な印象なのに、はっきりとした陰影のできるまっすぐの鼻、しっかりとした顎が男性的で色気があった。
はー、本当に、なんてかっこいいんだろう。つくづく俺もこんな顔に産まれてみたかった。
しばらく無言で見とれていると、やがて瞳がゆっくりと開いていく。
ぼんやりとしたチョコレートブラウンの瞳は俺に焦点を合わせると、俺に心からの微笑みを贈った。
「おはよ、スバルちゃん」
ちゅ、と額にキスを受ける。え、えっ、ええっ!? なになになに、今何をしたの!?
「メ、メレ? 今の、何?」
「何って、キスに決まってるじゃない」
うわわわわー!? 何してくれちゃってるの!? でこちゅー! 初めてされたよ!!
俺みたいなブサイクにやったら口が腐るよ! あ、でもここでは俺が美人でメレがブサイクになるんだから、俺が腐るの!? いやいや腐らないよ!?
混乱してカチコチに固まっていると、メレは反応のない俺に眉尻を下げた。
「あら、嫌だったかしら? そうよね、アタシみたいなのに触られるのは嫌よね」
「そ、そんなことはないけど! キスはびっくりしたというか、そう、ちょっと驚いただけだよ!」
「そうなの? 嫌じゃない?」
不安そうに念を押すメレにわかってもらいたくて、俺は力強く否定した。
「嫌じゃないよ!」
「うふふ、ならよかった」
ちゅ、ともう一度、今度は目蓋の上にもキスが降ってきた。うぅ、くすぐったい、背筋がぞわぞわする~!
「うぅっ」
「嫌じゃないなら、してもいいわよね?」
「えと、その、そういう意味じゃなくて!」
クスクスと笑う吐息が額にかかって俺は肩を竦める。チョコレート色の瞳が俺にトロリと甘い視線を注ぐ。
「かーわいい。朝から眼福だわぁ」
最後にもう一度俺の頬にキスをして離れて行くメレ。伸びをしながら起き上がった上半身には、何も身につけていなかった。
細身ながらも鍛えられた胸板に寝ぼけて擦り寄っていたのかと思うと、もう一生布団の中に鎖国していたい気分だった。
俺、もしかしてゲイだったんだろうか。最近身近にいるイケメン三人がどうにもイケメンすぎて、心臓が煩いくらい高鳴ってしまうんだけども。
「いうううぅー」
「ほらほらスバルちゃん、布団に潜っていないで出てきなさい。屋敷の様子を見に行くわよ」
「そうだ!あの後どうなったの!?」
俺の性的嗜好について、悠長に考え込んでる場合じゃなかった!
ガバリと布団を捲ると、メレは手早く眼鏡をかけフリルのシャツを羽織り、部屋を出て行くところだった。
「気になる? なら、早く着替えてらっしゃい」
素早くいつもの濃い緑色のツナギを身につけ、適当にパンを口に放り込む。
ヘルは既に出かけていていないようだった。クロノスさんはまだ寝ているらしく、健やかな寝息を立てていた。
「クロちゃん、いつまで寝てるのよ? もう起きないと置いてっちゃうわよ!」
メレはクロノスさんの肩を揺すったり頬を軽くビンタしていたが、全然起きる気配がなかった。
「ねえ、ほら、起きなさいってば……ぜんっぜん起きないわねぇ」
余りにも反応がないので、ムッとしたメルはクロノスさんの襟元を掴んで、思いっきり喝を入れる。
「おい、起きろっつってんだろうが!」
スパーンといい音が部屋中に響く。痛っ、そのビンタは本気で痛いヤツだよ!
「メレ、やりすぎ!」
「あらやだアタシったら、あんまりにも起きないからムキになっちゃったわ」
ここまでやってもピクリともせずに就寝している様子に、メレは両手を上げて降参のポーズをとった。
「全くもう、肝心のアンタがいないなんて。スバルちゃんと二人でデートしてくるけどいいの?」
「デ、デート?」
「そうよー? アタシと二人っきりは嫌かしら?」
「嫌ではないです……」
なんだろう、さっきからこう、メレの言葉の使い方が巧妙で、手のひらの上で転がされている感じがしてならない。……まあ、それも、嫌ではないですが。
思い切り叩かれたせいで頬に手形がついたクロノスさんに、止められなくてごめんなさいと心の中で謝り、布団をかけ直して部屋を出て行く。しっかり休んでよくなってね。
領主の屋敷の前にはかなりの人だかりができていて、茶色や青の頭に邪魔されて門がよく見えない有様だった。
「スバルちゃん、見える?」
いいえ、全く見えません……すみませんね、女子並みに背が小さくて! 人並み以上に背の高いメレが羨ましい。
メレは俺を連れて館から少し離れたところにある階段の上に移動した。ここからなら遠いけれど屋敷の門が見えた。
「ここなら見えるよ、ありがとう」
礼を述べた時、ちょうど表門のところに馬車がやってきていた。人混みがかき分けられ、その中央を悠々と馬車が突っ切る。
甲冑を着た騎馬兵が物々しく馬車を取り囲む中、重厚なマントを肩にかけたおじさんが降りてくる。
「伯爵サマのご到着ね。領主の身柄引渡しと、状況確認に来たんだわ」
伯爵様は騎士を引き連れて屋敷内へ向かう。全員の姿が建物内に消えたところで、心配になってメレを仰ぐ。
「あのさ、仮にもあの領主も貴族なんだよね? 証拠をもみ消されて、ブルーリーさん達が危ない目にあったりしないのかな?」
「そこんとこは大丈夫よ、アタシ達が前々から根回ししてたから。アタシ達は領主の悪事を合法的に暴ける、お貴族サマは王に恩を売れる、いわば協力関係ってヤツね」
「それじゃ、大丈夫なんだ?」
「ええ、問題ないどころか、この件が上手くいけばアタシ達に報奨金まで支払ってくれるんですって」
「そうなんだ、すごいね」
ふと、風が通りを駆け抜け焦げた臭いが鼻をついた。心当たりのある領主の館の三階を見上げると、一部が真っ黒に変色し、窓ガラスが無残に割れていた。
「クロノスさんの形見、燃えちゃったのかな?」
「あの後火が消えているか確認しに行ったけど、そりゃもう酷い有り様だったわ。ほとんど燃え尽きていたか、煤だらけだったわね。無事だった物の中で、唯一形見って言えそうな物は頼みこんで回収しといたけれど」
「本当!? それが本当に形見の品だったら、クロノスさんすごく喜ぶね!」
「どうかしらねぇ? あ、誰か出てきたわよ」
しばらく話をしていると、屋敷から人が出てきた。手を縛られた領主がトボトボと歩き、その脇を兵士が領主を監視するように固めている。
領主は馬車の中に押しこめられる。馬車は道を走って遠ざかっていってしまった。
「あーあ、行っちゃったわね。クロちゃんも最後に一目見ておきたかったでしょうに。ま、しょうがないわ。あいつが起きないのが悪いのよ」
「クロノスさんと領主って、何かあったの?」
メレの口調からは、領主とクロノスさんが、雇用主と使用人の関係以上の含みを孕んでいるように感じられた。
「そうねぇ、アタシの口からは何とも……知りたければクロちゃんに聞いてみればいいわ。さ、そろそろ戻りましょうか」
メレは教えてくれそうになかった。一体何なんだろう? 問題無さそうなら、後でクロノスさんに聞いてみようかな。
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