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第四章 海へ
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観光の前に宿にチェックインする運びとなった。和の佇まいが風情を感じさせるお宿でしばし休憩をとった後、海辺の町を散策する。
ワカメや見慣れない海藻、干物なんかを取り扱う特産品の店先を興味深く眺めていると、巽に声をかけられた。
「何か気になるものがあれば、買って差し上げましょうか」
「いや、自分で買うからいいよ」
「では、言葉を変えましょう。貴方にプレゼントをさせてほしいのですが、何がお好きでしょうか」
「いいって」
猫を見つけて追いかけ回している高校生二人を視界の端に収めながら首を横に振った。あんまり借りを作ると後が怖い。
「僕のことはいいから、大吾くんに何か買ってあげたら」
話題を逸らすと、巽は真剣に悩みはじめる。
「それこそ難しいんですよ。下手な物を買って帰ると、受け取りを断られてしまいますから」
「ふ、自信満々で余裕溢れるダンディな男も、息子の前では情けないパパなんだな」
自然と溢れた僕の笑みを見て、巽は眩しいものを見るかのように目を細めた。唇が笑みの形に弧を描く。
「慰めてくれますか?」
「嫌だね」
「おや、冷たいですね。しかし意外でした、貴方には私が余裕のある男に見えているのですか」
「違うのか?」
巽は意味深に唇を歪め、低く魅力的な声音で呟く。
「貴方を前にすると、普段の私ではいられなくなります。滑らかな肌に触れたい、深くまで繋がり心も体も手に入れたいと、浅ましくも願ってしまう」
「ば……! やめろよ、こんなところで!」
慌てて巽から距離をとった。口説かれているところを息子達に見られでもしたら、ものすごく居た堪れない。
幸いにも彼らは猫に飽きた後は海を眺めにいったらしく、会話が聞こえるような距離にはいなかった。
「人前で口説くの禁止!」
「では、今度は誰も見ていないところを狙いましょう」
絶対に二人きりになるものかと固く誓った。
色欲魔人の巽にかかれば僕みたいにチョロい奴は、あっと言う間にバリバリ頭から食べられてしまう。早足で息子達の方へと逃げるように歩いた。
それにしても、普段の私ではいられなくなる、か……奇しくも僕と同じようなことを考えていると知り、胸の奥がざわざわして落ち着かなくなる。まるで恋をしているような言い方だなと気づいて、慌てて首を左右に振った。
(違う、僕が好きなのは夏葉なんだから。アイツのことなんて好きでもなんでもない。ただちょっと、強引に迫られて調子を崩されているだけで)
深く考えるとまずい気がする、二度と引き返せなくなるような……僕は嫌な予感を振り切りたくて、和泉に大声で声をかけた。
「おーい、なんかいたか?」
「見てよ父さん、あそこにカニがいる」
「え、どこ?」
「あそこ、ほら」
海の中を指差されるが、波がゆらゆらと揺れるせいでどこにカニがいるのかわからない。
「見えないな……」
「和泉、それよりあっちにヤドカリが見えたぞ」
「えっ大吾それ本当? 見たい!」
あんまり和泉に構うと大吾くんが張りあってくるのだが、巽にからかわれるよりも全然いい。極力巽に意識を割かないように気をつけながら、散策を再開した。
*****
美味しい海の幸に舌鼓を打ち、二人部屋に戻り和泉と一緒に早めに眠って、翌朝もしっかり腹ごしらえを済ませた。今日は一日中海で遊ぶ予定だ。
海浜公園に着くと、海パンの上に日除けのパーカーを着た和泉が早速大吾の手を取り、海へと走っていく。
「ちゃんとストレッチしてから海に入れよー!」
「わかってる!」
