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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
1 寝てたらどこかの路地裏だった
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朝だ。おはよう。憂鬱だ。
田中昴は鏡の中の自分を見つめて溜息をついた。
中肉中背とはお世辞にも言えない低い身長、お腹に余る贅肉。
瞼の肉に埋もれそうな細い目、小さく平べったい鼻に、不釣り合いな程大きな唇。オマケにゲジゲジみたいな眉毛。丸すぎる輪郭を視線でなぞって溜息をつく。
あーあ、なんで俺はこんなブサイクに生まれついちゃったんだろ……
新生活。都内に上京。大学デビューに新しい出会い。その何もかもが心を浮き立たせる単語のはずなのに、俺の心は晴れない。
新生活は引越しの荷物に埋もれて楽しむどころじゃないし、都会はいちいち人が多いし空気が淀んでいてどうも慣れない。
大学デビューに向けての準備なんて荷物整理に追われてする暇もなく、新しい出会い自体はあっても緊張からそそくさと顔を伏せてしまい上手くいかなかった。
適当にパンを口に放り込み、ラッシュの電車に乗り込む。電車の中一面、人、人、人の群れ。
ぎゅうぎゅう押されながら必死にリュックを抱き込む。そこらの女子並みに背が低い俺にとって、通勤ラッシュは拷問並みにキツいシチュエーションだ。
吐き出されるようにしてホームに降り立つと、皆一様に早足で構内を縫うようにして歩くので、なんとかそれに遅れないように着いていった。
やがて見えてきた大学の学舎。巨大でよそよそしい建造物。ここにはまだ一人の友達もいない。
そうして、聞き続けると催眠術をかけられたかのように眠くなる講師の話を、延々と聞き続けるのだ。
俺の思い描いてた大学生活はこんなものじゃなかった。
この冴えない容姿を少しでも小綺麗にして、同じゼミの人と友達になってサークルとか入っちゃって、今頃は青春を謳歌できている予定だったんだ。
でもダメだった。俺の顔を一目見るなりサッと視線を逸らす女子に挫けつつも、やっと地味な男子に話しかけても、俺のブサイクコンプレックスが強すぎるのを察してか、お互いギクシャクして気まずくなる。
気がつけば、周りは仲のいい奴らでつるむようになり、俺は一人ぼっち。
……いいけどね。一人は嫌いじゃないし。実家は田舎すぎて近くに友達が住んでなかったから、一人で過ごすのには慣れてる。
けど、こういう人が一杯いるところで一人でいるのは、堪えるなあ……
ひそひそとおしゃべりを止めないグループや、ひたすらラインしてる髪をカラフルに染めたリア充なんかを見てると、フッと虚しくなる時がある。
授業が終わると更に容赦なく講堂は騒がしくなる。あ、隣のイケメン、めっちゃ友達に遊びに誘われてる……合コンって聞こえた。最早生きてる世界が違うね。
……俺ももう少し見た目がよければ、今頃は新しい世界が広がっていたのかな。
そんなことをうつらうつら考えながら、やることのない俺は机に突っ伏し眠りについた。
「う……」
突っ伏していた筈の机が妙に固い。それにザラザラしているし、埃っぽい。というより机じゃない、石畳?
いつの間にか倒れ込んでいたらしい身体を起こすと、身体の節々が痛んだ。まるで長いこと眠っていたかのよう。
ここはどこだ? Tシャツとカーゴパンツの埃を払いながら辺りを見渡すと、今までに見たことのない景色が広がっていた。
「え……」
西洋風の建物、ファンタジックな服装の外人顔の人々。女性はみんな足首まであるスカートを身につけて、男性はチュニックや短いマントを着ている。
えっと、外国のコスプレ会場かどこかかな? それとも映画の撮影現場?
キョロキョロと辺りを見回していると、やたらとジロジロ見られていることに気がついた。え、何? 怖いんですけど。
服か、服がおかしいのかな。顔がおかしいってわけじゃないのを切に願いたい。居心地が悪くなって、路地の裏の小道に逃げ込んだ。
逃げた路地の先にも人がいた。背が高く、ほとんど白に近い白銀の髪で全身真っ黒な服を着ている。俺は慌てて道を譲ろうとしたが、その前に彼に睨まれた。
「あ? 何だお前」
「ひっ」
背筋がぞくりとするほど綺麗なのに、目つきの鋭さと無愛想な口元が、親しみやすさの一切を斬り捨てている。
ゲームの中でしか見たことがないような、現実味がないくらいに麗しい顔つきだったが、右眼に眼帯をつけていて、なんていうかカタギの雰囲気じゃない。
ああっ、黒いから目立たないけど、よく見たら服に血がついてる!
