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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
2 ブサイク執事と美形領主
しおりを挟む綺麗な石畳の道を美麗なクロノスさんにエスコートされて歩く。どうにも現実味がない。
鉄門の隙間からチラッと見える庭は、どの屋敷の庭もよく手入れされていた。
ドデーンとめっちゃブサイクな青年の像とか肥えた少年の像が飾ってあるのには、ちょっとセンスを疑っちゃうけど。
クロノスさんはその中でも一番立派なお屋敷の前で足を止めた。大きな門の脇にある、使用人入り口みたいなところから中に入るよう促される。
クロノスさんは門番や庭師に顔を伏せがちに会釈しながら、俺の姿を隠すように庇いながら歩いていく。
「どうぞこちらへ」
建物の中の扉の一つを指すクロノスさん。彼に手を背中に添えられながら室内に入る。
薄暗く狭いが、よく手入れされた物の少ない部屋だった。簡素なベッドに座るように示され、言われた通りに座る。
「傷薬を持って参ります。狭苦しい所ですが、暫しお待ち願えますか?」
「全然大丈夫だよ! ゆっくりでいいからね?」
「ありがとうございます」
クロノスさんは一礼して去っていった。去り方まで洗練されていてスマートだ。
流石、こんな大きな邸で働いているだけのことはあるよね。
手持ち無沙汰な俺はもう一度部屋を眺めてみた。机の上に何冊か本がある。
なんとなく興味を惹かれて一冊を手に取ると、アルファベットの親戚みたいな文字が書かれていた。
「あれ、読めるや」
英語すら読めない俺なのに、文字を目でなぞると意味がスイスイ頭の中に入ってくる。
面白くなって次々に本を手に取ってみた。礼儀作法の本、戦術の本、植物辞典等、実用的な本ばかりだ。
「ん?」
本棚の奥に違和感を感じて手を突っ込んでみると、小さな冊子を見つけた。そこにはまた違う種類の文字が書かれていたが、これも読めた。
今までのものと違って薄い冊子は、どうやら日記のようだった。
もしかしてクロノスさんのかな? いけないと思いながらもページをめくる。
『やっと隠し場所を特定できた。予想通りだ。あとは決行日を待つだけだ』
具体的な名称は何一つ書かれていないけど、なんとなく不穏な空気を感じて冊子を閉じる。
元通り本を戻した所でノックの音が聞こえて、びくつきながらベッドの元いた位置に腰かけた。
「は、はーい、どうぞー」
「失礼します」
クロノスさんは小さな箱と桶、それから水差しを抱えて帰ってきた。箱の中には包帯やガーゼ、綿球や薬品が詰めてある。
「おみ足を消毒させて頂きます。靴を脱がせてもよろしいでしょうか?」
「あ、それくらい自分でやるよ!」
俺は急いで靴を脱いで、カーゴパンツを膝上まで捲り上げた。
筋肉より脂肪が目立つむちむちした足はみっともないけど、こうしないと洗えないし……恥ずかしい気持ちは一時封印する。
クロノスさんは俺の足を見て一瞬固まったが、その後は足下に桶を設置し、膝小僧を水で洗ってくれた。冷たくて気持ちがいい。
流れた血を洗い終えると、もうほとんど血が止まっているのがわかった。
クロノスさんは過剰な程丁寧に綿球で消毒してくれて、ガーゼを当ててくれた。
「もういいよ、ここまでしなくても唾つけておけば治る程度だから」
「唾……っいえ、万が一傷が残ってはいけませんので」
包帯まで巻くような傷じゃなかったけど、あんまりに真剣な顔で言われるので、言われるがままに処置を受けた。こんなに丁寧にされるとこそばゆいな。
「ありがとう」
「そんな、勿体無いお言葉です」
クロノスさんは跪いたまま、眼鏡の奥の灰銀を煌めかせて微笑んだ。
すごい、キラキラしてる。少女漫画だったら星とかプリズムとかが舞ってそう。
「このような場所まで足を運んで頂きありがとうございました。名残惜しいですが、私には仕事がございます……屋敷の外まで案内致しますね」
クロノスさんは本当に名残惜しそうにしながら、部屋の扉を開けてくれた。
ここまで丁重に扱われたことなんか今までなかったから、夢でも見ているかのようにふわふわ、そわそわしてしまう。
クロノスさんは執事かなんかなのかな? 仕草が洗練されてて美形度が極まってるよ。
ふと、さっきの冊子の一文が頭に過ぎった。実は悪いことを企んでる悪人、だったり……?