はしゃぐ息子達を見送ってから、僕もパーカーを羽織った。まだ午前中だというのに刺すような日差しが地肌に降り注ぐ。日焼け止めを塗っていても、直射日光の下にとどまれば焼けてしまいそうだ。
「郁巳さん、組み立てを手伝ってもらえますか」
パラソルの骨組みを抱えた巽が僕の方に歩み寄ってくる。弛みがまったくない引き締まった腹に一瞬見惚れてから、ハッと我に返って返事をした。
「ああ、もちろんいいよ」
傘を開いてラグを敷き、巽は日陰の中に腰かけた。和泉と水をかけ合う大吾を微笑ましく見守っている。僕も彼に習い、ラグの端っこに腰を据えさせてもらった。
「そんな端ではなく、もっと中央へどうぞ。足が焼けてしまいますよ」
「うん、そうだね……」
あんまり近づくと気まずいのだが、確かに足は焼きたくない。警戒しながら巽に近づくと、彼は目尻の皺を深めて苦笑する。
「こんなところで襲ったりしませんよ」
「わ、わかってる」
少し離れたところに他の客が来ているのだから、さすがに悪戯を仕掛けられたりはしないだろう。わかっていても落ち着かなくて尻をもぞもぞさせていると、巽は荷物の中からボトルを取り出した。
「よかったら、日焼け止めを背中に塗ってくれませんか?」
「え」
「羽織り物を忘れてしまったんです。日陰にいても焼けそうですし、お願いできませんか」
巽の身体に僕の方から触れたことはほとんどなかった。無駄に意識してしまい鼓動が早まる。
(いや、別に気にすることなんて何もないじゃないか。ただ日焼け止めを塗るだけなんだから)
動揺する気持ちをなかったことにしたくて、普段通りを装いながら日焼け止めを受け取った。ラグの上にうつ伏せで寝そべる巽の隆起した肩甲骨の上に、白い液をまとった指先を這わせる。
うわ、背中にまで筋肉がついてる……逞しい身体におっかなびっくりしながら、意外と滑らかな肌の上に日焼け止めを塗り込んだ。
巽の息遣いを感じる距離にいることに緊張感を覚えながらも、腰あたりまで塗り終える。この腰の下には……何度か目にした巽の立派な逸物を思い浮かべてしまい、慌てて妄想を振り払う。
(もう、だからなんで僕はいちいち巽との情事を思い出してしまうんだ……! 意識したら相手の思う壺だぞ!)
素早く指先を彼の体から離し、一目散に距離をとった。
「はい、終わったぞ」
「ありがとうございます。郁巳さんにも塗って差し上げましょうか」
「いや、僕はもう塗ってきたからいい」
ふふん、巽につけ入る隙を与えないよう、宿にいる間に和泉に頼んで塗ってもらったから抜かりはない。
父さんってば、めちゃくちゃ海楽しみにしてるんだねって微笑ましげな目を向けられたけれど、後悔はなかった。
「そうでしたか、残念です」
低く色気を乗せた声音にぞくりと背を震わせる。身体を起こした巽はしなやかな肉食獣を思わせる動きで伸びをした。
何をする気かと警戒して彼を見つめていると、巽はおもむろに荷物から本を取り出す。
「お前、海にまで出てきて読書をするのか?」
「どのみち一人は荷物番をしていた方がいいでしょうから、私が引き受けますよ。よかったら郁巳さんは息子達と楽しんできてください」
「あ、そう……」
海の方に目を向けると、和泉は大吾に手を引かれて海に顔をつけて泳いだり、二人で競争したりと大変はしゃいでいる。おっと大吾くん、今和泉の脇腹に触れたな?
和泉は脇腹が弱いと知ってやっているのかはわからないが、息子が体を折り曲げて逃げようとしているのを追いかけ回している様はとても楽しそうだ。
(ちょっと邪魔してやろうかな)
むくむくと悪い気持ちが湧いてくる。そうだよな、僕だって長い間彼らの邪魔をするのを我慢していたんだから、ここでちょっとくらい意地悪してもバチは当たらないよな?
