【全57話完結】美醜反転世界では俺は超絶美人だそうです

兎騎かなで

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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き

3火事と逃亡

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「はあーっ、疲れたー」

 やっと一人になれた。あてがわれた部屋のベッドに、身体を投げ出すようにして倒れこむ。

 クロノスさんと別れてからずっと、パワフルなイシュヴァーさんに連れ回され疲労困憊こんぱいだ。おじさんなのに、俺より体力あるみたい。

 やれ服が破れているぞ、とヒラヒラのスカートみたいなローブを勧められるのをなんとか断ったり、食事中もやたら距離が近く視線が煩いイシュヴァーさんに戸惑ったり……どちらかというと精神的に疲れた。

 スバルは花のように美しいな、とか言われても、なんのこっちゃらだ。

 笑って誤魔化しておいたけど、この世界の人は軒並み目が悪いのかな?
それとも美人の定義が違う? ……俺が美しいなんて、ないない。まさかね。

 イシュヴァーさんの部屋とかにも案内された。三階の、庭が綺麗に見える部屋だ。
庭には池まであったよ、本当に豪邸だね。

 色々くれようとして何もかも断り続けていたら、ケースの奥に隠すようにして仕舞われていた、綺麗な透き通る石を渡されて、それだけは断りきれずにもらってしまった。

 石の中にキラキラ光が舞っていて、綺麗だなーって夢中になって見つめていたから、欲しくないとは言えなかったんだ。

 大切なモノだがお前にやろう、スバルが欲しいと言うのならくれてやる! とか恩着せがましく言われちゃったけど……これ、絶対お高いよね? ああ、やっぱり断ればよかったなあ。

 しつこく風呂に入るように言われるのにも困惑した。
 せっかくクロノスさんが包帯巻いてくれたし、怪我したところが沁みると嫌なので今日は入りたくなくて断ったら、そういう趣向もよいか、とかブツブツ呟いてた。なんだったんだろう?

 とにかく俺のすることなすことずーっと見られてて、会ったばかりなのに無遠慮に触ってくるし、ちょっとイシュヴァーさんが苦手になりそうだ。

 部屋の前までつきまとわれて、また後でな、と言われたから曖昧に笑っておいたけど、まさか夜来たりしないよね?
 また明日な、とかと言い間違えたんだよね?

「明日はお暇しよう……」

 俺のどこを気に入ってくれたんだかわからないけど、イシュヴァーさんとは気が合わなさそうだ。

 明日起きてみて日本に戻ってなかったら、町で住み込みの仕事とか探してみよう。





 カタ、と物音がして目が覚める。閉めたはずの部屋の扉が少し開いていた。

「……?」

 ごそごそ、と衣擦れの音が足元から聞こえる。音の方向に視線をやると、イシュヴァーさんがベッドに乗り上がろうとしているところだった。

「……えっ? へっ、何? 何ですか?」
「はあ、はあ、スバル……」

 イシュヴァーさんは息を荒くして俺の上に覆い被さろうとする。危険を感じてベッドの端の方に避難するも、ガシッと両腕を掴まれてしまった。

「スバル、お前はなんて綺麗なんだ。美の女神よりもなお美しい、天使が地上に舞い降りたかと思ったぞ。さあ、どうかワシのものに……」

 イシュヴァーさんが身体ごとのしかかって、俺の顔にぶっとい唇を近づけてくる。
お、重い、息がかかる、気持ち悪い!!!

 必死に顔を背けていると、にわかに外が騒がしくなった。

「領主様、領主様ー! 火事でございます!! どちらにおられますか!?」
「なぁにぃ!? チッ、なんとタイミングの悪い!」

 イシュヴァーさんは俺の頬を執拗に撫で、猫なで声で告げた。

「スバル、ワシとの記念すべき初夜の最中に邪魔が入ってしまったなあ。火事といってもどうせ小火だろう、すぐに消してくるから大人しく待っとるんだぞう?」

 ぞわわと全身に鳥肌が立った。衝撃で何も言葉にできないうちに、イシュヴァーさんはのそのそと立ち上がり部屋の外へと出ていった。

 本当に、あまりにも予想外すぎる出来事に、しばらく身動きがとれなかった。

 動けるようになって最初に、触られた頬を全力で擦っておいた。気持ち悪っ気持ち悪、なんなんだあいつ、ギャー気持ちわる~っ!!

 頬を擦るのに夢中になっていると、気づかないうちに近くに来ていた誰かに手を取られて、擦るのを止めさせられた。

「ひぇ!?」
「すみませんスバル、驚かせましたか」
「この声は……クロノスさん!」

 骨ばった大きな手はクロノスさんの手だった。俺のむちむちした手とは大違いだ。

 擦りすぎて赤くなった俺の頬に、クロノスさんは労わるようにそっと手を置いて告げた。

「逃げましょうスバル。ここにいては、貴方は領主様に手籠めにされてしまいます」

 手籠めに……さっきの出来事が脳裏に蘇る。
 何それ無理無理っ、一体どんな苦行ですか!? あんなのに抱かれるなんて、絶対耐えられない!!!

