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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
4 やっぱり俺は美人だそうです
しおりを挟む二階には机が一卓に椅子が四脚、座り心地のよさそうなソファもあった。木の椅子は素朴ながらも曲線が優美で、センスの良さとこだわりが感じられる。
「スバル、こちらへどうぞ」
「そんな、わざわざいいのに。ありがとう」
クロノスさんは椅子を引いてくれたので、恐縮しながら座る。
「ん? クロノスさんも座ってよ」
「いえ、私はここで十分ですので」
クロノスさんは斜め後ろに控えるように立っている。お、落ち着かない。
「そこに立ってられると気になっちゃうから、座りなよ!」
隣の椅子を引いて指し示してもためらっていたが、強く勧めると座ってくれた。ほっ。
「待たせたわね~。さ、どーぞ」
しばらくして美人なオカマさんがやってきて、にっこり笑って俺たちにお茶を出してくれた。
「頂きます。ヘルムートはどうされたので?」
「あっち。今頃夢の中でしょーよ。今日は人を探して町中走り回ったって言ってたから、ちょっとくらい煩くしても起きないわ」
オカマさんは奥に続く扉を指差した後、お茶を啜った。こ、小指立ってる。
けど、この人がやると似合うなあ。爪は少し長めに整えられていて、指も細長くて形がいい。
「で。説明してくれる? ああ、その前にアタシも自己紹介しとくわね」
オカマさんがしっかりと俺に視線を合わせる。よく見ると虹彩に赤が混じっていて、大変美麗だ。
「メイヴィルよ。ここのオーナーに頼まれて、今はアタシがこの店を切り盛りしているわ。よろしくね、お姫ちゃん」
ハートマークがつきそうな甘い声で、両手で頬杖をつきながら言われると、可愛い仕草なのにかっこよくて、心臓が高鳴ってしまいそうだ。
「あ、俺は田中昴です。昴って呼んで下さい」
「スバルちゃんね。不思議な響きだけど、呼びやすくていい名前だわ」
「そ、そうですかね? ありがとうございます……そんな風に言われたのは初めてですけど、その、嬉しいです」
照れて頭を掻くと、メイヴィルさんは両手を祈りの形に組んで目をキラキラさせた。
「やっだ、この子超可愛いじゃない。美人なんて外見至上主義の性格ブスばっかりって思ってたけど、世の中捨てたもんじゃないわね~」
うーん、やっぱりなんかおかしい。今の言い方だと俺が美人だって言ってるように聞こえる。
思い切って聞いてみようか。その、俺が美人に見えるかって……想像して止めた。
こんなゲジ眉で、瞼が肉に埋もれたタラコ唇の丸顔が発していいセリフじゃない。痛すぎる。
くねくねと体をくねらせ感動に浸っているメイヴィルさんを、クロノスさんは冷めた瞳で見つめていた。
「そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「そうだったわね。事情を聞きましょ」
切り替えたメイヴィルさんは至って真面目に話を聞いた。余談だけれど、話をしている二人は大変目の保養になった。
怪我した俺をクロノスさんが見つけて、屋敷で治療してたら領主様に見つかって、手籠めにされそうになったので逃げ出したってところまで、クロノスさんは端的に説明してくれた。
メイヴィルさんは話を聞き終わると眉を逆立てて憤る。
「あんの色ボケ領主、これで何人目よ!? 嫌がる人がいないっていうのがまたムカつくのよね~…アンタは嫌だったの?」
「嫌に決まってますよ、あんな気持ち悪い人!」
机を叩く勢いで宣言すると、メイヴィルさんに両手を繋がれてブンブン上下に振り回される。
「っスバルちゃん! アンタ見る目があるわ! そうよ!! あいつは所詮顔だけなのよ、わかってるわねぇ!」
「メイヴィル、スバルの手を離しましょうか。戸惑っていますよ」
「あら、ごめんなさいね、いきなり。驚かせたかしら」
「いえ、大丈夫です」
メイヴィルさんの触り方にはいやらしさがなく、あの領主様に触られた時と違ってちっとも嫌じゃなかった。
まあ、ちょっと勢いが激しくてびっくりはしたけど。
「そういう事情なら仕方ないわね。ほとぼりが冷めるまではここに隠れているといいわ」
「すみません、お世話になります」
「お家の人が心配するといけないし、居場所を明かさないって約束するなら手紙を書いてもいいわよ?」
メイヴィルさんは親切な提案をしてくれたけど、俺は首を横に振る。
「大丈夫です。家にはちょっと事情があって、帰れそうにないので」
クロノスさんが気遣わしげに俺に視線を落とす。ヘラリと誤魔化すように笑うと、そっと背中に手を添えられた。
慰めてくれてるのかな? 優しいなあ、クロノスさん。
メイヴィルさんは俺を気遣うように見やって、少し声のトーンを落とした。
「そう……もし話したくなったらいつでも聞くからね」
メイヴィルさんは俺から視線を逸らさずに、俺の頬に両手を添えて顔を上げさせた。かっこいい顔が目の前に迫って心臓の鼓動が早まる。
なに? 俺の顔に何かついてる? ドキドキしながらしばらく見つめあっていると、クロノスさんがわざとらしく咳払いをした。
「メイヴィル。もういいでしょう」
「ふふ、そうね」
メイヴィルさんはクロノスさんに向き直る。
「スバルちゃん、悪いコじゃなさそうだわ。ここまで巻き込んじゃったなら、ここで話してもいいわよね?」
「そうですね、ええ。もしもの時は私が責任を持ちます」
クロノスさんは俺を見つめて躊躇なく言い切った。えっ、何の話? 責任って何?
