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第三章 初デート

巽視点1

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*巽視点*

 男同士でも使えると事前に下調べをしたホテルで部屋を取り、エレベーターに乗り込んだ。大した抵抗もせずに私の誘いに乗った郁巳を、じっくりと見下ろす。

 白い肌は耳まで赤く染まって、大変美味しそうだ。部屋に入ったら存分に味わいたい。もっと私に馴染ませて、私のことしか考えられないくらいに溺れさせたい……頭の中で桃色の妄想を展開しつつ、何食わぬ顔をして彼の腰を抱き部屋へと促した。

「なあ、ここってラブホ的なやつか?」
「そうとも言いますね。使ったことありませんか?」
「なくはないけど……なんか僕のイメージしてるのと違うなって」

 内装は普通のホテルの一室のように落ち着いた空間で、ギラギラしていない。あからさまにそういう感じだと怖気付いてしまうかと思い、飾り気のない部屋を選択しておいて正解だったようだ。郁巳は逃げ出す様子がない。

 しかしそれでも目に入ってくるキングサイズのベッドと大画面の液晶、そしてクローゼットに隠すようにして設置されたローションや大人のおもちゃが売っている自販機が、ここはラブホテルだと物語っている。

「先にシャワーを浴びてきていいですよ。それとも一緒に浴びますか?」
「い、いや。行ってくる……入ってくるなよ!」
「わかっていますよ」

 ああも念も押されると、本当は入ってきてほしいのかと勘ぐりたくなってしまう。いけない。慎重にいかないと。

 ここで押しすぎて本性を露わにしたら、彼は本当に逃げ出してしまうかもしれない。

 ふうと息を吐いて平常心を取り戻す。過ぎた興奮は判断を誤らせてしまう。彼を手に入れるために万全を尽くして挑みたい。

 初めて見た時から運命を感じていた。郁巳の涼しげな美貌に目を奪われたのは、もう五年も前になるだろうか。強張っていても、いや険しい顔をしているからこそ美しさが際立って見えた。

 自室の窓際で椅子に腰掛け、外を眺めながらティータイムを楽しんでいると、いつも暗い顔をして帰っていく美しい人。

 私と年頃が変わらなさそうな大人の男性だというのに、妙に庇護欲を覚えて目が離せなかった。

 寂しげな背中を優しく抱きしめ励まして差し上げたい、願わくば寝室でしか見れない彼を見てみたいとずっと想っていた。

 子どもと一緒に明るく笑う姿も目撃したことがあったため、妻帯者なのだろうと見守るだけにとどめていた。

 計算づくで近づいてきては失望して離れていく女性達よりも、よほど魅力的に感じた。

 私は元々バイだったが、積極的に男を相手にしようと思ったことがない。妻と別れてからは、向こうから寄ってくる相手を男も女もつまみ食いしながら過ごしていた。

 一途に一人の人を愛したいとの願望とは裏腹に、軽薄な遊び人のように振る舞い欲を散らす。そんな毎日に虚しさを覚えながらも、誰か一人にのめり込むことは避けていた。

 何故かといえば、かつて一人を愛しすぎるあまり結婚生活を破綻させた過去があるからだ。元妻曰く、私の愛情は重すぎるらしい。

 結婚してから徐々に漏れ出た私の本性を目の当たりにした妻は、とても受け止めきれないと他の男へ逃げ出した。

 浮気を呆れはしたものの、恨むつもりはない。絶倫、執着過多、甘やかしすぎて人を駄目にする等、他にも散々言われたが、つまり彼女とは相性がよくなかったようだ。

 美香は息子を置いて出ていったため、そのまま大吾の親権を貰い受け手元で育てた。

 大吾が小さい頃はまだ私の手を必要としたため、有り余る庇護欲も多少は満たされていた。

 しかし思春期に入る頃には私の干渉を受け入れなくなり、愛情のいく先を持て余していた。ただの通行人でしかない郁巳との触れ合いを妄想し、欲望を誤魔化す日々が続いた。

 あの寂しそうな背中を、私が支えることで笑顔にしてあげられるならどんなにいいだろう。毎日観察しているうちに、彼が一人では解決できない心の傷を抱えている様に見えてきた。