 チビデブ並みに出せる最高速度……といっても俺は田舎の野生児デブなので人並み程度には動ける……で、クロノスさんと共に部屋の中から逃げ出した。

 っていうかクロノスさん、早っ! 俺より先に走って通路の角から人がいないか確かめ、手招きしてはまた走って次の角へ。
 忍者かな? スーツだけど。なにそれかっこいい。

 ヤバい、こんな場合なのに、クロノスさんがカッコよくて頼もしくてテンション上がってきた。落ち着け俺。

 一階へ降りる階段の前まで来ると、クロノスさんは物陰から階下を見下ろし、険しい顔つきになった。

「人がいますね……少々手荒な手段になりますが、致し方ありません」

 階段下には沢山の人がバタバタと走り回っていた。火事が起こったって言ってたもんな、消火活動で忙しいのだろう。

「スバル、こちらへ」

 階段とは逆側にあるバルコニーに出るように示される。バルコニーの下には屋根が続いていた。ま、まさか……

 クロノスさんは軽々とバルコニーの手すりを飛び越え、屋根の上に降り立った。そして俺に手を差し出す。

「さあ、ここから逃げましょう」

 真剣な表情が蒼く光る月の下に照らされる。頬の上にかかる影の陰影が、幻想的に彼の輪郭を浮き上がらせている。
 うわああ、こんな緊迫した場面なのに見惚れてしまいそうだ。

 その時、バタバタと階下の足元が耳に飛びこんだ。
 ハッとして意識を切り替え、慎重に手すりを乗り越える。しかし屋根の上に足が届かない。

 うっ、いっそ飛び降りればよかった、中途半端にゆっくり降りたから怖くなっちゃったよ!

「どうぞ、私に身体を預けて下さい」

 え、俺なんて抱きとめたら骨折れない?
 躊躇うが、ここから降りるにはそれしかなさそうだ。

 思い切ってクロノスさんの腕の中に飛び込む。クロノスさんは問題なく俺を抱きとめた。

「あ、ありがとう! 重いでしょ、ごめん」
「羽根のように軽いです」
「そういう冗談はいいから! 下ろして…」
「おい、誰だ!? そこで何をしている!」

 俺がもたもたしてたから見張りに気づかれてしまった。
 クロノスさんは俺を腕に抱きかかえたまま素早く方向転換し、声のした方向の逆側の方の屋根の端まで走って、躊躇なく飛び降りた。

「ふぉっ、ぬわあああぁあぁぁー!?」

 胃がヒュンってなった! こ、怖っ!! 思わずクロノスさんに思い切りしがみつく。

 ダンッ! 二人分の体重を乗せた地面が大きな音を立てる。クロノスさんは着地した次の瞬間には走りだしていた。

 最初から鍵が開いていることを知っていたかのような、手慣れた素振りで裏口から脱出し、そのまま屋敷から遠ざかっていく。

 その間俺はドキドキしっぱなしだ。逃走劇もお姫様抱っこも初めての経験で、興奮がなかなか冷めない。これが恋……? なんちゃって。

 クロノスさんは驚きの脚力と腕力で深夜の町を走り抜け、やがて一軒の店の前で立ち止まった。流石に軽く汗をかいている。

「あ、あのクロノスさん……」

 もう一度下ろすようにお願いしようとしたが、店の裏に回ったクロノスさんは、今度は鍵を使って器用に扉を開けてしまった。

「あら? 誰かしらこんな夜更けに……って、クロちゃんじゃなーい!」

 明るい桃色の髪の、白いヒラヒラした服を着た人が、大袈裟な身振り手振りでクロノスを歓迎する。

 えっ、声がばっちり低い。背もクロノスさん程じゃないけど高いし、ひょっとして、オカマの方ですか……?

 彼、彼女? は両手を広げて近づいてきたが、俺の存在に気づいて眉をひそめる。

「ちょっと、部外者連れ込みは禁止よ……っ!? このお姫ちゃんは誰!? すぅっっっごい美人じゃないの!!」

 いや、美しいのはどう見ても貴方の方です。
 二重瞼の大きな瞳、それを縁取る桃色の睫毛、高い鼻と少し厚めのセクシーな形の唇。けれど頬のラインは男らしく、話さなければただのイケメン俳優みたいだった。

 白い肌と薄い色素の中、チョコレートみたいな濃いブラウンの瞳が全体の印象を引き締めている。

 そしてこの人も眼鏡をかけていた。明るい黄緑の縁がよく似合っていてオシャレな印象だ。
 わざと崩したみたいにくしゃくしゃと髪を括っていて、髪の先が兎の尻尾みたいに丸くカールしているのもキュートだった。

 背も肩幅もそれなりにあるのに、そのギャップがなんとも言えず魅力的に仕上がっている。

「緊急事態だった為、事後報告になりすみません。彼、スバルは今後領主から追われる身となるでしょう。身柄の保護をお願いします」

 桃色髪のオカマさんは口をあんぐり開けてオーバーリアクションで驚いた後、降参するかのように両手を上げた。

「そういうのはボスに許可を取って頂戴。とにかく事情を聞くから、二階に上がってて。客を帰らせるわ」
「申し訳ありません」
「いいのよー、どうせあいつら、この後は飲んで食っちゃべってるだけだもの。早く寝た方がお肌にもいいしねっ」

 そう言ってオカマさんはパチンとウインクを寄越す。俺は頬を染めた。クロノスさんは無表情だった。

「あら、予想外の反応ね。お姫ちゃんはどこから来たの?」
「では先に上がっております」
「はいはーい」

 詮索を避けるようにクロノスさんはくるりと踵を返す。オカマさんは肩を竦めて厨房の奥、店の方へと消えて行った。

「クロノスさん、俺降ります!」

 流石にそろそろ下ろしてもらいたい。俺の声音に本気を感じたからか、クロノスさんは渋々下ろしてくれた。

 なんで渋々? 人をお姫様抱っこするのが好きなの?

 ……オカマさんにお姫ちゃんって言われたのは、お姫様抱っこされてたからかな? は、恥ずかし……

 恥ずかしさに悶えながら、俺はクロノスさんを追って階段を上がる。

「おいテメェら! さっさと帰りやがれ!! もう店仕舞いだっつってんだよボケェ!」

 途中で階下からドスの効いた怒鳴り声が聞こえた。

 この声、さっきの美人なオカマさんだよね? うん、怒らせないようにしよう。
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