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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
11 作戦開始! 緊張するー
しおりを挟むもうそろそろ就寝時間という頃。
俺は今、水色でリボンのついた、ワンピースのようなローブを着せられ、後ろ手に縛られている。縛られたロープの先はヘルの手の中だ。
そう、俺が絶対着ないと誓った、メイヴィルさんが買ってきたヒラヒラの服だ。
なぜそれを着ているのかって? もちろんそうする理由があるからだ。
時々ヘルに小突かれながら、前へ前へと歩かされる。
変なプレイじゃないよ! これは領主の館に忍び込む為の作戦なんだ。
同じく後ろ手に縛られたメイヴィルさん……メレもヘルに小突かれている。心なしか、俺より容赦なく押されているような。
そうそう、ヘルだけずるいじゃない、アタシもメレって呼んで? とのことなので、メレと呼ばせてもらうことにした。
ヘルがそれを聞いて少し驚いた顔をしてたけど、なんだったんだろう?
質問してる場合じゃなかったから、流しちゃったけども。
「痛い! 乱暴に扱わないで!」
「うるせぇ。とっとと歩きやがれ」
メレは素の二人のやりとりの時とと違って、ヘルに対して怯えた表情を見せながら、石畳をヨロヨロ歩いていく。
メレ、演技派だね。
あっメレが躓きそうになった! 眼鏡がないから夜道が見えないんだ、ヘル、あんまり押さないであげてよ。
ちなみに俺は割と本気で緊張してるし怖がってるよ。慣れない服を着ているし、小突かれるとコケないかってヒヤヒヤしちゃうし。
「おーい! 門番! 手配書のヤツと、もう一つオマケの手土産を持ってきたぜ、そこを開けろ!」
ヘルはガラ悪く門番を怒鳴りつける。眠そうに船を漕いでいた門番は、飛び起きて俺達を二度見した。そして俺の顔に視線が固定される。
「やや!? これは……もしや本物の? いや、まずは名を名乗ってもらおうか」
「おい、言うなよ」
ヘルの囁きを耳に受けて、喉元まで出かかった声をグッと飲み込む。門番は俺を見つめて脂下がりながら身を乗り出した。
「んんー? 緊張しているのかね? しかしこれ程の美人だし人相も当てはまるし、探し人本人の可能性が高そうだなあ」
「領主に会わせればわかるだろ。俺は金をもらうまでこいつらを離さねえぞ」
「ううむ、致し方ない。こんな時間だが、領主様は見つかればすぐに知らせろと言っておったしな。お前も中に入れ。領主様に直接御目通りするがよい」
門番はアッサリと門を開けてくれた。通る間際、メレをジロジロと穴が空くほど見つめる。
「おいそこの、そっちの美人を俺に譲らんか? 金は弾むぞ」
「領主の方が金払いがいいに決まってんだろ。テメェには売らねーよ」
すれ違い様チッと舌打ちが聞こえたが、ヘルは顔色一つ変えず通り過ぎた。メレと俺も急き立てられながら屋敷へと歩いていく。
メレが怯えた表情を作ったまま、興奮した様子で俺に小声で耳打ちする。
「ちょっとスバルちゃん、今の聞いた? アタシの変装ってば完璧じゃない!?」
「うん、メレの元の姿に感づいてないっぽかったね」
「そうよね!? うふふ、快感だわぁ~。っと、スバルちゃん、変装中はメレじゃないのよ、メイちゃんって呼んで?」
「お前ら、静かにしろ」
ヘルがドスの効いた声で、主にメレに視線を固定しながら言い捨てた。はい、黙ります。
客間に通されて待つこと数分。でっぷりとした身体を揺らしながら、領主が現れた。
夜遅い時間にも関わらず、金ピカなよそ行きの服を着ている。わざわざ着替えて来たのかな。
「おお、スバル! スバルではないか!! 探したぞ、どこも汚されてはいないだろうな?」
領主はジロリとヘルを睨めつける。ヘルは片手を腰に当ててぶっきらぼうに言い放った。
「何もしてねえ。見つけた時にも傷一つ無かったぜ。俺は金が欲しいんだ、傷物になんてするかよ」