(私がパートナーであったなら、決してそんな顔はさせないのに。家族がいるのに愛に飢えている貴方を、癒して差し上げたい)

 もしかすると彼ならば、私の行き過ぎた愛情を受け入れてくれるかもしれないと、何度も叶わない夢を見た。

 そしてその願いが、夢ではなくなるかもしれないチャンスを偶然に得た。まるで狼の目の前に転がり出る羊の様に、彼自らが私のテリトリーへと転がりこんできたのだ。

 郁巳と実際に会ってからは、彼の魅力にずっぷりとのめり込んで抜け出せない。彼が妻と死に別れて独り身だと知ったことで、タガが外れてしまったように狂おしく求めている。

 息子を想う心根の優しさも、お人好しで情に流されやすいところも、私の心を捉えてやまない。

 あれほど好みで体の相性もよく、庇護欲をくすぐる存在に今まで出会ったことはなかった。絶対に手に入れたい。

 流されやすく快楽に弱い彼を私の技巧で繋ぎ止め、誰にも暴かれたことのない身体の奥底まで許してもらえたら最高だ。

(私なしでは生きられなくなるほどに頼られたいだなんて……流石に全ての欲望を曝け出したら、引かれてしまうだろうか)

「上がったよ」

 思考の途中でバスローブ姿の郁巳が顔を見せた。無防備な胸元が視線を誘うが、がっつくことはせずに穏やかな声をかける。

「では私の番ですね。ベッドを温めていてください」

 口では余裕ぶってみせたものの、気が変わって帰ると言い出さないか気が気ではない。素早く湯を被り、すぐにシャワー室を後にした。

 郁巳は椅子に座って、スマホを弄りながら待っていた。内心安堵しながら背後から近づく。

「何を見ていらっしゃるので?」
「ん? ああ。暇つぶしにゲームしてた」

 私の存在に気づくと、カラフルなアプリ画面を閉じてしまう。へえ、ゲームなんてするのか。意外に思って問いかける。

「そうなんですか、どんなゲームをやっていらっしゃるんですか?」
「和泉に勧められたやつ。アプリゲームなんてって馬鹿にしてたけど、やってみると案外ハマっちゃってさ」

 彼は本当に息子と仲がいい。和泉くんにまで嫉妬しそうになる気持ちをグッと抑えて、努めてにこやかな表情を作る。

「へえ、私も興味がありますね」

 ぜひ知りたいとお願いするとアプリ名を教えてくれるが、じっとりと疑いの眼差しを向けられる。

「……お前、ゲームなんてするのか?」
「郁巳さんと共通の話題がほしいというのが、正直な気持ちですね。IDを教えてもらってもいいですか? フレンド登録したいので」
「は? 嫌だけど……忘れたくてやってるのに、意味ないじゃん」

 拒否されてしまった。何を想像したのか、顔を赤く染めていて大変可愛らしい。世間話はこのくらいにして、据え膳をいただいてしまおうと早速耳に唇を寄せた。

 パクリと耳を咥え唇で引っ張ると、郁巳はビクリと肩を震わせる。ああ、初心な反応にそそられる。

 女を知っているはずなのにどこまでも無垢な体を、私の色に染めたくてたまらなくなった。

「そろそろ貴方のことを可愛がってもいいですか」
「……っ」

 耳元で囁くと、途端に瞳を潤ませはじめた。ああ、本当に、これで期待していないなんて嘘だろう。彼は私に抱かれることを悦んでいる。

 笑みを深めて彼の返答を待つが、なかなか動く様子がない。待ちきれなくなって手を引っ張って立たせると、促すままについてきてくれた。
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