【全57話完結】美醜反転世界では俺は超絶美人だそうです

兎騎かなで

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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き

5 意外な再会

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 肩を優しく揺さぶられて、段々意識が覚醒していく。

「……バル……、スバルちゃん。起きて? もうお昼よ」

 言葉をハッキリと理解した瞬間、パチリと目がさめる。お昼だって?

 早寝早起きが標準装備の俺は、昼頃まで寝過ごしたことなんて数える程しかない。
 昨日は初めての経験尽くしで、よっぽど疲れてたんだなあ。

「ごめん、寝すぎちゃった」
「問題ないわ。でもこれ以上寝ると、今晩寝られなくなるから起きましょうね」

 促されて体を起こすと、何やら楽しそうなメイヴィルさんが、手に大きな手提げ袋を持っていた。

「見て、スバルちゃんが寝てる間に服を買ってきたの!」
「ええっ? そんな、悪いです」

 匿ってもらった上に服も買ってもられるなんて、甘えすぎだよね。焦って無意味に手を振るが、メイヴィルさんは首を降った。

「いいのいいの、遠慮しないで? アンタに着てみてほしくて買ったんだから」

 俺の前に袋をドサドサと置くメイヴィルさん。四袋もある。こ、こんなに大量に買って来たんですか??

「敬語もいらないわよ。クロちゃんに話しかける時みたいに気軽に接してくれた方が、アタシも嬉しいわ」

 そう告げて目を細めて笑うメイヴィルさん。桃色の睫毛が頬に影を落としている。陽の光の中で見ても、変わらず美麗でかっこいい。

「えっと、それじゃ普通に話すよ。どんな服を買ってくれたんだろ?」
「これよ! どうかしら? スバルちゃんにとぉっても似合いそうだと思ったの!」

 メイヴィルさんが取り出したのは薄い黄色のシャツ、濃いオレンジのベストとエメラルドグリーンのパンツだった。

 いやいやいや。こんな南国の鳥みたいなトロピカルな色は、ブサイクには着こなせません。
 あ、そうか俺は美人なんだっけ、だったらアリなのか?

 手にとってみると、俺の普段着ている服より細身なことがわかった。これ着たら体のラインがハッキリ出ちゃうよ。デブにこれは辛い。

「あー、他のやつは……?」
「好みじゃなかったかしら? こっちは気に入ってもらえたらいいけど」

 今度の服は水色だった。これならまだ着れると肩を撫で下ろしたのもつかの間、服の形が問題だった。

 一枚布でできていて、足首まであり、足の間に分かれ目がない。つまり、ロングワンピースだ。更に胸元にリボンまでくっついている。
 見ようによってはローブとも言えるかもしれないが、ちょっとこれも俺にはハードルが高すぎる。

「他のも見ていい?」

 赤いVネックのワンピース、紫のピッタリスーツ、黄緑色の細身のパンツ、果ては金色のピタTシャツまで……ピチピチかヒラヒラの二択しかなかった。そして色が派手だ。

 普段黒とグレーと紺をローテーションで着て目立たない様に過ごしている俺には、こんな華やかな色を着こなす自信なんてこれっぽっちもなかった。

「せっかく買って来てくれたんだけど、俺、今の服でいいや…」

 メイヴィルさんはキュッと眉を寄せて困り顔になる。ううっ、困らせちゃってすいません……っ!

「フォーマルからカジュアル、清楚系から夜華系まで取り揃えて流行も考慮したんだけど、スバルちゃんのお眼鏡に叶わないなんて残念だわ。もっとオシャレの研究しなくちゃね」

 うわああ、すみませんー!! メイヴィルさんのせいじゃないんです! ちょっと俺にはハードルが高すぎるだけで!!

「いえ、メイヴィルさんのセンスが問題なんじゃなくて、ただ俺はもっと地味なので十分っていうか……この辺ではこういう服が主流なのかな!?」
「そうねー、やっぱりせっかく美人なんだから、その魅力を最大限に引き出すものを着てもらいたいじゃない?」

 マジか、この世界の美人ってこういうのを着るのが普通なんだ?
 無理。絶対着れない。恥ずかしすぎる。

 チラリとメイヴィルさんを盗み見る。今日は薄い黄色の襟袖がふんわりとしたトップスに、ベージュのパンツを合わせていた。

 うん、やっぱりイケメンが着るとなんでも似合うんだよね。
 男っぽい顔だけど、綺麗だからオシャレ着を着てても違和感がない。

「……クロノスさんみたいな程よいフィット感のスーツとか、俺の今着てる服みたいのってないの?」
「んー、そういうのはー、ちょっとぉー、スバルちゃんには似合わないんじゃあないかしらー?」

 あからさまに視線を逸らすメイヴィルさん。
 あるんだ……俺に着てほしいから買ってきたっていうのは本当だったんだね。自分の趣味にまっすぐすぎて、いっそ清々しい。

「ん?」

 袋の底にもう一つ服が入っていた。殆ど黒に近い緑色の、だぼっとした感じのツナギだ。これなら恥ずかしくなさそう!