「じゃあ、行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
にこやかに手を振る巽の隣に羽織りを置いて、僕は息子達に合流した。
ワカメや見慣れない海藻、干物なんかを取り扱う特産品の店先を興味深く眺めていると、巽に声をかけられた。
「何か気になるものがあれば、買って差し上げましょうか」
「いや、自分で買うからいいよ」
「では、言葉を変えましょう。貴方にプレゼントをさせてほしいのですが、何がお好きでしょうか」
「いいって」
猫を見つけて追いかけ回している高校生二人を視界の端に収めながら首を横に振った。あんまり借りを作ると後が怖い。
「僕のことはいいから、大吾くんに何か買ってあげたら」
話題を逸らすと、巽は真剣に悩みはじめる。
「それこそ難しいんですよ。下手な物を買って帰ると、受け取りを断られてしまいますから」
「ふ、自信満々で余裕溢れるダンディな男も、息子の前では情けないパパなんだな」
自然と溢れた僕の笑みを見て、巽は眩しいものを見るかのように目を細めた。唇が笑みの形に弧を描く。
「慰めてくれますか?」
「嫌だね」
「おや、冷たいですね。しかし意外でした、貴方には私が余裕のある男に見えているのですか」
「違うのか?」
巽は意味深に唇を歪め、低く魅力的な声音で呟く。
「貴方を前にすると、普段の私ではいられなくなります。滑らかな肌に触れたい、深くまで繋がり心も体も手に入れたいと、浅ましくも願ってしまう」
「ば……! やめろよ、こんなところで!」
慌てて巽から距離をとった。口説かれているところを息子達に見られでもしたら、ものすごく居た堪れない。
幸いにも彼らは猫に飽きた後は海を眺めにいったらしく、会話が聞こえるような距離にはいなかった。
「人前で口説くの禁止!」
「では、今度は誰も見ていないところを狙いましょう」
絶対に二人きりになるものかと固く誓った。
色欲魔人の巽にかかれば僕みたいにチョロい奴は、あっと言う間にバリバリ頭から食べられてしまう。早足で息子達の方へと逃げるように歩いた。
それにしても、普段の私ではいられなくなる、か……奇しくも僕と同じようなことを考えていると知り、胸の奥がざわざわして落ち着かなくなる。まるで恋をしているような言い方だなと気づいて、慌てて首を左右に振った。
(違う、僕が好きなのは夏葉なんだから。アイツのことなんて好きでもなんでもない。ただちょっと、強引に迫られて調子を崩されているだけで)
深く考えるとまずい気がする、二度と引き返せなくなるような……僕は嫌な予感を振り切りたくて、和泉に大声で声をかけた。
「おーい、なんかいたか?」
「見てよ父さん、あそこにカニがいる」
「え、どこ?」
「あそこ、ほら」
海の中を指差されるが、波がゆらゆらと揺れるせいでどこにカニがいるのかわからない。
「見えないな……」
「和泉、それよりあっちにヤドカリが見えたぞ」
「えっ大吾それ本当? 見たい!」
あんまり和泉に構うと大吾くんが張りあってくるのだが、巽にからかわれるよりも全然いい。極力巽に意識を割かないように気をつけながら、散策を再開した。
*****
美味しい海の幸に舌鼓を打ち、二人部屋に戻り和泉と一緒に早めに眠って、翌朝もしっかり腹ごしらえを済ませた。今日は一日中海で遊ぶ予定だ。
海浜公園に着くと、海パンの上に日除けのパーカーを着た和泉が早速大吾の手を取り、海へと走っていく。
「ちゃんとストレッチしてから海に入れよー!」
「わかってる!」
はしゃぐ息子達を見送ってから、僕もパーカーを羽織った。まだ午前中だというのに刺すような日差しが地肌に降り注ぐ。日焼け止めを塗っていても、直射日光の下にとどまれば焼けてしまいそうだ。