隙を見せたら殺られる、そう直感的に思った。
俺は蛇に睨まれたカエルのようにピキーンと固まっていた。そんな俺を、彼は夏の海のような色した青色の瞳で、じろじろと無遠慮に見つめてくる。
何? 何っ!? 俺お金持ってないよ!
「なあ、お前、」
「ぴぎゃああぁ!」
イケメンが俺に触れそうになった瞬間、緊張の限界を迎えた俺は、彼から逃れるために一目散に駆け出した。
「なっ、待てよ!」
彼の顔は驚いていてもなお美しかった。くっ、神様は不公平だ! なんて思っているうちに追いつかれそうになったので、前を向いて必死に走る。
籠を担いだおじさんや、食べ物の袋を抱えたお姉さんの間を、背の低さと山道で鍛えられた足を活かしてすいすいと抜けていく。
おっと、お姉さんにぶつかりそうになっちゃった!
「きゃっ」
「すみません!」
「何だ、追われてるのか? おいテメェ、かわいこちゃんを追い回してんじゃねーよ!」
「そそそ、そんなんじゃねーし! 退けよ!!」
筋肉隆々のおっちゃんが銀髪の前に立ちはだかった。おお、ありがとな、おっちゃん! 目が悪いみたいだけど助かったよ!
そのまま走って喧騒から遠ざかる。お店が一杯ある人通りの多い一画までかけてきて、やっと歩を緩めた。
はあ、怖かった……逃げきれてよかったぁー……
通りの端っこで息を整えていると、今度は男二人組が寄ってきた。なんと、鮮やかな青髪だ。
俺が言うのもなんだけど、結構なブサイクだ。細い目と丸い輪郭がなんとも言えないユニークさを醸し出している。
そのブサイク二人組は髪を手櫛で整えたり、襟元を気にしたりした後、俺にニタリと笑いかけてきた。
「なあなあ、君一人? 俺らと遊びに行こーよ」
「この町は初めてかい? いい場所教えてやるぜ?」
「けっ、結構ですぅー!」
路地裏に連れ込んでからのフルボッコフラグだよねわかります。俺はまたしても逃げ出す。もう、なんでこんな目にあうんだ!?
「はあ、はあ、はあ……」
逃げる時に石畳に足を縺れさせてちょっとコケてしまった。踏んだり蹴ったりだよ。
がむしゃらに人の少ない方を目指して走っていたら、今度は大きな家が建ち並ぶ通りに出ていた。
やたら重厚な感じの門から馬車が出てきて走り去って行くのが見えた。馬車って……本当にどこのテーマパークなわけ? 本格的すぎる。
薄々感じていたけど、やっぱりここ日本じゃないよね? でも日本語通じるってことは……俺の頭に異世界トリップという単語がよぎる。
勘弁してくれよ、俺別にそんなシチュエーション望んでないのに……!
「あの……お怪我をされているようですが、立てますか?」
道の端にしゃがみこんで頭を抱えていたら、涼やかな美声がかけられ、目の前にスッとハンカチが差し出された。慌てて顔を上げる。
そこにはキラキラと輝くような美形がいた。めっちゃ肌綺麗。
アーモンドアイの二重瞼、まっすぐ筋の通った鼻筋、上品さを感じさせられる薄い唇。しっかりした骨格が感じられる、芸術的なまでにバランスのとれた頬のライン。
シンプルな銀縁眼鏡の奥の瞳は灰銀色で、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
似合う人を選ぶ濃い紅色の髪をしているのに、それは彼の高貴ささえ醸し出すような美しさの為に特別に誂えたかのように、しっくりと似合っていた。
何もかもが完璧で、目が離せなかった。ポーッと見つめていると、美形は狼狽えて視線を外してしまった。おっと、不躾に見つめすぎちゃったか。
「あ、ハンカチありがとうございます。でも汚れちゃうから」
いいよいいよと手の平で押すジェスチャーをしながら遠慮すると、美形は一歩下がって頭を下げた。
細身だが、鍛えられているとグレーのスーツの上からでも見てとれた。
この人も、さっきの銀髪眼帯イケメン並みに背が高いなあ。180センチ超えてそう。163しかない俺からしたら羨ましい限りだ。
「失礼しました、美しい方。しかし痛みはありませんか? 血が……」
美しい方? 眼鏡してるのに、度があってないんじゃないの?
美形の視線が膝に向いているので確かめると、カーゴパンツが一部破けて膝小僧が擦り剥けていた。
「ああ、このくらい平気平気。心配してくれてありがとうございます」
正直彼が綺麗すぎて、そんな人から真っ白なハンカチなんて受け取ったらバチが当たりそうな気がする。なんか無理、怖い。畏れ多くてお近づきになれないよ。
愛想笑いで誤魔化すと、美形は心配そうに形のいい眉根を寄せた。
「このままにしておく訳には参りません。御召し物が汚れてしまっていますし……僭越ではありますが、私に貴方様の手当てをさせてはもらえませんか?」
わ……この人めっちゃいい人だなー。すごい丁寧だし。僭越なんて単語、実際に目の前で聞いたの初めてかも。
なんて呑気に考えてたら、美形は辛そうに顔を伏せた。
「差し出がましいことを申しました。私のようなものに手当てなどされたくはありませんよね。別の者を手配致しますので」
「えっ、そ、そんなことないですよ!? その、手当てしてもらえるならぜひお願いしたいです!」
つられて敬語になりながら弁解する。お近づきになれそうにないとか線引いちゃってごめん!!
こんなブサイクに優しくしてくれるなんて、ちょっと信じられなかったんだごめんよ!
美形ははにかむように僅かに頬を緩めた。ぐはっ! 美形スマイル! 直視できない、目が、目がああぁ!!
「美しい方は、心根まで美しいのですね……私はクロノスと申します。貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」
おまいう、それ、おまいう。そっくりそのまま言い返したいけど、なんか翻訳機能バグってたりするのかな?
美しいっていうのが違う意味あいの可能性もあり得るのかも、ここは無難に名前だけ応えておこうっと。
「田中昴です」
「タナカスバル?」
「えっと、スバルでいいですよ」
「スバル様……」
噛みしめるように発音されて、どうにもムズムズする。
「様は要りませんよ」
「いえ、そんな訳にはいきません。スバル様とおっしゃるのですね。異国の響きですが、神秘的な貴方様によくお似合いな、涼やかで麗しい発音の名前です」
「うわー!うわー耳がバグってるー!」
「どうされましたかスバル様!?」
「だから様は要りませんってばー!」
この後も押し問答を繰り返し、俺が敬語を使わないという条件で様つけは勘弁してもらった。
うん、なんかすごい気力を消耗したよ、久しぶりに人とこんなに話したからかな?
あー、これ以上考えるのやめとこ、虚しくなりそうだ。
そうして俺は赤髪銀目の超絶美形クロノスさんと連れ立って、彼の勤めるお屋敷とやらにお邪魔することになった。
田中昴は鏡の中の自分を見つめて溜息をついた。
中肉中背とはお世辞にも言えない低い身長、お腹に余る贅肉。
瞼の肉に埋もれそうな細い目、小さく平べったい鼻に、不釣り合いな程大きな唇。オマケにゲジゲジみたいな眉毛。丸すぎる輪郭を視線でなぞって溜息をつく。
あーあ、なんで俺はこんなブサイクに生まれついちゃったんだろ……
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ぎゅうぎゅう押されながら必死にリュックを抱き込む。そこらの女子並みに背が低い俺にとって、通勤ラッシュは拷問並みにキツいシチュエーションだ。
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そうして、聞き続けると催眠術をかけられたかのように眠くなる講師の話を、延々と聞き続けるのだ。
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でもダメだった。俺の顔を一目見るなりサッと視線を逸らす女子に挫けつつも、やっと地味な男子に話しかけても、俺のブサイクコンプレックスが強すぎるのを察してか、お互いギクシャクして気まずくなる。
気がつけば、周りは仲のいい奴らでつるむようになり、俺は一人ぼっち。
……いいけどね。一人は嫌いじゃないし。実家は田舎すぎて近くに友達が住んでなかったから、一人で過ごすのには慣れてる。
けど、こういう人が一杯いるところで一人でいるのは、堪えるなあ……
ひそひそとおしゃべりを止めないグループや、ひたすらラインしてる髪をカラフルに染めたリア充なんかを見てると、フッと虚しくなる時がある。
授業が終わると更に容赦なく講堂は騒がしくなる。あ、隣のイケメン、めっちゃ友達に遊びに誘われてる……合コンって聞こえた。最早生きてる世界が違うね。
……俺ももう少し見た目がよければ、今頃は新しい世界が広がっていたのかな。
そんなことをうつらうつら考えながら、やることのない俺は机に突っ伏し眠りについた。
「う……」
突っ伏していた筈の机が妙に固い。それにザラザラしているし、埃っぽい。というより机じゃない、石畳?
いつの間にか倒れ込んでいたらしい身体を起こすと、身体の節々が痛んだ。まるで長いこと眠っていたかのよう。
ここはどこだ? Tシャツとカーゴパンツの埃を払いながら辺りを見渡すと、今までに見たことのない景色が広がっていた。
「え……」
西洋風の建物、ファンタジックな服装の外人顔の人々。女性はみんな足首まであるスカートを身につけて、男性はチュニックや短いマントを着ている。
えっと、外国のコスプレ会場かどこかかな? それとも映画の撮影現場?
キョロキョロと辺りを見回していると、やたらとジロジロ見られていることに気がついた。え、何? 怖いんですけど。
服か、服がおかしいのかな。顔がおかしいってわけじゃないのを切に願いたい。居心地が悪くなって、路地の裏の小道に逃げ込んだ。
逃げた路地の先にも人がいた。背が高く、ほとんど白に近い白銀の髪で全身真っ黒な服を着ている。俺は慌てて道を譲ろうとしたが、その前に彼に睨まれた。
「あ? 何だお前」
「ひっ」
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ゲームの中でしか見たことがないような、現実味がないくらいに麗しい顔つきだったが、右眼に眼帯をつけていて、なんていうかカタギの雰囲気じゃない。
ああっ、黒いから目立たないけど、よく見たら服に血がついてる!
隙を見せたら殺られる、そう直感的に思った。
俺は蛇に睨まれたカエルのようにピキーンと固まっていた。そんな俺を、彼は夏の海のような色した青色の瞳で、じろじろと無遠慮に見つめてくる。
何? 何っ!? 俺お金持ってないよ!
「なあ、お前、」
「ぴぎゃああぁ!」
イケメンが俺に触れそうになった瞬間、緊張の限界を迎えた俺は、彼から逃れるために一目散に駆け出した。
「なっ、待てよ!」
彼の顔は驚いていてもなお美しかった。くっ、神様は不公平だ! なんて思っているうちに追いつかれそうになったので、前を向いて必死に走る。
籠を担いだおじさんや、食べ物の袋を抱えたお姉さんの間を、背の低さと山道で鍛えられた足を活かしてすいすいと抜けていく。
おっと、お姉さんにぶつかりそうになっちゃった!
「きゃっ」
「すみません!」
「何だ、追われてるのか? おいテメェ、かわいこちゃんを追い回してんじゃねーよ!」
「そそそ、そんなんじゃねーし! 退けよ!!」
筋肉隆々のおっちゃんが銀髪の前に立ちはだかった。おお、ありがとな、おっちゃん! 目が悪いみたいだけど助かったよ!
そのまま走って喧騒から遠ざかる。お店が一杯ある人通りの多い一画までかけてきて、やっと歩を緩めた。
はあ、怖かった……逃げきれてよかったぁー……
通りの端っこで息を整えていると、今度は男二人組が寄ってきた。なんと、鮮やかな青髪だ。
俺が言うのもなんだけど、結構なブサイクだ。細い目と丸い輪郭がなんとも言えないユニークさを醸し出している。
そのブサイク二人組は髪を手櫛で整えたり、襟元を気にしたりした後、俺にニタリと笑いかけてきた。
「なあなあ、君一人? 俺らと遊びに行こーよ」
「この町は初めてかい? いい場所教えてやるぜ?」
「けっ、結構ですぅー!」
路地裏に連れ込んでからのフルボッコフラグだよねわかります。俺はまたしても逃げ出す。もう、なんでこんな目にあうんだ!?
