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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
8 魔力のことがちょっとわかった
しおりを挟むみんなの会話から、なんとなく魔力のことがわかってきた。
魔力を持ってる人は使いこなす為に訓練するけど、視力が落ちると魔力が見えなくなっちゃって、力の源は残ってても能力として使えなくなっちゃうってことらしいね。
そして、魔力が使えない人のことを才無しと呼ぶんだ。
メイヴィルさんとマシューくんは魔法を使ったことがあるけど、途中で視力が落ちちゃったから今は使えない。
クロノスさんは小さい頃から視力が落ちてて、魔法を使ったことがないってことだね。
それでヘルムートさんは、見えるけど使えないって言ってたな。上手く制御できなくて、さっきのマシューくんみたいに暴発しちゃうってことだろうか。
「スバルちゃん、そろそろ眠いのかしら? 上に戻る?」
「ううん、大丈夫だよ! みんなの話聞いてるの面白いし、まだ眠くないんだ」
おっと、考え事してたら気を遣わせちゃったよ。首を横に振って、ありがとうの気持ちを込めてにこりと笑った。
そんな俺のことを、メイヴィルさんはマジマジと見つめてくる。
「アタシ、スバルと会って美人のイメージが変わったかも。こんな飾らない感じのいいコもいるのね」
それこの前も言ってたけど、一般的な美人さんは一体どれ程性格がひん曲がっているのだろう。俺は至って普通にしてるつもりなんだけどな。
メイヴィルさんを見つめ返していると、またチョコレート色の瞳の中に光がゆらりと踊っているのが見えた。赤く燻るような、熾火のような光だ。
「メイヴィルさんの属性って、火だったの?」
俺が尋ねると彼はパチパチと瞬きして、頬杖をついて面白そうに笑った。
「正解よ。どうしてわかったの?」
「だって目の中に、火が燃えているのが見えたから……」
メイヴィルさんは大きく目を見張り、ついで明るい調子でいたずらっぽく笑った。
「あはっ、なあにそれ? アタシの胸の内に秘めている、熱い思いがバレちゃったのかしら?」
「え? 熱い思いって……」
「それはもちろん、スバルちゃんへのア・イ」
「メイヴィル」
すかさずクロノスさんのツッコミが入り、メイヴィルさんは肩を竦める。
「冗談よ。嫉妬深いオトコは嫌われるわよ?」
「思ってもいないことを白々しく言わないで頂きたいものですね」
「あら、思ってもみないことですって? アタシ、スバルちゃんのことは好きよ? 美人にしては見所があるじゃないの」
だからさっきから美人のイメージ悪すぎだよね? なにか美人にトラウマでもあるのだろうか?
……あれ、おかしいな? 目の中の光の話をはぐらかされたというか、上手く伝わってないというか。
「ねえ、聞いてくれる?アタシね、この大捕物が片付いたら、新天地を探してお店を持ちたいの! アタシの作った服や雑貨、それに眼鏡なんかを置くのよ」
メイヴィルさんはニコニコと機嫌よく微笑みながら目を輝かせる。
「特に眼鏡はね、ダッサイのしかないんだもの。例えブスで才無しだって、オシャレを楽しんでもいいじゃない。ねえ? そういう人が気兼ねなく寄れるお店を作りたいのよ」
夢見るように両手を組んで語るメイヴィルさんは、普段に増して美しく見えた。
「どうでしょうね。そもそも目立ちたくないと考える人口の方が多いように思いますが」
「ええー、そうかしら? でもアタシと同じ考えの人だって絶対にいると思うわ」
「例えいたとしても、商売として成り立つかは話が別です」
夢を語るメイヴィルさんに対して、クロノスさんはそっけない。素知らぬ顔で洗った皿を拭いている。
「もー、クロちゃんはお堅いわねえ。スバルちゃんはどーお? いいと思わない?」
俺自身はオシャレしたくないけど、大学では例え太ってても、イケメンや美人じゃなくてもファッションを楽しんで、明るく振る舞う人だっていたのを思い出す。
「いいんじゃないかな? 俺はアリだと思うよ。そういうお店を求めてる人だっているよ、きっと」
「やっだ、スバルちゃんってば話がわかるコねっ! お兄さんが撫でてあげる!」
メイヴィルさんの手が届く前にクロノスさんは、俺とメイヴィルさんの間にお皿を割り込ませた。
「……アンタさっきから大人気ないわね」
「恐れ入ります」
「全然謝る気ないわよね。まあいいけど」
興が削がれたらしいメイヴィルさんは、少しの間無言でグラスを傾けた。
映画のワンシーンでも見ているかのようで、西洋人のような彫りの深い顔立ちに見惚れてしまう。
じっと見入っていると、メイヴィルさんは視線を寄越した。
「なぁに?」
「その、メイヴィルさんの顔立ちが素敵だなあと思って見てました」
「……この酷薄そうな唇が? ぎょろりと魚みたいに大きく皺の寄った目に、つり上がるようにとんがった鼻が?」
急にトーンを落とした陰鬱な声。俺は焦って否定する。
「その、俺には素敵に見えるんだ! メイヴィルさんは自分の見た目が嫌いなのかもしれないけど、俺にはとっても綺麗に見えるよ! 本当に!!」
長い桃色睫毛の奥の瞳が戸惑いに揺らめく。少し顔を伏せて、次に顔を上げた時にはもう元の色に戻っていた。
「……ありがとね。さーて、アタシは一仕事してくるから、スバルちゃんはそろそろお休みなさいな。クロちゃん、スバルちゃんをよろしくね」
「ええ、言われずとも」
メイヴィルさんはグラスをクロノスさんに手渡すと、ブルーリーさんのところへ混じっていった。
残された俺は、クロノスさんが拭いたお皿を食器棚へ戻す手伝いをして、二人で二階に引き上げた。
さっきのメイヴィルさんの言葉を胸の中で反芻する。
メイヴィルさん達を綺麗だって思うのは、この世界ではやっぱりおかしなことなんだろうな。
信じてもらえないのも無理はないのかも。
「スバル、慣れないことばかりで疲れたのではありませんか? もう寝ましょう」
「そういう訳じゃないんだけど……メイヴィルさんのこと傷つけちゃったかなあって、それが気になってるんだ」
リビングで立ち止まったクロノスさんは俺の方を振り返る。
薄暗い室内に月明かりが差し込み、クロノスさんの輪郭を照らす。
この人には夜の静かな月の光がとっても似合うな、と感心しながら見つめてしまった。
薄く形のいい唇が、クスリと微笑する。
「気にすることはありません。外見に対するコンプレックスは人一倍強いようですが、その分褒められたら嬉しいはずですから。動揺しただけですよ、きっと」
「そうかな?」
「ええ、私はそう思います」
クロノスさんの落ち着いた声音で諭されると、本当にそんな風に思えて心のざわざわが落ち着いてきた。
「スバルは、メイヴィルのような顔立ちを好ましいと思うのでしょうか?」
「うん。メイヴィルさんはすごくかっこよく見える。ヘルムートさんもとても綺麗な顔立ちをしてるよね。それに、クロノスさんもだよ! めちゃくちゃ美形だよね!」
「それは……恐れ入ります」
クロノスさんも困惑気味に視線を逸らす。ああ、やっぱり俺の言ったことで困らせちゃったんだ。
「ごめん、変だよね。もう言わないようにするから」
「いえ、スバルの素直さは美点です。少なくとも私の前では、偽らずにいて下さい」
少し間を置いて、クロノスさんは躊躇いがちに疑問を口にした。
「……私の顔立ちも、貴方にとっては魅力的に映るのでしょうか」
俺はクロノスさんを見つめる。
高貴さを感じさせる銀の鏡のような瞳、ベルベットのような艶やかな紅い髪、アーモンド型の二重瞼の瞳が完璧な左右対称の位置に配置されている。
俺はこんなに美しい人を、この世界に来るまでに見たことがない。
美しい芸術品に高揚する気分で頬を染めながら、俺は答えた。
「うん。すごく素敵に見えるよ」
俺の言葉を受けて、クロノスさんははにかむように微笑んだ。
「光栄です。スバルにそう言ってもらえるなら、この容姿に生まれてきてよかったと思えます」
大袈裟だなあと思ったけど、とても嬉しそうで綺麗な笑顔だったので、俺もつられて一緒になって笑った。
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