「郁巳さん、組み立てを手伝ってもらえますか」
パラソルの骨組みを抱えた巽が僕の方に歩み寄ってくる。弛みがまったくない引き締まった腹に一瞬見惚れてから、ハッと我に返って返事をした。
「ああ、もちろんいいよ」
傘を開いてラグを敷き、巽は日陰の中に腰かけた。和泉と水をかけ合う大吾を微笑ましく見守っている。僕も彼に習い、ラグの端っこに腰を据えさせてもらった。
「そんな端ではなく、もっと中央へどうぞ。足が焼けてしまいますよ」
「うん、そうだね……」
あんまり近づくと気まずいのだが、確かに足は焼きたくない。警戒しながら巽に近づくと、彼は目尻の皺を深めて苦笑する。
「こんなところで襲ったりしませんよ」
「わ、わかってる」
少し離れたところに他の客が来ているのだから、さすがに悪戯を仕掛けられたりはしないだろう。わかっていても落ち着かなくて尻をもぞもぞさせていると、巽は荷物の中からボトルを取り出した。
「よかったら、日焼け止めを背中に塗ってくれませんか?」
「え」
「羽織り物を忘れてしまったんです。日陰にいても焼けそうですし、お願いできませんか」
巽の身体に僕の方から触れたことはほとんどなかった。無駄に意識してしまい鼓動が早まる。
(いや、別に気にすることなんて何もないじゃないか。ただ日焼け止めを塗るだけなんだから)
動揺する気持ちをなかったことにしたくて、普段通りを装いながら日焼け止めを受け取った。ラグの上にうつ伏せで寝そべる巽の隆起した肩甲骨の上に、白い液をまとった指先を這わせる。
うわ、背中にまで筋肉がついてる……逞しい身体におっかなびっくりしながら、意外と滑らかな肌の上に日焼け止めを塗り込んだ。
巽の息遣いを感じる距離にいることに緊張感を覚えながらも、腰あたりまで塗り終える。この腰の下には……何度か目にした巽の立派な逸物を思い浮かべてしまい、慌てて妄想を振り払う。
(もう、だからなんで僕はいちいち巽との情事を思い出してしまうんだ……! 意識したら相手の思う壺だぞ!)
素早く指先を彼の体から離し、一目散に距離をとった。
「はい、終わったぞ」
「ありがとうございます。郁巳さんにも塗って差し上げましょうか」
「いや、僕はもう塗ってきたからいい」
ふふん、巽につけ入る隙を与えないよう、宿にいる間に和泉に頼んで塗ってもらったから抜かりはない。
父さんってば、めちゃくちゃ海楽しみにしてるんだねって微笑ましげな目を向けられたけれど、後悔はなかった。
「そうでしたか、残念です」
低く色気を乗せた声音にぞくりと背を震わせる。身体を起こした巽はしなやかな肉食獣を思わせる動きで伸びをした。
何をする気かと警戒して彼を見つめていると、巽はおもむろに荷物から本を取り出す。
「お前、海にまで出てきて読書をするのか?」
「どのみち一人は荷物番をしていた方がいいでしょうから、私が引き受けますよ。よかったら郁巳さんは息子達と楽しんできてください」
「あ、そう……」
海の方に目を向けると、和泉は大吾に手を引かれて海に顔をつけて泳いだり、二人で競争したりと大変はしゃいでいる。おっと大吾くん、今和泉の脇腹に触れたな?
和泉は脇腹が弱いと知ってやっているのかはわからないが、息子が体を折り曲げて逃げようとしているのを追いかけ回している様はとても楽しそうだ。
(ちょっと邪魔してやろうかな)
むくむくと悪い気持ちが湧いてくる。そうだよな、僕だって長い間彼らの邪魔をするのを我慢していたんだから、ここでちょっとくらい意地悪してもバチは当たらないよな?
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