「クロちゃんが作戦決行日まで潜伏できなかったっていうのは痛手だけど、まあアタシ達でなんとかするわよ」
「それについては釈明のしようがありません。挽回できるように手を尽くします」
クロノスさんはそこで言葉を切って、真摯な声音で告げた。
「私が不用意に連れてきてしまったが為に、スバルが毒牙にかかるのを見ていられなかったのです」
クロノスさん、俺を心配して助けにきてくれたんだね。あの時クロノスさんが現れてなかったら、今頃……改めて感謝の思いで一杯だ。
感動している俺を尻目に、メイヴィルさんは片手を頬に添えて、からかい半分に笑った。
「あんたにしては珍しい失敗よね。本当に放火したの?」
「まさか。情報を撹乱させ複数の指示を飛ばし、時間を稼いだだけですよ」
メイヴィルさんは心の奥まで見透かすように、涼しい顔をしたクロノスさんに視線を這わせる。
「でもそれで今までの努力がパーなわけでしょ? 文字通り血の滲むような努力をしてたのに。……もしかして、スバルちゃんに惚れちゃったりした?」
「……っ」
クロノスさんの顔がさっと朱に染まる。え、え? 今あり得ないことを言われたように感じたんだけど。
聞かずにいようかと思っていたけど、やっぱり気になってしょうがない。勇気を出して、疑問を口にした。
「あの、変なことを聞くんですが……」
「あら、なぁに?」
「俺って美人に見えたりするのかなって、気になって。そ、そんな訳ないですよねー、あはは」
ごまかすように笑ってみたが、メイヴィルさんは目をまん丸にして驚いている。クロノスさんも真顔に戻ってまじまじと俺を見つめてきた。
あっ、そうですよね、勘違いが過ぎますよねすいません。
こんな顔面偏差値底辺が何言ってんだっていう驚きですよね、ほんっと生意気言って申し訳ありませんでしたー!
「あらやだ、この子自覚がないっていうの? スバルちゃん程の完璧な美人、今まで生きてきて他に見たことないわよ」
「ええ。瞼に余分な皺のないすっきりとした瞳、庇護欲を誘うような丸い鼻、色気を感じさせる肉感的な唇。豊かに生え揃った眉も、なだらかな頬のラインも、芸術家が精魂込めて描き出す絵画ですら表現できない程に艶やかです。更に魅惑的なボディラインに、もっちりとした肌質まで備えている。間違いなく、この上ない程の絶世の美少年ですね」
クロノスさんが並々ならぬ熱意で滔々と長ゼリフを語った。あのクールビューティで控え目なクロノスさんが。
人生においてここまで熱心に外見を褒められたことはあっただろうか。いや、ない。
このチビデブの俺が? 絶世の美少年だって??
でも、少なくとも嘘を言われているわけじゃなさそうだ。
少なくとも、二人にとっては俺は美人に見えてるってことなんだろう。にわかには信じられないけども。
「あのさ、俺にとってはクロノスさんとメイヴィルさんの方が美形だなって感じるんだけど、それって変?」
「え、ちょっとそれ、本気で言ってるの? 眼鏡工房か魔術教会に行って視力を測ってもらった方がいいんじゃない?」
メイヴィルさんがオロオロと取り乱している。よっぽどあり得ないことを質問しちゃったってことなんだろう。
「ああ、でもそれで万が一才無しって言われたらショックよね……大丈夫よ! アタシ達みたいな才無しでもできる仕事なんて山程あるもの! それに平民には魔力が見えるかなんて、あんまり関係ないわよ。そうでしょ?」
なんか気になることを言われた、才無し? 魔力?
意味を尋ねたいけど、それこそ、曜日って何? って聞くくらい常識的な知識なんじゃなかろうか。うーん、聞けない、よなあ……
困っているのが顔に出ていたのか、メイヴィルさんが励ますようにポンと肩に手を置く。
「そんなに深刻に考えないで。また相談に乗ってあげるから、今日はもう寝なさい。さ、クロちゃん。用意するから手伝いなさいな」
クロノスさんも穏やかな瞳で、心強いセリフを発し勇気付けてくれた。
「スバル、貴方が才無しであろうとなかろうと、私は貴方の味方ですよ。今日は難しいことを考えず早く休んだ方が良いでしょう」
「あ、待って、俺も手伝うよ!」
そうして話は一旦お開きとなった。メイヴィルさんは部屋に簡易ベッドを用意し、リビングにも一つ運び込んだ。
「スバルちゃんはアタシの隣で寝るのがいいと思うわ。万が一憲兵とか泥棒が踏み込んできても、ここなら安全だから。クロちゃんは大丈夫よね?」
泥棒はわかるけど、憲兵って何? そういえば、スルーしてたけどなんとなく物騒な話をしてたよね。明日聞いてみなくちゃな。
クロノスさんはメイヴィルさんの部屋のベッドを見比べ、顎に手を添えた。
「それは構いませんが……もう少しベッド同士の距離を離した方がいいのでは?」
メイヴィルさんは面白そうに含み笑いをする。
「やーねぇ、スバルちゃんを襲ったりしないわよ? 嫌がる子を手籠めにするなんてアタシのポリシーに反するもの」
「……その言葉、信じますよ?」
クロノスさんはじっとりとメイヴィルさんに視線を送った後、俺に対しては丁寧に寝る前の挨拶をして部屋を去った。
「うふふふ。クロちゃんってあんまり人や物に興味を示さないけれど、一回執着すると激しそうよね。スバルちゃん、がんばってね?」
な、何をですかー!?
さっきから男同士で美人とか手籠めとか惚れたとか、普通じゃない単語が色々飛び交ってるけど、この世界じゃ男同士がフツーとかそういうオチなんですかね!?
ちょっとこれ以上は頭がパンクしそうなんで、今日はもう営業終了させてもらいますよー、もう寝るからねー、おやすみなさーい!
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