「はあ、はあ、はあ……」
逃げる時に石畳に足を縺れさせてちょっとコケてしまった。踏んだり蹴ったりだよ。
がむしゃらに人の少ない方を目指して走っていたら、今度は大きな家が建ち並ぶ通りに出ていた。
やたら重厚な感じの門から馬車が出てきて走り去って行くのが見えた。馬車って……本当にどこのテーマパークなわけ? 本格的すぎる。
薄々感じていたけど、やっぱりここ日本じゃないよね? でも日本語通じるってことは……俺の頭に異世界トリップという単語がよぎる。
勘弁してくれよ、俺別にそんなシチュエーション望んでないのに……!
「あの……お怪我をされているようですが、立てますか?」
道の端にしゃがみこんで頭を抱えていたら、涼やかな美声がかけられ、目の前にスッとハンカチが差し出された。慌てて顔を上げる。
そこにはキラキラと輝くような美形がいた。めっちゃ肌綺麗。
アーモンドアイの二重瞼、まっすぐ筋の通った鼻筋、上品さを感じさせられる薄い唇。しっかりした骨格が感じられる、芸術的なまでにバランスのとれた頬のライン。
シンプルな銀縁眼鏡の奥の瞳は灰銀色で、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
似合う人を選ぶ濃い紅色の髪をしているのに、それは彼の高貴ささえ醸し出すような美しさの為に特別に誂えたかのように、しっくりと似合っていた。
何もかもが完璧で、目が離せなかった。ポーッと見つめていると、美形は狼狽えて視線を外してしまった。おっと、不躾に見つめすぎちゃったか。
「あ、ハンカチありがとうございます。でも汚れちゃうから」
いいよいいよと手の平で押すジェスチャーをしながら遠慮すると、美形は一歩下がって頭を下げた。
細身だが、鍛えられているとグレーのスーツの上からでも見てとれた。
この人も、さっきの銀髪眼帯イケメン並みに背が高いなあ。180センチ超えてそう。163しかない俺からしたら羨ましい限りだ。
「失礼しました、美しい方。しかし痛みはありませんか? 血が……」
美しい方? 眼鏡してるのに、度があってないんじゃないの?
美形の視線が膝に向いているので確かめると、カーゴパンツが一部破けて膝小僧が擦り剥けていた。
「ああ、このくらい平気平気。心配してくれてありがとうございます」
正直彼が綺麗すぎて、そんな人から真っ白なハンカチなんて受け取ったらバチが当たりそうな気がする。なんか無理、怖い。畏れ多くてお近づきになれないよ。
愛想笑いで誤魔化すと、美形は心配そうに形のいい眉根を寄せた。
「このままにしておく訳には参りません。御召し物が汚れてしまっていますし……僭越ではありますが、私に貴方様の手当てをさせてはもらえませんか?」
わ……この人めっちゃいい人だなー。すごい丁寧だし。僭越なんて単語、実際に目の前で聞いたの初めてかも。
なんて呑気に考えてたら、美形は辛そうに顔を伏せた。
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「えっ、そ、そんなことないですよ!? その、手当てしてもらえるならぜひお願いしたいです!」
つられて敬語になりながら弁解する。お近づきになれそうにないとか線引いちゃってごめん!!
こんなブサイクに優しくしてくれるなんて、ちょっと信じられなかったんだごめんよ!
美形ははにかむように僅かに頬を緩めた。ぐはっ! 美形スマイル! 直視できない、目が、目がああぁ!!
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おまいう、それ、おまいう。そっくりそのまま言い返したいけど、なんか翻訳機能バグってたりするのかな?
美しいっていうのが違う意味あいの可能性もあり得るのかも、ここは無難に名前だけ応えておこうっと。
「田中昴です」
「タナカスバル?」
「えっと、スバルでいいですよ」
「スバル様……」
噛みしめるように発音されて、どうにもムズムズする。
「様は要りませんよ」
「いえ、そんな訳にはいきません。スバル様とおっしゃるのですね。異国の響きですが、神秘的な貴方様によくお似合いな、涼やかで麗しい発音の名前です」
「うわー!うわー耳がバグってるー!」
「どうされましたかスバル様!?」
「だから様は要りませんってばー!」
この後も押し問答を繰り返し、俺が敬語を使わないという条件で様つけは勘弁してもらった。
うん、なんかすごい気力を消耗したよ、久しぶりに人とこんなに話したからかな?
あー、これ以上考えるのやめとこ、虚しくなりそうだ。
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