「メイヴィルさん! これ、着てもいい!? 普段着として変じゃないかな?」
「えっ、それは念のため入れておいた作業着なんだけど……特におかしいってことはないけど、それだとスバルちゃんのむちむちな太もものラインも、可憐さを引き立たせるリボンも、何もないわよ!?」
「いいよそれで! これがいい!!」

 下着や靴下も渡されて着替え終えて、やっと部屋から出られた。
 ああ、この適度にダボっとした感じ、とっても落ち着くよ。

 リビングに移動すると、クロノスさんが白シャツと灰色のパンツを着て、その上にピンクのエプロンをつけて料理をしていた。

「おはようございますスバル。疲れは残っていませんか?」
「おはようクロノスさん。俺元気だよ!」
「それはよかった」

 クロノスさんは静かに笑った。ああ、今日もとっても麗しいです。

 ピンクのエプロンなんてつけてるのにかっこよさがハンパない。美形は何着ても似合うよね。

「そのエプロン、アタシが作ったの。どう? 使いやすいかしら」
「至って普通のエプロンですね、可も不可もありません。強いて言うなら、もう少し落ち着いた色の方が汚れが目立たなくていいかと」
「あっそう」

 メイヴィルさんが作ったんだ! 器用だね、裁縫が得意なのかな?

「さあスバル、出来ましたよ」

 コト、とテーブルの上に置かれたのは、ふわっふわのオムレツ。新鮮な野菜サラダ、透き通ったキツネ色のスープ。それから楕円形のハードパンだった。すごい、美味しそう!

「わあっ、頂きまーす!」

 オムレツにフォークを入れると、半熟の中身がトロッと出てくる。口の中でふわっと解けてものすごく美味しい!

 夢中で食事をして、クロノスさん達よりたくさん食べてしまった。

「お口に合いましたか?」
「うん!すっごく美味しかった! クロノスさんって料理上手なんだね」

 俺が褒めると、クロノスさんははにかむように目を伏せて、恐縮です、と小さな声で言った。

「本当、執事にしておくのが惜しい腕よね~。アンタここにいる間、ヘルに料理を教えてあげて。アイツ大雑把だから、どうにも味にムラがあるのよ」

 やっぱりクロノスさんって執事だったんだ!
 クロノスさんの冷静沈着で気品のある雰囲気が、すごく執事って職業にしっくりくるね。

 クロノスさんはふう、と息を吐いて紅い髪のかぶりを振った。

「執事とは名ばかりの雑用係でしたよ。最も、それも今頃免職され、反逆者扱いとなっているでしょう」
「あはは、そうね! いいじゃない、どうせあの領主はあと数日で失脚するわ。アタシ達、『青嵐の導き』の手によってね!」
「青嵐の導き?」
「ああ、そうね。まだ事情を説明していなかったわ」

 メイヴィルさんはおもむろに腕を組んで、話を切り出した。

「アタシ達、レジスタンス組織の一員なの」

 チョコレート色の目の中に、赤がちらりと光る。真面目な顔をすると殊更男らしい魅力が際立つので、同性だけどドキッとしてしまった。

「ボスはブルーリーってヤツで、正義感の強い野心家。アタシ達の目的は、悪の領主を告発すること。夜な夜な領内の美人を攫っては手籠めにし、帳簿を改竄して不正に儲け、自分に都合の悪い領民を処刑する領主を捕らえて、証拠を揃えて王に突き出してやろうって計画してるの!」

 な、なんだってー!? あのイシュヴァーって領主、そんなに悪いやつだったんだ!

