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第五章 変化

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 和風な包装紙に包まれた細長い物を手に取り、中身を取り出してみた。

「え? なんだこれ」

 中から出てきたのは温泉に浸かっている様を模したこけしだった。可愛いと言えば可愛いけれど、巽がこういうのを寄越すなんて意外だ。じっくりとこけしの顔を眺めた。

(あれ、コイツの顔、なんとなく巽さんに似てる気がする)

 眼鏡を取った時の整った目の形だとか、いつも微笑んでいるような口元の表情が、どうにも彼を彷彿とさせてならない。

 私のワガママで受け取ってほしいという言い方をしていたけれど、案外言葉の通りなのかもしれない。

(どうしても僕の側に、自分に似た人形を置いておきたかったのか)

 それは自信満々な態度とは裏腹に乙女チックで、意外なギャップに吹き出しそうになった。けれど決して悪い気はしなくて。

「ふ……どこに飾ろうかな」

 迷った末に、夏葉の写真たての隣に置いておくことにした。本当はどこか別のところに置こうと思ったのだが、悲しいかなあまり片付いていなくて飾る場所がなかったのだ。

 笑う夏葉の隣に、温泉に入ったこけし。神聖な空間がコミカルな雰囲気になったが、なんとなく夏葉との熱海の思い出も彷彿とさせて悪い気分ではなかった。

 彼女が今側にいないという事実には胸が塞ぐが、楽しかった思い出そのものは悪いわけじゃない。むしろ覚えておきたい。

「……楽しかったな」

 旅行なんて八年ぶりだったけど悪くない。海岸沿いを散歩して土産物屋を覗くのも、海で泳いで旅館に泊まるのも、非日常感があって日常の疲れを忘れさせてくれた。

(まあ、別の意味で体力的に疲れたけれど)

 また巽との情事を思い出しそうになり、頭を振って追い出した。全くもう、気を抜くと浸食されてしまうから困るとため息を吐く。

「はあ……」

 息を吐くのと同時に肩の力も抜いてみた。夏葉がいなくなってから、あまりにも必死になりすぎていたように思う。

 和泉を育てるためには必死にならざるおえなかった訳だけど、もうちょっと肩肘張らずに暮らした方が、和泉にとってもよかったんじゃないかなあと素直に反省した。

 旅行の楽しさを思い出させてくれた巽に内心感謝をしながら、こけしを眺めた。

**9**

 八月に入り、夏を全力で謳歌する蝉の鳴き声を自室で聞きながら、僕は物思いに暮れていた。休日の昼間に巽から届いたメッセージを見つめたまま、随分と長い間返事を返せていない。

「今日会えませんかって……急だなあ」

 七月中、巽は仕事で忙しくしていたようで、なかなか会う機会がなかった。八月に入りやっと時間が取れたと連絡が来た。

 僕は窓の外の刺すような日差しを見つめながら、元々行こうと思っていた目的地について思いを馳せる。

(どうするかなあ。誰か別の人を連れていっても、夏葉は怒らないと思うけど)

 毎年墓参りには和泉を連れていっていたが、今年は受験勉強に熱を入れているようなので無理に誘わないでおこうと思っている。

(一人で行くか、それとも……)

 散々迷った挙句に、僕はずるい返事をした。

『今日は別の人に会いにいく予定があるんだけど、巽さんがどうしてもって言うなら一緒に行ってもいいよ』

 送った文面を眺めて、我ながら中途半端だなあと思う。僕の優柔不断さがとことん凝縮された文面に、いっそ愛想をつかせばいいと半ば開き直った。あーあ、女々しい自分が情けない。

 居た堪れない気持ちでベッドに転がっていると、すぐに返信がきた。

『先方が良いとおっしゃるのなら、私は構いません。一日でも早く郁巳さんに会いたいですから』
「う……恥ずかしいやつ」

 相変わらず逃げたくなるくらい真っ直ぐに好意を伝えてくる。わかったと返事をして、一時間後に最寄り駅で待ち合わせをすることにした。

 のろのろと着替えて出かける準備を終えると、自室で勉強する和泉に声をかける。

「ちょっと出かけてくるよ」
「どこ行くの?」

 参考書に指を這わせていた和泉が、扉の隙間から手を振る僕に振り向く。

「墓参り」
「あ、もうそんな時期なんだ。僕も行きたいけど……」

 目の前の参考書を見つめてうんざりと肩を落とす和泉に、苦笑を返す。

「いいよ、今年は受験に集中しな」
「うん、ごめん。僕は頑張ってるよって伝えてきてね」
「ああ、伝えとく」
「夜には帰ってくるよね」
「そのつもりだよ」
「じゃあいいや、行ってらっしゃい」

 戸締りをして、夏の午後の日差しを浴びながら駅へと向かう。下手したら熱中症になりそうな暑さだ、待ち合わせはもうちょっと後でもよかったかなあと後悔した。

 まあ、電車で移動している間に涼しくなるだろうと期待して、そのまま駅へ向かう。

 地元の駅はこんな真夏日でもそこそこ人がいて、夏休みを楽しむ子連れの家族がちらほらいた。こんな時間にどこに行くんだろう、それとも帰るところなのかな。

 ……八年前までは、僕もこうやって夏葉と和泉で土日の度に近所へ出かけたっけ。僕はインドア派だけど夏葉は外が好きだったから、行動力のある彼女に連れられてショッピングモールやらキャンプに旅行に遊園地と、色々な場所に行った。

(懐かしいな)

 死ぬ間際の彼女のことは思い出す度に胸がつかえるけれど、楽しかった頃の思い出はキラキラと輝いている。昔は内容に関わらず思い出すのが辛かったから、時間の変化ってすごいなあと嘆息した。

 このまま少しづつ辛かったことも思い出になっていくのだろうか。思い出にしてしまっていいのだろうか……

 できればずっとずっと、何もかもを忘れずに覚えておきたいと思うけれど、無理なのは理解している。もうとっくに声は思い出せないし、細かな会話などは忘れ去っていた。

(だからせめて、今日だけは)

 夏葉のことを一番に考えていたい。誰もが彼女のことを忘れて忙しく日々を過ごしていたとしても、僕は覚えておきたいと思った。

 ぼーっとしながら改札前に近づくと、柱の側にスタイルのいい男性が立っているのを見つけた。黒いラフなシャツを着ているだけなのに、洗練された美が際立つ。脚も長いし肩幅もあって、もちろん腹は引き締まっている大人の魅力に溢れる立ち姿だ。

 はあ、かっこいい……こんなにかっこよかったら男でも惚れちゃうよなあと、若干頬を染めながら彼を見つめていると、眼鏡の奥の瞳が笑いかけてきた。笑い皺まで魅力的だなんて、ずるい。

「郁巳さん、本日は急なお誘いにも関わらず、受けていただきありがとうございます」
「別に礼を言われるようなことでもないけど……忙しかったんだってな」

 ゴニョゴニョと言葉を濁しながら、視線を逸らす。

「ええ、八月に長期休暇を取得したい裁判官達が、七月に公判日程を詰め込みましてね。土日にまで接見の予定が入っていたのが、やっとひと段落したところなんです」
「ふうん、弁護士にも繁忙期ってあるんだな」
「ありますよ。郁巳さんは?」
「やっぱ年度末が忙しいかなー」

 話しながら改札を通り抜け、目的地を確認して電車に乗り込んだ。中途半端な時間だから席は空いていて、二人で腰掛けることができた。
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