14 / 57
第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
14 徹夜明けで大事な話はしちゃいけない
しおりを挟むヘルは煤だらけのクロノスさんの上着を脱がせて頭を軽く払うと、自分のベッドをクロノスさんに譲って寝かせた。
俺は布を水で濡らしてきて、クロノスさんの汚れた顔を拭う。
拭っている間、クロノスさんは今にも目蓋が落ちそうな有様だった。
「すみませんスバル、ヘルムート、急激な睡魔が……限界です」
「いいから、もう寝ろ。お前は十分働いた」
「う……ですが、まだ」
「ヘルの言う通りだよ、クロノスさん! ごめんね、俺、加減がわからなかったから、クロノスさんに無理させちゃったんだ」
「……だ……、ぅ……」
最後の方は言葉にならず、クロノスさんの意識は眠りの中に落ちて行った。
「……クロノスさん、寝た? 大丈夫?」
ヘルはクロノスさんの腕を取り、口元に軽く手を当て呼吸を確かめると、無愛想に告げた。
「なんもねーよ。しばらく寝てりゃよくなる」
ヘルムートはテキパキとクロノスさんの衣服を寛げ、墨色に汚れた手袋を脱がせた。脱がせる時、クロノスさんは少し呻く。
「っ、クロノスさん、痛そう」
クロノスさんの指先は真っ赤で、手の甲には水ぶくれができていた。火の中に手を突っ込んだりしたのかもしれない。
消火は間に合ったのかな、クロノスさんがこんなにまでなって必死に探していたお父さんの形見、無事だといいけれど……
ヘルは手の状態を検分すると、一階から手桶を持ってきて、クロノスさんの両手をそれに浸した。
「このくらいなら、冷やしゃ問題ねぇよ。……それにしてもこいつ……」
ヘルは眠っているクロノスさんの眼鏡を外すと、目蓋をこじ開けて瞳孔を確認した。なんだかお医者さんみたい。
順番に両眼を確認して、訝しげに眉を顰めるヘル。
「こいつ、まさか、いやでも……もしかして魔力切れか……? 才無しのはずだろ?」
「ヘルも瞳の中の魔力が見えるの!?」
俺が飛びつくようにヘルに食い下がると、驚いたように後ろに下がって怪訝な顔をされる。
「そ、そんな訳ねえだろ。今のは魔力不足の兆候を確かめただけだ。発動直前時以外に魔力が見えるなんて夢物語かよ…お前今なんつった?」
「あ」
こうして俺は、魔力を持つ人物の目に属性が見えること、魔法発動直前どころか数秒前から魔力が見えること、人の魔力を引き出して使えること、更には、気がついたらこの町にいて帰り方がわからないことまで、洗いざらい話すハメになった。
徹夜明けに重大な話をしたら駄目だね、うっかり異世界から来たことまで口から滑り出ちゃいそうだった。
異世界人がどういう扱いを受けるかわからない以上、話したら危険だよね。
……ヘルなら大丈夫そうかなって思わなくもないけど……うーん、やっぱりまだ怖いや。もう少し様子見で。
「で、どこから来たんだ? ここマーツェロじゃねぇなら、イエルトか、ククルードか、それともゼシアか? アンガスもあり得るな」
知りませんよー、俺はなんにも知りませんーっ!
首を左右に振りまくって追及を逃れようとするが、ヘルの視線はじっとりと俺に注がれたままだ。
「黒髪に黒目だろ、そうなるとマーツェロの貴族の血を引いてる可能性が高いわけだよな。やっぱり訳ありか?」
「俺は貴族じゃないよ!」
「どうだかな」
頑なに真実を口にしない俺に一つため息を吐いて、ヘルはベッドの端で胡座をかいた。
「ま、いいけどな。話したくなったら話せよ。俺はもう寝る、お前も寝とけ」
ヘルは欠伸を噛み殺しながらクロノスさんが使っていた簡易ベッドに向かった。俺も後をついて行く。
「あのさ、ヘル。寝る前に一つだけ教えてほしいんだけど。俺の体質って少し変わってるだけで、他にも同じような人がいるのかな?」
ヘルは顎に手を当てて少し考えた後、おもむろに振り返る。
「いや、少なくとも俺は、そんな風に魔力が見えるヤツも、他人から引き出せるヤツの話も聞いたことはねえな。あんま言いふらさない方がいいぜ」
「そっか……」
薄々感づいてたけど、普通じゃないんだ……黙り込んだ俺の眉間には自然と皺が寄っていたらしく、ヘルは人差し指でそこを突いた。
「わっ!?」
「んな悩むなよ。難しいことは起きてから考えろ」
ぷい、とそっぽむくヘルの整った横顔。時折伺うように視線が俺へと動く様子に気遣いを感じて、自然と笑みが溢れた。
「……うん、そうする。ありがとう」
「別にこれはお前を慰めた訳じゃなくて、俺が早く寝たいからであってな……」
いつものツンデレな言い訳がゴニョゴニョと聞こえたが、ふとヘルはまっすぐに俺を見つめた。その手が俺の頬をそっと、壊れ物でも扱うかのように触る。
いつものような強引さも勢いもない触り方だったので、俺は騒ぐことなくスキンシップを受け入れた。
ヘルの手が、遠慮がちに俺の頬を撫でる。なになに? 顔に煤が残ってたのかな?
「お前、俺が触っても嫌がらないのな」
ヘルは眩しい物でも見るかのように目を細めた。
ユラユラと心の中を映す鏡のように揺らめく海色の瞳に魅せられていると、彼はフッと一瞬笑みを浮かべた。
自然でリラックスしていて、内面の優しさが表情に滲みでているような大層魅力的な笑顔だった。
それは瞬きの間に消え失せ、元のムスリとした気難しそうな表情に戻ってしまう。
ヘルは失敗したとでも言いたげに手で顔を隠しながら、わざと厳しい表情を作り、メレの部屋のベッドを指差した。
「スバル、自分のベッドに行け。早く寝ないと俺のベッドに引きずりこむぞ?」
「えっ!? いやもう寝るよ! おやすみ!」
「フッ……ああ」
忍び笑いと共に扉は閉まった。俺は自分の身体もざっと布で拭って綺麗にした後、フラフラとベッドに辿り着くと、ボスリと身体を投げ出すように横たえた。
ああ、なんで俺こんなに心臓が高鳴ってるんだろう? さっきの笑顔とからかう声音が頭の中でリフレインしている。
イケメンって狡いな、同性の俺までこんなにドキドキさせるなんて。
まだまだ頭は冴えていたけど、身体は限界だったみたいでうつらうつら目蓋が下がり始める。
今日はとっても濃い一日だったな、とにかく今は寝てしまおう。
後のことは、起きてから。
32
お気に入りに追加
554
あなたにおすすめの小説

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です
花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。
けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。
そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。
醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。
多分短い話になると思われます。
サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。


私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人
花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。
そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。
森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。
孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。
初投稿です。よろしくお願いします。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる