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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
7 レジスタンス活動とちょっとした事件
しおりを挟むヘルムートさんはテキパキと動いて次々と料理を完成させた。俺はそれを厨房からテーブルに運ぶ役を買って出る。
ヘルムートさんはさっきまでの挙動不審が嘘のように料理に集中している。
おかげで俺も変に緊張せずに運ぶことに集中できた。
「はい、どうぞ」
「おう、悪いな」
ブルーリーさんや他の仲間の人に料理を渡すと、頬を赤らめる人、じっと凝視してくる人、やたらと慌てる人なんかがいた。や、やめてよ、俺まで緊張しちゃう……
「スバルもなんか食えよ。ヘル、とっておきを作ってやればいいんじゃないか?」
「うっせえ、俺に指図すんじゃねえ!」
ヘルムートさんはカリカリしながらも大きな鍋を豪快にかき混ぜ、やがて出来た料理を皿に盛って俺に差しだした。
「ほらよ」
「あ、ありがとう!」
目を逸らしながらつっけんどんに差し出され、慌てて受け取る。ほかほかのスープをスプーンで掬って一口食べてみる。
ちょっとしょっぱくて、時々野菜に焦げ目がついていたりするけれど、家庭の味のようなほっとするようなスープだった。
「なあ、美味いか?」
「うん、ほっとする味で、俺は好きだよ」
ヘルムートさんがそわそわしながら聞いてくるので笑顔で答えると、口の端をムズムズさせながら、好きか、そうか、好きなのか……と呟いている。
す、スープの味の話だからね!?
「まだまだね。やっぱりヘル、アンタクロちゃんに料理習いなさいよ」
「あぁ? あのいけ好かない野郎にか? 絶対に嫌だ」
メイヴィルさんの提案に、ヘルムートさんは嫌そうに顔を歪めた。
「炒める時に火の通りを均一にするとより味が安定しますよ」
「知らねーよ、文句があるなら食うな!」
「文句ではなくアドバイスです」
ヘルムートさんが吠えるように叫ぶも、クロノスさんは涼しい顔をしている。クロノスさん、大人だね。
あっという間に食事を終えた青嵐の導きのみんなは、活発に議論を繰り広げていた。
屋敷の見取り図を広げるグループ、警備について話し合うグループなんかを見ていると、ここはレジスタンス組織なんだなっていう実感が湧いてくる。
「作戦は三日後に決行する。突入と同時に一班は領主の身柄確保の増援、二班は回収しきれていない証拠品の受取、三班は撹乱及びもしもの時の退路の確保だ。続いて、特別班と待機班の動きだが……」
ブルーリーさんを中心に質問や確認を行う声が飛び交う中、少し離れたテーブルが何やら騒がしくなった。
「やっぱり僕には無理だよぉ! どうせ才無しの愚図なんだ、魔力が使えないのにどうやって警備を突破できるって言うんだ!!」
嘆きの声の主は、瓶底眼鏡のマシューくんだった。わっと机に突っ伏して泣き始めるのを、隣の青髪の若い男の人がなだめている。
「んなもん無くてもできるようにボスが考えてくれてんじゃんよ、お前は大袈裟なんだよ」
「最初から持ってない人には僕の心細さなんてわからないんだっ! スティーブは体がしっかりしてるから肉体労働できるけど、僕は違うもん!」
「じゃあ参加すんの止めれば? 帰って家でピーピー泣いてろや」
「それは嫌だー!」
連れの若い男の人、スティーブくんは心の底から吐きだすようなため息を吐いた。
才無しとか魔力とか、気になってた単語が飛び交っているので、もっと聞きたいと思って声に集中する。
「あんなあ、一回参加するって決めたんならグダグダ言わずにやり抜け。どうせお前の魔力なんて大したことなかったろ」
「そうだけど……そうだけどさぁ! くっそぅ、魔力さえ見えれば…!」
くすんだ茶髪をぐしゃぐしゃにしながら悔しがるマシューくんの金色の目に、チラチラと赤い光が瞬いた。
だんだんと煌めきを増す光はろうそくの火のように揺らめいて、机の上にも輝きが移っていく。
な、何あれ?? 身を乗り出すようにして見ていると、いつの間にか側にいたヘルムートさんが俺の視線の先を追いかけて、ハッと顔を強張らせた。
「マシュー、止めろ!」
「えっ」
マシューくんの目の光は不安定に揺らめき、机の上に灯った光はパッと火花を発した。その火花は紙の上に燃え移り、みるみるうちに端から燃え広がる。
「うわぁ!」
「何やってんだこの馬鹿!」
スティーブくんが近くのコップの水を紙にブチまけて火消しした。
ヘルムートさんはズンズン歩いて行って、マシューくんの頭に拳骨を落とす。
「ったぁー! 痛いよ!!」
「痛くしたんだ、お前は口で言っても覚えてられねぇようだからな」
腕を組んでマシューくんを見下ろすヘルムートさん。
「あれ程魔力を出すなって言っただろ。もうお前には見えねぇんだから制御も無理だ」
マシューくんは悔しそうにヘルムートさんに抗議する。
「そんなの、頑張って感覚とか第六感とか掴んだら多分きっとできるように」
「ならねえよ。俺みたいに半分見えてても使い物になんねえんだ。諦めろ」
「でも……!」
「ただでさえ偏見の強い才無しの立場を、これ以上悪くするような真似は止めろ」
マシューくんは弾かれるように言葉を返す。
「外では練習しようなんて思わないよ!」
「ここでもすんな。迷惑だ」
マシューくんはグッと唇を噛んで押し黙る。スティーブくんは厳しい顔をしたヘルムートさんに向かって、軽く頭を下げた。
「騒いですんません」
「全くだ。ちゃんと躾けとけ」
一連の流れの後ヘルムートさんがカウンターの方へ戻ってくる。
俺の顔を見るなり引き締まった顔は崩れて、バツが悪そうにそそくさとキッチンの奥へ潜って行った。
え、そんな逃げるように去らなくてもいいのに。
「全くもう……スバルちゃん、びっくりしちゃったわよね?」
メイヴィルさんがお酒を用意しながら隣のイスに腰掛け、説明をしてくれた。
クロノスさんは無言で暖かいハーブティーを用意して俺に差し出してくれる。
さすができる執事ですね。お礼を言って受け取った。
「うちは魔力を使えるようになってから視力を落としたコが多くいるから、時々こういうことが起こっちゃうのよ」
透き通ったブルーのカクテルを半分くらい飲み干して、話を続けた。
「才無しブスの吹き溜まり、なんて呼ばれてるのよ、このバー。嫌になっちゃう。ま、そのお陰で隠れるにはもってこいなんだけどね。一見さんも客の眼鏡とアタシ達の容姿を見てギョッとして出ていくし」
指先まで芯の通った品のある動作で杯を傾け飲み干し、次のドリンクを作り始めるメイヴィルさん。明るいグリーンのそれにまた口をつけた。
「この国は特に外見・血統至上主義が強いでしょ? 顔の美醜でもとやかく言われる上に、更に眼鏡なんてつけてるから余計よね。才無しブスとか平民からも蔑まれるのよ! ホントやってらんないわよねぇ!!」
ダン! と華奢なグラスを勢いよくカウンターに叩きつけると、またも空になっていたグラスに今度はどぎついパッションピンクのカクテルを注ぎ始める。
あの、飲むペース早くない? 全然顔色は変わらないけど、こんなにハイペースで飲んで潰れたりしないのかな?
「メイヴィルさん、酔ってる? 大丈夫?」
「あらぁ、酔ってないわよー? うふふ、アタシの心配してくれてるの? スバルちゃんは優しいコねぇ」
頭を引き寄せられて胸元にぎゅっと抱きこまれた。そこまで黙って見ていたクロノスさんが、強めの力でメイヴィルさんの腕を俺から引き剥がす。
「メイヴィル、近すぎます。少し離れて下さい」
「ヤダ、クロちゃんヤキモチ焼いちゃったの? ハイハイ、わかったわよ、これでいいんでしょ?」
メイヴィルさんはパッと手を離して俺を解放する。
抱き込まれた時に花のような、フワリと心が安らぐようないい匂いがした。オシャレな人は匂いまで素敵なんだね。
「ま、そんな訳なのよ。アタシももう一度魔法が使えたらって思う時もあるけど、まあ無理な話よね。結構強かったんだけどね、魔力。もう見えないわ」
クロノスさんがメイヴィルさんのグラスに透明な液体を注ぎながら、話に混じってくる。
「どのように見えるのですか? 私はまだ幼い頃に視力を落としてしまったので、魔視訓練を受けていないのです」
「人によって色々よ。でもまあ、属性によって特徴があるわね。煌めきだったり、眩い光だったり、炎のような揺らめきだったり。魔法発動の直前に、出現場所がパッと光って見えるの」
メイヴィルさんは過去の栄光を思い出すように語った。店の薄暗い照明では、瞳の奥が沈んだ色をしているかどうかは読み取れなかった。
グラスに口をつけたメイヴィルさんは訝しげに首を傾げて、クロノスさんを半眼で見やった。
「ちょっとアンタ、これただの水じゃない」
「これ以上酔うと明日に差し支えますよ」
「だから、これっぽっちじゃアタシは酔わないわよ! ていうか人のこと構ってないでアンタも飲みなさいよね」
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「飲酒すると思考能力が低下するので、私は飲まないと決めています」
「つまんないオトコねぇ。……今さりげなくアタシが馬鹿になってるって言ってるように聞こえたんだけど?」
「そんな、滅相もない」
クロノスさんの完璧な笑みとメイヴィルさんのわざとらしい笑みに挟まれながら、俺は小さくなってハーブティーをちびちび飲み続けた。うん、美味しい。
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