「私達の活動に、スバルを巻き込んでしまって申し訳ありません」

 クロノスさんはわざわざ席から立ち上がって頭を下げる。そ、そんな丁寧な謝罪なんていいよ!?
 慌てて頭を上げさせた。

「既に作戦決行のための手筈は整っています。後は同志と共に証拠を持ち帰り、領主の身柄を拘束するだけです、そこまで時間はかからないでしょう。それまではご不便をおかけしますが、町を出歩かないようにお願いしたいのです」

 クロノスさんは真面目な顔で切々と状況を説明する。メイヴィルさんも頷きながら彼の意見に同意した。

「スバルちゃんすっごい美人だから、絶対探されてるわ。捕まったら突入した時に危ないから、ここで大人しくしてましょうね。大丈夫、欲しい物があれば買ってきてあげるわよ」

 そ、そんな大事おおごとの渦中にいたなんて知らなかった。
 あのまま屋敷に足止めされてたら、武器を持った人が押し寄せて来ていたんだね。

 つくづくクロノスさんがいてくれてよかった。きっと俺一人だったら、そのうち目をつけられて屋敷に連行されてただろう。

「くふっ、うふふあはははっ! あの外見至上主義者が、よりにもよって見下してる見た目の、しかも才無し相手から反撃されて地面に這い蹲るのよ!? 楽しみだわぁ~!」

 メイヴィルさん、めちゃくちゃ楽しそうだね。ちょっと怖いくらい。
 見下してる見た目ってつまり、俺がすごい美人ってことはクロノスさんやメイヴィルさんはすごいブサイクってことになるんだよね? なんか変な感じ。

 そっちはまだなんとなくわかるけど、才無しってなんなんだろう?
 昨日視力がどうとか言ってたし、視力によって変わる才能なのかな?

 平民には関係なくて、視力で変わる才能……? ちょっと想像つかないや。

「メイヴィル、笑いすぎです」
「あははっ、ふう~、あー、楽しみ。さて、スバルちゃん。軽く建物の中を案内するわね。もう一人同居人がいるから、そいつも紹介するわ」
「同居人?」
「ヘルムートって名前よ。気難しいヤツだから、無理に仲良くしないでいいわ。悪いヤツじゃないんだけどね、こう、思ってることと反対のことを言っちゃったり、言葉の代わりに手が出るのよ。悪いヤツじゃないんだけど」

 それは、仲良くなるのにハードルが高そうな人だなあ。少なくとも数日は同じ家に住むことになるんだから、話くらいできるといいけど。

「こっちよ。仕込みはアイツの仕事だから、キッチンにいるわ」

 促されてクロノスさんも一緒に階下に降りる。降りた場所には外に出る階段があり、反対側に厨房がある。
 厨房の奥がチラッと見えたけど、テーブルがいくつも置いてあった。ここは酒場兼レストランなんだね。

 厨房では白銀色の髪の男の人が背を向けて、包丁で何かを刻んでいるところだった。うわ、またしても背が高いな。クロノスさんより身長あるかも。

「ヘルー、ちょっと訳あってウチに匿うことになった子がいるのよ、紹介するわぁ」

 メイヴィルさんが背中に向かって声をかけると、銀髪の人は包丁を持ったまま振り向き、メイヴィルさんを睨みつけた。

「ああん? 今集中してぇんだ、後にしろよ」
「どうせ集中したところでアンタの腕なんて高が知れてるでしょ、そんな変わんないわよ」
「んだとお!?」

 ヘルムートさんが腕を振り上げる。うわわっ、包丁! 包丁振り回さないで!!

「俺の邪魔をするヤツはどこのどいつ……だ……?」

 そこで、銀色の髪の人と目があった。ただし片目だけ。明るい海のようなオーシャンブルーの瞳で、もう片方は眼帯をしていた。……って、この人!!

「ああああぁ! テメェ昨日の!!」
「うわあぁやっぱりーー!!」

 昨日路地裏で会った超怖いイケメンの人だー!!!

「お前ええぇ!!!」
「ひいいぃごめんなさい作業の邪魔してすいません俺が悪かったですううぅ!!」

 ヘルムートさんは近づいてきて、ガッと俺の両手を掴む。

「名前は!?」
「すすす昴ですうぅー!」
「スバル!!」
「はいいぃ!」

 ヘルムートさんはグイッと顔を接近させる。目つきが! 目つきが怖い!! 人殺してそう! 殺さないで!! 助けて!!!
 
「俺とつきあってくれ!!!」
「は、ハイイィー!?」
「なっ」
「えええぇ、ヘル!? どうしちゃったのー!?」

 四者四様の叫びが店中に響き渡った。
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