俺はクロノスさんを横目でチラチラ伺いながら通路を歩く。
「……? 何か?」
「あ、いやなんでも。その、綺麗な顔してるなーって思って」
クロノスさんは俺の言葉に目を見張って、それから眉を下げ自嘲気味に唇の端を釣り上げた。
「私をからかっていらっしゃるので?」
「そんなんじゃないよ! 本当にそう思ったから言っただけで。クロノスさん、背高いしかっこいいし、なんか上品な空気漂ってて、すごいなーって」
なんとか誤解を解きたくて、思ったままをつらつらと並べたてるとクロノスさんは頬を染めて視線を逸らした。
「スバル、そんなことを言われると、私勘違いしてしまいたくなりますよ……?」
「だから勘違いじゃないって…」
「おい、クロノス! 何をしている」
背後からダミ声がかけられた。ビクッとして振り向くと、でっぷり太ったものすごいタラコ唇の男が、ドスドス足音を無遠慮に鳴らしながらこちらに歩み寄ってきていた。
クロノスさんは俺をさっと背に隠し一礼する。
「怪我をした市井の者に、治療を施しておりました」
「はん、平民など取るに足らない者の為より、高貴なワシの為に仕事をせんか! これだから才無しは」
「もちろん領主様の命令が第一でございます。しかし領主様の安定した治世の為にも、民を大切にすることが必要かと」
「ええい、黙れ黙れ! お前のような見目の悪い辛気臭い輩を、情けをかけてワシの屋敷においてやっているものを、口答えするとは何事か!! 恩を仇で返すつもりか、んん?」
「そのようなつもりは毛頭ございません」
なんだか不穏な空気だなあ。才無しって、見目の悪いって、どういうことだろう? 気になってクロノスさんの背後から顔を出して、ひょいと男をのぞき見る。
うわ、近くでみるとすんごいブサイクだ。クロノスさんと同じ濃い紅髪をしてるけど、この人のはなんか汚く見える。
細い目とタラコ唇が顔面のバランスを崩壊させていて、さらにゲジ眉が合わさって、最早視界の暴力だ。……ちょっと俺に似てるかも、泣きそう。
ずっと見ていたらその男と目が合ってしまった。げげっ!
「やや!? おいクロノス、その子は誰だ?」
クロノスさんは俺を隠すように動くが、男はそんなクロノスさんを強引に押し退けてしまった。
わわ、なんか怒ってるっぽいし、謝らなきゃ!
「勝手にお屋敷に入ってしまって、すみません! もう出ていきますから」
タラコ唇男は俺の顔を凝視し、何故か少し頬を染めながら焦ったように言い募る。
「いやいやいや、よいよい、そのようなこと気にせずともよいぞ! 怪我をした民とはお前のことだろう、なんという名だ?」
「す、昴です」
「スバル、スバルか。家はどの辺りだ?」
「家……どの辺りでしょうねえー、ちょっと帰れそうにはないというか……」
地球星日本国の、東京都文京区って言ってわかるかな? きっと通じないな。
タラコ唇男はにたーっと笑顔になり、俺の手を両手で包み込むように取って撫でた。
うぐっ、その触り方ネットリしててなんか嫌なので、止めてほしいです。
「そうかそうか、家に帰り辛い事情があるならこの屋敷に泊まるといい。歓迎するぞスバルよ、このワシ、イシュヴァーが面倒をみてやろう!」
「ええっ!?」
何この急展開、どういうことなの!?
クロノスさんを振り返ると苦い顔をしている。やっぱりよくないよね、よくないよね!?
「いや、その、いいです! 悪いですし」
「まあまあまあ、夕食だけでも食べていくといい。今用意させるからな」
「あ、え、待って!ちょっと!!」
助けを求めてクロノスさんを見ると、イシュヴァーさんはキッと彼を睨みつけ素早く指示を下した。
「クロノス! ワシの残りの仕事を片付けておけ」
「……かしこまりました」
ク、クロノスさーん!!
俺はむっちりとしたイシュヴァーさんの手に捕らえられて、そのまま連れ去られてしまった。
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