ハッと吐き捨てるようにヘルが告げると、領主は汚いモノを見たかのように嫌そうに顔を歪めた。
「お前のような隻眼の醜男を、スバルが相手にするわけなかろう。まあ、何もしていないかどうかはこれからじっくり確かめさせてもらうとしよう」
領主はねっとりと熱の籠もった流し目を寄越した。うえぇ、気持ち悪いのでやめて下さい本当に。
「ついでにこいつもやるから金を弾んでくれよ、スバルと一緒に隠れていたのを引っ捕まえてきた」
俺の隣で震えている (フリをしている)メレを、眺める領主。
「ほう、ちとワシの好みより背が育ちすぎておるが、中々の美人だな。いいだろう。金五十でどうだ?」
「五十か、足りねーな」
「では六十でどうだ」
「そーだな、六十五で」
「業突く張りな男だな」
「こんなチャンス滅多にねぇからな。領主様なら払えんだろ?」
居丈高な態度のヘルに対して、領主は見たくないとでも言うかのように手で払った。
「ああ、わかったからお前は早く私の視界から去るがいい。見るに耐えん」
俺からしたら領主の方がよっぽど見るに耐えない顔なんだけどなー。……ブーメランだから、これ以上顔に言及するのはやめておこう。
領主は屋敷の使用人に俺とメレの分の金貨を持ってこさせて、袋に詰めて投げ渡す。
なんなく空中で袋を受け取ったヘルは金貨を数えて、納得するとロープから手を離した。
「確かに頂いたぜ」
悠然と去っていく背中。バタンと背後で扉が閉まると、領主は俺をガバリと抱きしめた。
「おおお、スバルー! 会いたかったぞ!! ワシがいなくてさぞ寂しかっただろう、もう何も心配することはないからな!」
「うぐっ、領主様、縄が食い込んで痛いです」
「ああ、待っておれ、すぐ解いてやろう」
領主はもたもたと時間をかけつつやっと縄を解いてくれた。俺は領主にお礼を言いつつ、さりげなくメレの縄を解く。
「領主様! アタシ、メイって言います! さっきの眼帯のブッサイクな人、すっごく乱暴者で無愛想で皮肉屋で怖かったんですぅ、助けてくれてありがとうございます~!」
乱暴者で無愛想で皮肉屋、のくだりにやたらアクセントを置きながら、メレは両手を胸の前で組む。
実はメレ、ヘルに対して大分怒ってるね? 散々容赦なく無駄に突かれてたもんね、気持ちはわかるよ。
メレはさりげなく俺と領主を引き離すように動いて間に入り、領主の手を取って感激した様子でまくし立てる。
領主はデレデレと笑み崩れながらその手を撫でさすった。
「うむ、よいよい。お前もワシの庇護下に置いてやろう、何も心配することはないぞ」
ふかふかに膨らませたパン製の偽肉は、メレの手袋越しに撫でられても気づかれなかったようだ。
「さあスバル、お前の為に寝所を整えてあるぞ! 案内しよう。メイにもすぐに部屋を用意させるからな」
「それなんですけど、領主様、もしよかったら食べ物を恵んでくれませんか? 俺達、昨日からずっと食べてなくて、空腹で眠れそうにないんです」
俺が困った様子でデタラメを言うと、領主はコロッと騙されてくれた。
「おお、それはいかん。すぐにつまめる物を用意させよう」
「あと、お部屋って別々になりますか? 俺、メレ…メイには随分励まされて、拐われた先から逃げ出した時にも勇気づけてくれたから、怖くてもなんとか頑張って来れたんです。今日だけでいいので、一緒の部屋で寝てもいいですか?」
領主はゲジ眉を寄せて困った顔をした。両眉がくっつきそうだ。
「うーん、しかしな、ワシはすぐにでもスバルに何もなかったか確かめたいのだが」
「お願い、領主様! お願い叶えてくれたら、メイなんでもします!」
「なんでも、とな? ううむ……一晩に二人か、まあそれも悪くない」
下衆な脳内妄想を垂れ流しながら領主は唸り、ポンと手を打った。
「うむ、では同じ部屋に案内しよう。あそこなら三人一緒に眠れるしな」
領主はデレデレと鼻の下を伸ばしながらニヤリと笑った。
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